第四話
合衆国空軍横田基地から米本土に戻るC‐17輸送機に便乗して、カリフォルニア州のトラヴィス空軍基地へ。そこから別のC‐17にまた便乗させてもらって米本土を横断し、デラウェア州のドーバー空軍基地に到着する。
「やあみんな! また会ったね!」
AHOの子ロボ分隊の面々を出迎えてくれたのは、例によってCIA所属のAI‐10、ジョーである。
「悪いけどまた飛行機に乗ってもらうよ! こっちだ」
ジョーが、エプロンを歩み出す。一同はそれにぞろぞろとついて行った。
日本からカリフォルニア経由で北米東海岸へ。そこから目的地である西アフリカへ行くわけだから、今度は大西洋を横断することになる。地球を半周以上するのだから、人間ならば時差ボケと睡眠不足とストレスでぼろぼろになるところだが、そこはロボットなので支障はない。充電もC‐17の機内電源で済ませているので、いたって元気である。しかしながら、いかにも人間臭い反応をするようにプログラムされているAI‐10なので、全員が長旅に飽いてすでにうんざりした表情を浮かべていた。わずかな時間であっても、外気に触れながら歩くことができるのはありがたい。
デラウェア州は、東側をデラウェア湾、西側をチェサピーク湾に挟まれた南北に細長いデルマーバ半島の北東部にある小さな州である。ドーバー空軍基地は、その中東部にあり、海からはわずか数キロメートルしか離れていない。起伏に乏しいので海を見ることはできなかったが、吹く風にはAHOの子たちの強化されたセンサーでも検知できるほどの湿気が含まれていた。おそらく海塩粒子……いわゆる、潮気の元……も含まれているのだろうが、それを検知できるセンサーは搭載されていない。
「C‐5や。でかいで」
雛菊が、指差す。
かなり離れたところに、C‐5M輸送機が二機駐機していた。初期型の運行開始が1970年という旧式機だが、主力のC‐17では搭載できない大型貨物を運べるので、後期型が近代化改修を続けながらいまだに現役ばりばりで働いている息の長い軍用機である。C‐17も巨大な輸送機であるが、C‐5は全長で二十メートル以上、自重で四十トン以上もそれを上回る巨人機である。
「あれに乗れるのでありますか?」
シオはテンションを上げ気味にして訊いた。ちょっと子供っぽいところがあるので、『大きな』ものは基本的に好きである。
「いや。乗るのはこっちだよ」
ジョーが、そのずっと手前に駐機しているビジネスジェット機を指差す。低い位置に取り付けられた後退翼と、胴体後部の左右に外装式に取り付けられた……いわゆるカラベル式……のエンジンという、典型的なビジネスジェット機の仕様だ。
「ボンバルディアのグローバル・エキスプレスですわね」
スカディが、機種を識別した。
「民間機か。おや、生産国もそうだけど、国籍もカナダ機じゃないか」
亞唯が、尾翼についているレジスタがNではなくCから始まっていることに気付く。
「CIAのダミー会社が運航しているビズジェットだよ。カナダだと、うるさいこと言われないからね」
ジョーが言った。
現状のカナダは、外交、経済、軍事その他の面においてほぼ合衆国と一体となって活動しているが、不思議なことに反米主義者でカナダを毛嫌いする人は少ない。カナダ軍などは、日本の自衛隊以上に合衆国六軍(陸軍・海軍・空軍・海兵隊・宇宙軍・沿岸警備隊のこと)と一体化しており、近年のアフガニスタンを始め合衆国軍と共に戦った歴史もあるのだが、なぜか非難されることは少ない。合衆国のパスポートを見せると白い眼を向けられてしまう反米国家でも、カナダ人ならば歓迎されるということもしばしばである。
ゆえに、CIAを始めとする合衆国の諜報機関は、カナダ国籍をよく隠れ蓑に利用する。カナダの企業、カナダの報道機関、カナダ人の旅行者などを装えば、反米国家でも信頼されやすいのだ。偽装が簡単なのも、利点である。カナダ人の喋る英語は、合衆国のそれと大差は無いし、文化的にも共通項が多い。むしろ、米国人が英国人を装う方がはるかに難しいだろう。
ドーバー空軍基地を、グローバル・エキスプレスが離陸した。
「ダカールで給油してから、アンドンへ向かうよ」
巡航高度に達すると、ジョーがブリーフィングを始めた。アンドンは、セケティアの首都である。
「今までにCIAが得た情報だと、三人の人質は生存。ミディアム・アーミィの基地のひとつに監禁されているらしい。詳しい場所は不明だが、ウェスタン州のどこか、と推定されているよ」
ジョーが、機内備え付けのテーブルの上に、紙のセケティア全図をがさごそと広げた。全員、メモリー内に詳細なマップは入れてあるが、このような話し合いの場では視覚的に図面があったほうが『落ち着く』のが、AI‐10のプログラムなのである。
「文字通り、西の方やな」
雛菊が、ウェスタン州の位置を指で押さえる。南北にやや細長い長方形のセケティアは、全部で七つの州からなる。北西部にあるノース・ウェスト州、中西部にあるウェスタン州。南西部にあるドンス・ウェスト州。北東部にあるノース・イースト州と中東部にあるイースタン州。南東部にあるフォドジョア州。そして、ウェスタン、イースタン、ドンス・ウェスト、フォドジョアに囲まれるように位置しているドンス州。
「CIAが掴んでいる情報はその程度なのかい?」
亞唯が、訊く。
「人質に関してはね。まあ、先に全般的な情勢から説明しておくよ。現在、セケティアの政治状況は混乱している。大統領のエリオット・ダドジは、親中派ながらまともな政治をやっている、とCIAでも一定の評価をしていた人物なんだけれど、半年前にいきなり性格が激変し、無名時代から盟友として、二人三脚で政治をやってきた副大統領のアーチボルド・ファタウを罷免して、刑務所に放り込んでしまったんだ。罪状を詳らかにしないままにね」
「とんだ独裁国家ですわね」
スカディが、嘆息気味に言う。
「まあ、『精霊のお告げ』で投獄ができちゃう国だからね。ダドジは精霊力も強いとされているし、誰も逆らえなかったんだ。ファタウ元副大統領は、イースタン州にある国家人民憲兵隊の政治犯収容施設にいるよ」
ジョーが、首を振りながら言う。
「国家人民憲兵隊。やばそうな名前やな」
雛菊が、言った。
「都会の知識人を狩り集めて、農村に放り込んで強制労働させていそうですわね」
スカディが、言った。
「三角帽子かぶせて自己批判させたり、女性兵士が取り囲んで罵り倒すのですねぇ~」
ベルが、続ける。
「あー、君たちのイメージとは違うよ。フランスのジャンダルムリやイタリアのカラビニエリみたいな、内務省所属の準軍隊で、対テロや組織犯罪対処を主たる任務とする警察軍だ。州を跨いだ広域犯罪も、彼らの守備範囲だね。ちなみに、今回の日本人誘拐事件を担当しているのも、国家人民憲兵隊だよ」
「有能なのでしょうか?」
シオは訊いた。ひょっとすると、自分たちが出張らなくても、彼らが事件を解決してくれるかもしれない。
「まあ、アフリカの警察組織のレベルを考慮すれば、なかなか優秀な連中だと思うよ。隊長のカナエ大佐はCIAのファイルを読んだ限りではまともそうな人物だし。ただし、ミディアム・アーミィとの戦いでははかばかしい戦果が上がっていないことは事実だけどね」
「ファタウさんが罷免されたということは、今の副大統領はどなたになったのですかぁ~」
ベルが、訊いた。
「不在のままだよ。憲法では、序列第三位の国民議会議長が繰り上がって副大統領を兼任することになるはずだけど、大統領権限でポストは空いたままになっている。そのことも、政治的混乱に拍車をかけているね」
「ダドジ大統領は呪われているという話ですが?」
シオはそう言ってみた。ジョーが、呆れ顔でシオを見つめる。
「ロボットのくせに、呪いとか信じているのかい?」
「もちろん信じていないのであります! ですが、セケティアの人々がそのように考えているのであれば、あたいたちもそのことを考慮したうえで行動しないとまずいのであります!」
シオはそう言った。
当たり前の話であるが、ロボットには精霊も幽霊も妖精さんも見えない。もちろんそれら『超自然』の存在を検知することもできないし、天使や神の声を聞くこともできない。だが、マスターの中には神や仏を信じ、スマホの星占いの結果に一喜一憂し、似非科学者やインチキ心理カウンセラーの本やブログの内容を真剣に受け入れるような人が普通に存在する。それらマスターに寄り添ってゆくことが使命である家庭用ロボットが、真顔で『神など存在しない』『占いなどインチキ』『〇〇など詐欺師同然』などと言うのはまずい。そこで、AI‐10などのロボットには非科学的な事象も受容したうえで様々な判断を下せるような柔軟な対応プログラムが組み込まれている。
「まあ確かに、呪われているという噂があることは事実だね。精霊力が落ちているという噂もあるし、祖先の霊に祟られているという話もある。まあそれはともかく、最近になってダドジ大統領の親中姿勢に変化が見られるようになったんだ。中国との距離を置こうとし始めたんだよ。特に、中国東方鉱業に与えたいくつかの鉱区設定と、試掘の許可を取り消そうとしたことが大問題になっている」
「ほう。試掘はともかく、鉱区まで認可したのに取り消しじゃ、中国側も黙ってはいられないな」
亞唯が、言った。
「もちろん中国側は猛反発しているし、国防省と内務省も猛反対している。国防相のモーガン・ナナは親中派とは言えないけれど、国防軍の近代化のために中国系装備の導入を積極的に進めているから、ここで中国の機嫌を損ねて新鋭装備の供与が止められてしまうのは避けたい。内務相のスティーブン・クメルンは、ばりばりの親中派で、独自に北京と太いパイプを持っているとも言われているから、ダドジの心変わりは政治生命の危機に繋がりかねない、といったところだね。外務省も親中姿勢を崩さないし、財務省も中国の援助を当てにしている。だから、ダドジ大統領の中国に対する姿勢次第で、セケティア情勢はひっくり返りかねない状況だ」
「これは、合衆国にとってはチャンスなのでは?」
シオはそう言ってみた。ダドジ大統領は呪われているのかも知れないが、このままセケティアと中国の関係が悪化するのは、合衆国にとっては都合がいいだろう。
「いやいやいや。セケティアにそこまでの価値はないよ。わが国も馬鹿じゃない。『敵の敵は友』論理で、反共や反ソだからという理由だけで頭のねじが三本くらい外れた国家指導者を支援して、合衆国が何度失敗したと思ってるんだい? 精霊が見えた上に呪われている大統領を支援なんてごめんだよ。いつ噛み付かれるかわかったもんじゃない」
ジョーが、身振りをまじえつつ慌てて否定する。
「ポルポトに李承晩、フランソワ・デュヴァリエにピノチェト、ゴ・ディン・ジエム、マルコス、マヌエル・ノリエガ。サダム・フセインも一時期援助してましたものね」
スカディが、くすくすと笑う。
「ともかく、合衆国としてはセケティア情勢の安定が一番だ。中国陣営に組み込まれてしまうのは容認する。それよりも、テロ組織であるミディアム・アーミィを危険視している。今は反中で活動しているが、いつ反米に切り替わっても不思議はないからね」
「結局、セケティアを親米国家に作り替えても大統領の支持率は上がらないが、ミディアム・アーミィに反米テロを成功されると支持率が落ちるから、ってことだろ」
亞唯が、ずけずけと言う。
「それは大声で言っちゃだめだよ。とにかく、ミディアム・アーミィに三百万ドル払うのは絶対にだめだからね」
ジョーが、たしなめるように言う。
「それで、現地入りしたあとに何か行動の当てはありますの?」
スカディが、訊いた。
「一応、行動の許可を得るという名目で、ボクがCIA代表ということで要人と会見の約束を取り付けてあるよ。うまく行くと、内務相直々に会ってくれるんじゃないかな。その後は、行方をくらまして極秘に行動する」
「おおっ! なにやら危険な香りが!」
シオはひとり盛り上がった。
「実は、今回の誘拐事件、ミディアム・アーミィの独断による作戦で、ミディアム・グループは関わっていないらしいんだよね」
ジョーが、説明する。
「そのあたりよく判らないんやけど。ミディアム・グループとミディアム・アーミィの関係は、どうなっとるんや?」
雛菊が、訊いた。
「ミディアム・グループ自体が、大衆運動が緩やかに組織化されたもので、曖昧なんだよね。一応、霊媒長と呼ばれている女性霊媒師のエリザベス・サマリという人がリーダーに祭り上げられているけど、はっきりとした実権があるわけじゃない。ミディアム・アーミィは、ミディアム・グループを守ろうとこちらも自然発生した自衛組織で、今は通称『将軍』と呼ばれている元軍人のアレグザンダー・ニャルコがリーダーだよ。名目上、ミディアム・グループの下部組織だけど、サマリ霊媒長の指示でニャルコ将軍が動いているわけじゃない。君たちに判りやすく日本的なイメージで言えば、頼もしい男性が巫女のボディガードを務めている、といった感じかな」
「なるほど。ヴィジュアル的には、冴〇獠が博麗〇夢の護衛をしているようなものなのですね!」
シオはうなずいた。
「それ、ボディガードいらんやろ」
すかさず、雛菊の突っ込みが入る。
「〇羽さんでも霊夢さんには勝てないと思いますですぅ~」
ベルが、嬉しそうに言う。
「……えーと、続けるよ? そこで、CIAとしてはミディアム・グループに接触し、そこを通じてミディアム・アーミィに働きかけようと考えたんだ。そして、以前からCIAとは付き合いのあったデューク・アモアコという人物を通じ、サマリ霊媒長と会える段取りを整えたんだ」
「そんなに簡単に段取りできるのかい? ミディアム・グループのリーダーと言えば、セケティアの当局も必死になって探している人物だろ?」
亞唯が、問う。
「もちろん簡単じゃなかったよ。アモアコには相当現金を与えたはずだし。だけど、ミディアム・グループは日本を敵に回したくないと思っているだろうし、この件にCIAが介入したことを知れば、合衆国も敵に回したくないと考える、と踏んだのさ。アモアコを通じ、平和的に事態を解決するために協力しようというこちらの意図を伝えたら、とりあえず会見には同意してくれたよ」
「そこまでは上出来ですわね。で、そのあとどう展開させるつもりかしら?」
スカディが、尋ねる。
「正直、サマリ霊媒長がミディアム・アーミィに対しどれだけの影響力を持っているかが判らないから、どうしようも無いんだよね。とりあえず、ミディアム・アーミィに対し、身代金を支払うつもりが無いことと、人質の早期解放が無ければ合衆国と日本を敵に回すことになる、という判り切ったことを伝えることはできるはずだ」
「ミディアム・アーミィがFTO(外国テロ組織)でなければ、色々打つ手はあるのでしょうけれども……」
スカディが、考え込む。反中という点では、現時点で合衆国と利害が一致しているから、一時的に何らかの援助や便宜供与を行い、その見返りに人質を返してもらう、などという手も考えられるが、テロ組織との交渉が世間に発覚した場合の『損害』を考慮するととても採用できる案ではない。
「ということは、セケティアに行って霊媒長さんにお会いするまでは、動きようがないということですねぇ~」
しばしの沈黙の後、ベルが状況をまとめるように言う。
「そういうことだね」
ジョーが、うなずいた。
「では、やることも無いので寝るのはいかがでしょうか?」
シオはそう提案した。全員が賛同したので、一同はそれぞれのシートに座り、シートベルトを締めてから、省電力モードに入った。
第四話をお届けします。




