第九話
ジョーが手にしているタブレットに、ストーンウェッブのモニタリング装置が解析したデータが表示される。
「この速度だとこちらのETAは七分後。トラックの車列と国連ロボットらしき目標の接触が二分後。トラックに乗っているのが誰だが知らないけど、武装のレベルによってはボクたちが到着する前に戦闘が終わっちゃうかもしれないね」
「それは困りますわね。もう少し粘っていただかないと」
ジョーの言葉に、スカディが弾帯を腰に付けながら顔をしかめる。
シオもスカディの隣で装備を整えた。ネット弾が三発収まった弾帯と、PAMAS G1自動拳銃の入ったホルスター、その予備弾倉二個が収まるケースがぶら下がっているベルトを締める。すでにネットランチャーには装填済みなので、これで四発を携行することになる。念のために、LU‐213手榴弾二個も、ポケットに入れて持ってゆく。
「お、トラックが進路を北向きに変えた。速度も若干上がったね。国連ロボットを視認したに違いない」
ジョーが、タブレットに表示されたデータを読み取って告げる。
「攻撃が始まったようだ。音響分析中。二十ミリ機関砲弾だね。発射レートは高め。20×139mmらしい」
「西側兵器か」
ハンドルを握りながら、亞唯が言う。二十ミリ機関砲弾にはいくつも種類があるが、20×139mmは現用二十ミリ弾薬の中ではもっとも強力で、西ヨーロッパ各国やそこから兵器を購入している諸国により、対空用、車載機関砲用、小艦艇の主兵装や大型艦艇の小型艇対策のための艦載用などに広く使われている。
「トラックの方も反撃しているようだね。7.62×54mmR。発射レートは中程度。PKかな」
旧ソ連が大量生産し世界中に供与しまくった汎用機関銃であるPKとその改良型PKMは、当然のことながらマラハ共和国陸軍にも多数装備されていたはずだ。
「おっと。爆発音だ。これはRPG‐7かな? もう少し小さい爆発音も捉えている。分析中……。DFS87? 中国製35×32mmグレネードの、HE(榴弾)タイプらしい」
「二十ミリ機関砲に三十五ミリグレネードランチャー! これは強敵なのであります!」
シオは気を引き締めた。見通しが良く隠れる場所がない開けた礫砂漠では、火力に勝る敵の方が圧倒的に有利だ。しかも、その厄介な敵を破壊ではなく捕獲せねばならない。
「音源分散。爆発音。高熱源反応。停止状態。これは、トラックが一台やられて燃えているのかな」
「そうらしいな。黒煙視認だ。ジョー、最適位置へ誘導してくれ」
亞唯が言った。シオも、前方に目を向け、光学と電子双方のズームを使って目標を探し始めた。
「トラックは停まったよ。逃げ切れないと判断して、精密射撃で対抗しようとしているようだね。国連ロボットの方は、距離を取って攻撃中。二十ミリの射程を活かそうと考えたんだろう。亞唯、このまま直進だ。目標の背後を衝けるよ!」
ジョーが、勢い込んで言う。
「よし! 雛菊、踏み込め!」
「まかしとき!」
雛菊がアクセルを目いっぱい踏み込んだので、M201がぐんと加速した。幸い、地面は砂利サイズの礫がびっしりと敷き詰められたようになっているので、タイヤが沈み込むこともなく、振動も大きくはない。タイヤが巻き上げた礫を後方に散弾のように撒き散らしながら、M201は快調に走り続けた。
「見えた!」
亞唯が叫ぶ。
目標は、黄褐色に塗装されたミドルサイズ武装ロボットだった。多角形のボディと六脚。旋回銃塔には、二十ミリ機関砲と三十五ミリグレネードランチャー、それに型式不詳の同軸機銃が付いている。
間違いない。国連ロボットだ。
国連ロボットは、すでにこちらの接近に気付いていた。襲撃した車列よりも脅威だと判断したのだろう、ボディと銃塔を同時に回してこちらを迎撃しようとしている。
「亞唯、雛菊、減速!」
『シオ、飛び降りますわよ!』
スカディが叫ぶのとシオへの通信を同時に行った。
雛菊が、ブレーキを踏んだ。M201が、急減速する。
シオとスカディは、それぞれM201の両側に飛び降りた。そのまま、左右に分かれるように走る。
すかさず雛菊がアクセルを押し込む。M201は後ろから蹴られたかのように急加速した。亞唯が、鋭くハンドルを切る。
直後に、国連ロボットが発砲した。単射された二十ミリHE‐T(曳光榴弾)が至近に着弾し、弾殻と礫が爆発によって円錐状に飛び散る。
『ジョー、亞唯、雛菊。悪いけど囮になってもらうわ。逃げ回って国連ロボットの注意を引き付けてちょうだい。シオ、あなたは左から目標に接近。わたくしは右から行きます』
走りながら、スカディが咄嗟に立てた作戦を説明する。
『了解したのであります!』
シオは無線を返した。ネットランチャーを肩に載せ、砂礫の上を走る。かなり遠い位置……シオからは千五百メートルは離れているだろうか……には、四台のトラックが停まっているのが見えた。そこから、走り回る国連ロボットに銃撃が行われているが、効果はほとんどないようだ。
国連ロボットが、M201に向け二十ミリを連射する。亞唯が、巧みなハンドル操作でこれを躱した。
国連ロボット……一応、秘匿名称として『エアレー(牛に似た幻獣の一種)04』という名を付与されていたが……は、困っていた。
与えられた任務プログラムに従い、移動中の車列を見つけて攻撃を仕掛けたまでは良かった。しかし、別方向から軽車両が接近してきてから、事態はややこしくなり始めた。
こちらがトラックと戦闘中であることは、軽車両も理解しているはずだ。にもかかわらず接近して来たということは、戦闘に何らかの理由で介入したいのだ、と判断できる。
任務プログラムに含まれる情報ファイルによれば、作戦地域には味方は存在しない。したがって、軽車両が『援軍』である可能性はゼロだ。『トラックの敵』が『トラックを攻撃』に来たという可能性は否定できないが、こちらの素性が判らない状態で戦闘に不用意に介入するのはおかしい。この可能性も無視できるレベルであろう。
となれば、軽車両はトラックの味方であり、こちらの敵である、という結論となる。
そのような判断に基づいて、国連ロボットは軽車両への攻撃を開始した。だが厄介なことに、軽車両から二体の小型二足歩行ロボットと思われる敵性目標が分離し、徒歩でこちらに接近を開始する。
通常であれば、その二体に関しては副次的目標として継続監視に努め、軽車両を優先目標としてその撃破に努めるべきである。だが、徒歩で接近する二体を光学的に再確認したところ、肩撃ち式兵器を携えていることが判明した。型式は不明だが、対戦車ロケットランチャーかグレネードランチャー、あるいは無反動砲の一種である、と国連ロボットは推測した。
……これは危険である。
トラックの方も、RPG‐7と思われるロケット推進グレネードを装備しており、国連ロボットに対して撃って来たが、これはこちらが充分に距離を置き、かつ素早い動きを継続していたので大きな脅威とはならなかった。だが、小型ロボットの方はこちらに接近を試みている。近接されたら、いくら素早く動いてもいずれ命中弾を喰らうだろう。
……近接される前に撃破しなければならない。
国連ロボットは銃塔を旋回させると、二足歩行ロボットに照準を合わせた。狙われていると悟ったロボットが、遮蔽物を探して横方向に移動を開始する。
「まずいよこれは!」
ジョーがタブレットを手放し、HK416Fを手にした。身を乗り出し、疾走するM201の上から乱射する。
「お前の相手はこっちだ!」
数発が国連ロボットに命中したが、相手は意に介さなかった。停止して、精密射撃を行おうとしている。
「突っ込むぞ!」
亞唯がハンドルを切った。こちらが接近すれば、国連ロボットもこれを脅威と判断するはずだ。
シオは砂礫に覆われたわずかな窪みを見つけて身を躍らせた。
ばしんばしんばしん。
二十ミリHE‐Tが周囲に降り注ぎ、辺りが飛び交う砂礫と砂塵に包まれる。
『こちらシオ! やばいのであります!』
シオはネットランチャーを放り出すと、必死に砂礫を掘って身体を隠そうとした。
『シオ、その調子よ。もう少し敵の眼を引き付けておいてちょうだい。その隙に接近します』
スカディから、無線が入る。
『無茶振りが過ぎるのであります!』
シオはそう返した。一連射目はなんとか被弾せずに切り抜けたが、幸運はそうは続かないはずだ。
軽車両が突っ込んでくることに気付いた国連ロボットは、すぐに優先目標を切り替えた。銃塔を回し、二十ミリの砲口をそちらへと指向する。
亞唯が急ハンドルを切る。放たれた機関砲弾は、数発が至近弾となった。飛び散った砂礫がM201のボディに当たって、ぞっとするような音を立てる。
「助かったのであります!」
シオは急いでもっとまともな遮蔽物を探した。幸い、左前方に高さも大きさもダブルベッドほどの岩があった。シオはネットランチャーを拾い上げると、そこを目指して走った。
……処理できない。
『エアレー04』(国連ロボット)は、そう判断した。
まだ弾薬類はたっぷり残っているし、多少の銃弾は浴びたものの実質的に無傷である。この程度の敵を殲滅させる能力は充分にある。
……脅威が一方向からならば。
トラックの敵は健在。軽車両はまだ走り回っている。徒歩のロボットは、一体は攻撃を生き延びて移動中、もう一体は接近中。
任務プログラムの最優先事項は、『生還』である。与えられた任務は、あくまで実戦データの収集なのだ。無理をして撃破されるわけにはいかない。
国連ロボットは退却しようと移動を開始した。
「逃がしちゃだめだよ!」
硬化剤ランチャーを構えたジョーが、叫ぶ。
「スカディがいる方に追い込むぞ!」
亞唯がハンドルを切った。国連ロボットに斜め横から接近するコースを取る。
国連ロボットは静止した。このままでは、軽車両に退路を断たれてしまう。安全に退避するためには、軽車両を撃破するか追い払う必要があった。
銃塔が動き、素早く狙いを付ける。
「それ!」
ジョーが、硬化剤ランチャーを連射した。曲射で放たれた五発の硬化剤が宙を舞う。
目標との距離は実に四百メートル以上。硬化剤はネット弾よりも軽量なので射程は長いが、ここまで遠いと絶対に当たらない距離なので、あくまで牽制である。
『謎の飛翔体』が接近することに気付いた国連ロボットは、ミリ波レーダーと光学観測でその軌道を確認すると、素早く回避機動に入った。一発が十数メートル離れた処に落下し、残る四発はそれよりも遠くに落下した。キャニスターが衝撃で壊れ、中身の硬化剤が砂礫にぶちまけられる。
飛翔体が爆発しなかったことに国連ロボットのAIはわずかに当惑したが、その詳しい分析は後回しにして、再び接近する軽車両に搭載兵器の照準を合わせた。
がん。
一発の銃弾が、国連ロボットの銃塔に命中した。表面装甲板を貫き、銃塔に衝撃を与える。
照準をずらされた国連ロボットは射撃を中断し、銃弾が飛来した方へセンサーを向けた。撃ったのは、トラックの一台のようだ。生じた損害からして、五十口径クラスの機関銃弾らしい。
単発ということは、大口径の対物ライフルか。
がん。
もう一発が、ボディ側面に当たる。
国連ロボットは、牽制のために軽車両の方角に35ミリグレネードを数発放った。即座にボディと銃塔を回し、トラックの方に二十ミリ機関砲の砲口を向ける。
『一斉攻撃!』
スカディは無線で命じると、立ち上がってネットランチャーを構えた。
国連ロボットが他の目標にかまけているあいだに、スカディはなんとか二百メートルの距離まで接近していたのだ。
ぼん。
重いネット弾が放物線を描いて飛んで行く。スカディは急いで次弾装填を開始した。
国連ロボットの頭上で、直径三十フィートの『網の傘』が開いた。
国連ロボットは急いで移動した。ワイヤーネットは、国連ロボットを捉えることなく、砂礫の上にどさりと落下した。
トラックから、再び対物ライフルが放たれた。
軽車両も突っ込んでくる。そして、そこからまた『謎の爆発しないグレネード』が連射された。
国連ロボットはグレネードを避けながら軽車両を撃とうとした。だが、再び彼の頭上で『網の傘』が開く。
……避け切れない。
国連ロボットは、ワイヤーネットが一番の脅威だと判定評価した。爆発しないグレネードなら、仮に被弾しても大きな損害は出ないだろう。その判断に基づき、グレネードが当たる危険性があるが、ワイヤーネットは完全に避けられる位置に移動する。
その判断は誤っていた。
ぱしん。
硬化剤グレネードの一発が、国連ロボットの脚の一本にまぐれ当たりする。
国連ロボットは素早く損害を評価した。損傷ゼロという計算結果がすぐに得られたので、引き続き退避行動と脅威の排除を行おうとする。
『第二脚に不具合発生 Bジョイント部分に軽度の異常抵抗感知 原因不明』
いきなり、警報が生じた。
国連ロボットはこれを無視した。その程度なら第二脚は動かせるし、今は戦闘中である。精査している暇はない。
『第六脚に不具合発生 脚重量が増加 脚底面センサーに異常』
続いて、別の警報が生じる。これは、地面に落ちて広がった硬化剤の上を、偶然国連ロボットが踏みつけてしまい、ねばついた砂礫が足にへばりついてしまったためであった。
再び、国連ロボットの頭上にワイヤーネットの傘が広がった。それも、ふたつ。
ようやく射程圏内にまで到達したシオが、スカディと同時に放ったものであった。重ならないように、ちゃんと照準はずらしてある。
国連ロボットは回避しようとして、最適な移動場所を急いで選択した。だが、その場所には軽車両から放たれた例の怪しげなグレネードが降り注ぎつつあった。
……逃げ場が無い。
さらに悪いことに、先ほど不具合が発生した第二脚Bジョイント部分の異常抵抗が、軽度から中程度に『悪化』しているという警報が出る。硬化剤が粘度を増し、さらに接合部分にステンレス粒が潜り込んで作動を妨害し始めたのだ。
……回避できない。
逡巡は一瞬だった。国連ロボットは、グレネードランチャーの砲口を最大仰角にした。榴弾を連射する。
一秒間に六発という最大レートで発射された35ミリグレネードは、そのほとんどが荒い網の目のあいだを通り抜けてしまったが、一発がワイヤーにまともに当たって爆発した。網の一部が千切れ飛ぶ。だが、それだけでは落下してくるネット全体を排除することはできなかった。
ドーナッツ状となったワイヤーネットが、国連ロボットに覆いかぶさる。国連ロボットは何とか逃げようとしたが、その行為はネットに脚を絡ませるだけに終わった。
「当たってよ!」
ジョーが硬化剤ランチャーを連射する。
直射で放たれた硬化剤が、銃塔を襲った。二発が相次いで命中し、旋回していた銃塔の動きが止まる。
さらに、八十メートルまで近付いたスカディがネットランチャーを直射で放った。国連ロボットが、完全にスチールワイヤーによって覆われる。
「よし、亞唯、頼むよ!」
ジョーが、硬化剤ランチャーを放り出した。
すかさず、亞唯がM201を国連ロボットに向けた。ジョーがバールを手にする。これで国連ロボットのアクセスパネルをこじ開け、ポートからウイルス・プログラムを注入するのだ。
と、ジョーは右手からトラックが驀進して来るのに気付いた。国連ロボットに襲撃されたうちの一台だろう。
荷台から、二人の男が身を乗り出していた。肩には、RPG‐7が載っている。
「やめてくれ! せっかく捕獲したんだ! もうこいつは無害だよ!」
ジョーはM201の上で叫びながら、バールを振り回して止めるように合図した。
無駄であった。
走るトラックから、二発の対戦車グレネードが放たれた。ワイヤーネットと硬化剤でもはや身動きできない国連ロボットに、回避するすべはなかった。
国連ロボットは、大破炎上した。
第九話をお届けします。




