第十九話
続いてAI‐10たちは、携行武器の選定に入った。
だが、選択肢はあまりなかった。空からパラシュートで降りてゆく以上、あまりに重すぎる物や嵩張る物は持っていけない。大きいとはいえコンテナ船内で使うのだから、射程は短いもので構わない。もちろん、敵に戦車や装甲車がいる可能性は無いので、対戦車火器なども不要である。
というわけで、亞唯とベルを除く四体が、メイン火器としてMP5N(合衆国海軍向けのMP5)短機関銃を選択した。亞唯だけはベネリM1014/12ゲージ自動式散弾銃を選んだ。イタリアのベネリM4の合衆国海軍/海兵隊向け軍用バージョンで、ピストルグリップが付いた現代的なコンバット・ショットガンだ。隣には古いが信頼性の高いモスバーグM590A1散弾銃もあったが、亞唯が選んだのはベネリであった。M590A1の方はポンプアクションなので、腕が短いAI‐10では連射がやり辛いのだ。ベルは例によって大量の爆薬、手榴弾、地雷を携行するので、火器は拳銃だけとなる。
その拳銃だが、全員がM11(P228)を携行することとなった。9×19mmを使用する、合衆国軍制式拳銃である。スカディとジョーはサプレッサー付きのM11を選び、使用弾薬も弾頭部の重い亜音速弾(弾速が音速以下だと減音器の効果が上昇する)を弾倉に込める。
手榴弾はM67破片手榴弾が二発、M84スタン・グレネード一発が標準装備となる。あとは、ジョーが衛星電話を、雛菊が電波中継器を持った。『ハンビ・オライオン』を追尾している潜水艦『ミシシッピ』はESM(電子支援策)/通信用マストを常に海面上に出した状態にあるので、作戦中は通信を送ることが可能である。しかし、船内に入ってしまうと電波が弱まって通信不可になるおそれが強いので、船外のどこかに中継器を密かに設置してこれをカバーしようという思惑である。
その他に、スカディとシオが、万が一を考えてフック付きロープ、フラッシュライト、M18スモーク・グレネード、簡易手錠、水の入ったペットボトル、簡易ガスマスク、短いバール、ケタミン入りの自動注射器、加えて、楔から鏨、さらには投擲武器にも使えるV字形の金属片などを分けて持つ。これは、船内移動中に水密扉などによって退路を断たれたり、チームが分断されたりする危険を避けるための装備である。
さて。問題のベルであるが……携行するC4の量は、全部で二十ポンド……一と四分の一ポンドブロック十六本……に及んだ。もちろん、それに見合った量の信管、導爆線なども一緒である。手榴弾は、一般的なM67の他に、薄いピンク色をした丸いゴムボールのような(実際、本体はゴム製である)M47催涙手榴弾が四発。さらには……。
「うわ。クレイモアも持ってくんか。さすがにヤバないか?」
ベルが布製バッグに二つ詰め込んだ強力な対人地雷を見て、雛菊が引き気味に突っ込む。
「これはM18と違いますぅ~。M5クラウド・コントロール・ミュニュッションですぅ。見た目はそっくりですがぁ~」
雛菊に突っ込まれたベルが、M5の本体を引き出した。有名なM18クレイモア対人地雷と同様、ゆるく湾曲した長方形の本体に脚が付いており、電線などの起爆装置も付属している。ただし、本体裏側は明るい黄緑色で、どこかの発展途上国がコピーした安っぽい偽物のようにも見える。
「これは金属球ではなく、六百個のゴム製のボールを大量にばら撒く仕様になっていますですぅ~。ですから、暴徒鎮圧用の非致死性兵器ですぅ~。最大有効射程は約三十メートル。さすがに普通の船員さんとかにクレイモアをぶちかますわけにはいきませんのでぇ~」
ベルが、M5を手に説明する。
「なんでここまでM18そっくりなんだ?」
亞唯が、訊いた。
「心理的効果を狙ったものらしいですぅ~。ベトナム戦争の映画やアクション映画などで、M18クレイモアの威力は……ひどい誇張もありますがよく知られていますからねぇ~。M5が仕掛けられている場所にのこのこと近付いてくるお間抜けな暴徒さんは少ない、ということではないでしょうかぁ~」
真夜中のビール空軍基地から、六体のAI‐10を乗せたMC‐130Jが飛び立つ。
夜なので墨汁か黒インクを湛えているように見えるクリア湖……バス釣りの名所として全米に知られている……の上空を通過し、マンチェスター郡あたりで太平洋に出る。『ハンビ・オライオン』はロサンゼルスまであと一日ほどの位置に達しているので、今はここから真西にほぼ百九十海里……三百五十キロメートルほどのところに居る。
作戦空域に近付いたところで、AI‐10たちは装備を再確認した。ぴょんぴょんとジャンプして、装備の脱落やがたつき、余計な音などが発生しないことを確かめる。銃器の装弾状態と安全装置のチェック、ハーネスの装着具合、さらにロードマスターにハンドライトの光を浴びせてもらい、顕著な光の反射などが無いことも確認してもらう。
MC‐130Jが、大きく旋回した。敵の警戒は厳重ではないと見積もられているが、ここまで西海岸に近付いた状態ならある程度用心はしているはずである。何度も上空を飛ぶのはさすがに怪しまれるので、航過は一回だけの予定となっていた。少しでも上空に居られる時間を稼ぐために、速度を落として後ろから追い抜く形を取る。
ロードマスターが、後部ランプを開放する。寒風が、貨物室にどっと吹き込んで来た。西海岸は温暖だが、それは海面付近の話で、高度が高ければそれなりに空気は冷たい。
「降下準備!」
ヘッドセットでコックピットと交信しているロードマスターが、大きな身振りを交えて位置に付くように指示を出す。スカディが、ランプの前に陣取った。これにジョー、雛菊、シオ、ベルが続き、殿に亞唯が飛ぶのが予定されている順番である。
「GO!」
ロードマスターの指示で、スカディが飛び出した。二十秒待って、ジョーが飛び出す。さらに二十秒後、雛菊が飛ぶ。
シオも二十秒数えて……正確に言えば体内クロノメーターで計ってから、ランプを走って空中に飛び出した。パラシュートの自動開傘を待ってから、ライザーを引っ張って百八十度旋回し、先に飛び出した仲間を探す。
濃いグレイのクラウド型パラシュートは暗い海に溶け込んでほぼ見えなかったが、一部に特殊塗料のマーカーを塗ってあるので、赤外線モードで見ると明瞭に視認できた。スカディもジョーも雛菊も順調に『降下』しているようだ。シオは洋上に視線を転じた。白く光る船尾灯が見えるので、目標の位置は明瞭に判った。赤い左舷灯もうっすら見えるので、左後方から近付いている形だ。
空は晴れ上がっており、頭上では無数の星が瞬いている。月明かりがあり、空気も澄んでいるので、隠密潜入には好条件とは言えないが、そこは仕方のないところである。
シオは『ゼロ・ハリバートン』のマスタースイッチを入れた。背中のプロペラが静かに回転を始める。センサーが、先頭のスカディが照射するレーザーの反射を捉え、それをなぞるようなコースを取り始める。レーザー波が干渉しないように、まずはスカディだけがレーザーを照射する手筈である。彼女が着船したら、続くジョーが照射を開始、という形で順繰りに着船してゆく、という段取りだ。
『ハンビ・オライオン』には、船尾寄りにある船橋楼の後部上甲板にもコンテナが積まれており、その上が降着予定地点となっていた。シオが見守るうちに、先頭のスカディが無事にコンテナの上に降り立った。素早くパラシュートを回収し、コンテナの上に伏せて警戒態勢を取る。
続くジョーも無事にスカディの手前側に降り立った。こちらもパラシュートを回収し、それを抱えるようにして伏せる。
シオはレーザー照射の準備を整えた。前をゆく雛菊が着地したと同時に、照射を開始しなくてはならない。
と、シオの眼が動きを捉えた。船橋楼後部にある張り出し部の風雨密扉が開き、そこから一人の男性が出てくる。……後部上甲板上に積まれたコンテナを見渡せる位置である。
幸いにして、点いている灯火は船尾灯だけだったので……水上衝突防止のために、夜間航行中の船舶は法規に定められた自船位置および姿勢(進行方向)を知らしめる灯火の常時点灯と、それら灯火と誤認されるような照明の消灯を義務付けられている……スカディとジョーが伏せているあたりは真っ暗であった。明るいであろう船橋内から出てきた男性には、目を凝らしても何も見て取れないはずだ。
だが、いくら暗くても動きのあるものは目立つ。雛菊が目の前に降下してくれば、どんな間抜けでも気付くはずだ。
男性が、煙草の箱を取り出した。紙巻きを一本抜いて、ライターに着火する。ごく普通のワークシャツと作業ズボン姿なので船員に見えるが、腰にホルスターと無線機を吊っているので警備要員なのだろう。任務中に休憩したくなって、一服するために外に出てきた、というところか。
シオの腰の前には、首からスリングで吊ったMP5Nがぶら下がっているので、男性を射殺しようと思えば可能である。だが、飛行降下中なので照準が不安定だから、射殺するには乱射するしかない。複数の銃声が響き渡れば、潜入が確実に露見する。駆けつけた警備要員との戦闘に発展するのは必至であろう。これだけの装備で乗り込んだ以上、負けることは無いとは思うが、肝心のミョン・チョルスの安全確保には失敗するかもしれない。
一口目を吸った男性が、急にその手を止めて身を前に乗り出した。ぎょっとした顔で、眼下……ちょうど、雛菊が降り立ったあたりを見つめる。
シオが見下ろすと、スカディが伏せたまま、サプレッサー付きのM11自動拳銃を男性に向けているのが判った。だが、角度が悪いし距離もある。スカディの腕を以てしても、一発で仕留めるのは難しいだろう。
雛菊が降着するところが見えたのか、あるいはスカディやジョーが伏せているのに気付いたのか、とにかく異常を察知した男性が顔色を変え、腰のホルスターに手を伸ばして自動拳銃を抜いた。慣れた手つきでスライドを引きながら構えようとする。
シオはとっさの判断で、手にしたレーザー照射機を男性の顔に向けた。YAGレーザーを眼に照射し、視覚を妨害しようとする。
YAGレーザーは、近赤外線域のレーザーなので、もちろん眼には見えない。この波長の光は、角膜や水晶体を素通りし、網膜に直接損傷を与えてしまう。
いきなり視覚を奪われた男性が、うろたえた。急に視覚を失って平衡感覚にまで影響が出たのか、男性が腕を振り回すようにしてたたらを踏む。
シオが放ったレーザーは武器ではなく、あくまで誘導用である。『ゼロ・ハリバートン』は素直にレーザー反射波を辿っていく。そして当然のごとく、シオはよろめいている男性に体当たりすることとなった。
「ぐはっ」
うめき声を発し、男性が船橋楼外壁に叩き付けられる。五十キログラム……装備の重量を入れれば六十キログラムを超える……金属の塊がぶつかって来たのである。気絶した男性が、一瞬外壁にへばりついてから、濡れ雑巾のようにべちゃりと床に投げ出される。
シオは急いでパラシュートを回収し、『ゼロ・ハリバートン』を背中から降ろして、MP5Nを手に伏せた。男性に体当たりを喰らわせたことでかなりの衝撃を受けたが、大きな損傷は受けておらず、活動に支障はない。
『シオ、大丈夫かしら?』
スカディから、出力を絞った無線が入る。
『大丈夫なのであります! 警備要員は排除。このまま見張るのであります!』
シオはそう返した。
ゆっくりと立ち上がったシオは、開け放たれた扉の脇に陣取り、中を覗き込んだ。奥の方に、船舶特有の急傾斜の階段が見える。CIA提供の図面によれば、このフロアは高級船員の居住区のはずである。夜間当直の人員を除き、皆眠っているのであろう。かなりひどい騒音を立てたはずだが、気付かれずに済んだようだ。
と、一番近い扉がゆっくりと開き出した。シオは慌てて身を引いた。
ぺたぺたと床を歩く音がして、パジャマ姿の男性が開け放たれた扉から上半身だけ覗かせて外を見た。南アジア系らしい、浅黒い肌とウェーブした黒髪の、背の低い中年男性だ。シオは他に気配が無いことを確認すると、自動注射器を取り出した。起こされた原因を探ろうと張り出し部に出てきた男性の太腿に、いきなり自動注射器を突き立て、ケタミンを注入する。
うっと呻いて、男性が崩れ折れる。シオはその身体をなるべくやんわりと受け止めて、床に寝かせた。
風雨密扉の奥を再び覗き込んで、異常がないことを確認したシオは、状況をスカディに無線連絡して、『証拠隠滅』してから合流する旨を伝えた。依然気絶中の警備要員に歩み寄り、容体を確かめる。頭部を含め数か所に裂傷があるが、出血はさほどでもない。骨折もしているようだが、骨が皮膚を突き破ったりしている様子もない。呼吸も安定している。……数時間放置しても死ぬようなことはあるまい。
シオはこちらにもケタミンを注入した。担ぎ上げると、半ば引きずるようにしながら船橋楼内へと入れる。南アジア系船員の船室内に運び入れると、シオは適当な隠し場所を探した。真っ先に目についたクローゼットの中に、警備要員を無理やり押し込める。すぐに取って返し、南アジア系船員を担いできてベッドに寝かせ、毛布をきっちりと掛けてやる。……これで、仮に誰かが船室を除いても、船員が熟睡しているだけに見えるだろう。
船室扉を閉めたシオは、張り出し部に戻った。パラシュートを『ゼロ・ハリバートン』にしっかりと巻き付け、落ちていた自動拳銃……スチールモデルで9ミリ口径のジェリコ941だった……と吸いかけの煙草を拾い上げ、再び船室に入る。念のため、ジェリコだけ自分の装備に加えたシオは、残る『ゼロ・ハリバートン』などを戸棚の中に押し込めた。海に投棄できればいいのだが、張り出し部から投げて届く距離ではないし、嵩張る物を背負って船橋楼をうろつくのは避けたい。
『証拠隠滅』に満足したシオは、風雨密扉をきっちりと閉めると、周囲の気配を探りながらそろそろと急傾斜の階段を降り始めた。
第十九話をお届けします。




