第八話
畑中二尉が再びサスキアに現れたのは、一週間後のことであった。
今回の連れは越川一尉であった。若夫婦を装っているようで、所持しているパスポートの姓は二人とも『小林』で揃えてある。
「えー、小林ご夫妻、でよろしいのですか?」
空港に出迎えに来たスカディが、少しばかり戸惑った様子で訊く。
「そうだー。今回は結婚三年目の若夫婦が日本人がほとんどいない穴場リゾートに遊びに来た、という設定だぞー。よろしく頼むー」
畑中二尉が、越川一尉の腕に控えめに腕を絡ませながら言う。
「あー、俺はただの護衛役だからな。その辺、頼むぞ」
越川一尉が、長身を折るようにしながら、スカディと一緒に来たシオとベルにささやくように言う。
「ご指示通り、またコーレイン・ホテルを予約しましたが、よろしいのですか?」
スカディが、訊いた。奈良教授がひょっこり現れたりするなど、どう考えてもコーレイン・ホテルは怪しい存在である。ひょっとすると、『敵』と協力関係にあるかも知れないのだ。
「構わんぞー。と言うか、今回はあのホテルを徹底的に調べるつもりだからなー。宿泊客なら、うろちょろしても怪しまれずに済むー」
「奈良教授がタクシーごと消えた建物は、調べないのでありますか?」
シオは訊いた。どちらかと言えば、ホテルよりそちらの方が怪しいと思うのだが。
「役割分担が決まったのだー。ま、詳しいことはホテルで話してやるー」
畑中二尉が言って、引きずっていたキャリーケースをベルに押し付けた。
「では、ブリーフィングを始めるぞー。まずは亞唯、頼んでいた物は持ってるかー?」
畑中二尉が訊いた。
一同……畑中二尉と越川一尉、スカディ、亞唯、シオ、ベルの二人と四体は、ホテルのスイートルームのリビングのカーペットの上に車座になって座っていた。盗聴はまずあり得ないと思われたが、簡易ながら効果的な対策として、テレビは音量を上げて点けっぱなしにしてある。流れている放送はヨーロッパのどこかのリーグのサッカー中継だ。これなら、常時やかましい音声が流れているし、大音量で見ている言い訳も立つ。ちなみに、雛菊はブリーフィングに加わらずに、ドアそばで外の気配を探っている。これも、盗み聞き対策である。
「モリーナから預かった荷物なら、これだ」
亞唯が、段ボール箱を差し出す。さほど大きなものではない。スタンレー・ブラック&デッカーの、電動インパクトドライバーの箱だ。しっかりとビニールでパッキングされ、送り状やQRコードやバーコードのシールがぺたぺたと貼られている。
受け取った畑中二尉が、包装を剥がすのに手間取っていたので、シオは代わりに開けてやった。箱を開けると、中からエアパッキンに包まれた物体が幾つも出てくる。越川一尉が、ひとつを取り上げてエアパッキンを剥いた。出てきたのは、小ぶりな自動拳銃だった。
「小さいグロックだな。26?」
亞唯が、訊く。
「正解だ」
スライドを引いて、薬室と銃身内をチェックしながら、越川一尉が答える。グロック17シリーズは、大きさや使用弾薬の違いで多種のバリエーションがあり、見た目だけで識別するのは難しい。グロック26は『サブコンパクト』と呼称される、『コンパクト』タイプをさらに小型化したモデルの中で、スタンダードな9×19ミリ弾を使用する最も一般的なモデルである。どれくらい小型化されているかというと、普通の大きさの手を持つ人がグリップを片手で握った場合、中指と薬指でしか握れず、小指が遊んでしまうほどだ。このために、わざわざ小指を掛ける部分が付属した延長弾倉も作られている。
インパクトドライバーの箱に入っていたのは、グロック26が二丁と、弾倉四個……十発が込められる標準型……と、五十発が入った紙箱がひとつだった。越川一尉が、さっそく弾倉に実包を込め始める。
「拳銃二丁では心もとないのでは?」
シオは畑中二尉にそう訊いた。
「あくまで護身用だー。というか、拳銃よりもおまいらの方が役に立つだろー。いざという時は、頼んだぞー。ということで、状況を説明するぞー。あたしは日本に帰ってから、長浜一佐の許可を得て、ここで調べた情報をCIAに提供したー。その後、CIA側から謝意と共に情報が流れてきたー。どうやら、CIAはこちらよりももっと真相に迫っているらしいー。まあ、当然だがなー」
「ほうほう」
シオは身を乗り出してうなずいた。
「でもまあ、連中も口が堅くて、詳しいことは教えてもらえなかったがなー。ともかく、黒幕はやはりデイモン・ファン・デル・フック大統領のようだー。彼が主導して、あるプロジェクトが進行中らしいー。合衆国国内でも、とある人物をFBIが監視中だというー。場所はアイオワとしか教えてもらえなかったが、どうやら複数いるファン・デル・フックのスポンサーの一人のようだー。そして、すでにCIAはペトロネラ島に注目し、こちらも監視しているー。ホテル建設を隠れ蓑に、新たな施設を建設中だと睨んでいるのだー」
「さすがはCIAですわね」
スカディが、感心したように言う。
「奈良教授が消えた例の建物も、CIAが監視するそうだー。あたしたちは、このホテルを調べるように要請されたー。いわば、役割分担だなー」
「ずいぶんと端役を割り当てられた気がするが、いいのかい?」
亞唯が、言った。
「ろくに装備もないし、危ないことはできないからな。まあ、分相応な役だろう」
グロックに弾倉を押し込みながら、越川一尉が言った。
「ファン・デル・フックさんはなにを企んでおいでなのでしょうかぁ~」
ベルが、首を傾げつつ言う。
「CIAも首を捻ってるぞー。今までの経歴も考慮すると、大統領が悪人とは思えないしなー。ひょっとすると、合衆国や我が国に悪影響を及ぼさないどころか、むしろ好影響を与える計画を進めているのかもしれんー。しかし、どうやら密かに大金を集めているようだし、各国から科学者を拉致しているのはマジだから、この計画は暴く必要があるようだー。CIAというか、合衆国が懸念しているのは、この計画が実用的かつ有用なものだった場合、他国にそれを独占されてしまわないか、というところのようだー。というわけで、密かに調査を進めているところなのだー」
「案外しょーもない計画かもな。大金掛けてこっそり自主製作映画作ってるとか」
亞唯が、ぼそっと言った。
「はっと! ペトロネラ島非合法カジノ化計画、という可能性は?」
シオはそう思い付いて言ってみた。
「巨大ダンジョンとか作ってたら、楽しそうですわね」
スカディが、言う。
「リアル『ジュラ〇ックパーク』ではないでしょうかぁ~」
ベルが、笑った。
マイアミ発のアメリカン航空機で、アキム・ルドニコフ元大尉はサスキア入りした。
同じ便には、七人の部下が乗っていた。ルドニコフ同様、スーツを着て一人旅のビジネスマンを装った者が二人。残る五人は、ラフな服装でリゾートに遊びに来た団体旅行客を装っている。
ルドニコフが使っているパスポートは、名前こそ偽名だが正規のロシアのパスポートであり、サスキアへの入国には何ら問題はなかった。マイアミ国際空港でも、問題は生じなかった。合衆国は、入国者への審査は厳しいが、トランスファーの乗客……ルドニコフは、ローマ発マイアミ行きの便から乗り換えただけ……には甘い。
フローチェ国際空港から外に出たルドニコフは、旅行者に見えるようにガイドブックを片手に、街路を歩んだ。尾行がないことを確認してから、記憶してある地図を頼りに目的地の倉庫まで行く。
倉庫の裏口には、一人の見張りが立っていた。現地雇用者らしい、褐色肌の男だ。
「このあたりに、煙草を売ってる店はないかね? できれば、フランス煙草がいいんだが」
ルドニコフは、英語でそう訊いた。うなずいた男が、裏口を三回リズミカルにノックする。すぐに、裏口が開いた。先乗りしていたルドニコフの部下の一人が顔を出し、ルドニコフの顔を認めてにやりと笑う。
「ようこそ、大尉」
倉庫の中には、すでに四十名以上の部下が集まっていた。ルドニコフは、待っていたトム・スミットと握手を交わした。スミットが、同行する南アフリカ側のメンバーを紹介する。
「約束通りの装備は揃えた。検分してくれ」
スミットが、床に置かれた木箱を示す。
木箱はすでに蓋が開かれ、ルドニコフの部下たちが中身の点検を行っていた。R5アサルトライフル、SS77汎用機関銃、SP1自動拳銃、手榴弾とプラスチック爆薬。抗弾ベスト。無線機は、スロートマイクとイヤホンを組み合わせて使うタイプだった。喉に密着させて使うスロートマイクは、音質は悪いが小声で喋ってもしっかりと声を拾ってくれるので、便利ではある。
「車両は?」
ルドニコフは聞いた。
「こっちだ」
スミットが、手招く。示された窓から覗くと、二台のトラックが停まっているのが見えた。パネルバンの中型トラックと、幌タイプの大型トラックだ。
「予備車両はないのか?」
ルドニコフは訝った。あの大きさのトラック二台あれば、部下と装備を運ぶには充分だが、やはり撤収時のことを考えるともう一台予備が欲しい、それに、空港に向かわせる班用の車両も必要だ。
「悪いが、この島にそれほどトラックは走っていないんだ。というか、車両自体が少ないんだ。大丈夫、ピータービルトの方もヒノの方も新しいし、整備済み。故障はしないよ。あと、我々の移動用にセダンを二台確保してある。別動隊には、そちらを一台貸そう」
スミットが言う。
「ところで、脱出用航空機の方はどうなんだ?」
「こちらへ来てからは確認していないが、すでにキューバに待機済みだ。中止連絡がなければ、予定通り離陸する手筈だ」
ルドニコフは答えた。計画通りならば、イリューシンIL‐76MD大型輸送機はキューバ東部のオルギン市南郊にある軍民共用のフランク・パイス空軍基地に待機しているはずである。ここまでの飛行距離は、プエルトリコやヴァージン諸島を迂回するので約千六百キロメートルほど。二時間ちょっとで飛んで来られる。
「状況に変化はあったのかな?」
作戦目標であるコーレイン・ホテルの場所に目立つ印が付けられている市街地図が広げられたテーブルに歩み寄りながら、ルドニコフは聞いた。もしあれば、作戦計画を手直ししなければならない。
「特にはない。事前策定通りでいいと思う」
スミットが、首を振りながら言う。
コーレイン・ホテルの地下に、研究施設が作られている。そう、ルドニコフはボスのアルチョム・グリャーエフから聞かされていた。
なるほど、上手い手である。ホテルならば、不特定多数の人々が出入りしても目立たない。電気も水も食材も大量に消費するし、ゴミも膨大な量が出るから、いくらでもごまかしが効く。
研究施設に入ったことは、グリャーエフもヴィルケスも数回しかなく、しかも案内付きでわずかな時間見学しただけなので、その全貌についてはよく判っていなかった。だが、出入り口は正副の二か所のみで、武装警備員の数はそれほど多くない、ということは確実であった。五十人以上が武装して奇襲すれば、制圧にそう手間取ることはないはずだ。
ルドニコフの計画では、全部隊を五つの班に分けていた。スミットが率いる南アフリカ勢を含めれば、六つである。
最大勢力はメインの突入部隊である『サグネ』と『グランビー』で、それぞれ十五人からなり、ブーニン元中尉と元スペツナズのイサコフ曹長が率いる。
周辺警戒と退路確保に携わるのが『ラヴァル』で、人数は十人。指揮は、リハチョフ元上級准尉が取る。
フローチェ国際空港へ事前派遣されるのが『ロンゲール』で、人数は四人。こちらの指揮は、セドフ元少尉。
本部兼予備隊となるのが、ルドニコフが自ら率いる『ケベック』で、人数はルドニコフを含めて六人。副官格のチュラノフ元上級軍曹も、ここに加わる。
最後に、スミットが率いる南アフリカ勢五人が、『ガティノー』となる。同班は、原則的に『ケベック』と行動を共にすることになる。
各班のコードネームは、すべてカナダのケベック州の街の名前である。国籍を少しでも偽装しようという工夫だ。まあ、作戦中の無線通信や会話は基本的にロシア語を使わざるを得ないのだから、気休めだが。
武器は、機関銃要員以外は全員がR5アサルトライフルと、SP1自動拳銃を持つ。予備弾薬は、5.56×45ミリの三十五発弾倉が八本。9×19ミリの十五発弾倉が二本。それにM26破片手榴弾を各人四個携行する。
五丁あるSS77汎用機関銃は、『サグネ』と『グランビー』に各一丁、『ラヴァル』に二丁、それに『ロンゲール』に一丁が割り当てられた。突入班は、地下に突っ込むのだから支援火器の出番は少ないだろう。作戦が長引いた場合は、周辺確保の『ラヴァル』が、駆けつけた公安警察隊や沿岸警備隊と戦闘することになる。より火力が必要となるはずだ。空港に派遣される『ロンゲール』も、同様である。
武器以外で準備されたのは、手斧、バール、電動ドライバー、ワイヤカッター、結束バンド、網袋、布袋などである。工具類は、当然出くわすであろう鍵付きの書類ロッカーや引き出しをこじ開ける、コンピューターをばらして中のハードディスクを引き抜くなどの荒事に使うものだ。結束バンドは科学者や研究者を拘束するため。袋類は、押収した書類やメディア類を入れるためである。
「むむむむむ」
畑中二尉が、唸った。
「どうかなさいましたか?」
スカディが、訊く。
「いやー、このホテルにエステサロンがあることに気付いたのだー。エステティシャンならエステ中に世間話をするから、多分事情通だろう。ここはひとつ、話を聞いてみるのもいいかなー、とか思ったりして」
そう言いながら、畑中二尉が越川一尉の方を横目でちらっと見る。
あまりのあからさまな『お願い』の視線に、見ていたシオとベルは思わず噴き出した。
「また税金の無駄遣いをしたいんやろ」
雛菊が、突っ込む。
「いや、私的流用じゃないのか」
亞唯が、笑う。
「好きにしてくれ。今回、主役は二尉だ。俺は護衛役に過ぎないよ」
越川一尉が、笑いながら言う。
「では、お言葉に甘えまして」
すぐさま、畑中二尉が電話機に飛びつき、予約の電話を入れた。
「ラッキーだー。今空いているから、行けばすぐにやってくれるそうだー」
受話器を置いた畑中二尉が、嬉しそうに言う。
「誰か、ついて行ってやってくれ。さすがに、拳銃携行でエステには行けないだろ」
越川一尉が、言う。
「では、あたいがお供しましょう!」
シオはそう名乗り出た。
「わたくしもご一緒しますぅ~」
ベルも、言う。
二時間後、上機嫌&お肌つるっつるになった畑中二尉が、二階にあるエステサロンから出てきた。
「いやー。いい気分だー。どこかでワインでも一杯ひっかけたい気分だなー」
「同じ階にバーがあります!」
シオはそう教えた。
「よし、そこへ行くぞー。案内しろー」
弾むような足取りの畑中二尉を後ろに従えて、シオとベルはカーペットの上を歩んだ。だが、バーにたどり着く前に、二体は異常を感知した。
どん。
小さくくぐもってはいたが、明らかに爆発音と思われる音響を、シオとベルは探知していた。
「なんだ、どうした?」
急に足を止めた二体に気付き、畑中二尉もスキップもどきを止める。
どんどん。
今度は、連続して爆発音が聞こえた。それに混じって、ぱんぱんという銃声らしき音も聞こえてくる。どうやら、このホテルの下の方で戦闘が行われているようだ。
「なんだか、爆発音と銃声が聞こえるのです!」
シオはそう言った。
「テロ? なわけないな。まさか、合衆国がいきなり特殊部隊を送り込んで来たのか? いずれにしても関わらん方がいいな。部屋へ引き上げるぞ」
畑中二尉が、すぐ前に見えていたエレベーターに走り寄って、ボタンを叩くようにして押す。
エレベーターを待つうちに、銃声が大きく聞こえるようになった。かなり激しい撃ち合いに発展しているようだ。軍用機関銃らしい連続した発射音も聞こえる。
ようやく到着した籠……幸い無人だった……に、二体と一人は飛び込んだ。だが、内扉が閉まる前に、ぴいぴいとエラー音を発して、エレベーターが機能停止してしまう。
「むう。電源を切られたか、遠隔で停止されたか。仕方ない、非常階段だ」
二体と一人は、廊下に飛び出した。銃声を聞きつけたのか、あちこちの部屋から宿泊客が顔を出したり、ドアの前で右往左往し始めている。
「こっちだ」
畑中二尉が、非常口の表示を見つけて、指差した。日本でもよく見かける『緑色の人型が戸口に走り込んでいる』マークは、世界共通なので、このホテルにも似たようなマークがついている。
駆け寄った畑中二尉が、非常口の扉を引き開けた。途端に、中から女性が飛び出してきて、畑中二尉にぶつかった。
第八話をお届けします。




