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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 18 西アフリカ邪教国家改革せよ!
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第二十七話

 ユエの仕事は完璧だった。

 ショーウィンドウに映った自分の姿を眺めながら、アリシア・ウー中校は満足げに微笑んだ。どう見ても、ありふれたセケティア人女性の一人である。中国人には見えない。

 自分や部下がアフリカ人に変装する必要が出てきた場合に備え、メーキャップの専門家であるユエを連れてきたのは大正解であった。ユエはほぼ一時間で、アリシアの外見を西アフリカ人に変えてくれた。きつめのウェーブが掛かった長い黒髪はウィッグで、若いセケティア人女性の多くが好んで付けているものだ。肌は光沢のある茶褐色で、腕や足首もしっかりとこの色で塗られている。茶系の地味なワンピースには、あちこちに詰め物が入っており、中国人女性としてはごく普通の体格だが、西アフリカ人としてはやや華奢に見えるアリシアの体型をごまかしていてくれる。首筋や手首のじゃらじゃらとしたアクセサリーの類も、セケティア人女性の必須アイテムだ。手には、安物のビニールバッグ。

 ショーウィンドウを覗いていたのは、自分の変身ぶりをほれぼれと眺めるためではない。尾行の有無を確認するためだ。アンドン市内に臨時に確保してあるセーフハウスから部下の車に乗って来ただけだから、尾行されている可能性はほぼゼロだが、用心のためである。こんな処で中国の諜報機関に所属する女性が、アフリカ人に見えるように変装したうえで、消音拳銃の所持容疑で地元官憲に逮捕されたりしたら、とんでもない騒ぎになる。

 街路を行き過ぎる人や車の流れの中に、不審な点は見られなかった。通りを挟んだ向かい側を、バックアップ要員である部下のションが歩んでゆく。セケティアで働いている中国人労働者が、休日にぶらりと買い物に出かけた、といった雰囲気のラフな服装と歩き方だ。肌の色を除けば、完全に風景に溶け込んでいる。……合格だ。

 アリシアはちらりと腕時計に視線を落とした。あと三分ほどで、ターゲットであるスティーブン・クメルンが現れる……はずである。

 準備期間がほとんど得られなかったこともあり、ターゲットの誘き出しには中国大使館を介さねばならなかった。密使が本国から来ていると偽って、クメルンに極秘会合を打診したのだ。……窮地に陥っているクメルンとしては、絶対に断れない『餌』である。

 だが、そのおかげでほぼ理想的な形で、暗殺の舞台をセッティングすることができた。逃げ込める細い路地のある裏通り。人通りが多くも少なくもない……多いと射線を遮られる場合があるし、少ないと目立ち過ぎて接近し辛い……昼下がりという時間帯。マスコミや反クメルン派に嗅ぎつけられるとまずい、という理由で、護衛の人数を絞るように強要することもできた。

 アリシアが付けている、ワイヤレスイヤホンに偽装した無線機が音を発した。

『来ました。百二十秒後』

 表通りを見張っているチァオの声だ。

 アリシアはゆったりとしたペースで歩道を歩み始めた。周りを歩く、セケティア人に合わせた速度である。ビジネス街や官庁街なら別だが、こんな昼下がりにせかせかと歩くセケティア人はいない。目立たなくするには、周りに溶け込まねばならない。見た目も、動きも、醸し出す雰囲気も。

 アリシアはワンピースのポケットに右手を突っ込んだ。用意したのは、ロシア製……より正確に言えば、ソビエト連邦の時代に造られた消音拳銃、PSSである。

 PSSはユニークな消音自動拳銃である。通常、消音拳銃は銃口から発射された銃弾と共に出てくる発射ガス……これがいわゆる『銃声』の元となる……を様々な工夫により抑制することによって消音効果を得るが、PSSの場合発射ガスそのものを薬莢内に留めることにより、消音効果を得ているのである。

 PSSに使われているSP‐4という名称の弾薬は、7.62×41mmという特殊な弾薬である。通常の拳銃弾……いや、それ以外のたいていの弾薬は、弾頭部が薬莢の先端から突き出しているものだが、SP‐4の円柱状の弾頭は長い薬莢の中にすっぽりと納まっている。弾頭の底部には『蓋』状の部品があり、薬莢底部には発射薬が充填されている。

 通常の拳銃と同様、薬莢がハンマーで叩かれて発射薬が燃焼すると、『蓋』が高速で押し出され、その上にある弾頭も同様に押し出される。薬莢は頭部でやや絞り込まれており、若干細めに作られている弾頭はそのまま飛び出してゆくが、『蓋』は薬莢の頭部に引っかかって、発射ガスを薬莢の内部に留める働きをする。

 このようにして、弾頭部は無事に銃身を通過して銃口から発射されるが、銃声の元となる発射ガスは銃内部のみならず薬莢の中だけに留まり、消音効果が得られるのである。

 これにより、PSSは嵩張る銃口装着型の消音装置を使わずとも、充分に消音効果が得られる特殊拳銃となった。その全長はわずか百六十五ミリと、ごく普通の中型自動拳銃と同程度で、ポケットに楽々と収まるサイズである。厚みも薄く造られており、暗殺者がこっそりと持ち歩くのに最適である。装弾数は箱弾倉六発で、通常の自動拳銃と同様に素早い弾倉交換が可能だ。

 もちろん、欠点もある。普通の消音拳銃なら、亜音速弾であれば市販の弾薬を手に入れて使用しても問題ないが、PSSはそうはいかない。また、弾速が二百メートル/秒程度と極端に遅い……遅いと言われる45ACPでも秒速二百六十メートルはある……のもマイナスポイントだ。それゆえ、有効射程も短い。

 そして……暗殺用途として致命的と言える欠点が、特殊弾薬の使用である。どんな間抜けな検視官が調べても、PSSや類似するSP‐4弾薬を使用する拳銃によって殺されたことが一目瞭然なのである。幸い、最近ではPSSも西側に出回り始めているし、テロ組織などにも流れているようだから、あからさまに中国に対し嫌疑が向けられるようなことはあるまい。

 ……来た。

 乗っている人物の識別はできなかったが、アリシアは前方から走ってきた白いルノー・カジャーにターゲットが乗っていることを確信した。……長年このような仕事をしていると、妙な勘が発達する。

 アリシアはPSSを握った。何気ない様子で首を回し、辺りの様子を脳裏に焼き付ける。背後の通行人の配置。通りの向こう側。脅威や障害となり得る物体……人体も含めて……の位置を把握し、その未来位置までをも無意識のうちに計算し、頭に入れる。

 ……障害なし。

 カジャーが減速し、歩道に寄せて止まった。助手席のドアが開き、スーツ姿の若い男性が降りて、辺りに油断のない視線を配る。その視線はアリシアも一瞬捉えたが、明らかに脅威と判断せずに、そのまま通り過ぎた。

 後部座席のドアも開き、似たようなスーツ姿の男性が降りてくる。こちらはスマートフォンを手にしており、そのまま歩道を横断して建物の壁に背を寄せるようにして立った。視線は、主に車道に向けられている。通り過ぎる車からの『攻撃』を警戒しているのだろう。もう一人、運転手がいるが、こちらは降りてくる気は無いようだ。いや、むしろ何かあったらすぐに警護対象を乗せて走り出せるようにしているのだろう。エンジンを切らずに、ハンドルに手を掛けたままだ。

 スマートフォンを手にした男が、うなずく。若い方が、うなずき返して開いたままの後部座席のドアに手を掛けた。奥に座っていた男が、姿を見せる。

 クメルンだ。

 アリシアはすぐにターゲットであると識別した。サングラスを掛けて目元を隠してはいるが、間違いなくスティーブン・クメルンである。

 ……近すぎる。

 チァオの見積もりは、かなり正確だった。だが、クメルンの護衛が安全確認に時間をかけ過ぎたせいで、この時点でアリシアとクメルンの距離は十メートルを切るほどまでに接近していた。ここで立ち止まったりすれば、護衛たちの注目を浴びることになるだろう。クメルンを殺せたとしても、そのあと捕まったりしたら元も子もない。運転手も含め、四人とも射殺するという手は使えない。『大事にするな』とカオ部長から釘を刺されているし、あまりにも鮮やかに四人とも始末してしまえば、『プロ』の仕業だと判断されるおそれも強い。使用されたのはPSSだが、撃ったのはたぶん地元の素人と思わせたいがために、わざわざ肌を黒く塗って変装しているのだから。

 ……仕方がない。通り過ぎてから殺ろう。

 アリシアはそのまま歩を進めた。脳内に焼き付けた周辺の様子を今一度確認し、あと十秒後くらいに射線に入ってくる歩行者が居ないことを確かめる。

 若い方の護衛が、アリシアを注視しながらクメルンの盾になる位置を取る。アリシアは、そのまま通り過ぎた。ビニールバッグを下げた左手を、やや身体から離す。右手で、ポケットの中のPSSのセイフティを外す。

 脳内で、背後の情景をもう一度確認する。歩むクメルン。護衛の若者。周囲に気を配っているスマートフォンの男。運転手は、クメルンの方を見ているはず。

 今だ。

 アリシアはPSSを抜き出した。左腕をわずかに上げ、PSSを握った右手を左わき腹に添えるようにしながら、銃口を後方に向ける。やや身体を左側へ捻り、首は思いっきり左へと捻じ曲げる。

 左脇の下から、背後を狙った形だ。

 クメルンの姿が見えた。半ば背中をこちらに向けている。護衛の若い男は、すぐ後ろに付いていた。

 ターゲットまでの距離は十五メートルというところか。ノンサイトのうえ妙な射撃姿勢だが、アリシアの腕前をもってすれば、当てられる距離である。

 アリシアは引き金を四回引いた。

 くぐもった四回の発射音と作動音は、街路の騒音に完全にかき消された。少なくとも二発は命中したと確信したアリシアは、素早く姿勢を戻すとPSSをポケットに突っ込んだ。指は、引き金に掛けたままだ。

 護衛二人にしてみれば、歩いていた女が変な動きをした……と思ったら、クメルンが倒れたように見えただろう。よく訓練された連中なら、拳銃を抜いて(持っていればだが)その女を拘束しようとするはずだ。アリシアは、緊張して歩調を変えずに歩み続けた。制止の声が聞こえたら、すぐに立ち止まって振り返り、倒れているクメルンを見て悲鳴を上げる。慌てて駆け寄るふりをしながら、拳銃を向けている相手をPSSで倒し、現場を混乱させる。その隙に、逃げるしかない。

 幸いなことに、護衛連中は素人らしく、歩み去るアリシアは無視された。路地に曲がる寸前にちらりと見た限りでは、若い護衛は倒れたクメルンの介抱に掛かりっきりであり、スマートフォンの男は慌てた様子でどこかと通話中、運転手は拳銃片手に呆然と歩道に突っ立っているところであった。

 アリシアは安堵しながら路地に入った。あらかじめ眼を付けてあった建物のあいだに入り込み、ビニールバックから一回り大きなビニールバッグを出す。茶色いワンピースを手早く脱ぐと、その下に現れたのは鮮やかな水色のやや短めのワンピースだった。ウィッグも取って、地毛のストレートヘアーになる。これは、普通にウィッグに見えるだろう。茶色のワンピース、ウィッグ、さらにアクセサリーの大半もむしり取って、ビニールバッグに突っ込む。これで、印象はだいぶ変わった。仕上げに、ポケットから濃い青のスカーフを取り出し、頭に結ぶ。

 変身を完了したアリシアは路地を抜けると、表通りに出た。



 スティーブン・クメルン内相の暗殺……検視の結果、胴体に三発分の銃創が認められ、即死であったと判断された……は、セケティア共和国に激震をもたらした。

 ミディアム・アーミィは長年に渡りテロを行っていたが、いかなる形であれ要人テロを実行したことはなかった。それゆえ、政権の中枢にいた人物が凶弾に倒れる、ということ自体が実に十数年ぶりの出来事だったのである。

 クメルンの死でもっとも打撃を受けたのは、もちろんクメルン派であった。ただでさえ、ダドジ大統領に政敵扱いされて窮地に陥っていた同派は、クメルンという中心軸を失って瓦解の危機に瀕する。実質的に、クメルンの右腕であったのは、国家人民憲兵隊長のジェレマイア・カナエ大佐だが、彼は政治家としての実績は皆無である。そのようなわけで、旧クメルン派はカナエ大佐を頼る『カナエ派』と、あくまで反ダドジ/ファタウ路線を貫く一部議員による『反ダドジ派』に分裂する。もちろん、クメルンの死で旧クメルン派を見限って派閥を離脱した議員も多かった。

 一方のダドジ大統領支持派は、クメルンの死によりその結束がやや揺らぐこととなった。元々、反クメルンの意図を持つ人々が結集したのが、同派の起源である。クメルンという敵が居なくなれば、その存在意義は揺らぐ。

 だが幸いなことに、同派にはダドジ大統領という新たな『旗印』が存在した。ダドジ大統領自らが危機感を持って、派閥の引き締めに奔走することになる。

 そのダドジ大統領は、クメルン暗殺の報に接するとすぐに、クメルン内相の葬儀は国葬とする、と発表した。この決定は、国民各層に好評をもって迎えられた。欠点の多い野心家ではあったが、長年内務相を務めたクメルンはそれなりに国民に親しまれていたのだ。



 スティーブン・クメルンの国葬には、当然中国大使も出席した。さらに、本国からも外交部部長助理の一人が派遣され、参列する。……これは、元首級ではない人物の国葬に対しては『異例』と言える扱いである。

 さらに、同葬儀では中華人民共和国国家主席からの弔電も披露され、その中で国家主席はクメルンを『中華人民共和国の誠実なる友人』と表現し、その死を『すべての人民が悼み』つつ、『クメルン氏によって築かれたセケティア共和国と中華人民共和国の友情は永遠である』と述べた。



 スティーブン・クメルン内相暗殺事件の捜査は、国家人民憲兵隊が担当した。

 盟友であった憲兵隊隊長ジェレマイア・カナエ大佐が陣頭指揮を執る捜査は難航した。現場付近には監視カメラがなく……もちろん、それを踏まえてアリシアが場所を選択したのだが……目撃者も少なく、また消音銃が使われたことから暗殺者の特定が難しかったためだ。

 それでも、主にクメルンの護衛の証言から、現場の歩道にいた『茶色いワンピースの女』が最重要容疑者として浮かび上がった。国家人民憲兵隊は、首都警察の応援を得て、付近の監視カメラ映像の徹底検索と訊き込み捜査を行ったが、得られたのは三分に満たない画質の悪い被疑者らしい人物の映像と、幾つかの曖昧な目撃証言だけであった。

 国家人民憲兵隊による捜査は、規模を縮小しながらそれから約三年間続いたが、報奨金目当てのいいかげんな『新証言』や、単なるうわさ話に振り回されただけに終わり、暗殺者を特定することはできなかった。


 第二十七話をお届けします。

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