第二十一話
ダコノ中尉の操縦により、Mi‐17がぐんと高度を落し、『怪しい岩』に接近する。
スライドドアから双眼鏡を覗いていたマジカ軍曹は、それをやめて肉眼での目視に切り替えた。周囲はまだ暗い。安物双眼鏡の集光率では、細部を見て取ることはできない。
マジカ軍曹は眼を凝らした。隣では、ドアガンのPKM汎用機関銃に取りついた空軍伍長が、同じように『怪しい岩』を注視している。
Mi‐17が低空に舞い降りたため、ダウンウォッシュが地表にまで届き、砂礫のあいだに積もっていた細かい砂が煙のように舞い上がった。その風が、『怪しい岩』まで届く。
『怪しい岩』の表面が風に煽られて波立つのを、マジカ軍曹は視認した。
……岩じゃない。あれは、布か何かだ。
「伍長! あの岩を撃て! 中尉殿! 高度を上げてください!」
マジカ軍曹は、自分のAKMを構えながら、ドアガナーと機長に向けて叫んだ。目標座標の外周に、カムフラージュした人工物があるなど聞いていない。間違いなく、敵だろう。不用意に近付いたのは、愚かな行為であった。攻撃されないうちに、離脱せねばならない。
マジカ軍曹に指示された空軍伍長が、一瞬ためらったのちに射撃を開始した。曳光弾が、『怪しい岩』に吸い込まれる。三秒ほど遅れて、マジカ軍曹も自分のAKMを撃ち始めた。
二人の撃った銃弾のうちどちらかが、F‐150の荷台に積み込まれていたガソリンのジェリカンを撃ち抜いた。撒き散らされたガソリンが気化し、偽装用シートの中にこもる。そこへ、伍長の放った二斉射目が来た。気化したガソリンが発火し、小規模な爆発が生じる。これが、積み込まれていた二個のジェリカンを破壊し、大量のガソリンが撒き散らされた。すぐに引火し、爆発が起こる。
どかん。
マジカ軍曹はAKMの引き金から指を離した。『怪しい岩』が、黒煙の柱を立ち上らせている。今のところ、反撃はない。Mi‐17は、機首を下げて順調に上昇してゆく。
どんどん。
爆発音が二回響いて、『怪しい岩』が大量の炎と黒煙と破片を撒き散らす。
「すげえ」
空軍伍長が、唖然とした顔でつぶやく。
「何か来る!」
いきなり、マジカ軍曹の部下の一人が喚いた。
マジカ軍曹は、咄嗟に声を上げた部下の方を振り向いた。次の瞬間、反対側の窓の方で眩い光が生じ、マジカ軍曹は眼を閉じた。
突然、衝撃が来た。Mi‐17の機体が、何かに殴られたかのようにどんと揺さぶられる。機内にいたマジカ軍曹の部下たちが、悲鳴を上げた。
衝撃で弾き飛ばされたマジカ軍曹の身体が、開け放たれたスライドドアから機外に放り出されそうになる。空軍伍長が咄嗟に手を伸ばし、マジカ軍曹の腕をつかんで強引に機内に引き入れた。軍曹の手から零れ落ちたAKMが、砂礫が敷き詰められた地表へ向け落ちてゆく。
……助かった。
半ば眼は閉じていたが、マジカ軍曹は危うく墜死するところを助けられたということは自覚していた。とにかく礼を言おうと、空軍伍長の方に顔を向ける。
Mi‐17ががくんと揺れ、あっという間に横倒しとなった。マジカ軍曹は、部下たちと共にキャビンの側面に叩き付けられた。開いたままのスライドドアから、部下の一人が吸い出されるように落ちてゆくのが、ちらっと見えた。
Mi‐17のターボシャフトエンジンは、すでに停止していた。機体が横倒しになったために、ローターも揚力を失っている。機体は姿勢を回復することなく、ぐんぐんと高度を落してゆき、砂礫の上に叩き付けられた。
「くそっ。遅かったか」
亞唯は担いでいたFIM‐92スティンガー発射機を下ろしながら毒づいた。
対空ミサイルをターボシャフトエンジンにまともに喰らったMi‐17は、地面に墜落して大破炎上している。あの状態では、生存者がいたら奇跡であろう。
「スカディ。見てたかい? ピックアップが絶賛炎上中だよ。帰る足が無くなっちまった」
亞唯は、無線でスカディに呼びかけた。
『状況は把握しているわ。すぐに逃げ出した方がいいわね。そのまま見張りを継続してちょうだい。こちらは脱出準備に掛かるわ』
「了解だ」
「ということで皆さん。徒歩で脱出するしかなさそうですわね」
居並ぶ他のメンバーを見ながら、スカディが言う。
「T‐62を修理……は無理やね」
雛菊が言う。
「証拠品のほとんどは置いてゆくしかありませんわね。武器も最小限にしましょう。ドラム缶の中に、ガソリンがあるでしょうから、それも持って行きましょう」
スカディが、言う。幸いなことに、人間にとっては砂漠において最も重要な消耗品である『水』を、ロボットは必要としない。電気さえあれば動けるし、いざとなれば携帯している薄膜太陽電池で生き延びることも可能だ。
「ジョーきゅん! 脱出の手筈は整えてくれるのでしょうね?」
シオはそう訊いた。いくらAI‐10でも、地中海まで歩いていくのはさすがに無理だ。
「救出要請は出すよ。北へ向かって、アルジェリア国境付近まで行けば拾ってもらえるはずだよ」
ジョーが、請け合う。
一同は作業に掛かった。スカディとジョーが、収集した証拠品の厳選に入る。ベルが、持ってゆく自衛用兵器の選定を開始した。シオと雛菊は、『駐車場』まで戻ってガソリンが入っていたジェリカンを選び出し、手押しポンプでドラム缶からガソリンを移し替え始めた。
「これは……詰んだかな」
亞唯は遠方に眼を凝らした。
機甲部隊、と表現してもおかしくないレベルの地上部隊が、西から接近しつつあった。
前衛に、T‐62MBT四両。そのあとに、BMP‐1歩兵戦闘車が三両。続くのは、BTR‐60の後期型が十両以上。……BMPとBTRに定員まで歩兵が詰め込まれているとすれば、二個小隊以上の戦力となる。
こちらの対戦車火力は、カールグスタフ一丁のみ。しかも、予備弾薬を積んであったF‐150が失われている。ろくな抵抗はできないだろう。
これがまともな地形……樹木や丘や建物や丈の高い草など……がある場所であれば、逃げ隠れしつつ反撃、などという芸当が可能なのだが、こうも遮蔽物に恵まれていない場所では、長い有効射程と強力な火力と厚い装甲を有する敵を倒すのは極めて困難である。退却しようにも、ピックアップは失われてしまったし、ただでさえ足の遅いAI‐10では、機甲部隊から逃げおおせるのは無理だ。
「どうすんだ、これ」
亞唯はとりあえず無線でスカディを呼び出した。
「無理ゲーやろ、これ」
亞唯からの報告を聞いた雛菊が、眼を剥く。
「シオ。カール君の砲弾は?」
スカディが、鋭い声で訊く。
「四発残っているのであります! HEATが二発と、対人榴弾が二発なのであります!」
シオは元気よく答えた。
「……となると、洞窟に立てこもるしかありませんわね。ジョー、どのくらい持ち堪えれば助けが来そうですか?」
スカディが、ジョーに振る。
「残念だけど、助けは来ないよ。さすがにまともな戦力をマラハ国内に入れちゃったら、軍事介入になっちゃうからね」
ジョーが、エリザベスカラーが邪魔なのか、ぎこちない動きで首を振りつつ言う。
「誤解ないように言っとくと、CIAもボクたちを見捨てたいわけじゃないよ。マラハ国内の各勢力と本格的交戦をせずに済むならば、この辺りまで侵入してボクたちを拾ってくれるさ。でも、共和国行動の正規部隊と戦ってまで助けてはくれないよ。政治的リスクが大きすぎる。たとえ一回だけでも軍事介入レベルの武力行使をしてしまえば、内戦再開の引き金になりかねないし、国際社会からも道義的責任を問われることになる。合衆国大統領もフランス大統領も英国首相も、ロボット数体を助けるためにそこまですることはあり得ないよ」
「しょせん使い捨ての駒ですものね、わたくしたちは」
スカディが、ため息交じりに言う。
「はっと! 合衆国大統領には、孫娘を助けて差し上げたという貸しがあるのでは?」
シオはそう言ってみた。
「さすがに直接命を救ったわけやないからなぁ」
雛菊が、首を傾げる。
「ならば、立てこもるしかないのであります! 頑張れば、何か月でも粘れそうですが!」
シオは言った。武器も弾薬も十分ではないが持っているし、発電機もガソリンもあるから電気にも困らない。おまけに、暗くて狭いところは得意である。
「それでどうするんだい? 最後は洞窟の奥で、みんなで仲良くハラキリするのかい?」
ジョーが、皮肉気に言う。
「そこはバンザイ突撃やろ」
雛菊が、言う。
「わたくし、ひとつアイデアがございますぅ~」
今まで黙っていたベルが、嬉しそうに口を開いた。他のAI‐10に対し、身振り手振りを交えて自分の計画を簡単に説明する。
「おおっ! さすがはベルちゃん! それならうまく行きそうなのであります!」
聞き終えたシオは喜んだ。
「問題点がふたつあるわね。準備に時間が掛かること、そして敵を上手い具合に適切な場所に誘引できるかどうか」
冷静な声音で、スカディが言う。
「敵の誘引はあとで考えようや。とにかく今は、時間稼ぎやで」
雛菊が、早口で言う。
「そうですわね。ジョー、急いで亞唯のところへ行って、時間稼ぎをしてちょうだい。亞唯は、こちらへ戻してね。ベル。作業の指揮は任せますわ」
スカディが、そう決断した。
「ちょっと待っておくれよ。時間稼ぎって……具体的にどうやればいいんだい?」
「ジョー、あなた天下のCIA所属でしょう。交渉を持ち掛けて、あることないことでっち上げて時間を稼いでちょうだいな。もし万が一、あなたが上手く敵を言いくるめて追い返すことができれば、それはそれでありがたい話ですし」
困るジョーを、スカディが突き放す。
「仕方ないね。片腕じゃベルの手伝いもできそうにないし」
渋りながらも、洞窟の外に駆けだそうとしたジョーを、スカディが呼び止めた。
「なんだい?」
「これが必要でしょう」
スカディが、手を差し出す。彼女の手の中には、白いハンカチがあった。
「全車停止」
無線のマイクを手に、バンバ将軍は命じた。
BTR‐60PBKが、がくんと揺れて停止する。
バンバ将軍は、双眼鏡を手に上部ハッチを開けた。車体の上によじ登り、双眼鏡で前方を観察する。
白々と明け始めた空に、二つの黒煙が立ち上っている。ひとつは、無線での呼びかけに応答がないダコノ中尉機であろう。もうひとつは、おそらくはダコノ中尉機によって攻撃された敵の残骸か。
『新鉱山』が何らかの敵によって制圧されたのはやはり確実のようだ。しかも、Mi‐17を撃墜できるだけの火力を持っている。
バンバ将軍は自らの用心深さに満足した。コーマ少佐に戦車を含む充分な戦力を用意させたことも、自分がその指揮を執るようにしたことも、大正解であった。
バンバ将軍は野戦指揮官としての眼で前方を観察した。東の方に小さな岩山……ここに『新鉱山』への偽装出入口がある……が見えるだけで、土地は見事なまでに平坦だ。どこまでも砂礫が積もる平地が広がっている。
立ち上る黒煙の根元付近に双眼鏡の先端を向けると、ねじくれた残骸が炎上しているのが見えた。焼け残ったローターブームが突き出しているので、撃墜されたMi‐17だろう。その向こうで炎上しているのは、おそらく車両であろう。
『将軍閣下、こちらカノーラ。前方から小型の二足歩行ロボット接近中。一体のみ。発砲許可を願います』
スピーカーモードになっている無線機から、戦車部隊指揮官のカノーラ大尉の声が聞こえた。
バンバ将軍はいったん双眼鏡から眼を離して肉眼で目標を確認すると、双眼鏡を目標に合わせた。小型の民生用に見えるずんぐりとした二足歩行ロボットが、せかせかとした足取りで接近してくる。右腕は高々と上げられ、その先端につまんだ白い布のようなものをぴらぴらと振っている。左腕は体側に垂らしたままで、武器は持っていない。腰や肩などにも、武器を携行している様子はない。ただし、頸部には妙なカラーのようなものを装着している。
「全車、射撃待て」
無線のマイクを口元に当てたバンバ将軍はそう命じた。どうやら、ロボットは白旗を掲げているようだ。色々と腐ってはいるが、バンバは基本的には武人である。たとえロボットであっても、白旗を掲げる相手を撃つなどという卑怯な真似は、死んでもできなかった。
「車長。前進だ。先頭の戦車と同じ位置まで前へ」
バンバ将軍は命じた。すぐに、BTR‐60PBKが走り出す。BTR‐60、BMP‐1を追い越したPBKは、最前列にいる四両のT‐62のあいだで停止した。
「カノーラ大尉。これは何かの罠かもしれない。T‐62のうち一両はロボットを狙え。他の三両は前方を監視。BMPはそれぞれ左右と後方に展開。監視せよ」
無線を通じ、バンバ将軍は命令を発した。BMP‐1三両がすぐに動き出し、車列の左右と後方に出て、警戒に当たる。
BTR‐60PBKの銃手が、銃塔のKPVT/14.5ミリ重機関銃の銃口を歩むロボットに向ける。バンバ将軍は、銃塔の直後のルーフの上に立った。護衛役のロジェ曹長が、AKMSを手にその脇で膝を突く。
「そこで止まれ、ロボット!」
約五十メートルまで近付かせたところで、バンバ将軍はそう命じた。ロボットが、すぐに歩みを止める。
「やあ! ボクは合衆国、CIA所属のジョーだよ! 共和国行動の皆さんですね? 指揮官殿とお話がしたいんだけど!」
白いハンカチを持った手を下ろしたロボットが、いささかフレンドリーすぎる口調で言う。
「わたしが当部隊の指揮官だ」
バンバは堂々と身を晒して答えた。
「バンバ将軍閣下とお見受けしますが」
「いかにも。わたしがヤン・バンバだ。降伏するのかね、ジョー君?」
バンバはそう訊いた。
「いえ。交渉に参ったのですよ、将軍閣下。我々は少数ですが、支援を受けていましてね」
小型ロボットが、右手を上げて上空を指差す。
「まず、この状況はNROの衛星がリアルタイムで撮影しています。その情報は、CIA本部、NSA本部、ペンタゴンに流されているし、数分遅れの映像がパリの軍事偵察局とグロスターシャーの政府通信本部にも送られているんですよ。どうか、自重していただきたい」
ロボットにそう言われ、バンバ将軍は瞬時固まった。リアルタイム映像うんぬんはおそらくはったりだと思うが、写真の数枚くらいは撮られていてもおかしくはない。
「だったら降伏したまえ。こちらも交戦は望んでいない。正当に扱ったうえで、本国に送還することを約束しよう」
バンバはとりあえずそう提案した。
「そうもいかないんですよ。閣下は、このまま部隊を率いてお引き取りください。我々も、速やかにこの場を立ち去ります。これで、いかがでしょうか?」
ロボットが、逆提案してくる。
「ジョー君。君の仲間が何体居て、どんな武器を持っているか知らないが、我々に勝てるわけないだろう。降伏したまえ」
ロボットの提案を無視し、バンバは再度降伏勧告を行った。敵が充分な火力を持っているのであれば、とっくに攻撃してきているはずだ。このような交渉を持ち掛けてきたということは、ろくな戦力を持たないことの証左と言える。
「切り札はまだあるんですよ、将軍」
ロボットが、言う。
「実は上空に一機だけですがB2スピリッツが旋回待機していましてね。JDAMしか積んでいないんでちょっと使い辛いんですが、閣下の部隊くらいなら粉みじんに出来るはずですよ」
……はったりに違いない。だが、何のために?
バンバ将軍は考えを巡らせた。こちらの動揺を誘っているのか。あるいは単なる時間稼ぎか。
周囲は、だんだんと明るくなってきている。日の出まで、あと数十分というところだろう。明るくなるのを待っているのか。あるいは、救援が来るのを待っているのか。
いずれにしても、奴に付き合ってやる必要はない。
「ジョー君。残念ながら交渉決裂だな。降伏してくれないのであれば、殲滅するだけだ。仲間のところへ戻って、戦闘準備を整えたまえ」
バンバはそう言い放って、BTR‐60PBKの中に戻ろうとした。
第二十一話をお届けします。




