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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 02 日本大使奪還せよ!
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第十六話

 事態が急変したのは、午前十時過ぎのことであった。

 エルクレス陸軍基地内にある、長浜一佐以下日本勢が集っている部屋には、無力感が漂っていた。

 占拠されていた日本大使館を制圧し、人質三十一名が無事開放されてから、すでに丸一日近く経過している。だが、残る二人の人質……大井修二日本大使と、ギルバート・ヤング英国大使の行方は、杳として掴めていなかった。

 両大使の生命を守るために、日英両国はアメリカの非公式な認可を受けた上で、両大使を無事還してくれるならば多額の身代金を支払う準備があるとの『情報』を中米全域に流布させていた。にもかかわらず、フレンテ側からのリアクションは一切無く、事態は手詰まりの様相を呈し始めていた。

「あー、だめだわー。ろくなものないわー」

 キーボードを叩いていた畑中二尉が、だらけたような棒読み口調で言って、両腕を上に挙げて大きく伸びをする。

「アメリカ側も、何も情報を掴んでないようですわね。非公開情報は、知りませんが」

 隣の椅子に腰掛け、スペイン語翻訳の手伝いをしていたスカディが、言う。

「まあ、もう少し時間が掛かるだろうな。フレンテ側が何らかの行動を起こすにしても、今回の作戦失敗から立ち直ってからだろうし。軍事部門の最高幹部一人と、何人かのベテラン戦闘員を失ったんだ。打撃は大きいさ」

 宥めるような口調で、長浜一佐が言った。

「資金も時間も相当費やしたはずですからね。かなりの痛手のはずです」

 大きな背中を丸めて、なにやら書き物をしていた三鬼士長が、上体を起こしてそう言う。

「この新聞によれば、警察によるシンパの狩り出しも進んでいるようです! そちらの方も、大打撃でしょう!」

 石野二曹のスペイン語レッスンも兼ねて、一緒に地元の新聞を読んでいたシオは、そう発言した。政府系の御用新聞だったので、一面トップには人質の一人であった元副大統領と抱き合うノゲイラ大統領の写真がでかでかと載せられている。

「なんとかせなあかんけど、動けないのはつらいで」

 パナマ帽をもてあそびながら、雛菊が言う。ちなみに、ベルは留守である。『爆破技術を更に磨く』と称して、エルクレス基地に駐屯する工兵部隊のところへ朝から『勉強』に行ってしまったのだ。

「ところでシオ。そろそろ着替えてもらえないかしら。ベルと見分けがつき難くて、困るわ」

 スカディが、困り顔で言う。

 シオもベルも、いまだサクラに変装したままなのだ。衣装も同一だし、ベルの髪も黒く染めた上にエクステンションを付けた、シオとそっくりなものだ。

「お断りなのです、リーダー! せっかくなので、このままもうしばらくベルちゃんと双子気分を味わうのです!」

 シオはそう言い張った。

「双子でも、区別がつくように髪形くらい変えるものよ。せめて、あなただけでも元のポニーテールに戻してもらえないかしら」

 石野二曹が、穏やかな口調で頼む。

「そうですね! でも、リボンがないのです!」

「お使いなさい」

 スカディが、自分用のピンクのリボンの予備をポケットから出して、差し出す。

「ありがとうなのです、スカディちゃん!」

 シオは慣れた手つきで自分の髪をまとめ上げると、後頭部で縛った。

「あー、やっぱりベル吉はその方がしっくり来るで」

 雛菊が、しみじみとした口調で言う。

「でも、ピンクは似合わないわね」

 苦言を呈したのは、スカディである。

 と、外線に繋がる電話が鳴り始めた。

「うちが出るでぇ」

 近くにいた雛菊が、手にしていたパナマ帽をさっと被ると、受話器に手を伸ばした。

「ディガ! ……了解や。今代わるでぇ」

 スペイン語からすぐに日本語に切り替えたところをみると、相手は当然日本人だろう。

「ボス。多田閣下からやで」

 雛菊が、受話器を長浜一佐に差し出す。

「お電話代わりました。長浜です。はい……本当ですか、それは!」

 長浜一佐の声のトーンが変わる。シオは、思わず聞き耳を立てた。音声入力感度を上げ、指向性角度が最良になるような方向に頭を動かす。

「わかりました。すぐに準備を進めます」

 長浜一佐が、短い通話を終えて受話器を置いた。全員の視線が、一佐に集まる。

「諸君。大井大使の居場所が判明した。ニカラグア共和国北東部だ。正確な座標も、判った」

「アメリカからの情報ですね!」

 シオは勢い込んで訊いた。おそらく、アメリカの偵察衛星が撮影した写真を解析した結果、監禁位置が特定されたのだろう。

 だが、長浜一佐は首を振った。

「いや。ニカラグアからの情報だ。ニカラグア政府が、大井、ヤング両大使が監禁されている場所を暴露したんだ」

 長浜一佐がもたらした意外な情報に、室内にいた全員が固まった。

 ……なぜ、フレンテの味方のはずのニカラグア政府が、そのような重要な情報を暴露したのか……。

「……どういうことかなー。あ、そうか」

 いち早く固縛から抜け出したのは、畑中二尉であった。

「ニカラグアがフレンテを見限ったんですねー。用無しになった以上、国益に適った切捨てをしたいと」

「よく判らんなぁ」

 雛菊が、首を傾げる。

「多田官房参事官の話では、イギリス大使館側から伝えられたそうだ。ニカラグア政府関係者から、非公式にイギリス外務省にフレンテのアジトの座標やその他の情報がもたらされたとのことだ。すでに、デニスやSASの連中は大使奪還作戦の準備を進めているらしい。我々もそれに協力しろ、との仰せだ。詳しいことは、デニスに聞けばいいらしい。官房参事官は、東京と協議をするそうだ」

 早口で、長浜一佐が言う。

「とにかく、ホーン大尉のところへ参りましょう」

 スカディが、ぴょんと椅子から飛び降りる。ホーン大尉以下SASのメンバーも、この基地内に部屋を与えられているので、そこにいるはずだ。デニスも、おそらく一緒であろう。

「スカディ、雛菊。君らはクレスポ大尉を見つけて連れて来てくれ」

「了解ですわ、一佐殿」

 スカディが、うなずく。

「では、あたいはベルちゃん呼んでくるのです!」

 シオはそう宣言すると、ドアに向かって駆け出した。



 SAS隊員たちが使っている部屋の前には、二名のサンタ・アナ陸軍兵士が立哨しており、クレスポ大尉を伴った長浜一佐ら日本勢一同が押しかけても容易には扉を開けさせてくれなかった。中からデニスが顔を出し、兵士らに許可を出して初めて、入室を許される。

「不親切なのです!」

 ベルを伴って合流したシオは、憤った。

「もうSASの連中は作戦モードに入っちゃってるんでしょうねー。作戦プラン立案中には、部外者を遮断して缶詰になっちゃうのが、普通だからー」

 畑中二尉が、説明する。

 彼女の言うとおり、すでにホーン大尉以下SASメンバーは、机上にニカラグア北東部の地図を広げて協議中だった。地図の上には、何枚ものメモが散乱している。

「では、詳しい状況を説明しよう」

 日本勢全員とクレスポ大尉が机の前に揃ったところで、デニスが説明を始める。

「発端はロンドンだ。本日午前七時ごろ、ロンドン時間で午後一時ごろ、引退した外務省職員の自宅に旧知のニカラグア大使館員から電話があり、会見を要請してきた。この大使館員は、ニカラグアの諜報関係者として知られている人物だ。指定された会見場所は、外務省職員の自宅近くのガストロパブ。会見で、外務省職員は口頭でいくつかの情報を渡された。ニカラグア国内でヤング大使、大井大使が捕らわれているフレンテ根拠地の位置と規模。現地時間で明日中に、それら拠点は引き払われて人質共々サンタ・アナ国内へ移動すること。ニカラグア政府はフレンテと一切関わりを……過去も含めて……『持っていない』こと。そして重要なのはここだが……イギリスおよび日本が、両大使奪還のためにニカラグア国内で小規模な軍事作戦行動を極秘裏に行った場合、ニカラグア政府はこれを黙認すること、などだ」

「極秘裏の作戦、ですか」

 長浜一佐が、眉をひそめる。

「ニカラグア政府としては、最早フレンテの利用価値は無くなったと考えたんだろうね。いや、むしろ有害な存在になったと思っているに違いない。本来は、サンタ・アナを牽制するために援助していただけなのに、今回の作戦でわが国やアメリカ、日本、さらには他の多くのラテンアメリカ諸国まで怒らせたのだから。作戦が成功すればまだ救いようがあったかもしれないが、失敗したのではね。だが単に関係を断ち切っただけでは、ニカラグアの国益に繋がらない。人質の位置を暴露し、救出作戦を行わせることで英日両国に対し恩も売れると考えたのだろう。虫のいい話だが、引き換えにフレンテとの過去の関係も忘れてもらいたいと思っているに違いない」

「それならば、ニカラグア国軍が動いて人質を救出してくれればいいのではないですか?」

 遠慮がちに、シオは口を挟んだ。その方が、ニカラグアももっと大きな恩を日英両国に売れるはずである。

「リスクが大き過ぎー。もし失敗して、大使が死んじゃったらどう責任取るのよー。それに、推測だけど長年関係を持っていたんだから、ニカラグア国軍の中にフレンテと通じている奴が絶対いるはずよー。奇襲できなきゃ、人質奪還は無理だわー」

 シオの意見を、畑中二尉が一刀両断する。

「ニカラグア側は、軍事行動に関しもう少し細かな注文をつけている。国境を越えるのは小規模な軽歩兵部隊限定。航空機の進入は認めるが、部隊輸送のみ。作戦が終了すれば、速やかに撤退。なお、アメリカ合衆国、サンタ・アナ共和国、ホンジュラス共和国の人員、車両、航空機等は軍民問わず一切越境を認めない」

 デニスが、続ける。

「アメリカとサンタ・アナは判りますが、ホンジュラス?」

 三鬼士長が、首を傾げる。

「予習不足ぅー。コントラ戦争のときに、ホンジュラスはニカラグアに相当恨まれているのよー」

 畑中二尉が、部下に突っ込みを入れる。

「で、どうされるおつもりですかな?」

 長浜一佐が、デニスを見据えた。

「陸軍はすでに、政府の命令を受けてSAS二個小隊の派遣準備に入っています。今日中には、サンタ・アナ入りできるでしょう。明日の夜明け前、フレンテが拠点を引き払う前に奪還作戦を開始します。ミスター・タダには、日本政府の正式な要請があれば、SASが大井大使奪還を行う用意があるとお伝えしました」

「それはありがたい。残念ながら、日本の特殊部隊がニカラグアで作戦行動を行うのは、物理的にも法的にも難しいですからな」

 長浜一佐が、ほっとした表情を見せる。

「SASに任せておけば安心やな。この手の作戦には、世界で一番経験積んどるから」

 雛菊が言う。ホーン大尉を含むSASメンバー五人が、満更でもないといった表情を浮かべた。

「ひとつ質問が。これが、ガセ情報やニカラグアの仕掛けた罠でないという確証はあるのですか?」

 石野二曹が、心配げな表情で質問を放つ。

「SIS上層部は、総合的に判断して、嘘でも罠でもないと言う判断を下している。電話でミスター・アーネルと相談したが、CIAも同様の分析だ。一応、警戒してアメリカ側に衛星偵察を密にするように政府から要請を出してもらったし、GCHQ(英国情報通信本部)を始めとするわが方でも情報収集を行っているが、こちらでも不審な動きはないようだ。罠だとすると、動機もないしね」

「ニカラグア政府がフレンテと結託して……というシナリオも、ありえそうにないですわね」

 スカディが、首を振りつつ言う。

「せやなぁ。ここでアメリカの支援を受けている日英両国を罠に掛けて怒らせても、貰えるのは巡航ミサイルか誘導爆弾くらいなもんやからな。ニカラグア政府はそこまでアホちゃうやろ」

 雛菊が、同意する。

「よし。では、ホーン大尉に戦術状況を説明してもらおう」

 デニスが、机上の地図に向き直った。

「はい。日本大使が捕らわれていると推定されるフレンテの根拠地がここ、国境からは約四十二キロメートルのところです。同じくヤング大使が捕らわれているのが、ここ。国境から五十一キロメートルになります」

 ホーン大尉の指が、地図の二箇所を指す。

「なーんにも無さそうなとこねー」

 畑中二尉が、言う。

「その通り。これが、先ほど手に入れた衛星写真だ」

 ホーン大尉が、一枚の大判のカラー写真を滑らせて寄越した。かなり広い地域を撮影した物のようだ。濃淡はあるものの、ほぼ緑一色。黒々としたぎざぎざの線は、川だろう。市街地などは見当たらない。

「潜入は、ヘリコプターで行います。リンクスを二機持ってきていますから、一機を皆さんにお貸しいたします」

「は?」

 長浜一佐が、聞き返す。

「明日朝の奪回作戦に備え、OP(監視哨)を設置し、事前偵察を行う必要があります。わずか一晩でも、作戦成功率を大きく引き上げられるだけの情報が集められますから」

 さも当然、といった顔で、ホーン大尉が説明した。

「い、いや。言っていることは至極当然だと思うが……」

 長浜一佐が応じつつ、左右に居並ぶ日本勢の面子を見やった。

 畑中二尉と三鬼士長の凸凹コンビ。きょとんとした表情でホーン大尉を見つめている石野二曹。テーブルの上に頭半分だけ出し、長浜一佐を見上げているAHOの子ロボ四体。

「まさか、我々だけで、事前偵察任務を遂行しろと……」

「閣下も陸軍軍人でしょう。四名なら、ぎりぎりですが人数は足りるはずです」

「無理だよ、そんな。SASの方で、なんとか人を回してもらって……」

 長浜一佐が、助けを求めるかのようにデニスを見た。

「申し訳ありませんが、それは無理です、閣下」

 デニスではなく、ホーン大尉が答えた。

「わたしが連れてきた四名は、サンタ・アナ陸軍および内務省特殊部隊に対し助言等を行うために選抜した者なので、正規のチームではないのです。ですから、わたしを含めて五名でも、情報収集作戦単位としてはぎりぎりの人数です。割ける人員は、皆無です」

「しかし……」

「ロボットに手伝わせればよろしいではないですか、閣下」

 バンクス軍曹が、口を挟んだ。

「ベルは、すでに爆発物に関してはスペシャリストですよ」

「確かに、彼女らは優秀だが……」

 思案顔で、長浜一佐がAHOの子たちを見下ろした。

「ご命令とあれば、お供いたしますわ、一佐殿」

 リーダーらしく、スカディがきっぱりと言った。

「うーん」

 長浜一佐が、唸る。

「で、どのような段取りをお考えですの?」

 畑中二尉が、いったん長浜一佐を無視するような形で、デニスとホーン大尉に尋ねる。

「SAS本隊の輸送用も含めて、アメリカ経由でメキシコ空軍のMi‐17を乗員ごと三機、借りてもらった。うち一機は、すでにこちらに向けて飛行中だ。到着次第、これを塗り替える」

 デニスが、説明した。

「塗り替える?」

 三鬼士長が、怪訝そうな顔をする。

「ニカラグア空軍機に偽装するんだ。リンクスで不用意に接近すれば、警戒されるからね。こちらとしては、熱帯雨林を長時間行軍するのは避けたい。そこで、偽装のためにMi‐17をフレンテの拠点近くで飛ばし、注意を引き付ける。フレンテは、当然ニカラグア空軍の哨戒飛行か訓練だと思い込むだろう。その爆音に紛れるようにしてリンクスが進入し、偵察班を降着させる、という寸法だ。これならば、拠点の近くに降りられるから、時間も体力も節約できる。装備も充分に持ち込める」

「ニカラグア側から文句が来そうやな」

 雛菊が、突っ込んだ。

「ばれなければ、問題ないよ。いずれにしても、本作戦は極秘作戦だ。成功しても、フレンテの内紛に乗じて両大使が自力で脱出した、などと公表するしかないしね」

 雛菊に微笑みかけながら、デニスが言う。

「ヘリコプターを借りられたのであれば、メキシコ軍の特殊部隊も借りられたのではありませんか?」

 スカディが、質問を放つ。

「政府が打診したが、断られたそうだ。事前準備なしの作戦行動など、ハイリスクだからね。極秘作戦だから、見返りも期待できないし。メキシコにとっては、妥当な判断だろう。ニカラグアと揉め事を起こすのも、ごめんだろうし」

 デニスが、肩をすくめる。

「そのようなわけで、軽火器その他装備が必要です。我々は持参してきていますが、日本側は持っていないでしょう。陸軍の装備を、一式お借りすることになると思います。準備していただけますか?」

 ホーン大尉が、見守っていたクレスポ大尉に頼む。

「すぐに準備しましょう」

 うなずいたクレスポ大尉が、足早に部屋を出てゆく。

「やれやれ。予想外の展開だな。地球の裏側で、特殊部隊の真似事をさせられるとは」

 それを見送りながら、長浜一佐が日本語でぼやいた。

「官房参事官の許可を得なければなりませんねー。すぐに連絡しますー。三鬼ちゃん、手伝ってー」

 畑中二尉が言って、三鬼士長を手招いた。


第十六話をお届けします。

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