第十五話
アレクザンダー・ニャルコ将軍が、サマリ霊媒長の提案を受け入れ、CIAのロボットとの直接交渉に同意し、代理人を派遣することを受け入れた、との報せは、バーソロミュー・アナシュ『少佐』によって、直接AI‐10たちに伝達された。
『なんだか音声ストレス値が高いですわね』
嬉し気に喋るアナシュを前にして、スカディがこっそりと赤外線通信で告げる。
『少佐殿が嘘をついているというのですかぁ~。わたくしたちを嵌めようとしているのでしょうかぁ~』
ベルが、同じく赤外線通信で言う。
『どうもそうでは無さそうね。おそらく、代理人ではなくニャルコ将軍本人が会ってくれるのではないかしら』
そう赤外線通信を送ったスカディが、アナシュに尋ねる。
「代理人というと、どのような立場の方が来られるのでしょうか?」
「将軍の側近の誰かだろう。それなりに実権のある人物だから、問題はない」
アナシュが、スカディを見下ろしながら答える。
『やはりストレスのポイントはここですわね。間違いなく、将軍本人が会ってくれますわ』
『安全策だね。そこまで信用はされていないってことか』
スカディの通信を受けて、亞唯が言う。
『せやなぁ。うちらが密かにセケティア陸軍と通じていたりする可能性を考えると、親玉の居場所は簡単には明かせないやろ』
雛菊が、同意する。
その翌日、AI‐10たちは、サマリ霊媒長、クリスティーナ、護衛の二人らと共に、迎えに来たルノーの古い大型トラック、ミッドラムの荷台に乗り込んだ。
てっきり長いドライブになると覚悟していたAI‐10たちだったが、意外なことに走り出したトラックは十分ほどで停車してしまった。運転していたミディアム・アーミィの兵士が降りてきて荷台の方へと回り、目的地に着いたことを告げる。
「これなら、歩いても来れたのであります!」
シオはそう言いつつ荷台から飛び降りた。
トラックが停車したのは低い岩山のそばであった。その岩山に半ば守られるようにして粗末な小屋が突っ立っている。遠くに疎林が見えるが、他に目立つ地物も建物も無く、乾いた風が時折吹き付けてくるだけの、なんとも侘し気な場所である。
トラックの到着を待ち受けていたのは、SIG510‐4を手にした護衛役らしい部下を一人だけ連れたアナシュ『少佐』であった。
「代理人に会えるのは二人だけだ。火器の携行は遠慮してもらおう」
トラックから降り立った一同を見渡しながら、アナシュが告げる。
「そういうことでしたら、またわたしが人質になりましょう」
サマリ霊媒長が言って、いつもの護衛の二人に少し離れるように告げる。
暗黙の了解で、『代理人』と会う二人はジョーとスカディに決まる。二体は、97式自動歩槍をそれぞれ雛菊と亞唯に預けた。
「こっちだ」
アナシュが、岩山の側に建つ小屋のような建物に向けて歩き出す。ジョーとスカディは、その後に続いた。その後ろを、SIG510‐4を手にした護衛が歩む。
『これはひょっとして大チャンスなのでは? スカディちゃんの読み通り、あの小屋にニャルコ将軍が居るのであれば、強襲して人質に取って、山桜物産の三人と交換、という手もありなのでは?』
歩き去る二体と二人を見送りながら、シオはそう赤外線通信で提案した。
『ミディアム・アーミィ側も用心はしてるだろ。あの岩山の反対側に、一個小隊くらいの兵力は隠してるんじゃないか? あたしなら、そうするぞ』
亞唯が、応じる。
『いずれにしても、ここでトラブルを起こすのは、サマリ霊媒長の面子を潰すことになると思うのですぅ~。それはまずいと思うのですぅ~』
ベルが、言う。
「えー、みなさん」
いきなり、クリスティーナがAHOの子たちの中に割り込んでくる。
「妙な事考えてませんよね? さっきから、近くの霊がざわついているんですけど……」
にこにこと微笑みながら……でも眼が笑っていない状態で、クリスティーナが問う。
「あー、何でもないで。会見がうまく行くかどうか心配なだけや」
雛菊が、わずかに引きつった顔でそう言い訳する。
アナシュ『少佐』が、小屋の扉……というか、単なる合板にしか見えない……をノックする。
「お客様をお連れしました」
「入れ」
返答に応じ、アナシュが扉を開け、自分は中に入らずにジョーとスカディに対し、入るように身振りする。
「CIAのジョーとスカディです。入りますよ」
ジョーが身分を明かしつつ、中に入った。スカディが、続く。
小屋の中は薄暗かった。壁際には、ビグネロン短機関銃で武装した兵士が四人いる。中央には、椅子代わりの木箱に腰掛けた大柄な人物。
その人物が、ゆらりと立ち上がった。一本も毛が生えていない頭部と、右頬の目立つ傷。……間違いない、ミディアム・アーミィの指導者、アレクザンダー・ニャルコ将軍だ。
「騙して悪かった。用心しないといけないのでね。ニャルコだ。よろしく」
ニャルコ将軍が、ジョーとスカディに向け手を差し出す。二体は握手した。
「前置きはなしだ。交渉に入ろう……と言いたいところだが、これではやり難いな」
ニャルコが苦笑する。AI‐10は身長一メートル。対するニャルコ将軍は、二メートル近い巨漢である。視線を合わせて会話するのは、無理ではないがお互い不自然な姿勢を強いられる。
「座らせてもらうが、侮辱だと取らないでくれよ」
ニャルコが言って、木箱に腰を下ろした。
「さて、これで話しやすくなった。時間を節約するために、こちらの立場を明確にしておこう。例の人質三人は、可及的速やかにそちらに引き渡したい。だが、そのためには何らかの代価が必要だ。組織としての面子もあるのでね」
「金銭は出せませんよ。合衆国や日本の政府による公的な支持声明なども期待しないでくださいね」
ニャルコの言葉に、ジョーがすぐさま釘を刺しに行く。
「それは充分に承知の上だ。そこで、CIAにひとつだけ依頼したいことがある。それを実行してくれれば、日本人人質三人を解放しよう」
ジョーを見据えて、ニャルコがそう持ち掛ける。
「依頼の内容によっては、受けかねますよ。能力的に、あるいは政治的ないし道義的に不可能なこともありますからね」
ジョーが、二本目の釘を刺す。
「能力的には可能だろう。道義的には問題ないし、政治的にもこっそりと行えば問題にはなるまい。ノース・ウェスト州のキタウに、国家人民憲兵隊の訓練基地がある。そこには、政治犯収容施設が併設されている」
「キタウ基地ですか。アーチボルド・ファタウ元副大統領が収監されている基地ですわね」
スカディが、口を挟む。
「まさか、ファタウ元副大統領を拉致しろとか、そんな依頼をしようとか……」
「いやいや。いくらなんでもそんなことは頼まんよ」
ジョーの危惧に、ニャルコが首を振る。
「まあ、拉致というか、人を連れてきてもらいたい、というところは同じなのだが。そこに、アンブローズ・ヤクブ、ナサニエル・サーポン、サミュエル・ハンブラーという名の三人が収監されている。彼らを脱走させて欲しいのだ。人質三人と交換といこう。三人と三人。対等じゃないかね?」
「……えーと、将軍。CIAはミディアム・アーミィを直接利する行為は出来かねます。それに、収監されているのが国家人民憲兵隊の基地となると、間違いなくセケティア政府との政治的トラブルに発展する。……これは受けられませんよ」
ジョーが、即座に拒否した。
「いやいや。この三人は、ミディアム・アーミィのメンバーではない。ミディアム・グループに属してもいない。まあ、政治的に反政府系で、ミディアム・グループに同情的ではあるがね。アンブローズ・ヤクブは、元フォドジョア州の州議員。ナサニエル・サーポンはアモノー市の元市長。サミュエル・ハンブラーはセケティア・タイムズの記者。いずれも、現政権に批判的だったことから、国家憲兵隊に微罪逮捕されて、裁判で扇動罪や国家侮辱罪を追加起訴され、長期収監を余儀なくされている人物だ。これを、救い出してもらいたい」
「とてつもなく難事に思えますけど」
スカディが、突っ込み気味に言った。
「簡単な依頼ではないことは認める。しかし、CIAならば不可能ではないだろう。様々なテクノロジーも使えるだろうし、何か理由を付けて基地内に入り込むことも可能なのではないかな。部下の報告では、君たちも優秀なロボットだというではないか。こちらとしても、最大限の支援はする」
ニャルコが、持ち上げ気味に言う。
「いくつか質問が。その三人を解放すると、ミディアム・アーミィにどんな得があるのでしょうか?」
スカディが、訊いた。
「三人とも、知名度があり、一般市民に支持されている人物だ。解放されたら、地下に潜ることになるだろう。となれば、反政府の立場でミディアム・グループの力を借りに来る可能性は高い。潜在的な味方、と言ってしまってもいいかな」
ニャルコが、答えた。
「わたくしたちに依頼するということは、ミディアム・アーミィの手で解放するのは無理だ、と判断なさっているのですか?」
「あの基地の政治犯収容施設は、セケティアでは珍しいハイテク型でね。監視カメラはもちろん、収容者の衣服に埋め込まれた管理タグとか、様々な最新機器が使われているんだ。我々が、最も苦手とする対象だな。人数を揃えて強襲すれば、解放は可能だが、双方に多大な死傷者が出るだろうし、そこまでして助けたい三人ではない。君たちなら、スマートなやり方で、こっそりと解放してくれるんじゃないかと期待している」
ニャルコが言って、にやりと笑う
「いずれにしても、CIAは国家人民憲兵隊を敵に回すわけにはいかないからね。こっそりとやるしかないんだけど……」
ジョーが言って、考え込む。
「この施設に関しては、以前から情報を収集していてね」
ニャルコが、控えていた護衛の一人から紙製のファイルを受け取った。
「かなりの資料を貯め込んである。見取り図、写真、設計図や電気配線図の一部、入構の手順、警備状況など。実は、内部にシンパがいてね。かなり詳しいことが判明しているんだ。これを、進呈しよう」
ニャルコが、ファイルを差し出す。
「将軍。この件は上司に相談する必要があります。良いお返事ができるかどうか微妙なところだと思いますが……あまり期待しないでお待ちください」
ジョーが、気が進まないといった表情で手を伸ばし、そのファイルを受け取った。
ミディアム・アーミィの手から『解放』されたAI‐10たちは、とりあえずアンドン市のCIAセーフハウスに戻った。
ジョーはさっそく、ニャルコ将軍に依頼されたキタウ国家人民憲兵隊基地を巡る作戦について上司に報告するために、合衆国大使館へと出かけて行った。残るAHOの子たちは、ニャルコ将軍からもらった資料類の検討を始めた。
「警備システムを請け負ったのは、ドイツのドゥーゼ・システムズ GmbH。総合セキュリティ企業ね。本社は、ボン」
スカディが、資料を読み上げる。
「ジーエムビーエイチとは、何の略でありますか?」
シオは訊いた。よくドイツ企業名の後ろにくっついている略語だが、意味までは知らない。
「簡単に言えば有限会社ね。ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクター・ハフトゥング。ゲーエムベーハー。直訳すれば、有限責任会社という意味ね」
スカディが、説明した。
「ハイテクやねー。AIによる画像分析を併用した監視カメラシステムなんて、お高いやろ。セケティアにそんな予算あるんかいな?」
隠し撮りされたものらしい不鮮明な写真が張り付けてある別の資料を読みながら、雛菊が言う。
「重要な政治犯収容所を作るためのテスト導入だったらしいな。政権安定のためには費用を惜しまない、というところだろ」
これまた別の資料を読みながら、亞唯が突っ込み気味に言う。
「悪いお方ほど、保身のため、安全のためにはなりふり構わない、と言いますしねぇ~」
ベルが、嬉しそうに言う。
「システムは閉鎖系コンピューターネットワークによって完全管理されている、とあります! これは却って好都合なのでは? ジョーきゅんのハッキング能力なら、監視カメラだろうが電子タグだろうが電気錠だろうが、いったんシステムをハックしてしまえばやりたい放題できるのではないでしょうか?」
シオはそう言った。
「確かにそうかもしれませんわね」
スカディが、同意する。
セケティア共和国の国家人民憲兵隊訓練基地内にある政治犯収容所から、三名のセケティア人政治犯を脱走させる……。ジョーが報告提案した『ニャルコ将軍からの依頼』は、CIA上層部によって受け入れ難いものであった。
代償に得られるのもが、合衆国市民三人の身柄であれば、CIAは嬉々として実行をジョーに命じたであろう。ミディアム・アーミィの手から人質三人を解放したとなれば、合衆国大統領は胸を張ってテロとの戦いに勝利したことを有権者に説明できる。これでセケティア共和国との外交関係を損ねても、有権者への悪影響は僅少に留まるだろう。だいたい、セケティアという国家が存在することなど、合衆国の有権者の九割は知らないのだ。だが、そんな彼らもテロリストは大嫌いであり、どのような形であれテロに打ち勝った『強い大統領』には無条件で拍手を送ってくれるのだ。
だが、日本人人質三人を得る代わりにCIAが汚れ仕事を行い、その結果セケティア共和国と合衆国の外交関係が悪化するとなると、収支決算は危うくなる。大統領はいい顔をしないし、CIAの利益にもならない。もちろん、マスコミも有権者も納得しないだろう。
というわけで、この件は『却下』を前提として、一人の「アジア太平洋、ラテンアメリカおよびアフリカ分析局」のアフリカ担当中堅アナリストに回され、『大統領への提出に耐えられるだけの(実際に大統領が読むことはあり得ないが)却下理由レポート』をまとめるようにとの指示が下された。さっそくレポート執筆に掛かった中堅アナリストは、ジョーが送った資料を読み込み始めたところで軽い驚きを覚えた。資料の中に、知っている名前を発見したからだ。
サミュエル・ハンブラー。セケティア・タイムズの記者。
アナリストはさっそくデータベースにアクセスした。サミュエル・ハンブラーに関する一般的なデータが出てくる。そのデータには、機密扱いにつき注意、というタグが付随していた。……つまり、この人物にはCIAの内部データベースにも記載できないレベルの秘密の情報が記載されたファイルがある、という印だ。
アナリストは上司の許可を得てから、サミュエル・ハンブラーの人物ファイル……コンピューターネットワーク上のファイルではなく、紙のファイル……を取り寄せた。中堅アナリストのセキュリティクリアランスでも簡単には閲覧できないレベルのファイルを開いた彼は、サミュエル・ハンブラーが以前CIAの情報提供者であったことを知った。暗号名は、トライロバイト(三葉虫)。その古臭い名前に相応しい初老の記者で、実に三十年以上に渡ってCIAと関係を保ち続けている。今は収監状態にあるために、接触は途切れているが、CIAとの信頼関係は損なわれていないはず、という最新の手書きメモが添付されていた。
中堅アナリストは、もう一度ジョーが送ってきた資料の冒頭を参照した。ニャルコ将軍は、政治犯三人を解放すれば、この三人がミディアム・アーミィと共闘してくれるのではないか、と期待しているという。となれば、サミュエル・ハンブラーをミディアム・アーミィの内部に浸透させることは難しくないのではないか。ニャルコ将軍と個人的に信頼関係を結べれば、組織を内部から操ることも夢ではない。
中堅アナリストはノートパソコンに向かうとレポートを書き始めた。出来上がったレポートは、却下理由レポートではなく、暗号名トライロバイトをミディアム・アーミィに潜入させる可能性と、その作戦により得られる利益を検討した作戦提案レポートとなった。
第十五話をお届けします。




