第二十話
「ロレンソが、逃げます!」
石野二曹は叫びながら、M‐16のアイアンサイトをロレンソの背中に合わせようとした。しかし、そこに大井大使の頭部が重なってしまう。仕方なく、石野二曹は照準をロレンソの頭部に移した。だが、走るロレンソの頭部は大きく揺れ動いており、きっちりと狙いが定まらない。
ようやく狙いが付き、石野二曹は引き金を引いた。だが、それは一瞬だが遅かった。ロレンソの姿がゴールドの陰に入り、銃弾はむなしく空気を切り裂いただけであった。
轟音とともに、ペガソ・トラックが吹き飛んだ。畑中二尉が、二発目の90ミリ無反動砲弾を命中させたのだ。IFAトラックの方はデニスが集中射を浴びせており、すでにキャンバスの側面はずたずたに引き裂かれている。
長浜一佐はM‐16の弾倉を入れ替えながら、素早く状況を分析した。
最大の脅威と言えたDShk重機関銃はすでに潰した。トラックもほぼ無力化できた。幸いにして、トラックの荷台に居たゲリラはいずれも数名程度で、車列全体の兵力は二十数名程度だったようだ。だが、まだ何名かのゲリラが生き延びており、残骸と化した車両の陰に隠れている。当方の火力に圧倒されてまともに撃ち返してはこないが、こちらも迂闊には動けない状態だ。
「当たらないわ、いまいましい!」
スカディが、毒づく。
彼女は先ほどから建物『ブルー』に対し40ミリ擲弾を浴びせていた。そこの窓から、かなり正確な射撃が行われてくるのだ。まだ被弾した者はいないが、早急に対処しなければならない。
「二尉、次はブルーを潰せ。雛菊、シオとベルに通信。ロレンソを追わせるんだ。デニス、シオたちの援護を」
長浜一佐は矢継ぎ早に命じた。
「シオ吉、ベルたそ、ロレンソが南へ逃げたで。追えとの命令や」
FM無線を通じて、雛菊の声が聞こえた。
「ジープで逃げるつもりですね! 逃がさないのです! ベルちゃん、行きますよ!」
シオは立ち上がった。3Dマップとカメラが捉えている画像を素早く解析し、次に身を隠すべき遮蔽物を選択する。ニッサンのピックアップトラックだ。
シオは走り出した。
「クレイモアが無駄になってしまったのですぅ~」
愚痴りながら、ベルが続く。
「ロレンソは大使も連れて行ったで。たぶんハイメも一緒や。気をつけてな」
雛菊が、追加情報を伝えてくれる。
「了解なのです!」
走りながら、シオは返信した。
二体の接近に気付いた生き残りのゲリラが、ランドローバーの陰からAKを撃ってきた。シオは進路を小刻みに変えて照準を狂わそうとした。最初の一連射はゲリラが照準を誤ったために、大きく外れた。AI‐10は大きさも走る速度も、人間のそれとは大きく異なる。人間相手の射撃に慣れている者には、狙いを付けにくい目標なのである。
ゲリラが狙いを付け直し、二連射目を放とうとする。だが、その前にデニスがM60の射弾をランドローバーの前部に浴びせた。一弾がゲリラの左前腕を骨ごと砕き、手にしていた東ドイツ製MPi‐K突撃銃が地面に転がる。
目標としていたピックアップトラックにたどり着く前に、シオはM61手榴弾を手にしていた。ニッサンの陰に入ると同時にピンを抜き、左前方……車列の裏側……へと放り投げる。爆発が収まったところで、シオはそっと頭部を突き出し、あたりを窺った。……とりあえず、動くものはいないようだ。
「ここまでは順調なのです! ベルちゃん、次はゴールドの西側側面に取り付きますよ!」
「了解なのですぅ~」
シオとベルは再び走り出した。
先行するハイメが、M38ウィリス・ジープの一台に取り付いた。
AIMの銃口をあちこちに向け、用心深く周囲の様子を窺ってから、運転席に乗り込み、付けっぱなしになっているキーを廻してエンジンを始動させる。
ようやくジープにたどり着いたロレンソは、日本大使を助手席に押し込んだ。追跡されないようにもう一台のジープに一連射叩き込もうとしたところで、北から二人のゲリラが走ってくるのに気付く。……連中にも、逃走の手段を残しておいてやるべきだろう。
ロレンソは、AIMを肩に掛けるとジープの後部に飛び乗った。
「よし、出せ!」
ウィリス・ジープは弾かれたように飛び出した。
「逃げられてしまったのですぅ~」
ホワイトに向けて走りながら、ベルが言う。
「もう一台のジープで追いかけるのです!」
走り去るジープを視線で追いかけながら、シオは言い返した。ロレンソとハイメ、それに大井大使を乗せたジープは、フレンテ根拠地の南側に広がる草原を疾走して遠ざかりつつある。もうすでに、AI‐10専用銃の有効射程外であったし、仮に射程内であったとしても、大井大使が同乗している以上迂闊には射撃できない。
シオは走り続けた。幸い、ゴールドの南側にゲリラの姿はなかった。しかし、シオとベルがジープにたどり着く前に、北側から走ってきた二人のゲリラがホワイトの前に現れる。
二人は疾走するAHOの子二体に気付かぬまま、ジープに飛び乗った。一人が運転席に滑り込んでエンジンを始動させ、もう一人がAKを構えて周囲を警戒し……シオとベルに気付く。
そのときにはもう、シオとベルは足を止めて、それぞれがAI‐10専用銃の狙いを二人のゲリラに定めていた。ゲリラが慌ててAKの銃口を向ける前に、二体の放った9ミリ弾が飛翔する。正確な一連射を喰らったゲリラは、二人ともジープの上で絶命した。
シオとベルはウィリス・ジープに駆け寄った。ゴールドの北側ではまだ銃撃戦が行われているようだが、ホワイトの周辺に敵影はない。二体は力を合わせてゲリラの死体をジープの外へと放り出した。シオは、すかさず運転席の前に潜り込んだ。
「ベルちゃん、ハンドルを頼むのです! あたいはアクセルとブレーキを操作します!」
「了解なのですぅ~」
ベルが運転席に立ち、ハンドルを握った。
「行きますよ!」
シオはアクセルを踏み込んだ。
「速度を落とせ、ハイメ!」
ロレンソは命じた。
周囲は平坦な地形であった。だが、腰の辺りまでありそうな丈の高い草に覆われているので、地面の様子はよく判らない。穴や雨裂、岩などあったとしても、事前に気付くのは難しいだろう。高速でそれらに突っ込めは、ただではすまない。
……さて、これからどうすべきか。
揺れるジープの荷台でなるべく楽な姿勢を取りながら、ロレンソは思いを巡らせた。ニカラグア領内ではほとんど活動していないので、このあたりの地理には疎い。他にもいくつか根拠地があることは知っているが、マウロの話からすればそこも放棄されたかじきに放棄されるだろう。行き着けたとしても、あまり意味はない。
適当なところで北へ転じ、ジープで行けるところまで行く。あとは徒歩でサンタ・アナ国内へと戻る。それが、現実的な計画だろう。ゲリラの嗜みとして、非常食程度なら常時持ち歩いているし、熱帯雨林内で食料や寝場所を確保するやり方は熟知している。問題はない。
おや。
ふと目の端に動きを捉えたロレンソは、ジープの後方に顔を向けた。
一台のジープが、こちらを追って来つつあった。
「ハイメ。もっと速度を落とせ」
ロレンソは、そう命じた。向こうのジープに先導させようと考えたのだ。ニカラグア国内で活動していた連中なら、地理には通じているはずだし、『露払い』役にもなる。
ジープが、ぐんぐんと距離を詰めてくる。ロレンソは、先行しろと合図するために腕を挙げ掛けたところで、運転している『者』の正体に気付いて愕然とした。メイド服のような衣装。黒髪に紺のリボン。まるで線画のような単純な造作の顔。間違いない、日本大使館にいたロボット、『サクラ』だ。
「ハイメ、速度を上げろ!」
怒鳴りつつ、ロレンソはAIM突撃銃を肩付けした。ロレンソの動きに気付いたらしいサクラがジープを減速させ、さらに蛇行させ始める。
ロレンソは引き金を引かなかった。この状態で撃っても、そうそう当たるものではない。
……なぜあいつが特殊部隊と一緒に? まさか、あいつが連れてきたのか?
わけがわからない。
いずれにしても、サクラが敵であることだけは間違いない。幸い、シープに乗っているのは奴だけのようだ。AIMを一連射叩き込んでやれば、機能停止するだろう。
「とりあえず追いつきましたが、これ以上接近すると撃たれてしまうのですぅ~」
運転を続けながら、ベルが言う。
「困りましたね! ですが、地図によればこのまま南下すると熱帯雨林にぶつかるのです! ロレンソはジープを捨てる羽目になるのです!」
メモリー内地図と衛星写真を検討しながら、シオは言った。その頃になれば、日も暮れるだろう。闇の中ならば、暗視装置が使えるAI‐10がはるかに有利となる。隙を衝いて、大井大使を奪還できるはずだ。そうすれば、日本へ、マスターの元へと帰ることができる。
地面が、荒れ始めた。
草地を疾走するジープの揺れが、激しくなる。ロレンソはAIMを肩に掛けると、収納状態にある幌用のフレームに掴まった。
いつの間にか、平原の中に濃緑色の大きな茂みが点在するようになっていた。草のあいだから、低木がにょっきりと生えているのも目につく。
「ハイメ! もっと速度を落とせ!」
赤茶けた岩の頭が、草のあいだから顔を覗かせていることに気付いたロレンソは、いささか慌てた声でそう命じた。あんな岩にぶつかったら、下手をしたら死ぬ。
……こうなると、追っ手のほうが有利だな。
ロレンソは顔をゆがめた。地雷原と同様、向こうはこちらの轍を辿れば安全なのだから。
岩の数が増えた。中には、ジープとさほど変わらないような大きなものまである。激しい雨と強い日差しに晒されたことによる風化が進んでおり、表面はいずれもひびだらけだ。ところどころ黒ずんでいるところなど、裸火で焼き過ぎた赤味の牛肉の塊のようにも見える。
がしゃん。
金属板に大ハンマーを振り下ろしたかのような大音響とともに、ロレンソの身体は中に投げ出された。胴部に、衝撃が走る。
地面に手ひどく叩きつけられたにも拘らず、ロレンソにはジープが、草に隠れていた岩に衝突したのだ、と考えるだけのゆとりがあった。
「くそっ」
毒づきながら、ロレンソは立ち上がった。痛みはあるが、すぐに立てたことからして骨折はしていないようだ。足元に落ちていたAIMを拾い上げ、横転しているジープに駆け寄る。
ほっとしたことに、ハイメは無事であった。自力で、運転席から這い出しつつある。ロレンソは手を貸して立たせてやった。
「大丈夫か?」
「はい。申し訳ありません」
「敵はロボット……サクラだ。近付けさせるな」
ロレンソは北方を指差した。
「はい」
しっかりした声音で答えたハイメが、AIMを構えて、腰を落とし気味にして歩き出す。
ロレンソはいまだ助手席にいる大井大使に近付いた。ぴくりとも動かないが、呼吸はしているようだ。額からは、わずかに出血が見られる。……打撲を負って気絶したのだろう。
「おい、しっかりしろ」
呼びかけながら、ロレンソは大井大使をジープから引っ張り出した。意識を回復した大使が、唸りながら自らの足で立とうとする。ロレンソは、目隠しを外してやった。夕暮れ近くで日差しは和らいでいたが、それでも闇に慣れた目にはかなり眩しいらしく、大井大使がぎゅっと目をつぶる。
ジープのエンジンは止まっていた。車体から、強くガソリンの臭気が漂ってくる。……おそらく、もう走れないだろう。
……他の逃走手段を考えねば。
「シオちゃん、ブレーキを踏んでくださいぃ~。ロレンソのジープが事故って止まったのですぅ~」
「それはラッキーなのです! 大井大使は無事ですか?」
「よくわからないのですぅ~」
シープが止まると、ベルはカメラを電子ズームにして、横転したジープの細部を観察した。こちらに底部を向けているので、乗員の様子はわからないが、かなりの損傷を受けたことは間違いないようだ。
と、ジープの陰からAKを構えた男が現れた。ハイメだ。
ハイメが、AKを肩付けする。
「シオちゃん、アクセルですぅ~」
「はいなのです!」
シオがアクセルを踏み込むとほぼ同時に、ハイメが発砲した。一弾が、フロントガラスに着弾しこれを打ち砕く。もう数弾は、至近弾となった。
ベルはジープを茂みの陰に乗り入れた。すぐに飛び降りて、もっとしっかりとした遮蔽物である近くの岩まで走る。
ハイメがベルを狙って撃ったが、これは当たらなかった。ベルは無事に軽自動車ほどもある岩の陰に飛び込んだ。ハイメが再び発砲し、岩に当たった銃弾が小さな破片を飛び散らせる。
そのハイメに、茂みからよく狙って発砲したシオの銃弾が命中した。胸部を撃たれ、ハイメが仰け反って倒れる。シオは素早くベルの位置まで移動した。
ロレンソはまだ足元がふらついている大井大使を左手で抱えるように支え、右手にAIMを持ってハイメのところまで歩いた。だが、歩き着く前に発砲していたハイメが被弾し、仰け反って倒れる。
「ハイメ!」
ロレンソは大井大使を放り出すと、部下に駆け寄った。
詳しく診るまでもなかった。即死だ。
毒づきながら、ロレンソは横転したジープを盾にして様子をうかがった。四十メートルほど離れた岩の陰から、サクラが顔を覗かせている。
……奴の乗ってきたジープを手に入れなければならん。
ロレンソは思案した。ハイメを射殺した腕前からすると、サクラの戦闘能力はそれなりに高いのだろう。まともにやり合えば、殺られるかもしれない。
幸い、こちらには日本大使という切り札がある。これを利用すべきだろう。
「サクラ! 提案がある!」
ロレンソは、怒鳴った。
シオは頭を引っ込めた。
「ベルちゃん、ロレンソがあたいのことをサクラだと呼びました!」
「まだサクラちゃんの格好のままですからねぇ~。間違えるのは仕方のないことだと思いますぅ~」
そう答えながら、今度はベルが岩陰から頭を突き出す。
「取引しよう! ジープを寄越せ。そうすれば、オオイを解放する。聞いているか、サクラ?」
横転したジープの陰に隠れたロレンソが、怒鳴る。
「どうやらわたくしのことも、サクラだと思っているようですねぇ~」
視線をロレンソに固定したまま、ベルが言う。
「あたいとベルちゃんのことをサクラだと思い込んでいる。ということは、一体だと考えている、ということですね!」
「そうなのですぅ~。これは、利用できるかもしれないのですぅ~」
「サクラ! 返事をしろ!」
ロレンソが、返答を迫ってくる。
「どうしましょうかぁ~」
「あたいたちの優先任務は、大井大使の無事奪還なのです! だから、ロレンソを取り逃がしても問題はないのです! 所詮小物なのです!」
シオはそう主張した。
「そうですねぇ~。おんぼろジープ一台と交換ならば、割りのいい取引なのですぅ~。問題は、ロレンソが素直に大井大使を返してくれるかどうかだと思いますがぁ~」
「ベルちゃんの言うとおりなのです! あのロレンソが、素直なわけないのです! 裏切る可能性ありありなのです!」
「では、ジープに細工をしておくというのはどうでしょうかぁ~」
「細工? まさか、爆薬を仕掛けるのではないでしょうね?」
「そのまさかですぅ~」
心底楽しそうに、ベルが答える。
「大井大使ごとふっ飛ばしてしまうのでは?」
「心配ご無用ですぅ~。バンクス軍曹直伝の方法を使うのですぅ~」
「ならばベルちゃんにお任せします! どのくらい時間が掛かりますか?」
「移動に時間が掛かるので、十五分以上は欲しいのですぅ~」
爆薬を扱うことになって嬉しいのか、身体を揺らしながらベルが答える。
「では、あたいは時間稼ぎをしているのです!」
「よろしくなのですぅ~。それと、これを使ってくださいぃ~。よりサクラちゃんらしくなるのですぅ~」
ベルが言って、自分の紺色のリボンを解いてシオに渡した。受け取ったシオは、ポニーテールを解くと、紺色のリボンを結んだ。
「では、行って来るのですぅ~」
ベルが、身を屈めると草の間に消える。
第二十話をお届けします。




