第十二話
翌朝、二台のテクニカルがファラーマの街から走り出した。『ローヌ』という秘匿名称が与えられたストーンウェッブ敷設地域へ向かう車列である。
テクニカルは二台とも日本車で、トヨタ・ハイラックスとダットサントラックであった。前者は囮役でPKM汎用機関銃搭載、後者は牽制攻撃用でNSV重機関銃搭載である。
スカディとジョーは、ハイラックスに載せてもらった。M201の運転手役に任命されたジスランという青年は、ダットサンの方に乗っている。
街から出た車列は、すぐに舗装された地方道に乗った。あちこちに大小の穴ぼこが開いているひどい道ではあったが、砂漠の中を走るよりははるかに快適で、スピードも出せる。車列は約五十キロメートルほどを、四十五分程度で駆け抜けた。そこから東へ転じ、礫砂漠を突っ切って『作戦基地』を目指す。
『作戦基地』が近付いたところで、スカディが無線を飛ばして仲間に接近を伝える。むろん、敵と誤認されないようにとの用心である。敵対勢力がどこから現れるか判らない状態では、警戒中の味方に接近する場合は、無線等で事前通告したり、あらかじめ安全な接近ルートを設けたり、味方識別のための合図……例えば徒歩接近の場合は、突撃銃を両手で持って頭の上に掲げる、など……を定めておくのがセオリーである。B級映画などでは、偵察に出た者が不用意に接近して見張りを驚かせたりする描写がよくあるが、その際に発砲されないのは『シナリオにそう書いてないから』に過ぎない。実戦の場合、誰何される前に集中射を浴びるのがオチである。
『作戦基地』に着くと、ジョーがすぐに体内クロノメーターを確認した。
「一時間二十五分。ここから現場まで約十分だから、予想より時間掛かっちゃったけど、許容範囲だね」
ハイラックスを降りたスカディとジョーは、囮役のリーダーにしばらく待っているように告げると、中に入った。待ち受けていた亞唯、雛菊、シオ、ベルに、作戦内容を含む事情説明を行う。
「戦力二分はいい案とは思えないが……仕方ないか」
聞き終えた亞唯が、渋々といった表情でうなずく。
「ということで、こちらに一体残ってストーンウェッブの管制と囮の支援を行ってもらいたいのだけど……」
スカディが言いながら、ベルに視線を当てる。
「わたくし、今回もお留守番で構わないのですぅ~。爆破できそうなものがありませんからぁ~」
ベルが、スカディの意向を酌んで引き続き『作戦基地』に残ることを志願する。
「ではお願いしますわ。囮に被害が出ないように留意してね。無理はさせないように。わたくしたちが駆けつけるまでに、国連ロボットをストーンウェッブの探知範囲外へと逃がしてしまっても構いませんから」
「あいぃ~。お任せくださいぃ~」
スカディの指示に、ベルがうなずきつつ返す。
地図を片手に外に出たベルが、囮役の四人と戦術を打ち合わせているあいだに、他のAHOの子ロボ分隊メンバーは自分たちが使用する装備をM201に詰め込んだ。ジョーは暗号を組み、首都ニャイオーにある合衆国大使館宛てに無線で報告を送った。ARと国連ロボットの関連の可能性に関しても報告し、突っ込んだ調査も依頼する。
準備が終わると、ダットサントラックとM201はさっそく『作戦基地』を後にした。M201の方には、装備が山と積まれているのでAI‐10全員が乗るわけにはいかず、シオと雛菊はダットサンの方に乗せてもらった。帰りは道に慣れたせいか、行きよりも四分ほど短い時間で走破する。
AI‐10たちが充電、人間たちが早めの昼食を済ませたところで、さっそく作戦が開始された。武器弾薬、食料と水、予備燃料、簡易テントなどを積み込んだ四台のテクニカルとM201が、ファラーマの西にある『国連ロボット出没予想地点』に向け出発する。
現場に到着すると、すぐに兵士たちがてきぱきと準備を整え始めた。装備を降ろし、テクニカルに偽装網を掛け、近くにテントを張る。スカディとジョーは、シメオン・ディブラを伴って、テクニカルの一台で地勢の偵察に出発した。亞唯と雛菊、シオの三体も、自分たちの装備を自前のテントに収納し、発電機を設置したり兵器の手入れを行ったりして忙しく働いた。
ノルウェスト地方ヤロンゴ市。共和国行動(AR)の実質的な『首都』である。
『共和国行動自治政府(自称)』は、同市にある一番大きなホテルを接収し、庁舎に当てていた。
その三階にある角部屋が、ARの指導者であるヤン・バンバ将軍のオフィスである。
「閣下。ムッシュ・スリムをお連れしました」
副官の大尉が堅苦しく告げて、細身の中年男をオフィスに招じ入れる。
「ご無沙汰しております、将軍」
スリムが、立ち上がって出迎えたバンバ将軍の握手に応じた。
副官が下がったところで、スリムが来客用の椅子に腰を落とす。バンバ将軍も、デスクの椅子に掛けた。
「それで、今日のご用件は?」
ゴロワーズに火を点けながら、バンバ将軍は尋ねた。西アフリカのムスリム国家では喫煙率は軒並み低いが、バンバ将軍は若かりし頃崩壊直前のソビエト連邦に留学していたことがあり、そこで煙草の味を覚えてからの愛煙家である。
「少し困ったことになりましてね。先日の『エアレー06』に続き、『エアレー04』も昨日消息を絶ちました。何かご存じないでしょうか」
スリムが、訛りの強いフランス語で訊く。
ベイルートに本拠を置く『XGコーポレーション』という企業の社員、というのが、このスリムと名乗る男の表向きの身分である。だがその実態は、『エアレー・シリーズ』と名付けられた一連の武装ロボットを運用テストする謎の組織の連絡役である。
スリムがバンバ将軍に接触してきたのは、五か月ほど前のことであった。マラハ国内で新型武装ロボットの『実戦テスト』を行いたいので、協力して欲しい。報酬は、現金または希望する兵器の供給……。
部下にそそのかされる形でクーデターを起こし、政権奪取を狙ったものの見事に失敗、北西部を固めたものの依然市民の支持は得られず、これといって打開策も見当たらない現状で、この申し入れは渡りに船であった。スリムの背後にいる組織……バンバは中国人ではないか、と疑っていたが……の真の目的は気になったが、背に腹は替えられず、将軍はスリムと手を握ることとなる。
それ以来、両者の関係は良好のまま推移していた。バンバ将軍は絶対に信頼できる部下に、『エアレー・シリーズ』ロボットの発進基地設営を手伝わせ、その後は食料、水、燃料などの消耗品の補給を行わせた。武装ロボットは出撃を繰り返し、MPMやUSDの小部隊を襲って実戦データを集めた。
他の勢力に怪しまれないように、バンバ将軍はスリムに対し、ARの部隊も襲うように依頼していた。手加減して装備だけを破壊し、人的被害が出にくいようにプログラムされたロボットが、何回かARの部隊を襲撃する。バンバ将軍は、死傷者の数を水増しして報告させ、その情報がMPMやUSDに流れるようにして、自分たちも被害者であるかのように偽った。
今まで見返りにバンバ将軍が手に入れた現金は、二千万ユーロちょうど。約半分がマルタ、残りがヴァイセンベルクの銀行口座に振り込まれている。
「もう一台失いましたか。いや、情報は入っていませんね」
ゴロワーズを吹かしながら、バンバ将軍は答えた。
「MPMやUSDの方もですか?」
スリムが訊いた。バンバ将軍が、ライバル組織に情報工作員を潜り込ませてあることを、スリムも知っているのだ。
「今のところ、特にはありませんな」
「DGSEの動きに関しては?」
「主力は引き上げて、二線級の連中に任せたという連絡以来、新しい情報は入っていませんよ」
スリムの問いに、バンバは首を振った。
「そうですか。……何か緊急事態が生じた場合、閣下にも手を貸してもらうことになるかもしれません。心づもりをしておいてください。もちろん、それに応じた報酬はお支払いいたします」
「もちろん。喜んで協力させてもらいますよ」
バンバは短くなったゴロワーズを灰皿に押し付けながらうなずいた。
精強な軍隊の維持には金が掛かる。バンバ将軍の持つ『手札』には、多額のユーロを生み出すであろう『切り札』が一枚あったが、これは今は使うわけにはいかない札である。共和国行動を維持するためには、今後ともスリムの組織に全面協力するしかない。
スカディとジョーが『偵察』から戻ってくると、すぐに作戦が本格的に開始された。囮役のテクニカル……古いフォードFシリーズの一台……が、作戦地域に向け走り出す。その中央でテントを張り、ありがちな哨戒部隊だと偽装して、『獲物』が喰らい付くのを待つのである。
国連ロボットが現れたら、残るテクニカル三台……二台がトヨタ・ハイラックス、一台がダットサントラック……がNSV重機関銃を撃ちまくりながら突入し、敵を牽制する。その隙にM201が回り込んで接近、スカディ、シオ、亞唯、雛菊が車上から、あるいは降車してネットランチャーや硬化剤グレネードで国連ロボットの動きを止める。無力化したところでジョーが駆け寄って、ウイルス・プログラムを注入して捕獲、という段取りである。
照りつける太陽のもとで午後いっぱい粘ったが、国連ロボットは現れなかった。夜間に襲撃されたことはない……おそらく、夜戦用装備に欠ける部隊と戦っても一方的すぎて、ろくな実戦データが取れないためだろう……ので、日没と共にディブラ隊長が作戦休止を宣言した。兵士たちが、さっそく夕食の支度を始める。
AI‐10たちもガソリン式ポータブル発電機を始動させ、順番に充電を開始した。兵士たちが、大鍋で作った煮込み料理……羊肉、豆、野菜などを、スパイスを効かせたトマトソースで煮込んだもの……を、炊いた米のうえにぶっ掛ける、という野趣あふれるやり方で給仕している。
「見た目はともかく、栄養バランスは良さそうやな」
雛菊が、言った。
食事の後片付けが終わると、見張りの数名を残してあとは全員がテントに入って寝てしまった。暗くてやることも無いし、ムスリムなので一杯やって騒ぐ、などという習慣も無いのだ。AI‐10たちも特にすることも無かったので、交代で一体だけ見張りに着く、という取り決めだけして、あとの者は自分たちのテントの中で省電力モードに入った。
二日目で、いきなり当たりが来た。
「来ました! 国連ロボットです!」
兵士の一人が、AI‐10たちのテントに顔を突っ込んで叫ぶ。
暇つぶしのために雛菊と『脳内将棋』に興じていたシオはテントを飛び出した。兵士たちが、偽装網を外したテクニカルに続々と乗り込んでゆく。
M201にはすでに運転手のジスラン青年が乗り込んで、エンジンを始動させていた。亞唯も乗り込んで、さっそく硬化剤ランチャーを点検している。シオと雛菊も乗り込み、それぞれ自分の担当する捕獲用兵器を点検した。最後に、見張り役を務めていたスカディがジョーと一緒に飛び乗る。
「俺が先導する。出発するぞ!」
先頭のテクニカルに乗ったディブラ隊長が叫んだ。ハイラックスのルーフを平手でばしんと叩き、運転手に出すように指示する。
テクニカル三台、ジープ一台の車列は礫砂漠の中に勢いよく乗り出した。
『全員に告げる。敵は六脚ないし八脚の中型武装ロボット一台。武装は大口径機関銃を確認。外部にミサイルないしロケットのランチャーらしき円筒を複数装備するも未だ使用せず。ルナールからの報告は以上だ』
ディブラ隊長が、無線で囮からの報告を中継してくれる。
「ランチャー。おそらく対戦車ミサイルでしょうね。やっかいだわ」
スカディが、眉をしかめる。
「数の暴力で圧倒するのであります!」
シオはネットランチャーを握ったままそう言った。
ほどなく、銃声が聞こえてきた。重々しいが、二十ミリよりは軽めで、発射速度も遅いようだ。
「これは、12.7ミリじゃありませんわね。おそらく、14.5ミリだわ」
一番耳聡いスカディが、そう識別する。
「ロシアのKPVか。当たったら一発で粉々になるぞ」
亞唯が、厳しい表情で言う。
「なに、当たらなければどうということはないよ!」
ジョーが、どこぞの赤い少佐殿みたいなことを言って士気を鼓舞しようとする。
ほどなく、戦場が見えてきた。多脚低姿勢タイプのミディアム・アーマード・ロボットが、逃げ回るテクニカルに向けて間歇的に大口径機関銃で短い連射を浴びせている。国連ロボットの方がデータ取得のために手加減しているのか、あるいはテクニカルの運転手の腕がいいのか、幸いにして未だ被弾はないようだ。
『エレファンは右から、ジラフは左から突っ込め! ティーグルは正面から行く! あとは頼んだぞ、リザード!』
無線で、ディブラ隊長が命令を出す。エレファン、ジラフ、ティーグルは牽制攻撃用のテクニカル、リザードはAI‐10たちの乗るM201である。
先を走る三台のテクニカルが、さっと三方に分かれた。
「ティーグルに追随して!」
スカディが、運転席のジスラン青年に指示を出す。
こちらの接近に気付いた国連ロボットが、囮のテクニカルを無視して向きを変える。銃塔が回り、KPVらしい大口径機関銃の銃口がこちらに向けられる。頂部に付いているセンサータワーもこちらに向けられ、銃塔両側に付いている左右三本ずつの円筒がわずかに上向きとなった。
第十二話をお届けします。




