第十一話
「歴史の講義はそれくらいにして、ミョン救出の具体的プランの説明に入りませんか?」
ジョーが、畑中二尉を見て言う。
「そうだったー。つい熱が入ってしまったぞー。密陽市にあるハンビ建設の施設だったなー。えー、半島南部のこのあたりは、岩だらけで農業に適していない荒地が結構あるー。そのひとつをハンビ建設が取得し、建築技術の実験場や建機の訓練場などを作ったのがこの施設の始まりだー。その後、ハンビ・グループの他の企業も利用するようになり、周辺の土地を新たに取得して、会議場、研修施設、研究開発施設などが併設されるようになり、現在に至るー。今の名称は、『ハンビ建設密陽複合施設』だー。密陽市街地の東側にあるー。密陽市はほぼプサンと大邱の中間にある人口十万人ほどの地方都市だー。韓国最長の河川である洛東江の北岸になるなー」
畑中二尉が説明しながら、ノートパソコンのディスプレイに衛星写真を表示させる。広い敷地内にはいくつかの建物が寄り集まって建っている箇所が複数あり、さらにあちこちに孤立した大小の建物が建てられている。天然のものらしい疎林が数か所、岩山のようなものが二か所。不自然な多角形をした小さな湖がひとつあったが、これは人工湖だろう。水中土木技術のテストか何かに使われているのだろうか。
「どのあたりにミョンがいるんだ?」
亞唯が、訊く。
「そこまではCIAも掴んでないよ! でもたぶん、機密保持の観点から、点在している孤立した建物のどれかにいるんじゃないかな? 警備もし易いはずだからね!」
ジョーが、ディスプレイを指し示しながら言う。
「警備の状況はいかがなものかしら?」
スカディが、訊いた。
「軍隊や警察は常駐していないよ! 警備は、ハンビ・グループのひとつ、ハンビ・セキュリティが請け負っている。請願警察は居ないけれど、特殊警備員が居る可能性は高いね」
「セイガンケイサツ? 何でありますか、それは?」
シオは首をひねりつつ訊いた。
「西〇警察なら、知っていますがぁ~。再放送をよく見ておりましたぁ~。派手な爆破シーンが多くて、楽しいですぅ~」
ベルが、嬉しそうに言う。
「きっとあれやで。〇部署と、湾〇署が合併したんや。だから、西岸警察や」
雛菊が、笑いながら言った。
「おおっ! ということは、青〇刑事が、無線で『団長! レインボーブリッジ封鎖できません!』とか言うのでありますね! これは胸熱なのであります!」
シオは喜んだ。
「あー、違うぞおまいらー。請願警察というのは、韓国の民間警備員の一種だー。公共施設やそれに準ずる重要施設に限り、特別な許可を受けて警察官に準ずる職務を遂行できる警備員のことだー。つまり、勤務場所に限っては捜査や逮捕などが行えるわけだなー。銃器の携帯や使用もできるぞー。給与を支払うのは、該当施設の長やその施設を管理する機関の長だなー」
畑中二尉が説明する。
「ほう。面白い制度だな」
亞唯が、言った。
「実はこれはかつて日本にあった請願巡査制度をモデルにしたものなのだー。請願巡査というのは、明治時代にできた制度で、市町村や企業、あるいは個人が費用負担を条件にして、設置を願い出ることによって配属される警察官のことだー。つまりは、お上がお墨付きを与えた私設警察、という感じだなー。昔は全国津々浦々警察力が及んでいたわけではなかったから、自警組織の延長みたいな感じで作られたものだー」
「西部劇に出てくる保安官さんみたいなものですかぁ~?」
ベルが、訊く。
「ちょっと違うなー。離島や僻村などにもあったようだが、主に利用したのは辺鄙な場所にある鉱山や、大勢の臨時雇い労働者を管理しなければならない企業だそうだー」
「……企業から給与をもらって、労働者を管理する警察。嫌な予感しかしませんわね」
スカディが、言う。
「その通りだなー。ほとんど企業の飼い犬状態だった例もあるらしいー。ということで、戦前に廃止になってるぞー。その制度を参考にして、六十年代に請願警察制度を導入したんだー。まだその頃の韓国は経済的にゆとりがなく、警察予算も潤沢ではなかったにも関わらず、北朝鮮の破壊工作に備えねばならなかったからなー。民間人に権限を与え、それなりに武装させて重要施設の警備を任せるというのはいい手だったんだー。特殊警備員というのは、二十一世紀に入って新たに設けられた制度で、今まで請願警察しか警備できなかった国家重要施設を請願警察以外の警備員でも対応できるようにする、という制度だー。請願警察は民間人だが、雇用主が国や自治体の施設だから、公務員に準ずる立場だが、特殊警備員は完全に民間企業の所属、という違いがあるなー。ぶっちゃけ、請願警察よりも安上がりなので導入された制度といってもいいー。武器に関しては、請願警察と同様に銃器の携帯が許されているが、職務上の権限は一般的な警備員と同様、警察官の真似事はできないー」
「銃器の携帯というと、拳銃を携行しているわけか」
亞唯が、言う。
「いや。K5自動拳銃はもちろん、K2突撃銃も持ってるぞー。北朝鮮工作員とやり合う可能性があるからなー。撃ち負けるわけにはいかんのだー。ということで、最悪の場合は準軍隊レベルの連中と銃撃戦になる可能性は覚悟しておけー」
「となると、爆薬も支給していただけるのですねぇ~」
ベルが、嬉しそうに言う。
「じゃあ、作戦内容を説明するよ! まず最初に言っとくけど、CIAの支援は今回あまり当てにしないで欲しい。実は、太平洋部からも中東アフリカ部に結構な人員が応援回されてるんだ。だから、人手不足なんだよ!」
ジョーが、済まなそうな顔で言う。
「最近、中東もアフリカも静かなのでは? CIAが乗り出すような大事件がありましたかしら?」
スカディが、意外そうな顔で訊く。
「まだ公表されてないけど、ロシアの外交官がバーレーンで誘拐されたんだ。その男が、実はSVR(ロシア連邦対外情報庁)のオフィーサーでね」
「犯人は誰だい?」
亞唯が、訊く。
「セイフ・イスラミアが犯行声明を出してるよ」
ジョーが、答える。
セイフ・イスラミア……直訳すれば、『イスラムの剣』となる……は、アフガニスタン出身のジャラルッディーン・ザーヒドという男がリーダーであるとされる、最近急速に勢力を伸ばしているイスラム復興運動国際組織である。表の顔は懐古主義的な比較的穏健な汎アラブ主義国際政党であるが、裏の顔は単なるイスラム原理主義テロリスト集団である。反シオニズム、反共産主義、反植民地主義、反グローバリズム、反米などを標榜しており、西アジアや北アフリカで叩き潰されたり活動停止状態に追い込まれたりしたイスラム系テロ組織や政治組織の残党が多数流れ込んでいるとも言われている。
「あそこかー。あいつら、全方位に喧嘩売るスタイルやからなー。とうとうロシアまで敵にまわしたかー」
雛菊が、呆れ気味に言う。
「中国にも喧嘩売ってるしね。アフリカで、反植民地活動と称して中国人を何人も殺害しているし。敵多すぎで、そのうち自滅しそうだけどね。ということで、大きな声では言えないけれど、CIAが音頭を取って、ロシアや中国の協力も得てセイフ・イスラミア対策を進めようという話になっているんだ。そちらに、人員を取られているんだよ。ということで、韓国駐在員だけ今回の作戦に協力してもらっているんだ」
「ま、どっちみち突っ込むのはあたしたちだけなんだろ。で、どうやって入国するんだ?」
亞唯が、訊いた。
「在韓米軍を利用するよ。横田から京畿道南部にある烏山空軍基地に飛ぶ。そこからヘリコプターで大邱市のキャンプ・ウォーカーに移動。そこから車両で現場へ。撤収方法は四通り。キャンプ・ウォーカーまで戻る。どこでもいいから在韓米軍基地に逃げ込む。ソウルの合衆国大使館に逃げ込む。周辺の山野に潜伏し、後日の救出を待つ」
「場当たり的やなー。大丈夫かいな」
雛菊が、疑いの眼をジョーに向ける。
「装備は前回と同じようなものを用意するよ。MPi‐KM突撃銃、ピストーレM、PB消音拳銃、P1A6スタン・グレネード、セムテックスHといったところだね」
雛菊の視線から目を逸らしつつ、ジョーが説明する。
「セムテックスは多めにいただきたいのですぅ~。それと、前回普通の手榴弾が無くて苦労したのですぅ~。旧式でいいから貰いたいのですぅ~」
ベルが、そう注文を付ける。
「うーん。在韓米軍に頼めば倉庫の奥からM26くらい分けてもらえそうだけど、合衆国製品は使いたくないねぇ。ロシア製なら取り寄せられそうだけど……まあ、何とかするよ」
「万が一を考えると、MPi‐KMだけじゃ不安だね。もう少し火力のあるやつが欲しいんだけど」
亞唯も、装備に注文を付ける。
「相手は武装しているとは言え民間の警備員だよ? あんまり無茶はしないでほしいんだけど……」
「だったらなおさら火力が欲しいよ。突撃銃相手に突撃銃じゃ単に撃ち合いになるだけだ。相手がびびって逃げるくらいの方が、却って死人が出にくいはずだ」
亞唯が、そのような理屈をこねる。
「……うーん。筋の通った話だとは思うけど、潜入任務にあまり嵩張る火器はまずいと思うんだよね。でも、軍用マシンガンの一丁くらいはいいかな? じゃあ、そっちも何とかするよ」
「それで、施設内に無事入り込めたとして……どうやってミョンを探しましょうか?」
スカディが、ちらりと畑中二尉の方を見ながら訊く。
「まず間違いなく、施設内に居るハンビ・グループの一般社員は、ミョン・チョルスが捕らわれていることを知らないだろう。だから、施設内のパソコンにアクセスしてデータを漁る、なんてことをしても、ミョンの居場所は判明しないだろうね」
ジョーが、そう答えた。
「一番確実なのは、警備状況を調べることだと思うよ。特殊警備員が集中配備されている建物があれば、確実にミョンが居る証拠だろうね。一人捕まえて尋問すれば、大抵のことは判るはずだ」
「おおっ! 楽しい楽しい尋問タイムなのですね! これは、拷問器具を持参しなければ!」
シオはノリノリで言った。
「ミョンの居場所を突き止めて急襲。ミョンを確保したとして……ミョンが素直に脱出に協力してくれますでしょうか?」
スカディが、疑問形で言う。
「そこはCIAも考慮してるよ。こちらで事情聴取など一切行わず、北朝鮮へ送還すると告げれば、たぶんミョンも協力してくれると思うよ。米朝協議を円滑に進めるためと説明すれば、納得するだろうしね。万が一従ってくれなかった場合は、麻酔薬入りのスプリング式自動注射器を使うよ。みんなで担いで運べばいい」
合衆国空軍第374空輸航空団所属のC‐130Jが、ほぼ東西方向に延びているオサン基地の滑走路に着陸する。
AI‐10たちは、空軍憲兵の案内で機を降りると、エプロンで待ち受けていた陸軍第2航空連隊のUH‐60に乗り換えた。UH‐60はすぐに離陸し、一路南東へと飛行した。飛行距離は約二百キロメートル。四十五分ほどの空の旅となる。
「なんや。高層マンションばっかりやな」
窓外を眺めつつ、雛菊が言う。シオも外を見下ろした。二十数階から三十階ほどもありそうな大きなマンションが、狭い区域にびっしりと立ち並んでいるところがいくつも見える。
「畑にはビニールハウスが多いわね。やはり、寒いのでしょうね」
スカディが言う。韓国人は、自分たちが温暖な地の住人だと思っているが、実は朝鮮半島南部は結構寒冷な地である。ソウルでもっとも寒い月は一月だが、その日平均気温はマイナス2度を下回る。ちなみに、東北の仙台市も一番寒いのは一月だが、その日平均気温はプラス2度程度である。
市街地と畑、そしてよく発達し縦横に走っている自動車道路を超えてしばらく行くと、眼下が山林となった。低くなだらかな山並みを超え、清州の市街地と空港を避けるようにして飛び続ける。遠くに、黒っぽい光る池のようなものが見える。メガソーラー発電所だろう。
キャンプ・ウォーカーは大邱市市街地の南端にある。というか、ほぼ市街地の中にある。基地の名称は、合衆国陸軍第8軍司令官としてロバート・アイケルバーガーの後任となり、占領下日本の管理に携わり、朝鮮戦争時に自動車事故で亡くなったウォルトン“ジョニー”ウォーカー中将にちなむ。
UH‐60は基地北端にあるヘリパッドに着陸した。空軍憲兵に連れられ、駐車してあったフォード・トランジットの車内に詰めこまれる。基地内道路を二分ほど走ったトランジットが、とある建物の前で止まる。空軍憲兵に建物内へ連れ込まれたAI‐10一行は、一室へと案内された。
そこで待ち受けていた中年男性は、見覚えのある人物であった。普天間基地でも会った、CIAのミスター・ブラウンだ。
「これはこれは、ミスター・ブラウン! またお世話になります」
シオはぴょこんとお辞儀をして挨拶した。
「済まない。諸君らとは初対面だ。わたしはCIAのムーアだ」
平然として、CIAの中年男性……ムーアが言い放つ。
ジョーを除くAI‐10たちは思わず顔を見合わせた。目の前にいる男は、どう見ても、普天間基地に居たブラウンである。
『声も一緒ですわ。双子でもなければ、同一人物ですわね』
赤外線通信で、スカディが言う。
『双子なら姓も一緒やろ』
雛菊が、突っ込む。
『ま、CIAだから正体を隠す必要があるんだろ。前回のブラウンも偽名臭かったし。合わせてあげるのが礼儀ってもんだ』
亞唯が、そう言う。
『はっと! ひょっとしてクローンなのでは? CIAの物資調達係専用クローンで、合衆国の海外基地に一人ずつ配属されているのでは?』
シオは思いつきを口にした。
『でしたらもう少し爽やか系の若いイケメンを使った方がいいと思いますですぅ~』
ベルが言う。たしかに、ミスター・ブラウン/ムーアは、いささか暑苦しそうな中年で、頭髪も後退し始めているしあまり冴えない感じだ。
『このくらい普通なおじさんっぽい方が、スパイとしては有利なのでしょうね。まあ、わたくしたちも諜報活動に肩までどっぷり漬かった身です。ここは、初対面のふりをしておきましょう』
スカディが言う。一同は、改めてミスター・ムーアに初対面の挨拶をした。
第十一話をお届けします。




