第十三話
国連ロボット……『エアレー03』は、素早く計算した。
新たに現れた『敵性目標』(推定)は非装甲軽車両四台。うち三台は光学観測したところ、重機関銃らしき兵器を搭載している。付与されている戦術情報と今までの『学習』の結果を踏まえれば、対戦車グレネードも持っていると判断できるだろう。
エアレー03は、戦闘目的を『データ収集』から『敵性目標の殲滅』に切り替えた。人間でいえば、手加減をやめて本気モードに入った、というところだろうか。今までは軽機関銃しか搭載していないテクニカル相手に、戦闘が長続きするようにわざと照準を甘くした機関銃射撃で対抗し、データを集めていたが、もうそんな余裕はなくなった。あえて封印していたメインウェポン……フランスのMBDAが開発した対戦車ミサイルERYXも、使用せざるを得ない。
先制攻撃を意図し、エアレー03はセンサータワーの照準/誘導装置を一番右側のテクニカルに合わせた。測距用レーザーが、目標までの距離を測る。……八百六十二メートル。まだ遠い。
エアレー03は敵の重機関銃の照準を乱しつつ、距離を詰めようと走り出した。
テクニカル三台が、NSV重機関銃を乱射しながら疾走する。飛び散る薬莢が、眩い日差しを浴びて、気まぐれにきらきらと光りながらテクニカルの後方へと流れてゆく。
「ジスラン、右に切って。エレファンとティーグルのあいだに入るように走らせて」
スカディが、指示を出す。国連ロボットがテクニカルへの対処に悩殺されているあいだに、ネットランチャーの射程内まで接近しようという腹積もりである。
『こちらティーグル! 全車五百メートル以内には近付くな! ランチャーのサイズからしてミサイルは短射程タイプだ! 近付いたらやられるぞ!』
無線を通じ、ディブラ隊長が注意を促す。
地上発射型の対戦車ミサイルの射程は様々であり、中には十キロメートルを超える長射程のタイプもあるが、大抵の場合長射程な物ほど近距離の射撃が『苦手』である。長距離を飛翔するためには高速である必然があるが、そのためには比較的長い加速時間(といってもわずか数秒ではあるが)が必要であり、その間の誘導は実質的に不可能である。例えば、合衆国のAGM‐114ヘルファイアは八千から九千メートルの有効射程(タイプにより異なる)があるが、発射後約五百メートル以内は最小有効射程外となっている。ゆえに、あえて近接することによって攻撃を免れる、という奥の手が、使えないこともない。
短射程対戦車ミサイルの場合、飛翔速度が遅いこともあり、至近距離の目標には強い。さすがに目の前の敵には無理だが(発射直後は弾頭の安全装置が解除されていないので命中しても爆発しない)誘導が正常に行えるだけの間合いがあれば、近い方が命中率は上がる。
彼我の距離が六百メートルを切ったところで、エアレー03はERYXを発射した。
ばすんという味気ない音と薄い白煙を残し、弾体が飛び出す。すぐにスペーサーが分離し、後部にある四枚のフィンが展張した。メインモーターに点火し、胴体側面からロケットの排気を噴き出しながら、細いワイヤーを尾部から繰り出しつつ、旋転して飛翔する。
ERYXは有線SACLOS、つまり照準器で目標を捉え続けていれば、有線で信号がミサイルに送られて照準線に沿って飛翔し、最終的に目標に命中する、というタイプである。古臭いシステムのようだが、電子妨害に強く、またミサイル本体に高度な電子・光学・通信機器を搭載する必要がないので、経済的なのが有利な点である。
狙われた『ジラフ』が、急ハンドルを切った。横方向への移動で、照準を混乱させようと試みる。
ERYXが、最大飛翔速度の秒速二百四十五メートルに達する。
『ジラフ』の運転手が、命中直前にまたもや急ハンドルを切った。対戦車ミサイルに狙われた場合の、基本的な回避テクニックである。そのせいで、ERYXは目標を捉え損ねた。テクニカルの尾部を掠めて、砂礫の中に突っ込んで爆発する。
対装甲用タンデム弾頭の威力はすさまじかった。爆風を浴び、テクニカルが横倒しとなる。荷台から、銃手と装填手が放り出され、地面に叩き付けられた。テクニカルの腹面に、爆風で飛び散った砂礫が榴弾殻のように浴びせられる。
横倒しになったテクニカルの運転台から、二人が逃げ出した。一人は頭部から血を流しており、もう一人も足を引き攣っていたが、命に別状は無さそうだ。地面に叩き付けられた銃手も、頭を打ったのかふらついている装填手を引っ張るようにして、遮蔽物を探して逃げ出す。
エアリー03は完全破壊を意図してKPV機関銃の連射を浴びせた。停止した目標なら、面白いように当たる。十数発の14.5ミリ弾で、テクニカルはずたずたに引き裂かれた。
がくん、というショックとともに、AI‐10たちが乗ったM201が急停車する。
ジスランが慌ててアクセルを吹かしたが、車体の下からがりがりという音がするだけで、M201は動こうとしなかった。
「岩か何かに乗り上げたらしい!」
引きつった声で、ジスランが報告する。
その数秒前。
ERYXを命中させることはできなかったが、首尾よくテクニカル一台を排除したエアレー03は、次の目標をもう一台の重機関銃搭載テクニカルに定めた。
だが、その後方でジープが停止したことを光学的に認識し、急遽目標を変更する。
照準線をジープに合わせたエアレー03は、二発目のERYXを発射した。
「ミサイル!」
いち早く発射の閃光を確認した亞唯が、叫ぶ。
国連ロボットまでの距離は約五百メートル。ミサイルはすでに飛翔加速中だ。命中まで、あと三秒もない。
スカディとシオが、まるで打ち合わせてあったかのように、同じ動きを見せた。手にしていたネットランチャーを構え、国連ロボットの方向へ向けて水平発射したのだ。
空中で、展張前のネット弾二発とERYXがすれ違う。
次の瞬間、ネット弾が相次いで展張を開始した。広がったスチールの網が、ERYXが尾部から繰り出して来たワイヤーを絡めとる。
ミサイルには、リールに巻かれる形で極細のワイヤーが収納されている。もちろんこのシステムは、ミサイルが最大速度で飛翔しても支障がないように作られているし、車両やロボット搭載用の場合は発射母体が多少移動しても問題が生じることはない。
だが、後方に速い速度で引っ張られれば別である。
展張状態で減速したとはいえ、スチールネットはミサイルの飛翔方向とは正反対の方向に動いていた。ゆえにワイヤーに想定外のテンションが掛けられ、その動きにリールの回転速度が付いてゆけず、わずかに『引き戻される』こととなった。当然ワイヤー強度はそれほどないので、すぐにぶつりと切断されたが、弾頭の向きがはっきりと上向きとなる。
誘導信号の入力が無くなったERYXは、そのまま上向きの飛翔姿勢を保ち続けた。ERYXは首を縮めているAI‐10たちの頭上を通過し、さらに数百メートル飛翔してから、重力との戦いに敗北して砂礫の中に突っ込み、自爆することとなる。
砂礫の中を空回りしていた後輪が、ようやく硬い岩盤を探り当てた。後ろから強く押されるようにして、M201が再び走り出す。ERYXが外れたことを見て取ったエアレー03が慌てて放った14.5ミリ弾は、M201の後方に着弾した。
エアレー03は撤退を決めた。
ERYX二発、14.5ミリ機関銃弾二百発ほどを消費したが、いまだテクニカル一台しか仕留めていない。敵の重機関銃弾は十数発ほど被弾した。コア部位は内部装甲の防弾繊維のおかげで無傷だが、このままでは脚の一本くらいは失いかねない。
エアレー03は脱出方法を探った。残る敵は軽車両四台。今の位置関係は、ちょうどエアレー03を取り囲むように東西南北に一台ずつ居る。隙間を突破しようとすれば、十字砲火を浴びるだろう。
重機関銃搭載テクニカルに勝負を挑むのは避けたい。となると、今現在南側にいる軽機関銃搭載テクニカルか、先ほどERYXを当て損ねた西側にいるジープに向かうしかないが、後者はどうやらメモリー内の想定兵器ファイルに該当する物がない奇妙な『兵器』を装備しているらしい。エアレー03も、普通のAI同様、『変数』が多い相手は、計算が難しいので苦手であった。
となれば、選択肢はひとつ。
エアレー03は南に向かった。ERYXの照準を正面のテクニカルに合わせつつ、銃塔を後方に向けて重武装テクニカルに対しKPV機関銃で牽制射撃を行う。銃塔左右に取り付けられている縦に三本が積み重なる形状のERYX三連装ランチャーは、百八十度回転式のターレットに載っているので、これをぐるりと回すことによって、真後ろにも発射できるのである。
「逃げる気ね。ジスラン、国連ロボットを追って!」
スカディが鋭く命ずる。
すでにスカディとシオはネットランチャーの再装填を終えていた。国連ロボットは、追いすがろうとする『ティーグル』と『エレファン』に盛んに射撃を浴びせながら、『ルナール』目指して突っ込んでゆく。
『ルナール! 無理するな! 回避しろ!』
無線で、ディブラ隊長が命ずる。
途端に、『ルナール』が急ハンドルを切った。PKM軽機関銃を撃ちまくりながら、国連ロボットと距離を置こうとする。
エアレー03は、逃げてゆく軽機関銃搭載テクニカルの脅威度評価を一段階落とした。
ERYXの照準も外す。KPV重機関銃の射撃もいったん中断し、銃塔を右へと向ける。こちらから突っ込んでくるジープが、最大の脅威であると判定したのだ。距離は五百を切った。速度は向こうの方が速いので、近接される前に排除しなければならない。
「ジスラン、回避機動!」
スカディが命ずる。
運転席のジスランが、ランダムにハンドルを切り始めた。前進スピードは落ちたが、国連ロボットが放つ機関銃弾を華麗に回避してゆく。
「ジスラン、わたくしの合図で二秒間だけ直進してちょうだい。シオ、直進したら射撃するわよ! 亞唯、雛菊。三百まで近付いたら牽制攻撃」
「合点承知なのであります!」
「了解!」
「了解や」
亞唯と雛菊も、硬化剤ランチャーを構えて身を乗り出す。
……当たらない。
エアレー03は、素早く計算したのち、あえて脚を止めた。完全制止してから照準を付け直し、KPVの一連射を放つ。
こちらの意図を察したのか、発射直前にジープが急ハンドルを切ったが、静止状態にあるエアレー03の射撃精度は動きながらのものよりもはるかに正確であった。二発が車体を貫き、ジープが衝撃で横転する。
M201に乗っていた全員が、地面に投げ出される。
「短足で命拾いしましたわね」
素早く立ち上がりながら、スカディが言った。国連ロボットが放った一弾は、助手席の下あたりを貫通していたのだ。人間であれば、膝から下を無くすところだが、スカディはシートの上で片膝をついてネットランチャーを構えていたので、無事であった。
「ジョーきゅん、大丈夫かや?」
雛菊が、砂礫の上に転がっているジョーを助け起こす。AHOの子ロボ分隊の面々は、今まで西脇二佐やアサカ電子の技術者によってかなりの改造を施され、オリジナルのAI‐10よりも衝撃耐性を含めかなり丈夫な造りになっているが、CIA所属のジョーは違う。
「心配ないよ! 実はボクもCIA科学技術局の手によって改造されているんだ! おそらく君たちよりも丈夫だよ!」
砂礫の埃を払いながら、ジョーが笑う。
「ヤバいのはこっちだよ。おい、しっかりしろ」
亞唯が、倒れているジスランを抱え起こす。目立った外傷もなく、出血も見られないが、意識が無いようで、亞唯の呼びかけに反応しない。
「呼吸が浅い。脈は正常。気絶しているだけのようね。シオ、雛菊。国連ロボットの様子は?」
手早くジスランの容体を確認したスカディが訊いた。シオと雛菊は、横倒しになっているM201の陰から頭を突き出し、様子を窺った。
エアレー03は横転させたジープに止めを刺そうとした。
だが、接近して来た二台のテクニカルから重機関銃の猛射を浴びせられてこれを断念する。すでに、目標は損傷し走行は不可能だ。こちらから接近しなければ、大した脅威ではない。
エアレー03はKPV重機関銃でテクニカル二台を射撃しながら、再び脱出ルートを進み始めた。だが、『エレファン』が放った一連射が脚の一本を捉え、これをほぼ全損させる。
残る五脚で逃走を続けながら、エアレー03は弾幕を張り続けた。しかし、『エレファン』と『ティーグル』の連携は見事であった。五脚になってわずかに速度が落ちたエアレー03の退路を断つように機動し、ゆさぶりを掛けてくる。エアレー03は逃走のチャンスを得ようと、牽制目的でERYXを発射した。この策は上手く行って、いったん『ティーグル』を遠ざけることに成功する。
そこへ、徒歩で小型ロボット二体が接近して来た。まだ遠いが、光学観測したところ正体不明のランチャーを携えているようだ。
……まずい。再び囲まれつつある。
まだ止めを刺していないジープに接近するのは愚かだ。重機関銃搭載テクニカル二台も依然として脅威である。さらに、徒歩のロボットが近付いて来る。
唯一空いている方向へ、エアレー03は進み始めた。だが、そちらにいったん失探していた軽機関銃搭載テクニカルが現れる。
やむを得ず、エアレー03は再出現したテクニカルに向かっていった。軽機関銃弾ならば大量に浴びせられない限り問題は無いし、ロケット推進グレネードにさえ気を付けていれば大丈夫なはずだ。
だが、その思惑は外れた。
KPVの射撃を巧みに避けながら接近した軽機関銃搭載テクニカルから、五発のグレネードが曲射弾道で連射されたのだ。想定外の攻撃にエアレー03は射撃を中断し、回避に専念したが、すべてを避け切るのは無理だった。一発が、ボディ後部を直撃する。
爆発は起こらなかった。代わりにボディ表面のセンサーが、いくつか沈黙する。
損害評価に戸惑いながら、エアレー03は正面のテクニカルへの攻撃を再開しようとした。だが、再びテクニカルよりグレネードが放たれる。今度は一発。
空中で弾体が展張する様子を見て、エアレー03は急いで回避に入った。空から降って来た金属製らしい網を躱したところで、再び五発のグレネードが迫る。
三発は避けたが、二発は銃塔に命中した。これも爆発しない。
テクニカルが、回り込むように弧を描いて接近してくる。エアレー03は銃塔を旋回させようとしたが、なぜかうまく回すことができなかった。銃塔リングのセンサーが、異常発生のシグナルを発している。
エアレー03は銃塔の旋回を諦め、ボディごと回して銃口をテクニカルに向けようとした。だがKPVの銃口を合わせる前に、接近したテクニカルから水平射撃で再度『網』を浴びせられた。脚が網目に絡まり、バランスを崩したエアレー03は砂礫の上に蹲るように倒れた。
第十三話をお届けします。




