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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 19 カリブ海謎の研究所探索せよ!
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第五話

 シャールジャ国際空港は、アラブ首長国連邦に属する首長国のひとつ、シャールジャにある国際空港である。

 そこに、五機のいわくありげなビジネスジェット機がかなりの時間差を置いて降り立った。

 最も長距離を飛行してきたのは、ブラジル連邦共和国サンパウロ州カンピーナス市にあるヴィラコッポス国際空港を飛び立ったエンブラエル/レガシー600で、途中西アフリカのガーナ共和国の首都、アクラのコトカ国際空港を経由し、実に一万二千五百キロメートルほどを踏破して砂漠の地に降り立つ。

 次に遠くから来たのは、アメリカ合衆国アイオワ州のデモイン国際空港から来たガルフストリームG650ERで、一万二千キロメートルを無給油で飛びきって、シャールジャに到着する。

 三番目に遠くからやって来たのは、ダッソー・ファルコン7Xで、出発地は南アフリカ共和国のヨハネスブルグにあるO.R.タンボ国際空港。飛行距離は、約七千キロメートル。

 四番目はロシア連邦中部のスヴェルドロフスク州エカテリンブルクのコルツォヴォ国際空港を離陸したボンバルディア/グルーバル・エキスプレス6000で、飛行距離は約四千キロメートル。

 最も近い場所からやって来たのは、エジプトはカイロのカイロ国際空港を飛び立ったホンダジェットで、飛行距離は二千キロメートルほど。

 これら五機のビジネスジェット機が運んできたのは、各機一名のVIPと、その取り巻きたちであった。彼らは各々出迎えたヘリコプターに乗り込み、すぐに空港を後にした。ヘリはいったん西側の海に出ると、すぐに針路を南に向けて飛行する。すぐお隣のドバイに入ったヘリの下を、建設中の埋め立て地が通り過ぎてゆく。

 ヘリの目的地は、ドバイの海岸から橋でつながった小さな人工島に造られた高層ホテル、ブルジュ・アル・アラブであった。その屋上に設けられた円形のヘリコプター・プラットフォームにヘリが着陸する。VIPを降ろしたヘリは、すぐに離陸してシャールジャ国際空港に取って返す。次のVIPを待たせるわけにはいかないのだ。



 高級ホテルが乱立するドバイにおいても、最高級と目されているのがブルジュ・アル・アラブである。

 そのスイートの一室に、世界各地よりはせ参じた五人のVIPが集っていた。いずれも男性で、年齢は四十代半ばから六十代末までまちまちだ。

 一番若いのは、エカテリンブルクからやって来た、アルチョム・グリャーエフだった。年齢は、まだ四十六歳。表向きは石油関連企業の代表取締役だが、ロシアン・マフィアの頭目の一人でもある。元KGBで、ソ連崩壊後にのし上がった父親の組織を受け継いだ『二代目』である。

 次に若いのが、サンパウロから来たウーゴ・ソーサで、五十五歳。主に鉱業と林業を手掛けるソーサS.A.(株式会社)の社長だ。こちらもグリャーエフ同様、父親の事業を引き継いだ『二代目』である。

 三番目が五十八歳になるアナス・サミールである。白髪交じりの顎髭をもつエジプト人で、建設、小売り、通信事業などをエジプトのみならず中東地域で幅広く手掛けている。ここドバイにも、貿易事務所を構えているほどである。

 残る二人の人物、アイオワ州から来た宗教家のジョナサン・トレイラーと、ヨハネスブルグから来た鉱山王のマルティン・ヴィルケスでは、髪も髭も真っ白なトレイラーの方が、多少禿げてはいるもののまだ黒々とした髪を持っているヴィルケスよりも年上に見えるが、実はトレイラーが六十歳、ヴィルケスが六十八歳と、トレイラーの方が年下である。

 ディズニー映画の『アラビアン・ナイト』の撮影に使えそうなほど、過多にアラビア調の装飾がなされた豪奢な部屋の中には、他に二人の人物がいた。フィリピン人のメイドが一人と、地中海系らしい浅黒い肌の痩せた中年男である。名はペデルツィーニ。サスキア共和国大統領、デイモン・ファン・デル・フックの補佐官だ。

「みなさん、お飲み物のお代わりはいかがですか?」

 ペデルツィーニが、英語でにこやかに尋ねる。

「結構だ。それより、博士はまだかね?」

 ウィスキーのグラスを手にしたグリャーエフが、尖った口調で訊く。

「もうしばらくお待ちください」

 ペデルツィーニが、笑顔で応じる。

「わしはもらおうか」

 ヴィルケスが、グラスを差し出した。

「おれももう一本欲しいな」

 ソーサが、空になったビール瓶をテーブルに置いた。メイドがヴィルケスのために、新しいグラスに氷を入れ、二十五年物のボウモアを注ぐ。ペデルツィーニは、冷蔵庫からビールを出し、栓を抜いて盆に載せ、ソーサに差し出した。

「諸君、ここはドバイだぞ。飲酒はほどほどにしておきたまえ」

 オレンジジュースを飲んでいたトレイラーが、咎める口調で言う。

「悪いが、あんたの信じる神と、俺の信じる神は意見が一致しないようだ」

 ソーサがにやりと笑って、ビールを一口呷った。

 その様子を、サミールが紅茶を飲みながら冷ややかに見ている。

 この五人のゲスト……年齢も国籍も異なる男性たちには、三つの共通項があった。

 一つめは、全員が金持ちである、という点だ。いずれもが、数十億ドルに及ぶ総資産を有し、それぞれの分野で精力的に事業を行い、日々その資産を増やし続けている。

 二つめは、全員が相当な野心家である、という点だ。まあ、野心家であるから、巨額の資産を築くことができた、とも言えるだろうが。ともかく、凡人であれば満足しきって引退を考えるであろう、死ぬまで無駄遣いをしてもまだ余るレベルの資産を蓄えているにも拘らず、さらなる儲け話を追い求めてやまない連中なのだ。

 そして三つめは……全員が悪党である、という点だ。

 アルチョム・グリャーエフは、先ほども紹介したとおりロシアン・マフィアの頭目の一人で、裏ではダイヤモンドの密輸から政治的暗殺まで様々な裏稼業を請け負っており、自ら人を殺めたこともある悪人である。

 ウーゴ・ソーサは、裏では麻薬を商っており、アマゾンの奥地に密かに設けた農場で芥子の大量栽培を行っている。また、鉱山や伐採所の新設に反対する地元住民の有力者を密かに葬り去ってきた。

 アナス・サミールは、自らは穏健派イスラム教徒と称しており、非イスラム教徒とも親しく接するなど『異教徒に寛容な』人物を装っている。しかし実際には、ワッハーブ派であり、複数のイスラム原理主義テロリスト組織に多額の献金を行っている。その見返りとして、異教徒資本のライバル企業に対するテロ攻撃が行われることもしばしばある。

 ジョナサン・トレイラーは、ケーブルテレビとインターネットを通じて布教活動に勤しんでいるキリスト教原理主義者の説教師としての表の顔を持つ。しかし、彼の本質は商売人である。多額の献金と、宗教グッズ販売の利益は、ほとんどが投機的な投資にまわされ、トレイラーとその取り巻きたちの懐を潤している。そしてなぜか、トレイラーを批判するジャーナリストや、裏の顔に気付いて棄教した人々は、車に撥ねられたり川で水死したり就寝中に自宅が火事になって焼死したり路上強盗に刺されたりするのである。

 マルティン・ヴィルケスは複数の鉱山を経営する実業家だが、裏では武器密輸ビジネスを手掛けている。所有する鉱山でも、相当に無茶な経営方針を貫いており、何件もの訴訟を抱えているが、今まで裁判で負けたことはない。ただし、裁判中に証人が突然亡くなったことは何度もある。

 先ほど、この五人全員が数十億ドルの総資産を持つ、と書いたが、これは厳密に言えば嘘である。表向きの帳簿の上では、数十億ドルの資産を持っていることになっている、というのが正解である。実は、裏のビジネスを含めると、その総資産は百億ドルを超えているのだ。……一人を除いて。

 と、隣室に通じる扉にノックがあった。すぐに、ペデルツィーニが開けに行く。

 入ってきたのは、なかなかに印象的な人物だった。年齢は、三十代半ば。赤みがかった金髪を機能的に短く刈った女性だ。ピンク色の、メタルフレームの眼鏡を掛けている。やや小柄だが、胸はかなり大きめだ。

「お待たせしました、みなさん」

 女性が、ぴょこりと頭を下げる。

「久しぶりですな、博士」

 ソーサが、ビール瓶を持った手をひょいと上げて挨拶する。

 ペデルツィーニの合図を受けて、フィリピン人メイドがそっと部屋を出て行った。博士と呼ばれた女性……名前は、パウリーナ・ノーウィッキ……が、手にしていたタブレットをテーブルに置き、座る。それぞれ勝手な場所で飲み物を手にしていた五人の男が、パウリーナと同じテーブルに座った。最後にペデルツィーニが、パウリーナの隣に座る。

「では、年次定例報告会を始めさせていただきます」

 パウリーナが、眼鏡越しに上目遣いで居並ぶ『スポンサー』を見渡しつつ、宣言した。


 『プロジェクト』に関する年次定例報告会は、おおよそ株主総会と同じような流れで行われた。

 まずは、ペデルツィーニが会計報告を行う。前年度までに払い込まれた五人のスポンサーの投資がどのように使われ、いくら残っているか。それらが、詳細にわたって説明される。

 次いで、ノーウィッキ博士により、事業内容についての報告が行われる。

 五人のスポンサーは、それぞれ異なったスタイルでそれを聞いていた。グリャーエフは持参したタブレットに盛んにメモをしている。ソーサは安物のリーガルパットに、これも安っぽいボールペンで時折何かを書き込む。サミールは、重厚な革表紙のノートを広げ、万年筆で流麗なアラビア文字を綴っている。トレイラーは半ば眼を閉じ、まるで眠っているかのように聞き入っている。ヴィルケスは、ウィスキーをちびちびと飲みながら、あまり関心のない様子で耳を傾けている。

「とりあえず、順調なようですね。良かった」

 ノーウィッキ博士の話が終わると、ほっとした表情でサミールが言った。

「連れてきた科学者連中は、大丈夫なんだろうね」

 ソーサが、ボールペンの先をノーウィッキに突き付けるようにして問う。

「問題ありません。全員、大統領の説得に応じて、働いてくれることになりました。……多少、ごねた者も居ましたが、報酬をチラつかせて納得させました」

 ノーウィッキではなく、ペデルツィーニがそう答える。

「大丈夫なのかね。ロシアや合衆国の科学者を拉致するようなまねをして。当局に嗅ぎつけられたら、ことだ」

 グリャーエフが、心配そうに言う。

「リスクは織り込み済みです。彼らの協力がなければ、実証設備も作れません。まだいくつも、突破しなければならない壁があります。もちろん、これらは枝葉の部分です。数年以内に、すべて解決できるでしょう。それだけの人材を集めましたから」

 ノーウィッキ博士が、自信ありげに言い切った。

「他に無いようでしたら、本年度の分担金についてご説明いたしたいのですが」

 皆が沈黙したところで、ペデルツィーニがそう切り出した。

「いくら欲しいんだ?」

 ソーサが、しかめっ面で訊く。

「第二研究所の追加工事、新規参加した科学者の研究費、通常の運営費等勘案いたしまして、おひとり五千万ドルをご負担いただきたいのです」

 ペデルツィーニが、揉み手しながら言う。

 五人のうち、四人の表情が一斉に変わった。ソーサが苦笑いを浮かべ、トレイラーが顔をしかめる。サミールは悲し気な表情で首を振り、グリャーエフが驚きの表情を浮かべる。ひとり、ヴィルケスだけが顔色一つ変えず、手にしたグラスからウィスキーを一口飲んだ。

「去年も五千万ドル出した。今年もか?」

 トレイラーが、問う。

「事業を順調に進めるためには、不可欠です。遅くとも、あと十年で事業は完遂します。みなさん、割り当てられる予定の未公開株十パーセントだけで、数百億ドルを超えるのですよ。事業が軌道に乗れば、毎年数十億ドルが転がり込んできます。五千万ドルくらい、安い投資でしょう」

 ノーウィッキ博士が、諭すように言う。

「いや。安くはないな。……まあいい。俺は出すよ」

 ヴィルケスが、ぼそっと言った。

「よかろう。払うとしよう」

 トレイラーが、諦め顔になって言う。

「わたしも支払いに同意します」

 ぱたんと革表紙のノートを閉じて、サミールが言った。

「わかったよ」

 しかめっ面のまま、ソーサが言う。

 残るグリャーエフが、しぶしぶとうなずく。その横顔を、ヴィルケスがじっと見つめていた。



 年次定例報告会の四時間後、アルチョム・グリャーエフの元に謎めいたメッセージが届けられた。

『二人だけで話し合いたい。いいウィスキーを開けて待っている。飲み友達Mより』

 そして、そのあとに部屋番号らしき数字。

 飲み友達、ウィスキー、そしてMという文字からして、差出人はマルティン・ヴィルケスだろう。何の用があるのだろうか。

「罠では?」

 腹心の部下であるシドロフが、言う。

 ……気付かれたのだろうか。

 グリャーエフはそう思った。

 実は、グリャーエフは窮地に陥っていた。後ろ盾だった政府高官が粛清された影響で、表の事業に大混乱が生じていたのだ。素早く損切りしたものの、数百億ルーブルの損失を被ってしまう。さらに、裏の事業でも失敗が相次ぎ、総資産はドル建てで八億ドルほどにまで落ち込んでいた。……ここで五千万ドルの出費は、かなりの痛手となる。


「むろん気付いていたよ。わしはダイヤモンドも扱っているからね。ロシアにもアンテナを張っている。かなり苦しいようだね」

 ウィスキーのグラスを揺らしながら、ヴィルケスが言う。

「乗って来たビズジェットもレンタルだろう?」

「そこまで知られているとはね」

 グリャーエフは、苦笑しつつグラスを傾けた。

「で? 金を貸してくれるつもりなのかい?」

「いや。わしと組まないか?」

 ヴィルケスが、言った。

「組む? 共同事業、ということか?」

「いや、違う。単刀直入に言えば、連中を裏切ろう、という誘いだ」

 ヴィルケスがグラスを置き、真剣な口調となった。

「……どういうことだ?」

 グリャーエフは語気鋭く訊いた。シドロフが言った通り、これは何かの罠ではないのか。

「あんたは金がない。今五千万ドル払ったら、手持ち資金が減って、事業継続に支障を来しかねない。そしてわしは、時間がない」

「時間?」

「実はね、健康を害しているんだ。おそらく、五年以内に死ぬだろう」

 グリャーエフの眼を覗き込むようにしながら、ヴィルケスが言った。

「……酒をやめたらどうだ?」

「胃腸も肝臓もいたって丈夫だ。酒をやめても寿命は延びないよ」

 苦笑しつつ、ヴィルケスが言う。

「どこが悪いんだ? 心臓か?」

「そこは明かせない。悪いが、そこまであんたを信用していないからな」

 くすくすと笑いながら、ヴィルケスが応じた。

「とにかく、医者が言うには持ってあと五年という話だ。つまり、ノーウィッキ博士のプロジェクト完成まで、わしは生きられない。だから、今までの投資はすべて無駄になるわけだ」

「なるほど」

「したがって、これ以上投資する気はない。だが、黙って引き下がったのでは、何の利益も得られない。だから、計画を立てた」

「……あまり聞きたくない気がしてきたが……」

 グリャーエフは、グラスから一口飲んだ。とても素面では聞けない話になる、と悟ったのだ。

「ノーウィッキ博士と、その助手たちを誘拐し、研究資料もいただく。そして、それらをすべてどこかの国に売る。安く見積もっても、数百億ドルの値は付くだろう。合衆国、中国、ロシア。どこでも一番高値を付けた国に売る。インド、サウジアラビア、日本……。どの国も欲しがるはずだ」

「酔っぱらってるんじゃないのか?」

 グリャーエフは、そう言った。

「いいや。わしは大まじめだ。だからこそ、君を巻き込んでいる。金が無いんだろ? 手を組もう。分け前は半々。どうだね?」

「ソーサとトレイラーとサミールは?」

「ソーサはヤク中だ。信用できない。トレイラーは脳みその代わりに聖書が詰まってるような奴だ。『神のお告げがあった』とか言って裏切りかねない。サミールも、脳みそ代わりにコーランが詰まってる。トレイラー以上に信用できない」

 首を振りつつ、ヴィルケスが言う。

 グリャーエフは素早く計算した。この話、乗るべきか否か。

 ……乗るしかないか。

 そう、グリャーエフは決断した。五千万ドル貸してくれる奴の当てはないし、今の状況で事業売却してもライバルに安く買い叩かれるのがおちだ。来年には、また『プロジェクト』への投資を迫られるだろうし、そうなればじり貧状態が続く。

「いいだろう。あんたの話、乗るよ。ただし、あんたが嘘をついてないことを確認してからだ」

 グリャーエフは、グラスを置くと手を差し出した。

「結構」

 ヴィルケスもグラスを置き、手を差し出す。

 二人の『悪党』が、しっかりと手を握り合った。


 第五話をお届けします。

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