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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 17 北朝鮮拉致要人救出せよ!
390/465

第一話

 お待たせいたしました。Mission17開始です。

【お詫びとお知らせ】 本作は掲載当初より原則的に週一回ペースの投稿でありましたが、最近作者リアルで多忙につき、この投稿間隔を守るのが難しくなってしまいました。ということで、誠に勝手ながら、当面のあいだ投稿を月二回にさせていただきます。毎月第二、第四土曜日の投稿を予定しております。ご容赦ください。


  中華人民共和国 広東省 東莞トンコワン


 朝鮮民主主義人民共和国……いわゆる北朝鮮には、『成分ソンブン』呼ばれる独特な『国民分類システム』がある。

 日本のマスコミ等では、これを『階級制度』『身分制度』などと紹介しているが、これは厳密には正しくない。『成分』は、社会的地位を表すものではなく、個々人、あるいはその属する一族が、支配者たるキム一族らに対しどれだけ『忠誠度』が高いと……あるいは低いと見込まれるか、に基づいて、細かく分類したものなのである。その判断基準となっているのは、北朝鮮建国当時の前後にその一族が、あるいは当人の先祖がどのような政治的立場であったか、である。当然、『革命』に近い者ほど『良い成分』となり、『反革命』であれば『悪い成分』となる。たとえば、抗日パルチザンを出した一族や、朝鮮戦争(北朝鮮の公式用語を用いれば祖国解放戦争)に参加した者の子孫、あるいは革命の中核たる農民などは、高位の存在と看做される。逆に、革命前に資本家や地主だった一族、宗教家、日帝時代に官吏だった者、親米または親日主義者などの子孫は、忠誠度が足りないとされ、『悪い成分』に分類される。

 北朝鮮の市民は、すべてがこの『成分』によって分類されており、その良し悪しに応じて就ける職業や受けられる教育水準の差異、居住地の制限などがあり、場合によっては当局による動向監視などが公然と行われている。

 この『成分』が確立したのは1960年代とされている。すでに革命の第一世代は没し、このような先祖の職業や社会的地位、あるいは思想による現在の市民の国家に対する忠誠度の測り方は実質的に意味を成していないと思われるが、実際のところこの『成分』は今の北朝鮮でも立派に生きている。厳格な『分類システム』によって『上下関係』や『内部の力学』がはっきりとしている組織は、管理しやすいからである。軍隊、警察、企業、宗教団体などが、よい例であろう。平等を旨とし、一切の階級制度がないと標榜する『社会主義国家』……北朝鮮もその一国であるが……ですら、国民管理の効率化のために、様々な形で市民の分類とランク付けが行われているのが実情である。そしてその『矛盾』が、共産主義国家が軒並み崩壊した理由のひとつでもある。


 広東省南部の高速道路を颯爽と走るレンタカーのBMW F40の後部座席に座って、シャオミーのスマートフォンを操作しているミョン・チョルスは、間違いなく良い成分の持ち主であった。先祖代々貧しい小作農民の家系で、祖父は少年兵として抗日パルチザンの一員となった。その後朝鮮労働党員となり、下級官吏として国家に尽くすことになる。

 その息子……チョルスの父親は、祖父の尽力のおかげで……表向きは、『偉大なる首領様』のおかげとなるが……高度な教育を受け、朝鮮労働党統一戦線部に職を得て、中堅ながらエリートコースに乗ることができた。

 その息子であるチョルスは、生まれながらの北朝鮮エリートであった。住居はもちろんピョンヤンにあり……北朝鮮には原則的に居住地選択の自由はない……最終学歴は名門校ピョンヤン外国語大学。語学に秀で、英語、北京語、ロシア語、日本語、ドイツ語を自在に操ることから外務省に職を得て、順調に出世コースを歩むことになる。

 転機が訪れたのが、二十代の半ばであった。ひょんなことから、当時金正日の側近を務めていた実力者の張成沢チャンソンテク……金正日の妹婿……と知り合ったのだ。その伝で、まだ少年だった頃の金正恩……正日の三男で、張成沢の甥にあたる……とも知己を得る。

 その後、死去した金正日の後継者として金正恩が最高指導者となり、金正恩とは良好な関係を築いていたはずの張成沢がなぜか失脚、処刑される事態となったが、チョルスと金正恩の関係は悪化することなく、逆により深化することになる。チョルスは外務省に籍を置いたまま、金正恩の意向で私的顧問的立場として重用されることとなったのだ。

 金正恩体制は、決して盤石ではない。金日成が作り上げた『カリスマ』は、金正日によって大幅に薄められてしまい、三代目たる金正恩の時代にはさらに希釈されて見る影もない。そのため、金正恩は権力維持のために実力者の粛清を頻繁に行っている。そんな中で、子供の頃から知っているうえにどの派閥にも属していないミョン・チョルスは、数少ない心から信頼できる人物であったのだ。

 かくして、ミョン・チョルスは金正恩の外交・対外経済政策におけるもっとも信頼の厚い助言者となり、北朝鮮の『影の外務大臣』として一部で知られるようになった。諸外国に対する受けもよかった。外国語に堪能で、外務官僚としてそれなりの経験も積んでいる。まだ四十代の末と若く、容姿も韓流スターとまではいかないが、それなりにハンサムだ。身長は百六十五センチ。やや低いが、北朝鮮の男性としては平均的な背丈である。西側の外交筋も、ミョン・チョルスのことを、謎の多い厄介な国家である北朝鮮において、唯一話の『通じる』人物という評価を下している。

 後部座席にチョルス、前席に運転手と警護官を乗せたBMWは、制限速度を守って莞深高速公路(東莞‐深圳線)を南下していった。



 広東省東莞トンコワン市の総人口は、一千万人を超える。

 もともとこの地は、珠江の河口付近にある湿地の多いところであり、水田がほとんどを占める農業地帯であった。河港を中心に都市は形成されていたものの、その規模は小さく、華南の大都市広州コワンチョウと香港のあいだの通り道に過ぎなかった。東莞という地名も、広州の東にあるイグサの産地、という意味で名付けられたものだという。

 だが、中華人民共和国が改革開放路線を選択し、香港を『金蔓』として看做し始めたころから、東莞の地位は急上昇を始める。南隣の深圳シェンチェンとともに、『香港の郊外』としての発展が始まるのだ。水田は埋め立てられ、各所に香港資本の工場が建設され、衣類や雑貨品、さらには電子機器などが生産されるようになる。人口は、あっというまに膨れ上がり、後の香港返還、台湾企業の進出などを経て、東莞市はさらに発展を遂げる。

 ミョン・チョルスは東莞市北部にあるエレクトロニクス工場群の見学……を隠れ蓑にした実業家との面談を終え、香港にあるホテルに戻る途中であった。BMWの窓外には、数え切れぬほどの工場群、高層アパートメント、少し離れた処に建つ高層ビルなどが見えている。大型重機が地面を均したり、クレーンが資材を持ち上げている光景も頻繁に目にする。……東莞市は、まだまだ発展を遂げる最中なのだ。

 スマホから目を上げ、窓外に視線を送りながら、チョルスはそっとため息をついた。この東莞市ひとつだけで、チョルスの祖国である朝鮮民主主義人民共和国のGDPの実に六倍近い『富』を生み出しているのだ。これは二千五百万人という決して少なくはない人口を有する国家としては、恥ずべき数字と言える。

 毎度のことであるが、この『影の外務大臣』の訪中はマスコミ等には一切発表されていなかった。一応、朝鮮労働党と中国共産党のあいだでは『話』がついてはいるが、あくまで『お忍び』の訪問である。主目的は、中国の財界人……特に、大規模工場を経営しており、投資に積極的な人物と繋がりを作ることであった。

 ミョン・チョルスには北朝鮮の経済改革のための、大胆なプランがあった。すなわち、中国本土の製造業の一部を、北朝鮮に丸ごと移転させようというプランである。

 すでに、中国資本は北朝鮮国内に入り込み、衣料品などの軽工業製品を生産している。中国よりも人件費の安い北朝鮮なら、製造コストを抑えられるからだ。

 だが、安価な衣料品では、北朝鮮側の『儲け』は微々たるものである。もっと付加価値の高い工業製品……例えば、電子部品などを生産する工場を誘致できれば、儲けは大きくなるはずだ。

 北朝鮮は慢性的な外貨不足に悩んでいる。中国資本の工場の大量誘致は、その解消……は無理としても、大幅緩和の切り札たり得るだろう。

 世界の工場と呼ばれ、輸出で潤って来た中国だが、最近はその成長にも陰りが見え始めている。その主たる原因のひとつが、賃金水準の上昇である。元々物価が安く、低賃金で働いてくれる質の高い労働力が豊富にあったからこそ、世界中から投資が中国に集まり、数多くの工場が建てられ、大量の工業製品が輸出され、中国経済を潤してきたのである。物価と賃金水準が中国の経済発展に伴って共に上昇し、各国の企業が中国への投資を『旨味が無い』と判断すれば、当然経済成長は鈍る。

 すでに合衆国の企業の中には、中国の工場を畳んで、メキシコなどに移転させたケースも出てきている。今現在では、中国の人件費はメキシコよりも低いが、これが同程度になり、やがて抜き去るのは時間の問題と言える。中国とメキシコの人件費が同程度ならば、合衆国の企業が北米向け製品を中国で製造する理由はひとつもない。日本の企業でも、中国を捨ててバングラデシュやベトナムに工場を移転さるなどの動きが出始めている。かつては、より安価な労働力を求めて、日本企業はタイやマレーシア、インドネシアといった東南アジアに建てた工場を閉鎖し、こぞって中国に移転させたものだが、今は中国の人件費高騰を嫌って、再び東南アジアに舞い戻るというUターン現象も起きつつあるのだ。

 いずれ、中国の企業家も自国の人件費高騰に音を上げて、国外への工場移転を真剣に考え始めるはずだ。北朝鮮は、その受け皿たり得る、というのがチョルスの持論であった。合衆国や日本、南朝鮮の工場では『精神汚染』が懸念されるが、中国の工場であればその心配は少ない。

 ただし、この計画を推し進めるためには、北朝鮮国内のインフラ整備が必須であった。最低でも、製造業に不可欠な電力の確保、港湾整備を含む原材料輸送用の交通インフラが必要であろう。だが、北朝鮮にはそんなカネはない。まずは、先行投資を受ける必要がある……。

 というわけで、ミョン・チョルスはこうしてこっそりと、中国財界人とのコネ作りに励んでいるのである。……もっとも、今回の中国/香港訪問には、もうひとつ極秘の仕事も含まれてはいたが。

 チョルスは、ふたたび操作し始めていたスマートフォンから目をあげた。赤と青の回転灯をきらめかせた警察車両……側面に『公安』と描かれたフォルクスワーゲン・パサートがこちらを追い抜いてゆくことに気付いたのだ。

 パサートは、そのままBMWの前に割り込んで来た。窓から腕がやや下向きに突き出され、こちらに開いた掌が向けられる。……万国共通の、『減速しろ』のハンドサインだ。

 助手席に座っている護衛役のクォンが、ちらりとチョルスを見た。

 チョルスは小さくうなずいた。お忍びの身である。中国の官憲とトラブルを起こしたくはない。

 パサートが、減速しつつ緊急停止帯に車線変更する。運転役のチョンが、大人しくそのあとに従う。

 停止したパサートから、運転手を残し、制服警官が二人降りてきた。黒い制服……中国語で『民警ミンジン』と呼ばれている、人民警察だ。もっとも一般的な、普通の『お巡りさん』である。

「免許証を」

 窓を開けたチョンに向かい、人民警察官が要求する。チョンが、正規に取得した中国の運転免許証を差し出した。中華人民共和国は……ついでに言えば北朝鮮も……いわゆるジュネーブ交通条約にもウィーン交通条約にも加盟していないので、国際運転免許証は通用しない。

「ミョン課長様クァジャンニム

 クォンが切迫した声で言って、チョルスに後ろを確認するように促す。

 いつの間にか、真後ろに同じようなパサートが止まっていた。そこから、二人の人民警察官が降りて来る。こちらも、運転手は残ったままだ。

 ……まずいな。単なる交通取り締まりではなさそうだ。

 チョルスは顔をしかめた。外務省に属する外交官ではあるが、お忍び訪問中なので、外交特権は行使できない。国家元首の顧問という肩書は非公式なものであり、チョルスの正規の身分は北朝鮮外務省のいち課長に過ぎない。朝鮮労働党を通じて、北京経由で広東省共産党委員会に話を通してもらえれば、大抵のトラブルは解決できるだろうが、そうなると明日の重要な『会談』がお流れになってしまう。

「何かあったのですか?」

 チョルスは覚悟を決めると、身を乗り出して人民警察官に流暢な北京語で尋ねた。人民警察官が、チョルスに眼を当てる。

「ミョン・チョルスシ?」

 一応朝鮮語における敬称の『シ』を付けてはいるが、かなり高圧的な口調で、人民警察官が訊く。

「そうだが」

 どう見ても自分よりも若い警察官に無礼とも受け取れる口を利かれ、内心ややむっとしたチョルスだったが、ベテラン外交官らしくそれを押し隠して、うなずく。

「一緒に来ていただきましょうか」

「なんのために?」

査証ビザに不備があるので、調査が必要とのことです」

「わたしは外交官パスポートで入国している。貴国においては査証は不要なはずだ」

 チョルスはそう主張した。

「抗議は上司にお願いします。こちらは、命令に従っているだけですので」

 人民警察官が慇懃な口調で告げて一歩退き、ドアを開けるように身振りで促す。

 チョルスは諦めた。下っ端の警察官相手に揉めても、事態の解決にはならないだろう。スマホをポケットにしまい、ドアを開けて外に出る。

「お前たちも出ろ」

 人民警察官が、横柄な口調でクォンとチョンにも告げる。

「言われたとおりにしろ」

 チョルスは部下に北京語で告げた。二人とも日常会話くらいなら、北京語ができる。下手に朝鮮語を使って怪しまれるのは避けたい。

「ミョン・チョルスシはこちらへ」

 人民警察官が、朝鮮語と北京語を交えて言って、チョルスだけを前に停めたパサートに導く。部下二人は、後方に停めたパサートに連れていかれた。部下と離れるのはいささか不安だったが、パサートは三人まとめて載せられるほど大きな車両ではない。そこは致し方ないだろう。それに、身体は拘束されていないし所持品の検査すらされていない。ここは無抵抗を貫き、誤解を解く努力をすべきだろう。

 チョルスを乗せたパサートは、走り出すと次のランプで高速を降りた。しばらく一般道を走り、やがてこの辺りには多数ある小さな湖のほとりの狭い道に入る。

「どこへ行くのかね」

 不安を感じ始めたチョルスは固い声でそう尋ねた。てっきり最寄りの警察署か、広州市の公安施設に連れていかれるものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

「もうすぐです」

 隣に座った人民警察官が、はぐらかすように言う。

 だが、人民警察官が言ったことは本当であった。一分も走らないうちに、パサートは脇道に入って、木々に囲まれた広場のようなところで停止する。

 広場には、二台のトラックと一台の四輪駆動車が停まっていた。いずれも、緑色に塗られている。トラックの車種までは判らなかったが、四輪駆動車には見覚えがあった。……東風EQ2050。『猛士』の愛称で知られる、合衆国のハンヴィーのコピーだ。周囲には、迷彩服姿の男たちの姿がある。

 ……人民解放軍が? なぜ?

「降りて」

 人民警察官が、素っ気なく告げる。

 訝りながらも、チョルスはパサートを降りた。

「ミョン先生シェンションですな。シャオ上校と申します」

 徽章の付いていない迷彩服姿の大男が進み出て、チョルスの手を握る。……上校と言えば、朝鮮人民軍では上佐にあたる階級だ。大佐と中佐のあいだである。

「どういうことかね、これは?」

 戸惑いながらも、チョルスはそう尋ねた。

「端的に説明しますとね」

 シャオ上校が、微笑を浮かべる。

「あなたは誘拐されたのです。抵抗は無意味です。こちらの指示には、従っていただきたい」


 第一話をお届けします。

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― 新着の感想 ―
[一言] お疲れさまです、無理はされないでください。 なんかヤバそうなテーマですね。
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