第十七話
エアレー06から、『稼働停止』を伝える短い信号が発せられる。
断末魔の悲鳴に等しいその信号を、エアレー01ははっきりと受信した。
すでに、光学センサーは味方(推定)ヘリコプターが飛び去ってゆくのを確認している。
……優位は失われた。
エアレー01は、冷静にそう分析していた。いずれ、エアレー06を破壊した敵が南方から襲ってくるであろう。その前に、何としても目標……エアレー03を破壊しなければならない。
こちらに有利な点は、9M133対戦車ミサイルを装備している処である。最大射程五千五百メートルのこの兵器を有効活用すれば、まだ勝機はある。エアレー03に、ミサイルを命中させればいいだけなのだから。
とは言え、誘導ミサイルも『機械』である。『簡単』で『短時間』の使用の方が、『複雑』で『長時間』の使用よりも、失敗するリスクを低減することができる。最大射程ぎりぎりから撃つよりも、ある程度近付いてから撃った方が、飛翔時間も短くなるし、目標の対応時間も限られ、命中させやすくなる。
エアレー01は、三千メートルの位置から射撃することにした。それ以上接近すると、反撃を喰らって危険だ、と判断したのだ。
光学観測で目標との距離が三千メートルに近付いたと判断したエアレー01は、レーザー照射を開始した。トラックの運転台が邪魔でエアレー03に当てることが困難だったので、仕方なくトラックの前面に照準を合わせる。
レーザーの命中を確認し、9M133を発射しようとしたエアレー01だったが、目標の挙動がおかしいことに気付いて発射をいったん中止した。
目標が動いている。
エアレー03を荷台に載せたトラックは、ぐんぐんと速度をあげつつ、国道をこちらに向け近付いて来ていた。
敵は距離を詰めて攻撃するつもりである、とエアレー01は分析した。
その前に、仕留める。
エアレー01は誘導用レーザーを照射しつつ、9M133を発射した。距離を詰められないように、前進速度も時速数キロメートルに落とす。
『ミサイル接近中! 今だ!』
ジョーが、無線で指示を出す。
運転台の下に潜り込んでいたシオは、アクセルを離すとブレーキを手で押し込んだ。ユーロカーゴが、つんのめるようにして急停止する。
ハンドルを握っていたスカディがドアを開け、車外に転がるように出た。シオも続いた。
ジョーが有線でエアレー03の脚を操作し、荷台から飛び降りさせる。
これら一連の意表を衝いた動きに、エアレー01はついてゆけなかった。レーザー照射をトラックの前面から外し、姿を見せたエアレー03に当てようと試みたが、その前に9M133が目標付近に到達してしまう。対戦車ミサイルは、まだレーザーが当たっていた無人のユーロカーゴに命中し、これを破壊した。
エアレー03の銃塔の後ろに陣取ったままのジョーは、KPV機関銃の狙いをエアレー01に定めた。トラックを爆走させたおかげで、彼我の距離は二千メートル以下にまで縮まっている。
もう一体の国連ロボットが、亞唯によって破壊されたことは、無線交信によってジョーにも判っていた。残る敵は、こちらに向かってくる一体だけだ。トラックを囮にして、ミサイルを無駄撃ちさせ、次弾が飛んでくる前にKPVの精密射撃で仕留める。これが、ジョーの立てた作戦であった。
エアレー01は、停止しているエアレー03にレーザーを照射した。残り二発となった9M133の片方を発射する。
一方のジョーは慎重に狙いを定めると、KPV機関砲を発射した。一連射が、エアレー01の左側五メートルほどの位置を通過する。先ほどMi‐17に対し射撃を行ったことによる学習効果が、わずかではあるがジョーの技量をアップさせていた。
9M133が、秒速二百五十メートルで飛翔する。
ジョーは素早く照準を修正すると、二連射目を放った。修正し過ぎたのか、今度は右側一メートルほどの位置を通過してしまう。
レーザーに導かれて、9M133が飛翔を続けた。
わずかな修正ののち、ジョーは三連射目を撃った。今度は命中し、エアレー01の前面に弾痕が次々と穿たれた。火花が散り、黒煙がぱっと散る。一弾が、残っていた最後の9M133にもろに命中した。弾頭が起爆し、エアレー01のボディの半分が吹き飛ぶ。残りのボディも、まだたっぷりと残っていた7.62×51ミリ弾に引火したことにより、瞬く間に炎に包まれる。パワーを失った脚部が折れ、エアレー01は擱座した。当然、レーザーの照射も停止される。
9M133は誘導を失った。慣性の法則に従い、等速直線運動を継続する。その正面には、先ほどまでレーザーを浴びせられていたエアレー03がいた。
弾頭が、エアレー03のボディ前面に命中する。タンデムHEATの爆発により、エアレー03は引き裂かれた。
ボディの上に乗っていたジョーは、逃げる間もなくもろに爆発に巻き込まれた。身体が爆風で宙を舞い、湧き上がった黒煙の中に飲み込まれる。
「ジョーきゅん!」
国道脇の砂礫に伏せていたシオは立ち上がると急いで駆け寄った。
砂礫の上に投げ出されたジョーのボディは、服のそこかしこが焼け焦げていたものの割ときれいで、目立った損傷はないように見えた。……一点を除いて。
首がもげている。
「うわぁぁぁ! ジョーきゅんが、死んでしまったのですぅー!」
シオはあたりを見回して、ジョーの頭部を探した。十数メートル先に転がっているのを見つけ、急いで拾い上げる。
「ジョーきゅん!」
「モット テイネイ ニ アツカッテ ヨ。イマ サイキドウチュウ ナンダ カラ」
ジョーの生首が、口を動かさずにゆっくりとした声で返答する。
「しゃべったあああああああ!!」
シオは驚きのあまり、ジョーの頭部を落としそうになった。
「ダカラ テイネイ ニ アツカッテ ト イッテル ダロ」
リップシンク機能や表情調節機能が不全なので、ジョーがいっさい無表情のまま喋る。音声出力も調整中らしく、いかにも機械合成らしい抑揚も平板な中性的声しか出せないようだ。
「どうなってるの?」
駆け寄って来たスカディが、訊いた。
「ジョーきゅんが、見た目も喋りも『ゆっくり』になってしまったのです!」
シオはジョーの頭部をスカディに差し出した。
「……これは……ジョー、頭部だけでも機能できるの?」
『ジョー』を受け取ったスカディが、抱き上げている小動物と視線を合わせる飼い主を思わせる体勢で訊く。
「デキルヨ。イロイロ ト カイゾウ サレテ、タイキュウリョク ガ マシテイル カラ ネ。トウブノ ぷろせっさー ダケ シカ ツカエナイ カラ、チョット ノウリョク ブソク ダケ ド」
相変わらずの『ゆっくり』声でジョーが返答する。
「お、終わった。良かった。再起動成功。損傷は僅少だね」
ジョーが、いつもの声を取り戻した。口も言葉に合わせて動くようになり、顔にも表情が戻る。
「スカディ、済まないけれどボクの頭部をボディに近づけてくれないか?」
ジョーの依頼を受けて、スカディがジョーを持ったまま、倒れている首なしジョーに歩み寄った。
首無しジョーが、ぴくりと動いた。
「良かった。こちらのプロセッサーも無事だね。脚部にやや損傷。左腕可動不可。バッテリー損傷。その他。とりあえず、動けそうだ」
シオとスカディ、そして頭部だけのジョーが見守る前で、首なしジョーがゆっくりと立ち上がった。スカディが持つ頭部に右腕を伸ばし、データ転送用のケーブルを引っ張り出すと、自分のポートに接続する。
「これで大丈夫だ。スカディ、ボクの頭部をボクのボディに渡してくれないか?」
ジョーに言われ、スカディが『生首』をジョーの右手に委ねた。首無しジョーが、自分の首を右脇に右腕で抱え込む。
「デュラハンみたいですわね」
スカディが、言う。首無し騎士、などとも呼ばれる、元々は妖精、ファンタジー業界ではアンデッドに分類されるモンスターである。
南から国道を疾走して来たテクニカルが、すぐそばで急停止する。
「うわ。どうした、ジョー?」
飛び降りた亞唯が、ジョーの姿を見て絶句する。
「なんや。分離したんか。器用やな。頭部に両腕がくっ付いとったら、さしずめ『キン〇ジョー』やけどな」
雛菊が、笑う。
激しい攻撃ではあったが、一行はこれを戦死者一名……マキシティに据えられたPKM汎用機関銃一丁で果敢にMi‐17に立ち向かった兵士……だけでしのぎ切った。
ただし、肝心の捕獲した国連ロボット……エアレー03……は対戦車ミサイルの直撃を受けて完全に破壊された。高熱に晒され、小片になって飛び散ったメモリー部位からデータを復元するのは、CIAの科学技術本部でも不可能だろう。
「で、これからどうするの、ジョー」
スカディが、訊いた。
一行は、先ほど亞唯が四十ミリ機関砲搭載国連ロボットを仕留めた岩場に潜んでいた。ディブラ隊長とその部下二名が、唯一残ったテクニカルに乗って近くの村まで行って車両を調達するあいだに、新たな敵が現れた場合に備えているのである。
「捕獲した国連ロボットは壊されちゃったし、現れた二体も爆発炎上しちゃったから、メモリー部位を丸ごと解析してもらうというプランは失敗だね。でも、バックアップのデータは無事だし、ボクのメモリーも無事だから、これだけでもCIA科学技術本部に解析してもらう必要があるよ」
応急処置で頭部を本来の位置に戻したジョーがそう言った。ちなみに、その処置方法はシオ提供の黒いビニールテープで『仮止め』しただけである。
「ということは、このままニャイオーに行くのか?」
亞唯が訊いた。本来ならば、捕獲した国連ロボットをニャイオーまで運び、空港からCIAが手配した航空機に載せて国外へ出すはずであった。
「そうだね。でも、国外へ出すのはデータだけになったから、合衆国大使館に行ってCIA駐在員にデータ転送を依頼するだけに終わりそうだね。そのあとは……ベルと合流してストーンウェッブやその他の装備を回収することになるかな」
「もう国連ロボット捕獲は諦めるのでありますか?」
シオはそう訊いた。
「CIAが予測していた国連ロボットの数は最小で四体。最大でも八体だよ。すでに五体が破壊されている。もう残っていないか、残っていても活動は大幅縮小されるんじゃないかな。新たに捕獲するのは難しいと思うよ。それに、ボクがこんな状態じゃ……」
そう言いつつ、ジョーがぐらつく自分の頭部を右手で支える。
「……別の国連ロボットを捕獲するのは無理だよ。とりあえず、作戦終了だね」
ディブラ隊長が、首尾よくおんぼろのUAZ‐452……ロシア製のバン……を手に入れて戻って来る。一同は、テクニカルとUAZ‐452に分乗して、再び国道を南下した。何とか無事にサントル‐エスト地方を抜け、愛国運動の支配地域であるシュドウェスト地方に入る。
マラハ正規軍……実質的には、愛国運動の軍事部門ではあるが……の検問に出くわしたが、事前の連絡とヴィオレット・サネ副代表の存在が功を奏し、特にトラブルもなく、武器などを取り上げられることもなく、通過を許された。その後も、何回かマラハ正規軍や警察の検問に遭遇したが、引き留められることもなく無事に首都ニャイオーの手前まで到達する。
ニャイオー市の外れには、合衆国大使館差し回しの車……GMCのSUV、ユーコンが待っていた。
「さすがにここから先は、武装したままでは無理ね。わたしたちは、ここで引き返します」
UAZから降りたヴィオレットが、言う。
「お世話になりました、サネ副代表。お約束の件、もう少し待っていてください」
ジョーが、言う。お約束の件とは、フェリシテとのあいだで交わした『国連ロボットに関する情報』を流す、という合意のことである。
「襲って来たヘリコプターは、カラーリングからして明らかに元マラハ空軍のMi‐17でした。襲われた場所、飛び去った方向などを考えれば、まず確実にARの所属でしょう。あなた方の言う『国連ロボット』とARが協力体制にあることは、間違いのないところです。さらなる情報を期待していますわ」
にこりと微笑んで、ヴィオレットが小さく手を振り、UAZに戻った。
ジョーが、ユーコンの車内で大使館員……おそらくは、半ば公然と活動しているCIA職員だろう……に一連の出来事を説明する。
「話はわかった。君たちも、大使館に来てくれ」
ユーコンの窓から顔を出したCIA職員が、やや不機嫌そうな声音で待っていたAHOの子たちを呼んだ。スカディ、亞唯、雛菊、シオの四体は、残ったわずかな装備……大半は、ユーロカーゴが対戦車ミサイルを喰らった時に失っている……と共にユーコンに乗り込んだ。
「空軍のC‐130は空荷で帰ってもらうことになるな」
運転手に、無言のまま身振りだけで車を出すように指示したCIA職員が、なおも不機嫌そうに言う。
「それは残念ですが、ほぼ任務は達成しましたよ! ボクが吸い出したデータを分析すれば、なにかつかめるはずです!」
右手で頭部を支えながら、ジョーが言い張る。
「車と運転手は手配するから、君たちは装備の回収を頼む。夜間に動くと各方面に怪しまれるから、出発は明日の朝だな。大使館内で、充電してくれ。どこか不具合が生じている者がいれば、大使館の技術者に診させる。申し出てくれ」
口調は不機嫌そうだが、CIA職員が気を利かせてAHOの子たちにそう言ってくれる。
「ご親切にありがとうございます。幸い、全員今のところ不調はありませんわ」
代表して、スカディがそう返答する。
在ニャイオー合衆国大使館は、典型的な治安の悪い国の合衆国大使館、といった佇まいであった。すなわち、広い敷地、高い塀、自動車爆弾避けの鉄柵、やたらと目立つ監視カメラ、海兵隊の警衛、といったところである。
中に通されたAHOの子たちは、すぐにジョーと引き離された。拳銃を腰に帯びた海兵隊員二人に案内され、狭い一室に押し込められる。
「扱い悪いな。まあ、仕方ないか」
亞唯が、苦笑する。
「とりあえず、コンセントはあるのです!」
シオはさっそく充電を始めた。四つ口コンセントだったので、四体全員が一度に充電できる。
充電が終わり、AHOの子たちが暇を持て余し始めた頃になって、ようやくジョーが現れた。応急修理してもらったようだが、さすがに大使館の技術者の手には余ったらしい。完全復活とはいかずに、頭部を支えるために、首周りに透明プラスチックの板がついていた。……胴体と頭部のあいだに、平べったいドーナッツ状の板が挟まっている、と言った方が判りやすいだろうか。
「なんや。エリザベスカラーを着けたワンコみたいやな」
雛菊が、笑った。エリザベスカラーとは、外傷を負った犬や猫などの動物が、傷を舐めることを防止するために、首周りに巻く板状の保護具のことである。
「他人を犬猫扱いしないでくれるかな。それはともかく、プロテクトを外すことができたデータの要約は、衛星経由でCIA本部に送ったよ! 他のデータはバックアップを取ってもらって、大使館の外交伝書使がC‐130に乗り込んで運ぶことになったよ! 二十四時間以内に、CIA本部が手に入れるはずだ!」
「どこ経由で運ぶのでしょうか?」
シオはそう訊いた。
「ここからだとアゾレス諸島のラジェス基地が近いね! そこで帰国便のC‐17あたりに乗り換えるんだろうね」
とりあえず任務のもっとも困難な部分を終えて安心したのか、笑顔でジョーが言う。
「この任務、失敗したらジョーきゅんもCIA放り出されていたかもしれんやろ。首が繋がってよかったで」
雛菊が、そう冗談を飛ばした。
第十七話をお届けします。
【追記】うっかりしてエアレー01を完全破壊し忘れました。03が壊されても代わりに01拾っていけばええやん……という突っ込みが来る前にしれっと訂正させていただきます。




