第十四話
亞唯と雛菊は、わざと巡回警備員二人にヘッドライトがまともに当たるような位置にハンビ・セキュリティのヒュンダイ・ツーソンを停めた。明るく屋外照明に照らされている正面入り口にいる警備員は、眼が明るさに慣れているから、暗いこちらの車内はよく見えないはずだが、巡回警備の二人はある程度夜目が効くはずなので、見たことのないロボット二体が運転しているのに気づかれたらまずい。
訝し気な表情を浮かべながら、巡回警備員二人がツーソンに近付いてくる。それほど警戒している様子はない。やはり、同じ会社の一般警備員が乗っているものだと信じ込んでいるのだ。
アクセルとブレーキを担当していた雛菊が、運転席の下からごそごそと這い出してくる。
「雛菊、近付いてくる二人を頼む。あたしは正面入り口の奴を倒す」
亞唯は、ピストーレMを手に告げた。
「了解や」
雛菊が、うなずく。
『亞唯、そちらはどう?』
無線で、スカディが訊いてくる。
『今車を停めた。いつでもいいぞ』
亞唯はそう応じた。
『では、五秒後に。4、3、2、1、開始』
スカディのカウントダウンと同時に、ぼん、という遠方で起こったガス爆発を思わせるくぐもった爆発音が聞こえた。警備員たちが、反射的に音源の方を向く。
「今だ!」
亞唯と雛菊は、ツーソンから飛び出した。
巡回警備の二人が視線を戻した時には、もう雛菊は二人の目前にまで迫っていた。近い方の警備員の太腿に、腕のエレクトロショック・ウェポンを押し付けて、通電する。警備員が、仰け反るようにして倒れた。もう一人は急いでK2を雛菊に向けようとしたが、間に合わずにこちらも電撃を浴びせられて倒れる。
亞唯はピストーレMを前に付き出すようにして走った。立哨していた警備員が、慌てて腰のホルスターに手を伸ばしたが、亞唯の銃口が真っすぐ自分に向いていることに気付き、反撃が間に合わないと判断してホルスターに手を掛けたまま硬直する。
「いい子だ。大人しくしていろ」
亞唯は脚を緩めると、ピストーレMを警備員に向けたまま、彼の腰のホルスターからK5自動拳銃を抜いて遠くに放り投げた。雛菊も、倒れた警備員からK2を没収し、拳銃で脅してうつ伏せにさせてから後ろ手に結束バンドを嵌める。
『リーダー。正面は片付いた。警備員三名を拘束。損害なしだ』
亞唯はそう無線を送った。
シオはスカディのあとに付いて通路を走った。
すでに、偶然出くわした非武装の警備員一名はスカディのエレクトロショック・ウェポンで倒されている。その『始末』は後続のジョーとベルに任せて、スカディとシオは建物内の掃討のために、暗い通路を突っ走っていた。明りが点いていない部屋は無視し、前方右側に見えている扉……隙間から明りが漏れている……を目指す。
AI‐10たちの足音に気付いたのか、あるいは先ほどの爆発音が聞こえて様子を見ようとしたのか、扉がさっと開いた。姿を見せた警備員に、スカディがタックルを掛けるようにしながら電撃を浴びせる。
シオはP1A6を手に室内に飛び込んだ。中には、三人の警備員がいた。こちらは座っていた椅子から腰を浮かせた状態で、シオを眼にして一様に驚きの表情を浮かべている。囲んでいたテーブルの上には、花札の札と水色の千ウォン札が散らばっている。……どうやら、ギャンブルの真っ最中だったらしい。
シオはP1A6を投げ込むと、素早く扉を閉めてすべてのセンサーの入力感度を落した。スカディはすでに、倒した警備員に自動式注射器を突き立てている。
ぼん。
スタン・グレネードが爆発してからきっかり一秒待って、シオは扉を開けて室内に飛び込んだ。蹲ったり腕で眼を覆って棒立ちになったりしている警備員に端から電撃を浴びせる。倒れたところで、結束バンドを使って拘束を開始する。
スカディとシオを追い越すようにして、ジョーとベルはさらに奥へと進んだ。騒動に気付いてK2を手に通路に飛び出して来た警備員二人に、ジョーがP1A6を投げる。衝撃で警備員の身動きが取れなくなったところで二体は突入し、その身体にケタミン注射器を突き立てた。ジョーは未改造なのでエレクトロショック・ウェポンは内蔵していないし、ベルも工具類内蔵に改造されているのでこちらも電撃は放てない。
二人の警備員を無力化したジョーとベルは、それぞれPB消音拳銃とピストーレMを手にさらに奥へと走った。だが、明りの付いている部屋は見つからず、人がいる気配も感じ取れなかった。
『こちらベルですぅ~。奥の方は無人のようですぅ~』
引き返しつつ、ベルが無線で報告を入れる。
『亞唯、雛菊。そちらの状況は?』
スカディが、訊く。
『亞唯っちが応援に向かったで。うちは外の見張りや。今のところ、他の連中に気付かれた様子はないで』
雛菊が、早口で報告する。
それから五分掛けて、スカディ、ジョー、亞唯、シオ、ベルの五体で建物内すべての部屋を検めたが、他の警備員もミョン・チョルスの姿も無かった。
「外で三名。通路で二名。花札で遊んでいたのが三名。ジョーとベルが始末したのが二名。全部で十名。特殊警備員の数は、事前情報と合致しますわね」
再集合した面々を前に、スカディが言った。
「で、ミョンはどこ行った?」
ツーソンに積んで持ってきたRPKを縦に抱くように持ちながら、亞唯が訊いた。
「とりあえず、こいつに訊いてみようよ」
ジョーが、ベルに手伝ってもらって一人の警備員を引っ立ててきた。花札で遊んでいたメンバーの一人だ。彼だけ制服のデザインがちょっと凝っているので、隊長とか主任とか何だかよく知らないが肩書き付きの『えらい人』らしい。
例によって、スカディがPBを突き付け、亞唯がRPKの銃口を向けるという状態で、ジョーが警備員の口を覆っていたダクトテープを剥がす。
「詳しく説明しなくても、ボクたちの目的は判るだろう。彼を返してもらおうか」
ジョーが、穏やかながら底の方に凄みを利かせた口調で告げる。
「あー、彼は居ない。本当だ、来なかったんだ」
警備員が、答えた。
「来なかった? ではなぜ、こんなに警備が厳重だったのかい?」
ジョーが、ずいと詰め寄る。
「警備しろ、と上司から命じられたからだ。なんでも包み隠さず話すから、殺さないでくれ。最初から説明すると……」
ペク・ジュウォンが副隊長を務め、キ隊長が率いている特殊警備小隊が『ハンビ建設密陽複合施設』内にある研修施設の警備を命じられたのは二週間前のこと。ハンビ・グループにとって『大切』な外国の客人を『軟禁』することが、任務とされた。上司から、任務は極秘であり、同じハンビ・セキュリティの隊に対しても、詳細を明かしてはならないと釘を刺される。
客人に関する情報は極めて少なく、男性であること、韓国語は喋れることだけは伝えられた。ペクはキ隊長や部下と話し合い、『客人』は北韓の亡命者ではないか、と予想した。ハンビ・グループの北韓事業に何らかの関りがあった北韓の人物が、事情により韓国亡命を余儀なくされたが、諸事情により表立った政治亡命ができない。そこで、ハンビ・グループが身元引受先となって、彼を保護することになったのでは、と考えたのである。
警備計画立案のために、キ隊長と共にハンビ建設密陽複合施設を訪れたペク副隊長の前に現れたのが、ハンビ・ホールディングスの会長付き無任所部長にして、イム・ドンヒョン会長の孫娘であるイム・ソヒョンだった。言明は避けたものの、彼女がこの『亡命案件』を取り仕切っているのは明白で、キとペクはその指示に従って警備計画を練り上げ、上司に提出し、裁可を得た。
特殊警備小隊は、『客人』が来る予定の二日前から現地に入り、警備を開始したが、当日になっても『客人』は姿を見せなかった。当惑したペクらは上司に問い合わせたが、上司の方でも状況を把握していないらしく、『客人』不在のまま予定通り警備を続けろと命じられる。
それ以来、特殊警備小隊はいつ現れるか判らない『客人』を待ちながら、あまり意味があるとは思えないこの警備任務を継続しているのである。
『そんな事情にしても、休憩時間中に賭け花札やるのはまずいだろ』
亞唯が、呆れ顔で無線を送ってくる。
「じゃあ、イム・ソヒョンは今ここにいるのかい?」
ジョーが、訊いた。ペクが、首を振る。
「いいや。準備の時に一回会ったきりだ。ここには居ないし、今どこに居るかも知らないよ」
『とりあえず、嘘は言っていないようですわね。ですが、もう少し裏付けが欲しいですわ』
スカディが、無線で言う。
「ペク副隊長。その『客人』を軟禁する部屋とかは、準備してあるのかい?」
「もちろんだ」
ジョーの問いかけに、ペクがうなずく。
「ちょっと、案内してくれるかな?」
ジョーが言って、自分のPBを抜いた。
ケタミンで眠らせたり、結束バンドで拘束したりした警備員を見張るために亞唯とベルを残し、ジョーとスカディとシオはペクの案内でミョン・チョルスを軟禁する予定だった部屋に向かった。
それほど広い部屋ではなかった。後から運び込まれたことが歴然としているベッド、開かないように細工してある窓、元からあったテーブルと椅子。これも後から運び込んだらしいワードローブの中には、ダークスーツ一着を含む男性用の衣類が入っていた。スカディが椅子を踏み台代わりにして中に手を突っ込み、吊ってあったワイシャツを取り出す。
『サイズはミョン・チョルスの体格と一致しますわね』
ワイシャツを調べながら、スカディが無線で言う。
「これは何でありますか?」
シオは、PBの銃口で部屋の隅に置かれている段ボール箱を指した。
「煙草だそうだ。ゲストの好物らしい」
ペクが、答える。
『どうやら、ミョンは別の場所に送られたようですわね』
ぴょんと椅子から飛び降りながら、スカディが無線で言う。
『弱ったね。ここでないとすると、韓国内のどこにいてもおかしくないことになる。こうなると、探しようがないよ』
ジョーが、諦め顔で言う。
「ゲストがどこへ連れていかれたのか、本当に知らないのでありますか?」
シオは、PBをペクに突き付けながら訊いた。
「知らない。今どこに居るのか、見当もつかないよ」
ペクが、首を振る。
『イム・ソヒョンの線から洗う方が速いかも知れませんわね』
スカディが、ジョーを見た。
『だろうね。ともかく、撤収しよう。長居しても仕方がないよ』
ジョーが応じる。
ペク副隊長をケタミンで眠らせてから、AI‐10たちは撤収を開始した。構内はいまだ静まり返っており、侵入が発覚した様子はないので、時間節約のために一同はツーソンを再び拝借することにした。無理やり全員で乗り込み、亞唯と雛菊の運転でフェンスを切断したところを目指す。
「あ、やばいな、これは」
外周道路に近付いたところで、亞唯が右手から接近してくるヘッドライトに気付いた。別の外周警備の車両か、あるいはこのツーソンから定時連絡が無いことに気付き、調査のために派遣された車両だろうか。
「速度を上げたのであります! これは逃げ切れそうにないのであります!」
シオはそう報告した。フェンスにたどり着くのはこちらの方が早いが、向こうが『本気』なら、フェンスを越えて幾らも行かないうちに、背中から銃弾を浴びることになる。
「追い払いましょう。ジョー、ベル。先行して退路確保。撤収車両への連絡もお願いね。亞唯、雛菊。威嚇射撃を。特殊警備の連中で、積極的に応戦して来るようだったら撃退して。わたくしとシオはフェンスを越えたところで亞唯たちを援護。よろしくて?」
スカディが、てきぱきと取り決める。
亞唯がフェンス前で急ハンドルを切ると同時に、雛菊がブレーキを押した。ツーソンが尻を振り、前部を近付いてくる警備車両に向けるようにして停止する。こちらのヘッドライトを相手に向けて、少しでも幻惑させようという意図である。
すぐさまジョーとベルが飛び降りてフェンスに向けて走った。スカディとシオも、それに続く。
亞唯はPRKを持つと、ツーソンの後部へと回った。二脚を地面に立て、後部タイヤを遮蔽物にするようにして伏射の姿勢を取る。逆側に、雛菊がMPi‐KMを構えて膝を突いた。
亞唯は接近する車両……どうやら、そちらも白いヒュンダイ・ツーソンらしい……の前輪を狙って一連射放った。数発が命中し、ツーソンがつんのめるようにして停止する。車内から、二人の警備員が慌てて出てくる。
すかさず、雛菊がツーソンのヘッドライトに向けて連射を放った。銃弾に撃ち抜かれ、ツーソンのヘッドライトとスモールライトが消える。
亞唯は照準を変更し、警備員に当たらないように留意しながらツーソンのフロントガラスを撃ち抜いた。火力の優越を見せつけるように、引き金を引きっぱなしにしてドラム弾倉を半ば空にする。
圧倒的な火力に晒された警備員二名は、慌てふためきながら背中を見せて走り出した。その頭上へ向けて、雛菊がもっと早く走れと言わんばかりに一連射を放つ。
『援護は必要なかったみたいね。では、さっさと撤収いたしましょうか』
膝を突き、ワイヤーフェンスのあいだから銃口を突き出して援護の態勢を取っていたスカディが、立ち上がって突撃銃を肩に掛ける。
スカディ、シオ、亞唯、雛菊の四体は、先行するジョーとベルを追ってアカガシ林を走った。背後のハンビ建設密陽複合施設では、サイレンが鳴り響き始めている。細道にたどり着いた頃には、すでに迎えのヒュンダイ・スターリアがサイドドアを開け放した状態で待っていた。ジョーとベルが、スターリアの前後でMPi‐KMを手に周囲を見張っている。
「追っ手なし。このまま撤収しましょう」
サイドドアの脇に陣取ったスカディが、早く乗り込むようにと手を振って促す。
AI‐10たちはどやどやとスターリアに乗り込んだ。最後にスカディが乗り込むと、ドアを閉じる前に韓国人オフィサーが車を発進させる。
ミョン・チョルスを連れて来なかった……つまりは任務失敗であることは明白だったが、ハンドルを握るオフィサーは何も尋ねなかった。プロなのだ。彼の任務はAHOの子たちのバックアップであり、必要のない無駄な質問をしたりすることはない。
スターリアは尾行がないことを確認しつつ、高速道路に乗った。日本同様、韓国でも夜間の高速道路の主役は長距離トラックであり、結構な数が法定速度ぎりぎりのスピードで走っている。スターリアはそれらに何度も追い越されながら、安全運転で大邱を目指した。
第十四話をお届けします。




