第十七話
早朝のシモン・ボリバル国際空港から、三機のチャーター機が飛び立つ。ボーイング767がアイルランド西部のシャノン空港へ。エアバスA330がオランダ南西部のロッテルダム空港へ。そして、ボーイング757が、もっと近いアメリカ領ヴァージン諸島のセント・トーマス島にあるシリル・E・キング空港へ。
いずれもが、通常ルートを飛行すれば、サスキア島の近傍を通過することになる。
三機とも、座席はすべてロシア空挺兵で埋まっていた。貨物室には、大量の武器弾薬が積載されている。その中には、2B14/82ミリ迫撃砲、AGS‐30/30ミリ自動グレネードランチャー、9K115‐2/対戦車ミサイル、9K333/携帯式地対空ミサイルなども含まれていた。
三機の『民間チャーター機』は順調に飛行を続けた。すでに、サスキア島近海には合衆国海軍アーレイ・バーク級駆逐艦〈グレーヴリー〉が到着し、その強力なAN/SPY‐1Dレーダーで周辺空域の監視を行っており、接近する三機を捉えていたが、特に警戒はしなかった。三機とも、通常のATCトランスポンダをONにして、指定されたコースと高度を守って飛行していたし、正式にフライトプランも提出したうえで離陸している。目的地がサスキア島だったり、国籍がロシアであったりすれば当然警戒監視対象となっただろうが、『ロシアの友好国のチャーター機が接近中』だけでは、怪しまれることはなかった。だいたい、今この時点では、合衆国軍もCIAも、ロシアが国家として正規軍を動員し、サスキア島に強襲を掛けてくる、などとはまったく予想していないのである。
「第三部、復号終わりました」
硬い表情で、通信科長が電信紙を差し出す。
読み終えたスルガノフ大佐は、電信紙を黙って副長に渡すと、チャートに鉛筆を走らせた。二か所に、バツ印を付ける。
「核弾頭の座標は、こことここ。サスキア共和国のサスキア島と、ペトロネラ島だ」
「こんなところで二発も核爆発を起こしたら、サスキア共和国は文字通り消えてなくなりますよ。人口が少ないとはいえ、大虐殺だ」
ミーチン中佐が、顔色を変える。
「イージス駆逐艦に関する続報です。一隻が、サスキア島東方二海里にあり。警戒せよ」
通信科長が、電信紙を読み上げる。
「ここまで来たら、中止命令が下るのを祈るしかないな。諸君、ご苦労だった」
スルガノフ大佐は、二人の部下に下がるように命じた。通信科長が、いかにも重荷から解放されたといった表情で、ミーチン中佐が、対照的な苦い表情で、艦長室を出てゆく。
スルガノフ大佐はノートパソコンを開き、ハードディスク内のデータベースでサスキア共和国について調べた。人口はおよそ一万一千人。……スルガノフの故郷の田舎町と、だいたい同じくらいだ。正規の軍隊はない。
ここに核弾頭を撃ち込めば、ナガサキ以来三回目の実戦における核兵器使用例となる。祖国が、そして海軍が、そのような汚名を背負っていいものだろうか。そして、この自分が、核兵器を使用した責任者として歴史に名を残していいものだろうか。
スルガノフは、チャートに眼をやった。サスキア島。小さな島だ。だが、ここには九千人が住んでいる。今日生まれた命もあるだろうし、今日生涯を終えた命もあるだろう。明日もまた、祝福と共に新しい生命が生まれ、そして誰かが人生をひっそりと終え、涙と共に埋葬されるのだ。
スルガノフは、艦内インターコムを取った。
「タラセンコ少佐。艦長室へ来てくれ」
「時間です」
ボーイング767の副操縦士席に着く空軍中尉が言った。
うなずいた操縦席の少佐が、手を伸ばしてATCトランスポンダのスクウォークコードを『7500』に設定した。これは、ICAO(国際民間航空機関)の規定では『ハイジャックされた』を意味するコードである。
三分ほど待ってから、少佐は操縦輪を押して急降下を開始した。充分に高度を落したところで、緩降下に移る。その間に、中尉がATCトランスポンダを始めとする位置通報機器を切った。
ほぼ同時刻、エアバスA330とボーイング757も、同様に7500を発信し、海面すれすれまでに降下していた。
高度二百メートルで、アイルランドへ向かっていたボーイング767は、事実上消息を絶った形となった。少佐は針路をサスキア島へ向けた。あとは、このまま低空飛行を続けて、フローチェ国際空港の滑走路へ滑り込むだけだ。それから先は、空挺軍の連中が、上手くやってくれるはずだ。
ボーイング767、エアバスA330、ボーイング757の三機が一斉にレーダーから消えたことは、サスキア島とその周辺に大きな騒動を巻き起こした。
フローチェ国際空港管制塔は、三機がハイジャックされたものと判断し、同機に対し再三呼びかけを行いつつ、墜落した可能性を考慮し、ただちに周辺の航空機及び船舶に対し、救難活動への協力を要請した。サスキア政府にも連絡し、沿岸警備隊の出動を要請する。
合衆国海軍アーレイ・バーク級駆逐艦〈グレーヴリー〉も三機の『消失』を捉えていた。CICの全員の頭に、911の悪夢がよみがえる。だが、軍人とは疑り深い人種である。艦長を始めとする同艦の幹部は、突然の急降下をレーダーから逃れようとする意図的なものではないかと推測した。〈グレーヴリー〉は、すぐにサスキア島への近接を開始するとともに、サスキア駐留海兵隊に対し警戒するよう勧告を行った。
だが、ロシア側は用意周到だった。〈グレーヴリー〉がサスキア島近傍に到着する前に、強行着陸できるように時間調整をしたうえで、作戦を行っていたのだ。……まあ、仮に着陸前に〈グレーヴリー〉が近くにいたとしても、これら三機を撃墜することは『政治的』に不可能であっただろう。『7500』を発信した以上、三機とも『武装したテロリスト』にコントロールされた民間旅客機という可能性が大きい。これを艦対空ミサイルで撃墜するのは、大統領の直接命令でも貰わない限り無理な相談である。
フローチェ国際空港を守備していたのは、合衆国海兵隊一個小隊と、武器小隊の一部であった。武器小隊は、他の国の陸軍で言うところの『重火器』小隊で、迫撃砲やジャベリン対戦車ミサイルを装備している。
そのフローチェ国際空港の滑走路に、ボーイング767が超低空を維持したまま突っ込んでくる。制止を呼びかける管制塔の無線にも応じないままの、まさに強行着陸である。どう見ても民間機……それもおなじみボーイングの旅客機なので、海兵隊も一切発砲せずに着陸を見守るしかなかった。
着陸に成功した767は、すぐに機首をターミナルビルに向けた。エプロンに入り、そのまま突っ込んでくる。
と、次の瞬間767の搭乗口と非常口の扉がすべて開いた。そこからPKP汎用機関銃の銃口がぬっと突き出され、発砲が開始される。
767が停止し、開口部から金属パイプが出てきて、エプロンに突き立てられた。完全武装のロシア空挺兵が、それを素早く滑り降りて、エプロンに展開する。金属パイプの方が、ロープを使うよりも速くて確実である。
海兵隊は慌てて反撃を開始した。だが、767の機内からは続々と空挺兵が湧き出てくる。一分後には、空挺兵の数は百名を超えた。およそ三分の一が、767の下に伏せてAK12突撃銃で援護射撃を行い、残り三分の二がターミナルビル目掛けて突撃を敢行する。
さらに、重火器を携行した空挺兵が展開を始めた。RPG‐26対戦車グレネードが放たれ、M240B汎用機関銃を撃っていた武器小隊機関銃チームを吹き飛ばす。
火力で圧倒された海兵隊は、ターミナルビルを捨てて後退を開始した。
その数分後、ペトロネラ島にある飛行場にもボーイング757が強行着陸する。
こちらにも、海兵隊一個小隊が配備されていたが、展開はフローチェ国際空港と同じようなものだった。火力と兵員数に圧倒されて、海兵隊はやむなく飛行場を明け渡す。
フローチェ国際空港には、続いてA330も着陸を果たしていた。こちらからも続々と空挺兵が降り立ち、貨物室から迫撃砲や自動グレネード発射機、対戦車ミサイルなどを運び出す。一部の兵は、9K333ヴェルバ(SA‐29)肩撃ち式地対空ミサイルを担ぎ、対空警戒を開始した。
ロシア空挺兵たちは、空港内で見つけた非武装の者は、年齢性別国籍所属を問わず捕えた。いわば『盾』にするのである。沖合に、アメリカの駆逐艦が近付きつつあることは判っている。その艦砲やミサイルで攻撃されたら、いくら精鋭のロシア空挺部隊といえども、反撃する手段がないのだ。そのような攻撃を防ぐために、人間の盾が必要なのである。これら『盾』は、撤退するときにも役に立ってくれるはずだった。
「まさか」
無線でのやり取りを傍受していたスカディが、絶句する。
越川一尉、畑中二尉、そしてAHOの子ロボ分隊の面々は、サスキア沿岸警備隊の一部と共に、港の警備を割り当てられていた。港と言っても、連絡船の着くフジツボだらけの桟橋と、貨物船が荷揚げする虹色の油膜がたゆたう岸壁、放棄された漁具から腐臭が漂う漁港、それらに簡素な小屋の集合体である沿岸警備隊基地がくっついただけの小規模なものである。『テロリスト』が海から来た場合を想定し、ここに配備されたのだ。
全員が、CIA経由で海兵隊に貸してもらった兵器で武装していた。越川一尉、畑中二尉、スカディ、シオがM27突撃銃、亞唯が粘りに粘ってようやく貸してもらえたバレットM82A3アンチマテリアル・ライフル。これはさすがに重いので、M18自動拳銃だけをもらった雛菊が、助手兼弾薬係として付く。ベルも火器はM18だけで、大量のC4プラスチック爆薬とM67手榴弾をもらってご機嫌である。
空港での戦闘の物音は、当然こちらにも届いていた。数分前までは、激しく小火器の発砲音が続いていたが、今は散発的なものになっている。
「どうしたんや?」
雛菊が、驚愕しているスカディに尋ねる。
「敵は、どうやらロシア空挺軍の正規部隊との事ですわ。大型ジェット旅客機二機で強行着陸。数百名規模」
AN/PRC153無線機……昔懐かしいバーアンテナ付きPHSを、二回りくらい大きくしたような外観をしている……で、中隊内のやり取りを傍受していたスカディが、そう答えた。
「なんでロシア正規軍がいるんだ?」
亞唯が、畑中二尉を睨む。
「知るかー。モスクワに訊けー。……まあ、アルチョム・グリャーエフがロシア政府と手を組んだと考えるのが妥当だなー。なぜそうしたかは判らんがー」
畑中二尉が、参ったなーという表情で言う。
「しかし……数百名か。海兵隊一個中隊じゃ勝ち目ないだろ」
亞唯が、苛立たし気に言う。
「これは、あたいたちが加勢してやらねば、まずいのであります!」
シオはそう気勢を上げた。
「ちょっと火力不足ですねぇ~」
ベルが、言う。
空挺降下したのであれば、その火力は限定的だろうが、大型ジェット旅客機で乗り付けたとなれば、当然重火器の類は持ち込んでいるだろう。AHOの子たちと少数の沿岸警備隊だけでは、あっさりと蹴散らされてしまうはずだ。
「ゲリラ戦を仕掛けるしかないですわね。武器は敵から奪う。それしかありませんわ」
スカディが言って、許可を求めるかのように越川一尉と畑中二尉を見る。
「あー、行ってもいいが、俺と二尉はパスだ」
越川一尉が、答える。
「あらら。こんな時こそ、みんなで力を合わせるべきなのでは?」
拍子抜けしたシオは、そう抗議した。
「別に怖気づいた訳じゃないぞ。これはかなり危険な任務だ。二尉も賛同してくれると思うが、ここで俺や二尉が戦死する訳にはいかないんだ。今回の作戦、非公式ではあるが政府も認めている極めて正規に近い作戦だからな。場合によっては、国会や国民に対し作戦内容や結果が知らされる可能性がある。そこで、自衛隊員二名が殉職、などと公表できると思うか? 西側同盟国の一員として、徐々に推し進めてきた海外派遣という名の軍事的貢献に、歯止めがかかってしまうことになる。つまり、日本の国益を損なう訳にはいかないんだよ」
越川一尉が、諭すように言う。
「あー。確かにそうだな。わかったよ。あたしたちだけでやってみる」
亞唯が、納得顔で言う。
「それだけじゃないぞー。相手がロシア空挺軍だとしたら、正規の自衛隊員たるあたしたちが戦うのはまずいー。日ロ関係を損ねるー。おまいらならいくらでもごまかしが効くが、あたしらじゃそうはいかんー」
畑中二尉が、そう付け加える。
「で、具体的にどう戦うんや?」
雛菊が、スカディに聞いた。
「無線を傍受した限りでは、ロシア人たちは空港から官庁街を目指しているようですわね。そちらに、ノーウィッキ博士らが保護されていますし、研究資料の類もそちらに集められているはず。それを、狙っているのでしょう。すでに先遣隊は、官庁街を守備しているサスキア公安部隊と戦闘中。海兵隊の残余の部隊も、官庁街を目指して集結中のようですわ」
スカディが、説明する。
「そうかー。なら、空港と官庁街のあいだで網を張っていれば、移動中の敵部隊を捕捉できそうだなー。車を用意してやるから、上手いことやって敵の武器を分捕れー。ただし、市街地にはまだ市民が居るはずだから、あまり派手なことはするなよー」
畑中二尉が、そうアドバイスする。
おんぼろのフォードF150ピックアップトラックが、スカディと雛菊の運転で走る。
荷台では、亞唯がバレットM82を前方に向けて構えて警戒中だ。シオとベルは、C4をこねてIED(即席爆発装置)作りに余念がなかった。成形して指向性を持たせたうえで、貨物埠頭にあった小砂利をまぶしてあるので、かなりの破壊力があるはずだ。
ハンドルを握るスカディの指示で、雛菊がブレーキを掛けた。スピードを落としたF150が、路肩に寄って停まる。
「この先がルースブルーク通り。空港と官庁街への最短経路ですわ」
降り立ったスカディが、言う。
「ふたつだけですがIEDもできましたぁ~」
ベルが、完成したIED二個……偽装用に、それぞれ小振りな段ボール箱に詰めてある……を大事そうに抱えて荷台から降りる。
シオはM82を抱えて降りる亞唯を手伝いつつ、路上に降り立った。辺りには、人影はない。遠くで銃声が響いているので、住民はみな家の中に閉じこもっているようだ。
周囲を警戒しつつ、一同はルースブルーク通りに入った。交差点の角に派手な黄色のセダンが一台放置してあるくらいで、特に異常はなさそうだ。相変わらず、市民の姿はない。
「向こうが空港ね。ここで待ち伏せてみましょう。亞唯と雛菊は高所に陣取って。ベルはIEDを仕掛けて。わたくしはこの辺り。シオはその先辺りに隠れて」
「了解なのであります!」
五体は散った。亞唯と雛菊が、交差点の角にある商店の二階に上がって、窓に取りつく。スカディが、黄色いセダンの陰に隠れた。ベルが、空港寄りの路肩に段ボールを置き、爆破用コードを手に建物のあいだに潜む。シオは、M27を構えてその先の喫茶店の前に置かれた大きなコンクリート製プランターの後ろに隠れた。
第十七話をお届けします。




