第六話
翌日、CIAのセーフハウスに迎えに来た車は、昨日と同じフォルクスワーゲン・トランスポーターだった。運転手も、たぶん同じ人物だ。
ジョーとスカディとシオは、それに乗り込んだ。庭に並んだ留守番組の三体に見送られて、トランスポーターが埃っぽい狭い未舗装路を走り出す。
トランスポーターはすぐに住宅街を通り抜ける狭い舗装路に入った。道路の両側に、粗末なトタン屋根の平屋がぎっしりと立ち並んでいる。それでも、家の前にバイクやスクーターが停めてあったり、屋根の上に衛星放送受信用のディッシュアンテナが設置してあったりするので、住民はそれほど貧しい生活をしているわけではないようだ。
「危ないのであります!」
シオは指差した。三頭のヤギが、進路前方の路上をのんびりと横断している。運転手が、慣れた様子でブレーキを踏み、減速した。ヤギが、車の接近に驚いたりすることなく、マイペースで道路を渡り切る。
「放し飼いなのね」
スカディが言う。よく見ると、ヤギはあちこちにいた。路上だけでなく、路肩や庭先やちょっとした空き地で歩んだり、脚を折って蹲り、寛いだりしている。子供たちと仲良く遊んでいるヤギの姿もある。
「ペット兼栄養源という奴だね。発展途上国あるあるだ」
ジョーが、言った。
運転手がハンドルを切り、トランスポーターがやや賑やかな通りに入った。商店街らしく、両側に様々な店が立ち並んでいる。カラフルなパラソルを歩道に立てて商いをしている姿もある。通行人も多く、道路の交通量も増えた。
様々な店があった。店先にビン入り飲料のケースを山と積み上げた店。古タイヤを積み上げた脇で若い男性がセダンのエンジンをいじくっている自動車修理店。ハンガーに掛けた衣類がたくさん吊られている……気候的に、半袖ばかりである……衣料品店。紐で店先に色々な種類の靴を『干し柿』状態で吊るしてある靴屋。ショルダーバッグやデイバッグを並べている『バッグ屋』 バイクや車の部品……というか、たぶん廃車からはぎ取った中古部品……を並べている店。店先にコイン投入式のコピー機を置いた、文具や事務用品の店。カラフルな商品を広げて誇示している布地屋。紙製の卵ケースを積み上げた卵屋。プラスチック製品だけを扱っている店の前には、色とりどりのバケツや籠、収納容器がうず高く積み上げてある。缶詰や紙箱をきちんと並べて売っている食糧品店。店内で何人かの女性がミシンを扱っているのは、仕立て屋なのだろうか。中古家電店らしい店の前には、大小の白や灰色、銀色の冷蔵庫が窮屈そうに一列横隊で並んでいる。歩道上に置かれたプラ製の椅子で何人かの女性が順番待ちをしている店は、看板には『ビューティ・サロン』とあったので、美容院なのだろう。椅子やテーブルを並べた食料品店や、お持ち帰り専用らしい屋台では、昼の稼ぎ時に向けて女性たちが仕込みに余念がない。湯気や白い煙が、もうもうと立ち上っている。
トランスポーターがアンドンの中心街に入ると、とたんに景観が変化した。コンクリート製の建物が多くなり、道路も片側二車線の立派なものに変わる。歩道には立派な街路樹が生い茂っており、車道の交通量も格段に増える。ヤギの姿はどこにもなく、商店街に居た痩せた子供たちの姿もない。ここに居る子供たちと言えば、学校の制服に身を包んだ賢そうな若者ばかりだ。大人たちもワイシャツ姿が増え、道端で暇そうにしゃがみ込んだり、木箱や壊れかけの椅子に腰かけて通行人に胡乱な視線を投げ掛けたりしている人はいない。ただし、道路の路肩や歩道の隅には茶色い砂埃が厚く積もっており、埃っぽさは相変わらずだ。
その先にある官庁街に入ると、景観はさらに変わった。面白みのない四角いビルディングが立ち並び、そこかしこにカーキ色の制服に身を包んだ警察官や、灰色の制服を着た国家人民憲兵隊の兵士が居る。主要交差点には、セケティア陸軍が装備する中国製の92A式六輪装輪装甲車の姿があった。92式には様々なバリエーションがあるが、この92A式は85式12.7ミリ重機関銃を搭載したAPC(装甲兵員輸送車)タイプである。
トランスポーターは、とある官庁ビルの駐車場入り口にある検問所で停止した。運転手が、サングラスを外してから来意を告げて、警備の警察官に身分証明書を提示する。警察官が、無線でアポイントメントを確認してから、入構が許可される。
別の警察官の誘導で指定された場所に駐車すると、内務省の下級職員らしい女性が小走りにやってきた。彼女の先導で、ジョー、スカディ、シオの三体は官庁ビル一階にある広いロビーに案内された。そこで待ち受けていたスーツ姿の白人男性に、引き合わされる。
「在セケティア合衆国大使館一等書記官、ハワードだ。君がジョー君、だね」
中年の、やや太り気味の黒髪の外交官が、腰をかがめてジョーと握手する。
「CIAのジョーです。こちらは、ボクの部下です」
ジョーが、スカディとシオのことをざっくりと紹介する。
「内務相と国家人民憲兵隊長、それに国防相が会ってくれることになっている。時間は十分だけだ。行こう」
ハワードが言って、脇に控えていた内務省職員らしい男性と、国家人民憲兵隊員三人……一人は自動拳銃が収まったホルスターを帯びただけの士官、あとの二人は97式自動歩槍を吊った兵士……に合図する。
「失礼します。念のため、ボディチェックをさせていただきます」
進み出た士官が、ジョーに丁寧に断ってから、二人の兵士に指示を出す。兵士が、二人掛かりでジョーのボディを撫でまわし、武器を帯びていないかを調べる。次いでスカディ、シオも同様に調べられた。……ロボットなので、金属探知機を使ったボディチェックは無意味である。
「ご協力、感謝いたします」
チェックが終わると、士官がきちんと礼を言った。ロボットとは言え、CIAの所属である以上、無礼な振る舞いをすれば問題になりかねないのだ。
無事に入構手続きを済ませた三体は、案内の内務省職員と、ハワード一等書記官と共にエレベーターに乗った。三階で降りて、二十メートルほど歩いたところにある狭い会議室のような場所に案内される。重厚な長テーブルの両側に、椅子が数脚並べられている。
内務省職員に促されて、ハワードが上座に座った。同様に促されて、その隣にジョーが、続いてスカディとシオが座る。
ハワードが、腕時計を見た。
「まだ、十分ほど時間があるな。最初に言っておくが、大使は今回の件について深く関わりたくないというお考えだ。今回の会見は本国指示ということでお膳立てさせてもらったが、今後はできるだけ大使館を巻き込まずに独立独歩で活動して欲しい。いいかね?」
視線を腕時計に落としたまま、ハワードがつぶやくように言う。
「承知しています。大使閣下にも、大使館にもご迷惑をお掛けするつもりはありませんよ。ただし、危急の際にはお力を借りるかもしれませんが」
澄ました顔で、ジョーがそう言ってのける。
「良い心がけだね。感謝する」
ハワードが、うなずく。
『まあ、当然ですわね』
やり取りを聞いていたスカディが、赤外線通信で言った。
『大統領が乱心状態の親中国家というだけで厄介なのに、合衆国の大使殿がこれ以上面倒ごとを背負いこむわけにはいかないのであります! 今回の件、CIAが成功しようが失敗しようが大使殿の評定には響かないでしょうから!』
シオも同意した。
たっぷり二十分は待ったところで、ようやく脇にある扉が開いた。先頭で入ってきた職員らしき男性がドアを押さえ、後続する三人が続々と会議室に入ってくる。
ハワード一等書記官がさっと立ち上がった。ジョーとスカディも、素早く椅子から降りる。一拍遅れて、シオも慌てて椅子から降りた。
「久しぶりですな、ミスター・ハワード」
先頭で入ってきたスーツ姿の中年男が、笑顔でハワードに挨拶する。なかなかハンサムではあるが、眼がやけに充血していることに、シオは気付いた。
その中年スーツ男が、椅子を引いて上座に座った。その隣に、がっしりとした身体を濃い緑色の陸軍軍服に包んだ眼光鋭い中年男が無言のまま座る。その横に、灰色の国家人民憲兵隊の制服を着た男……三人の中では一番若いか……が座る。
「わたしが、セケティア共和国内務相のスティーブン・クメルンだ。こちらが、国防相のモーガン・ナナ中将。そしてこちらが、国家人民憲兵隊隊長のジェレマイア・カナエ大佐だ」
スーツ姿のクメルン内相が、あとの二人をそう紹介する。
「閣下。中将。大佐。CIA所属のロボット、ジョーを紹介させていただきます。残りの二体は、彼の部下です」
ハワードが、立ったままAI‐10たちを紹介する。ジョーが、ぺこりと頭を下げた。スカディとシオも、それに倣う。
「まあ、掛けたまえ。ジョー、君たちもだ」
クメルン内相が、鷹揚に言って手を振る。
「さてと。時間も無いことだし、さっさと始めようか」
合衆国側が着席するのを待って、クメルン内相が切り出した。
「ジェレミー。最新情報は?」
「進展はありません。日本人の人質三名はウェスタン州にいると推定し、捜索を行っていますが、同州はミディアム・グループを支持する住民が多く、国家人民憲兵隊が自由に活動できる場所ではありません」
指名されたカナエ大佐が、ハワード一等書記官に向けて言い訳するように言った。
「ふむ。ナナ中将。軍情報部は何かつかめましたかな?」
今度は、クメルン内相が隣の国防相に振る。
「残念なことに、こちらも一向に進展がありません」
ナナ国防相が首を振る。
以降もかなりのやり取りがあったが、そんな調子でこの会見はほとんど実りのないまま終わった。ジョーはクメルン内相、ナナ国防相、カナエ国家人民憲兵隊長から、今後も情報提供と全面的支援を約束してもらったが、これも口ぶりからすると多分にリップサービスらしいものであった。
会見が終わり、三体のAI‐10は庁舎の外に出た。ハワード一等書記官が、さりげない様子で一緒に付いてくる。
『どうやら、まだお話があるようですわね』
駐車場に向けて歩きながら、スカディが赤外線通信で言った。
『セケティア側には聞かせたくない話なんだろうね』
ジョーが、応じる。
停めてあったトランスポーターのところにたどり着くと、ハワードが周囲に眼を走らせた。車内に運転手が控えていることに気付き、手前で立ち止まってから、ジョーに目配せをしてから近くに停まっていた無人のフィアット・パンダに歩み寄る。ハワードの意図に気付いているジョーが、それについて行った。スカディとシオは、少し離れて周囲に誰も居ないことを確認した。
「あー、これはわたしの独り言だからね」
ジョーを見下ろしながら、ハワードが小声で語り出す。
「クメルン内相には注意した方がいい。ダドジ大統領があの調子だから、セケティアの行政府は今のところクメルン内相が取り仕切っているのが現状だが、大使も彼のことは信用していなくてね」
「かなりの親中派ですしね」
ジョーが、うなずく。
「部下のカナタ国家人民憲兵隊隊長も、クメルン内相には忠実だ。だから、彼も信用できない。副隊長のゴコ中佐はまともな人物なんだがな」
「ナナ国防相はどうですか?」
ジョーが、訊いた。
「軍人としてはまともで優秀だ。信用できる。だが、彼も親中派でね。中国製兵器の積極導入を進めている。もっとも、これは限られた予算で国軍を近代化しようとする努力に過ぎない、という好意的な見方もできるが。まあ、クメルン内相のように大統領の椅子を狙っている奴に比べれば、ナナ国防相ははるかにましな人物だがね」
「クメルン内相が、大統領の椅子を狙っている? CIAの状況説明には、無かった情報ですね」
ジョーが、首を傾げる。
「噂だけだが、わたしは本当のことだと思っている。ダドジ大統領はあの調子だ。ファタウ副大統領は罷免されて獄中。実力者にして野心家のクメルンが、上を目指すのは当然だろう? ただし、大きな障害があるから、簡単にはいかないだろうが」
「障害というと?」
「国民議会議長ドンゴーの存在だ。大統領権限の継承権一位は副大統領。二位が国民議会議長。三位が、内務相だ。もしダドジ大統領が急死、あるいは職務遂行不可能な状態に陥ったとしても、憲法上大統領の後継者となるのはドンゴー議長だ。その上、ドンゴー議長は政財界に友人が多く、国民の人気もある。クメルン内相がかなう相手じゃない」
「では、クメルン内相による強引な権力奪取などという事態はあり得ないと?」
黙って聞いていたスカディが、そう口を挟む。
「どうだろうね。国家人民憲兵隊長ジェレマイア・カナタ大佐はクメルン内相の忠実な味方だから、実働兵力はあるわけだ。中国の支援も当てにできるし、ナナ国防相を丸め込んで国軍が動かないように工作できれば、クーデターによる権力奪取は不可能じゃないと思うね。ただし、ここはセケティアだからね。別の要素を加味しないと、政治的予測というものは成り立たない」
「精霊とご先祖様ですね!」
シオはそう言った。ハワードが、苦笑する。
「その通りだよ。もう五年もここで勤務しているが、精霊も先祖の霊もまったく理解できないし、感じ取ることもできない。セケティア人というのは、わたしには理解不能な連中だよ」
「さて。これからどうしますの?」
走り出したトランスポーターの車内で、スカディが訊いた。
「計画通り、デューク・アモアコのところに行くよ。まずは、セーフハウスにもどって亞唯たちを乗せて、それからドンス・ウェスト州までドライブだ」
ジョーが、そう説明する。
「サマリ霊媒長にお会いしに行くのでありますね! これは、楽しみなのであります!」
シオはひとりはしゃいだ。霊媒長、などという怪しい肩書きの人物に会えると思うと、どうしても期待が盛り上がってしまう。
「まあ、確実なのは会ってくれるというだけで、成果が上がる確信は無いんだけどね。少なくとも、こっちの意図がミディアム・アーミィに伝われば、あちらも何らかのリアクションを起こしてくれるはずだ。こちらに身代金を支払う気がない以上、このままでは手詰まりだからね。この一件から少しでも利益を得ようとするならば、それなりに譲歩するしかないと理解してくれる……といいんだけど」
ジョーの語尾が、自信なさそうに消え入る。
来た道をそのまま戻ったトランスポーターは……ちなみに、帰り道でも二回、ヤギに前進を阻まれた……セーフハウスに帰り着いた。待っていた三体が、どやどやと庭に出てくる。
スカディが、留守番組に首尾を説明しているあいだに、ジョーとシオはセーフハウスに入って出掛ける準備をした。戸締りや火の気がないことを確認し、電気器具、照明が消えていることを確かめ、水道の蛇口……一度も捻らなかったが……もチェックする。最後に、ジョーがセキュリティシステムを作動させて、『お出掛け』準備は完了した。
第六話をお届けします。




