第八話
「これで充電ができます。いま、発電機を動かしてきますから、しばらくお待ちください」
クリスティーナが壁にある複数付いているコンセントを指差す。角型三本のBFタイプだ。電化を進めたのが旧宗主国の英国なので、規格が英国と同じなのである。
「ちょっとお聞きしていいかしら」
立ち去ろうとしたクリスティーナを、スカディが呼び止める。
「なんでしょうか?」
笑顔で、クリスティーナが振り返る。
「霊が視えるのは、女性だけ、なのですよね?」
「もちろんそうです」
スカディの問いに、クリスティーナがうなずく。
「で、あなたは優れた霊媒だ、ということですが」
「自慢ではありませんが、霊媒としての能力は強いです」
クリスティーナが、認める。
「……わたくしのキャラとしては、これ以上は聞けませんわね。えーと、雛菊、頼めるかしら」
スカディが困り顔で言って、雛菊に振った。
「よっしゃ。まかしとき。セクハラキャラならお手のもんや」
雛菊が、気合充分でずいと一歩前に出る。気押されたのか、あるいは本能的に危険を感じ取ったのか、クリスティーナ半歩下がった。
「お嬢ちゃん。あんた、ホンマにお嬢ちゃんか?」
「え? 言ってる意味が判りませんが……」
「ここに、余計なもんぶら下がってるんとちゃうか?」
雛菊が、無遠慮にクリスティーナの股間あたりを指差す。
クリスティーナが、黒い肌にも関わらずさっと蒼ざめたように見えた。
「な、何を言ってるんですか。わたしは女の子ですよ」
心が乱れていることが丸わかりになる口調で、クリスティーナが言い返す。
「じゃ、触ってみてもええか?」
雛菊が、突き出した人差し指以外の指も開き、手のひらをクリスティーナの股間に向け、何かをふんわりと包み込むような仕草をする。
クリスティーナの表情が見るからに強張った。そしてそのまま何も言わず、AI‐10たちから視線を逸らして足早に部屋を出てゆく。
「これは確定ですねぇ~。スカディちゃんの判定を仰ぐまでもなく、男性決定なのですぅ~」
ベルが、嬉しそうに言う。
「でも、男性には霊媒の素養はないはずだろ? なんで男の子が霊媒やってんだ?」
亞唯が、首を傾げる。
「性染色体が男性でもあり女性でもある、なんて事情かしらね」
スカディが、言う。
「女性であれば、普通はXXなのでY染色体はありませんが、クリスティーナちゃんは持っていらっしゃるのかもしれませんねぇ~。ですから、身体は男性なのに霊媒としての能力をお持ちなのかも知れませんですぅ~」
ベルが、そう推測する。
「はっと! これは実はTS(性転換)ネタなのでは? 実は引きこもりのニートゲーマーだったのを、天才科学者の妹に一服盛られて、美少女にさせられてしまったお兄ちゃんであるという可能性は……」
「ないないない」
「あらへんあらへん」
「それは無いと思いますですぅ~」
シオの妄想を、亞唯と雛菊とベルが即座に否定する。
AI‐10たちに不躾な『暴露』をされてしまったにも関わらず、クリスティーナはちゃんと発電機を動かしてくれたようで、ほどなくコンセントに通電があった。AHOの子たちは、さっそく充電を開始した。
しばらくすると、部屋にエリザベス・サマリ霊媒長が入ってきた。なにやら、憂いを帯びた表情だ。
「どうかされましたか、霊媒長」
ジョーが、そう声を掛ける。
「無線で、ミディアム・アーミィの幹部の一人と連絡を連絡を取りました。ニャルコ将軍との会見をお膳立てしてくれるように依頼しました。将軍は州内に居る模様なので、近日中にはお会いできるでしょう」
「それはいい報せですわね。ありがとうございます」
スカディが、礼を言う。
「それと……クリスティーナのことですが」
サマリ霊媒長が、言いにくそうに続ける。
「あの子の性別に関して、ご意見がお有りだとか」
「あー。意見とかそんなんじゃなくて」
亞唯が、言い訳口調で言う。
「なんか違和感があってさ。別に、悪気があったわけじゃないんだ」
「あたいたちは特殊な訓練を受けているのであります! ですから、そういうことに関しては鋭いのであります!」
シオはそう言った。かなり誇張してはいるが、嘘は言っていない。
「そうですか。しかし、ロボットに見破られてしまうとは、想定外でしたわね」
サマリ霊媒長が、嘆息した。
「いいでしょう。認めますわ。クリスティーナは、男の子です。このことは、ご内密にしていただけるとありがたいのですが……」
「もちろん秘密は守りますわ。わたくしたちは、今回の人質事件を平穏無事に解決したいだけであって、ミディアム・グループに害意を持っているわけではありません。クリスティーナの真の性別を公にすることによって、ミディアム・グループに何らかのご迷惑が掛かるということであれば、この件に関しては口を噤んでいますわ」
スカディが、即座に請け合う。ジョーを始めとする他のAI‐10たちも、無条件でそれに同意した。
「でも、いままでよく他の方々にバレませんでしたねぇ~」
ベルが、言った。サマリが、薄く笑う。
「古来より霊媒の素質がある者は女性に限られていましたからね。セケティアの住民にしてみれば、男性の霊媒がいるはずがない、というのが常識なのですよ。コーラの瓶に黒い液体が入っていたら、それがブラックコーヒーだと見抜ける人はまずいないでしょうから」
「それは確かにそうですね」
ジョーが同意する。
「夏場だったらおかんが作った『めんつゆ』の可能性があるけどな」
雛菊が、笑う。
「あの子がわたしのところに来たのは、十二歳の時でした。男の子なのに霊が視えるということで、忌み子かもしれないと世間の目に触れないように密かに育てられていたそうです。それでも性格が歪まずに育ったのは、常に良き霊に守られていたからでしょう。わたくしは一目でその強い霊媒としての素質を見抜き、彼を引き取ることにしました。あ、今はクリスティーナと名乗っていますが、親が付けた名前はクリストファーです。姓は、ラーヴィ。ともかく、わたくしの弟子となった彼は、霊媒としての才能をめきめきと伸ばしました。あと数年で、わたくしの力を超えるでしょうね。彼……彼女を、中央で政治に参画させるのが、当面のわたくしとその仲間たちの目的です。彼女のような優れた霊媒を政治家として成功させ、精霊力が強いだけの男たちが牛耳っているだけのアンドンの政治中枢に割り込ませることができれば、この国を良い方向へ向かわせることができるでしょう。人と精霊、そして祖先の霊がそれぞれ力を合わせてこそ、調和のとれた発展が望めるのです。目先の欲望に囚われがちな人と、純粋過ぎて深みに欠ける精霊だけでは、国家の運営は難しい。霊の知恵と導きが、この国には必要なのです」
サマリ霊媒長が、切々と説く。
「発展している国家は、いずれもこの人と精霊と霊の調和がとれています。アメリカ合衆国は、バイタリティ溢れるヨーロッパ系移民の人々と、精霊を貴ぶネイティブ・アメリカンの人々、祖先を敬う東洋系の移民、そして精霊とも霊とも親しいアフリカ系、カリブ系の人々が寄り集まっている国です。日本も、古来より多くの人々が自然を敬い、祖先の霊を奉って暮らしてきたからこそ、アジアでもっとも発展した国になりました。その両国との関係を悪化させるわけにはいきません」
『すごい理屈やなー』
雛菊が、苦笑気味に赤外線通信で言う。
『はっと! 最近日本が駄目になったのは、祖先の霊を蔑ろにしているせいでありますか?』
シオも棒読み口調で言う。
『この理屈だと、伝統と自然を破壊しまくっている現代の中国が発展している説明がつかないのだけれど』
スカディが、疑問を呈する。
『そのうち精霊と祖先の霊が怒りだすんじゃないのか、あの国は』
亞唯が、笑いを含んだ通信を送る。
男の子という存在は、『強いもの』が大好きである。
まだ世間の狭い幼い男の子が一番よく目にする『強いもの』は、言うまでもなく父親である。ということで、たいていの男の子は父親のことを好きになる。歳の離れた兄や叔父、近所の体格のいい青年なども、憧れの対象となり得る。
もう少し成長し、様々な情報に接するようになった男の子は、世の中には父親よりもはるかに『強いもの』があることを知り、そちらに興味の対象を移す。年少者向けテレビドラマやアニメ、漫画や絵本などに登場するヒーロー。街中やテレビで目にする巨大なマシンたち……トレーラー、土木建設機械、電車、航空機などと、それを操っている人々。そして、プロスポーツ選手、消防士、警察官、軍人などの、『強そう』な職業の人々。
さらに成長し、世の中の仕組みというものを理解した男の子は、幼い頃憧れたヒーローたちが作りものであることを知り、また『お金』がとても強いアイテムだということを知って、その志向を変化させる。幼い頃の憧れを『こじらせて』巨大メカフェチや制服フェチになった場合は別だが、トレーラーや電車を動かしても稼げるお金はさほどでもないことに気付き、あるいは警察や軍隊でも下っ端の『強さ』は大したことないことに気付き、憧れることをやめるのだ。そして、より多くのお金と、『権力』を持つ存在を目指すようになる。……そういう意味では、お金を稼げるうえに『試合』で強さをアピールできて、しかも人気者になれるプロスポーツ選手が、世界中の子供たちにとって『将来なりたい職業ナンバー1』であるというのは、うなずける話である。
そんなわけで、早くも『夢』を失った子供たちは、医者やITクリエイターや実業家などの稼げる職業や、公務員や教師などの手堅い職業を目指すことになる。
ここセケティアのとある小都市で生まれ育ったスティーブン・クメルン少年も、幼い頃憧れた職業は実は軍人であった。ある日国軍の軍事パレードで見たセンチュリオン戦車……当時すでに旧式化していたが……に衝撃を受け、将来は戦車乗りになるのだと決意したのだ。
しかし学業を一通り終えた頃には、軍人への憧れと戦車への傾倒は霧消しており、スティーブン少年は喰っていくために固く公務員試験を受けることになる。学業は優秀であったスティーブンは、公務員試験においても優秀な成績を収め、めでたく首都アンドンにおいて下級事務員として働くことになる。配属されたのは、内務省の地方行政局の広報を司る小さなセクションであった。
勤勉で賢くて野心家のスティーブン青年は、そこを手始めにして内務省内でぐいぐいと出世を遂げてゆく。そして、内務省大臣官房総務課長まで登り詰めた彼は、そこから政界に打って出る。元々、そこそこ精霊力のあった彼にとって、政治家への転身はいわば既定路線であった。内務省時代に培ったコネもあり、見事初当選を果たしたスティーブンは、数年後には早くも入閣を果たす。いくつかのあまり重要でない大臣職を無難にこなしたスティーブンは、ついに古巣内務省に内務相として堂々たる凱旋復帰を果たす。これが、二年前のことである。
いわば少年時代の夢……『強いもの』になる……を実現させたスティーブン・クメルンだったが、彼の野心はまだ衰えていなかった。セケティア共和国には、内務相よりも『強いもの』が存在する。言うまでもなく、共和国大統領である。
政治家を志した時点で、スティーブン・クメルンは大統領職をその最終目標として銘記していた。そして、そこに向けて努力を積み上げ、無理を重ねてようやく内務相という重要な地位を手に入れた。
だが……客観的に見て、スティーブンがこれ以上の地位を得るのは難しいと思われた。のし上がってゆく過程でいささか敵を作りすぎたし、ストレス解消のために麻薬に手を出したことも弱みとなっている。当初はマリファナ止まりだったのが、今はコカインにまでエスカレートしているのだ。幸いまだ常用するまでには至っていないが、さすがに公になればイメージダウンは必至である。
だがここへきて、風向きが変わってきた。エリオット・ダドジ大統領が突如『乱心』し、スティーブンの最大のライバルであったアーチボルド・ファタウ副大統領を罷免し、投獄してしまったのだ。本人も、現在は職務放棄状態にあるので、行政に関してはスティーブン・クメルン内相が事実上トップとして取り仕切っている状態である。……もはや、大統領代行といってもおかしくない。
大統領が乱心。副大統領は不在。そして今現在大統領代行として活動中。
……これ以上のチャンスはない。
スティーブン・クメルンの野心は、これ以上なく膨れ上がっていた。精霊たちがプレゼントしてくれた、大統領の地位を奪取する千載一遇のチャンスである。
障害は、幾つかあった。スティーブン自体が国民に人気がない。序列的には国民議会議長ドンコーの方が上位で、しかもドンコーには嫌われている、など。
クーデターを起こすのも無理だった。国家人民憲兵隊は、隊長のジェレマイア・カナエを完全に飼い慣らしているから、クーデターを起こす実働兵力には困らないが、武装蜂起となれば国軍が黙っていないだろう。国防相のモーガン・ナナとの関係は冷ややかだし、国軍が本気を出せば軽装備の国家憲兵隊は蹴散らされてしまう。
スティーブン・クメルンの有利な点は、二つ。中国との太いパイプを持つこと。そして、内務省の部下たちと国家人民憲兵隊を使えば、かなり複雑な陰謀を行えること。
今回の日本人人質事件、何とか自分にとって大きな利益となる方向へ持ってゆけないだろうかと、スティーブン・クメルンは当初から考えていた。例えば、モーガン・ナナ国防相の権威を傷つけるとともに、中国のご機嫌取りになる方策はないものだろうか……。
今日もまた、スティーブン・クメルン内務相は執務室でせっせと書類を片づけていた。実質大統領代行なので、処理すべき書類は山積みになっている。これほどの仕事量をこなせるのは、たまに行うコカイン水溶液の静脈注射のおかげであった。
デスクの上の直通電話が鳴る。
「わたしだ」
スティーブンは受話器を取った。書類仕事中は、集中力を乱さないために外線電話を繋がないように秘書官には言いつけてある。にもかかわらず掛かってきたということは、重要な電話である証左である。
「閣下、ジェレマイアです」
掛けてきたのは、国家人民憲兵隊隊長にして忠実な部下でもある、ジェレマイア・カナエ大佐であった。
「例の日本人人質事件、日本人たちが捕らわれていると思われるミディアム・アーミィの基地が特定できそうです。内通者が現れました」
「本当か」
スティーブンは、きつい書類仕事で丸めていた背を思わず伸ばした。
「はい。つきましては、特定した場合に即座に対応できるように、救出部隊を編成し、同部隊による急襲の許可を頂きたいのです。直前に閣下の許可を頂いていたのでは、救出のタイミングを逸するおそれがあります」
カナエ大佐の言葉に、スティーブンはしばし考えた。
内務省に所属する国家人民憲兵隊が無事に日本人の人質を奪還すれば、当然内務相であるスティーブン・クメルンの株は上がる。日本にも感謝されるだろう。勲章のひとつもくれるかも知れない。だが、もし失敗すればボロクソに叩かれるだろう。
……いっそのこと、失敗する、いや、させるか。
スティーブンの脳裏に、まるで以前から構想していたかのように、鮮やかに妙案が浮かんだ。国家人民憲兵隊には、常設の対テロ特殊部隊はない。だが、陸軍には特殊任務中隊があって、その主任務のひとつが人質救出作戦である。だから、救出を陸軍に任せるというのは、不自然ではない。これに、先日現れたCIAの連中を参加させるというのも、自然だろう。
国軍主導、CIA協力の救出作戦が無残な失敗となれば、モーガン・ナナ国防相もただでは済むまい。CIAの面子も潰れる。こちらは残念がるふりをしつつ、国防省を追われるナナを腹の中で笑って見送ればいいだけだ。CIAが国際的に恥をかけば、中国も喜ぶだろう。
もちろん、この作戦は慎重に行わなければならない。陰謀が発覚すれば、内務相を追われるだけでは済まないだろう。だが、成功すれば大統領への道が拓ける。
「救出部隊の編成は許可する。だが、そこまでだ。早まってはいけない。編成が終わったら、内務省へ来てくれ。内々に話し合おう」
スティーブン・クメルン内相はそれだけ言って電話を切った。
第八話をお届けします。




