第七話
首都アンドンから、北西方向に延びる街道を、トランスポーターがのんびりと走ってゆく。
のんびりと走っているのは、道路が意外なほど混雑しているからである。各種のトラック、乗用車。乗り合いタクシーなのか、ぎゅうぎゅうに人が詰め込まれているミニバンやワゴン車。それにバイクやスクーターなどが、列をなして走っている。
道路は片側一車線のアスファルトで、路肩部分は簡易舗装、歩道も縁石も無く、消えかけたセンターラインが中央に引いてあるだけだったが、路面状態は意外に良好であった。両側には民家が立ち並んでおり、樹高が低いギニアアブラヤシの木が方々に生えていて、いかにもアフリカらしい景観を呈している。
郊外に出ると、交通量も減り、トランスポーターはようやく速度を上げた。民家も数が減り、淡い緑色に覆われた平原が街道脇に広がり始める。
単調な風景の中、一時間ほど走り続けたトランスポーターは、とある街に入って速度を落とした。商店街を抜け、脇道を入ってすぐのところにある広場のような場所でさらに減速し、空きスペースに駐車する。
「バスターミナルやね」
雛菊が言う。黄褐色の土がむき出しの広場の中央に、様々なカラーリングのバスが何台も停まっている。その周りには、出発時刻を待っているのか、大荷物を抱えた家族連れや男性グループが、暇そうに座り込んでいる。広場を取り囲んでいる建物には各種の商店が入居しており、バス待ち客や通行人に商品や飲食物を売り込もうと、派手な看板でその存在をアピールすることに余念がない。
「ここでアモアコと待ち合わせだ! 降りるよ!」
ジョーが言って、トランスポーターのサイドドアを引き開けた。
一同は、ぞろぞろと車を降りた。ロボットの集団が珍しいのか、周囲の耳目がさっそく集まる。だが、近寄ってくる者はいなかった。ロボット相手では、飲食物や土産物を売りつけようとしても無理だし、カネをせびるのも無駄である。それに、まだまだ貧しいセケティアにおいては、ロボットの所有者は政府関係者か富裕層か外国人に限られる。下手にちょっかいを出せば、トラブルの元になるだけだ。……それほど治安のよくない発展途上国の庶民は、もめ事を避けるための嗅覚は異常に発達しているものだ。
「この店だね!」
ジョーが、広場に面したカフェのような店の前で立ち止まった。二階建ての建物で、一階部分がカフェ、二階は看板からすると携帯電話ショップが入居しているようだ。
ジョーを先頭にAI‐10たちがぞろぞろと入ってゆくと、若い男性の店員が困り顔で近寄ってきた。すぐにジョーが十オド紙幣……日本円で二百円ほどか……を取り出して店員に握らせ、デューク・アモアコへの取次ぎを依頼する。
チップを貰って態度を豹変させた店員が、店の奥の衝立の陰まで、AI‐10たちを案内してくれた。テーブル席には、年齢不詳のアフリカ人男性が座っていた。縮れた髪は白っぽいので白髪のようだが、もしかすると銀色に染めているだけなのかもしれない。痩身で、頭部も小さく、顎も前に突き出しているので、西アフリカ人よりも東アフリカ人に見える。腕には銀色と金色に輝く細い金属の腕輪を何本も付け、耳からも金色の耳輪がぶら下がっている。口に咥えているのは、シガリロだ。テーブルの上にあるのは、地元産品らしい緑色の小さなビール瓶。
『胡散臭そうなおっさんだな』
亞唯が、赤外線通信で言った。
『見た感じ、ハリウッド映画や少年マンガによく出てきそうなフィクサーさんですねぇ~』
ベルがそう言う。
『同感であります! 「これ以上は言えない」とか「あとは自分で調べるんだな」とか思わせぶりなことを言って、中盤あたりで死体となって発見されるのがパターンなのであります!』
シオはそう同調した。
「ミスター・アモアコですね? ジョーです」
ジョーがにこやかに言って、握手を求める。
「よろしく。デューク、と呼んでくれ」
吸いかけのシガリロを灰皿に押し付けて消しながら、アモアコが言った。ちなみに、シガリロのブランドは、テーブルの上に載っている白い箱からして、ダビドフのようだ。
「座ってくれ……と言いたいが、椅子が足りないようだな」
「お気になさらずにぃ~。わたくしたち、立っておりますからぁ~」
ベルがすかさず言う。
とりあえず、ジョーとスカディが座り、残るメンバーが立ったままで、打ち合わせは始められた。
「エリザベス・サマリ霊媒長との会見の段取りは細かいところまでついている。ウェスタン州のとある小村の、中立的な住民の家で会う手筈だ。まさかとは思うが、軍や国家人民憲兵隊の『おまけ』は付いてきていないよな?」
アモアコが、訊いた。
「それは大丈夫だよ! 問題ない」
ジョーが、請け合う。
「よし。霊媒長は穏やかな人物だが、その取り巻きには過激な人物も多い。くれぐれも、敵対的な言動は慎んでくれ。これからは、外部との連絡も絶つこと。それと……成果が何も出なくても、俺を恨まんでくれよ」
アモアコが言う。
「それはもちろんだよ」
ジョーが、これも請け合う。
「その村までは、俺が手配した車で向かう。それと、その村には送電網が届いていないから、そこは覚悟しておいてくれ。発電機があることは確認済みだから、充電はできるはずだ」
アモアコが説明する。
デューク・アモアコが用意してくれた車は、フィアットのミニバン、デュカトだった。運転手は、地元民らしい小柄な青年だ。素肌に真っ赤なシャツを羽織っており、胸元には本物の金らしい太いゴールドチェーンが光っている。掛けているサングラスは、ロゴからするとグッチだ。ハンドルに置かれた左手には、これも本物らしいロレックスが嵌まっている。だが、そのゴージャスな上半身とは裏腹に、下半身はみすぼらしく、ハーフパンツは古びていくつも染みができていたし、足に突っ掛けているのはぼろぼろのサンダルだ。
トランスポーターの運転手に指示を与えていたジョーが戻って来て、すでに乗り込んで待っていた面々と合流する。
「全員乗ったな。よし、出してくれ」
アモアコが、運転手に指示を出す。
市街地を抜け、またもや単調な景観の中を走り出す。しばらく行ったところで、道端の標識がドンス州を抜けてウェスタン州に入ったことを教えてくれた。景観もやや変化し、緑色が減って黄褐色が目立つようになる。いかにも乾燥に強そうな低木の茂みが、地面にへばりつくように生えている。時折遠くに見えるまとまった樹林は、計画的に植林されたあとなのか、あるいは果樹園か何かなのだろうか。
そんなこんなで走り続けて二時間半。デュカトが脇道に逸れた。埃っぽい未舗装路を、がたがたと揺れながら走り続ける。やがてデュカトは、小さな村の中へ入って行った。戸数は三十ほどか。だだっ広い埃まみれの平原の中に、日干し煉瓦造りの塀に囲まれた平屋の家々が雑然と寄り集まっている。なんだか、草食動物の群れが外敵から身を守るために固まっているかのような、侘しさと弱々しさを感じさせるような村である。
「畑も見当たらないし、どうやって生計を立てているのかしらね」
車窓から村の様子を見ながら、スカディが首を傾げる。
「よし、着いたぞ。悪いが、ここから先は付き合えない。俺も、そこまで霊媒長様に信用されているわけじゃないからな。二時間後に迎えに来るから、それまでじっくりと相談してくれ」
アモアコが言って、AI‐10たちに降りるように身振りで促す。
AHOの子たちが全員降りると、デュカトはアモアコをのせたままそそくさと走り去った。取り残された一同に向かって、近くの民家から出てきた二人の男が近づいてくる。手には、SA FN自動小銃が握られていた。ジョーが、抵抗の意思が無いことを示そうと両手を挙げる。
SA FNは第二次大戦後に販売が開始された自動小銃である。名門FNの製品ということで、銃器としての性能と信頼性は高かったものの、古臭い固定弾倉にわずか十発という、『自動小銃』としては貧弱な装弾数、そして時期的に第二次世界大戦参戦各国から余剰の軍用銃が市場に大量放出されたこともあり、セールス的には成功作とは言えない。軍用に正式採用したのは中小国が多く、それら輸出先の事情に応じて様々な口径弾薬で製造が行われた。ここセケティアで使われているのは、7.62×63mm…….30‐06スプリングフィールド弾という方が通りがいい……である。
「ジョーです。エリザベス・サマリ霊媒長にお会いしたくて来ました」
ジョーが、武装した二人に名乗る。
「こっちだ」
一人がSA FNを肩に掛けると、歩き出した。もう一人はSA FNを手にしたまま、AI‐10たちの後ろにまわる。さながら捕虜として連行されるようなスタイルで、AI‐10たちは大人しく連れてゆかれた。
「霊媒長様。お客様をお連れしました」
一見の民家の軒先で、兵士が大声で告げる。
すぐに、一人の女性が出てきた。簡素な白いロングワンピースをまとった、長身の中年女性だ。ウィッグらしい、黒いロングストレートの髪。かなりの美人、とシオは判定した。
「霊媒長のサマリです。みなさんは……」
サマリが、言いかけて言葉を切った。しばし、AHOの子たちの頭上の、何もない空間を凝視する。
「……大丈夫ですね。では、奥へどうぞ」
二秒ほど続いた凝視のあと、笑顔を見せたサマリが、半歩引いてAI‐10たちを屋内に招き入れようとする。
「霊媒長様。その前に、お客様のボディチェックを……」
「その必要はありません」
言いかけた兵士の言葉を、サマリ霊媒長がきっぱりと遮る。
「霊が何も感じ取っていません。この方々は、わたくしに害意を一切持っておりませんから。心配は無用です」
『すごいなー霊。ロボットの考えまで読めるんか』
呆れた調子で、雛菊が赤外線通信を送ってよこす。
『まあ、このおばちゃんがあたいたちを信用してくれるのであれば、問題なしなのであります!』
シオはそう言った。
サマリのあとに続き、AHOの子たちは民家の奥へと歩みを進めた。廊下が無い、幾つかの部屋をそのまま繋げた造りだ。案内されたのはリビングのようで、土がむき出しの床の上に、テーブルと椅子、ソファなどが置かれている。
そこには、一人の少女が待ち受けていた。年の頃は、十五歳くらいだろうか。華奢な体を、サマリ霊媒長と同様の白いロングワンピースで覆っている。黒髪のウィッグはショートボブくらいの長さだ。すっきりとした小顔の、かなりの美少女である。
「わたくしの助手のクリスティーナです。とても優秀な霊媒ですのよ」
誇らしげな声で、サマリが少女を紹介した。クリスティーナが、ぺこりと頭を下げる。
『可愛いけど……なにか違和感を覚えるわね』
スカディが、言った。
『そうですねぇ~。なにか変なのですぅ~』
ベルが、同調した。
『はっと! なんだかジョーきゅんとおんなじ臭いがするのであります!』
シオもそう言った。……単なる美『少女』とは思えない。
『待てよ。霊って、女性にしか見えないんじゃなかったか?』
亞唯が、疑問を呈する。
『単なる貧乳ちゃんにも見えんしなー。ワンピ捲ってみれば一発なんやけど』
雛菊が、嬉しそうに言う。
『ちょっと待ってよ! ボクと同じ臭いって、どういうことだい?』
ジョーだけが、赤外線による会話についてゆけずに、混乱する。
だが、このクリスティーナに関する『疑惑追及』はそこで中断となった。サマリがクリスティーナに場を外すように指示し、クリスティーナがリビングを出て行ったからだ。サマリが一同に座るように促し、自らも椅子に腰かける。いよいよ交渉が始まるとなり、ジョー以外のAI‐10たちも真面目モードにスイッチを切り替えて、それぞれ椅子とソファに分かれて腰掛けた。
「最初に申し上げておきますが、わたくしは霊媒長であり、ミディアム・グループに属しては居ますが、政治的権力は一切持ち合わせてはいません。まあ、支持してくださる人々はたくさんいらっしゃいますので、影響力は持っていると言えますし、それを政治力と同一視する方も多いことは、承知していますが」
やや諦めたかのような口調で、サマリ霊媒長が切り出した。
「今回の日本人拉致事件、わたくしはもちろん、ミディアム・グループの人々は、わたくしの知る限りにおいて一切関わっておりません。ミディアム・アーミィの一部……おそらくは、アレグザンダー・ニャルコ将軍とその一派が暴走したものだ、とわたくしは見ております」
「お話の腰を折るようで恐縮ですが、霊媒長は現在三人の人質の安否に関してはご存じないのですか?」
スカディが、訊いた。
「存じ上げません。まあ、噂程度は耳に入って来ますが。比較的信用できそうな噂では、三人とも無事で、ここウェスタン州のどこかに監禁されている、ということです。ニャルコ将軍はそれなりに信頼のできる人物ですし、むやみに人質に危害を加えるようなことはない、とわたくしは思っています」
スカディを見つめるようにしながら、サマリが言う。
『いまのところ、嘘は言っていないようね』
サマリのことばに相槌を打ちながら、スカディが赤外線通信で全員に伝えた。
「ボクとしては、ことを穏便に済ませたいのです、霊媒長」
ジョーが、言った。
「日本はもちろん、人質が無事解放されることを願っています。ボクの所属はアメリカ合衆国ですが、合衆国も日本の立場を全面的に支持し、人質の無事解放が早期になされることを期待しています。合衆国と日本は、ミディアム・アーミィによるテロ行為は許容できませんが、政治団体としてのミディアム・グループ自体を敵視したことはありません。ですが、今回の一件がこじれた場合、両国政府および国民が、ミディアム・グループを敵視する事態になりかねません。これは、あなた方にとっても大きな損失なのでは?」
「おっしゃる通りですね。わたくし個人としても、おそらくはミディアム・グループとしても、世界的に影響力の強い二ヶ国を敵に回すのは本意ではありません。ですが、ミディアム・アーミィに対するわたくしの影響力は限られています。あなた方の意向を受けて、ミディアム・アーミィに対し働きかけを行ってみますが、どうなるかに関しては一切お約束はできません」
真剣なまなざしでジョーを見据えて、サマリが言った。
「それで結構です。いいよね、スカディ?」
そう答えたジョーが、スカディの同意を求めた。
「もちろん結構です。ご尽力、感謝いたします」
スカディが、すかさず言う。
「そちらの条件としては、人質の即時解放。身代金の支払いは当然なし。他に何かありますか?」
サマリが、訊いた。
「ボクが約束できることではありませんが、首尾よく人質解放の運びとなれば、合衆国との関係改善を期待していいと思いますよ。CIAが今回の件で成果を挙げれば、大統領もお喜びになるでしょうから」
控えめな態度で、ジョーが言う。サマリがうなずいた。
「では早速、ミディアム・アーミィの主だった者と会う準備をしておきます。明日中には、会えるでしょう」
そう言って、サマリ霊媒長が立ち上がった。AI‐10たちも、立ち上がる。
「お迎えが来るまで、まだ時間があるのでしょう? 何かおもてなしをしたいのだけれど、あなた方ではお茶やお菓子をお出ししても意味はないわね」
サマリが、AI‐10たちを見下ろしながら感じの良い苦笑を浮かべた。
「霊媒長。充電させてもらえるとありがたいんだけど」
亞唯が、控えめに提案する。サマリが、ぱっと顔を輝かせた。
「そうでしたわね。皆さん電気で動いているのでした。ロボットが周りに居ないから、うっかりしていましたわ。発電機がありますから、充電ならできます。ご案内しましょう。クリスティーナ!」
サマリが、先ほどの美少女助手を呼ぶ。
「クリスティーナ。皆さんをあちらの部屋にご案内して、充電させてあげてください」
「はい、霊媒長」
クリスティーナが少女としては低めの声で言って、ぺこりと頭を下げた。
「ではみなさん、こちらへ」
クリスティーナが、AI‐10たちを別室へ誘った。
第七話をお届けします。




