第六話
お待たせいたしました。予定通り第六話を投稿させていただきます。
A400Mが、マラハ共和国の首都ニャイオーの南郊にある軍民共用のニャイオー空軍基地/ニャイオー国際空港に着陸する。
「寂びれているのであります!」
窓に顔を押し付けながら、シオは言った。
それほど大きくはない空港……滑走路は一本しかない……とは言え、民間航空用のエプロンには一機も駐機していない。遠くの方に、色あせた緑を基調としたカラーリングの双発ターボプロップ機が二機見えているだけだ。
「国営航空会社エール・マラハのIℓ‐18とAn‐24だね。今まともに飛べるのはその二機だけらしいけど、今は営業休止中だそうだよ。燃料代が捻出できないし、飛ばしたとしても乗客が集まらないからね。だいたい、飛ばした先の飛行場がAR(共和国行動)とUSD(社会民主連合)の支配下にあるからね」
ジョーが、説明してくれる。
「ほう。古い機材で頑張ってるな」
亞唯が、ジョーとシオの肩越しに外を覗きながら言った。
「昔はYaK‐40やTu‐134なんかのジェット機も運用し、外国へ飛ばしてたんだけどね。今は旧式機で国内線を維持することすら困難だ。内戦が一段落したところで、立て直しのためにATR‐72を何機か購入する計画が持ち上がり、予算も付いたんだけど、立ち消えになっちゃったそうだよ」
「発展途上国の国営企業あるあるですわね」
傍で聞いていたスカディが、苦笑する。
A400Mが駐機場所に停止すると、後部ランプが開き始めた。それが固定されたところで、AI‐10たちはジョーを先頭に降機した。
「あちらは軍用区画ですねぇ~」
ベルが、指さす。
滑走路の反対側は、マラハ空軍が使用している区画だった。レシプロ単発練習機のYaK‐18、チェコ製のジェット練習機L‐29デルフィン、名機MiG‐21の輸出型のひとつ、MiG‐21MFと、複座型のMiG‐21U。さらに双発ターボプロップ輸送機An‐26などがちらほらと見える。
「骨董品ばかりだな。ここだけ1970年代にタイムスリップしたみたいだ」
亞唯が、言った。
「ベトナム戦争時の北ベトナム空軍基地みたいなのであります!」
シオはそう言った。周囲の緑が足りないことと、軍用機の塗色が砂漠迷彩なのを除けば、ベトナム戦争を描いた映画で見たのとそっくりだ。
「ここに比べたら、朝鮮人民空軍ですら最先端のハイテク空軍やな」
雛菊が、笑った。
「軍事予算は削りに削られているからね! 政府は政権維持、治安維持のために警察予算に対しては優遇措置を取ったけど、軍はほったらかしだったんだ。バンバ将軍のARがクーデターを起こしたのも、軍に対する冷遇が主因のひとつだったりするよ! 陸軍よりも治安維持に役立たない空軍は、予算面ではさらに冷遇されていたからね! 元々は三か所に空軍基地があったんだけど、今は経費節減のためにここ一か所だけにしか基地機能はないよ。飛行訓練なんかも、ほとんどやってないんじゃないかな!」
「まあ、今の貧乏なマラハに攻め込もうなんて考える外国は無さそうやから、ええけど」
雛菊が、笑う。
「よう、みんな。久しぶりだな」
AI‐10たちを待ち受けていたのは、シラリアとエネンガルでの任務で一緒に活動したDGSE所属のアフリカ系男性、ルイであった。
「これはこれはルイ殿! お久しぶりであります!」
シオは大仰に挨拶した。
「あー、今はその名は使っていない。リュックと呼んでくれ」
ルイが、手を振って止めさせる仕草をしながら言う。
「よく名前の変わるお人やなー」
雛菊が、日本語でぼそっと言う。
「出世魚みたいなものではないでしょうかぁ~」
ベルが、笑いながら言った。
「リュックさんがいらっしゃるということは、あの英国紳士もいらっしゃるのでは?」
スカディが、あたりを見回す。
「あー、あいつならロンドンに帰ったよ。別の仕事があるという話だ。現場までは、俺があんたらを連れて行く。とりあえず、荷下ろしが終わるまで待っていてくれ」
フォークリフトがごろごろと近付いてきて、さっそくパレットに載った貨物を降ろし、待機してたトラックに積み込んでゆく。待っていたトラックは五台で、いずれも幌式だったが、五台とも違う車種であった。……これも、発展途上国あるあるである。
「ロシア製のGAZ‐53とZIL‐157、ルノー・ミッドラムとダイムラーのウニモグ437、日野の500シリーズ(レンジャー)の古い型か。どれもかなりくたびれてるな」
車種を識別しながら、亞唯が言う。
「乗るんならレンジャーがええで。とりあえず一番新しそうやし」
雛菊が、指差して言う。
「いや。あんたらはウニモグに乗ってくれ。目的地まで行くのはそれだけだからな。足回りもあいつが一番しっかりしてるし」
リュックが、言った。
「……ということは、悪路を走るという意味なのでありますね?」
シオは訊いた。
「インフラ整備にカネを掛けなくなって久しいからな、マラハは。基幹道路も穴ぼこだらけだ。ということで、出発は明日明るくなってからだ。無理に夜道走ると、大事故になりかねないからな」
各トラックへのパレットの積み込みと、形ばかりの入国審査は一時間ほどで終わった。AI‐10たちはウニモグの荷台に乗り込み、パレットと側板のあいだに座り込んだ。ウニモグの運転台の助手席に乗り込んだリュックが、各車の運転手に出発するように指示を出す。五台のトラックは、一列になって飛行場外へと出る門に向かった。
門を警備していたのは、サンドベージュの野戦服を着た陸軍の兵士たちであった。肩に掛けているのはAKM突撃銃で、側に停めてあるのは古色蒼然たる四輪装甲車、BTR‐40装甲車だ。第二次世界大戦を描いた映画に出てきても違和感がないほど古臭いデザインで、一応四輪駆動だが乗用車並みの馬力しかないガソリンエンジン搭載という代物である。
すでに話は付いているらしく、車列はノーチェックで通してもらえた。ニャイオー市街へと通じる道路の両側は、一応耕作地だった。地面に粗雑に掘った単なる溝でしかない用水路が張り巡らされ、そこから農業用水を引いて作物を育てているようだ。その向こうに見えている緑は、アカシアの疎林であろう。
「交通量少ないなー」
シオの隣で外を眺めながら、雛菊が言う。
「ガソリンが高騰してるからね! 社会主義時代は自家用車はあまり普及しなかったし、安い運賃のバスが運行していたから庶民はみんなそれに乗っていたのさ! ソ連崩壊後も経済不調で国民の所得水準は上がらず、自家用車の普及はそれほど進んでいないよ!」
ジョーが解説する。
シオは対向車線を走り去る車を観察した。やはりフランス車が多く、半分以上がプジョー、ルノー、シトロエンで占められているようだ。フィアット、フォルクスワーゲンなどの欧州車も多い。日本車の姿も、ちらほら見受けられた。
古いロシア車……いや、おそらくはソビエト連邦時代の車も、見た目はかなりくたびれてはいるものの現役で使われていた。古い型のラーダ、モスクビッチ、ヴォルガなどが、老体に鞭打って排気ガスを撒き散らしながら健気に走っている。東ドイツ製のトラバントや、チェコ製のシュコダ120などの古い東欧車も負けずに頑張って走っている。
市街地中心部には、社会主義時代に建てられたと思われる高層ビルや高層アパートの姿があったが、郊外に広がっているのは砂色の低層の建物ばかりであった。あちこちに街路樹や植えられ、また方々にちょっとした緑地や小公園、あるいは広場が設けられて、遠目に見る分には美しささえ感じる街並みだったが、近付くにつれて粗が目立つようになる。家々のあいだの空き地には、投棄されたゴミが山と積まれており、道端にもそこかしこにゴミの山がある。未舗装の乾いた道路には砂が厚く積もっており、車が通るたびにそれを巻き上げてしまうが、その砂埃はすぐに路面に落ちて収まった。空中を長く漂えるような微粒子はとっくの昔に風によって吹き払われており、今路上に残っているのは強い風でも飛ばされないほど重い砂粒だけなのだ。
人通りは結構多く、いかにもアフリカらしい鮮やかな色合いのワンピースをまとった女性たちや、カラーシャツ姿の男性が歩んでいたが、経済状況を反映してか今ひとつ活気に欠けているように見えた。子供たちだけは別で、走り回ったりサッカーボールを蹴り合ったりして活発に動き回っている。
「お巡りさんがいるのですぅ~」
ベルが、指差す。
政府の建物なのか、市街地の中ににゅっと突っ立っているオフィスビルの前に、装輪装甲車が停まっており、グレイの制服を着た警察官が警備のため数名立っていた。
「RG‐31ニアラか。陸軍のBTR‐40とはえらい違いだな」
亞唯が、言う。
RG‐31は南アフリカが開発したIMV(歩兵機動ヴィークル)で、合衆国陸軍や海兵隊にも多数採用されている優秀な装甲車である。もちろん、BTR‐40に比べればはるかに先進的な車両だ。
「ライフルはSCARですねぇ~」
ベルが、嬉しそうに言う。
警察官のうち二名が肩に掛けている突撃銃は、真新しいFNのSCAR‐L(5.56×45mmタイプ)であった。
「陸軍はAKMにBTR‐40。警察がSCARにRG‐31。これでは、陸軍が拗ねるわけですわね」
スカディが、ため息交じりに言った。
「弟ばっかり新しい玩具を買ってもらえるのでは、兄貴がグレるのは当然なのであります!」
シオは断言した。
トラック五台からなる車列は郊外に出ると速度を落とした。そしてそのまま、民家の隣に広がる空き地のようなところに入って停止する。
「よーし、降りていいぞ。ここで一泊だ」
荷台に回って来たリュックが、声を掛けてくる。
AI‐10たちはトラックから飛び降りた。
シオはあたりを見回した。すぐ近くに大きな民家はあるが、ホテルらしき建物はない。
「今日は野宿でありますか?」
「馬鹿言うな。このホテルで一泊だ」
リュックが、機嫌を損ねたかのような声音で言う。
「ホテル? あの民家が?」
亞唯が、首を捻る。大き目の焼成レンガ造りの平屋で、離れがいくつか付随しているが、とてもホテルには見えない。
リュックが、無言で民家を囲む低い塀を指差す。そこには、何かの廃材と思われる木の板が取り付けてあった。青いペンキで、『オテル・サフィール』と描いてある。
「……名前だけは立派ですねぇ~」
ベルが、半笑いで感想を述べた。
「俺と運転手たちはここで一泊する。あんたらは交代で充電してくれ」
リュックが、指示を出した。
「交代? わたくしたちの部屋はありませんの?」
スカディが、訊く。リュックが首を振った。
「悪いが、あんたらはここに居てくれ」
「ロボット差別はいけないと思うのです!」
シオは抗議した。
「差別じゃない。任務の一環だ。ここはアフリカだぞ? 東京じゃない。トラック五台分の食料と医薬品なんて、ここじゃひと財産だ。見張ってなきゃ、すぐに無くなっちまうよ」
リュックが、苦笑しながら言う。
「それもそうだな。でも、警備するならなにか武器が欲しいね。威嚇効果があるやつがいい」
亞唯が、そう提案する。
「何か見繕って、あとで持って来てやる」
リュックが、約束する。
トラックの運転手たちを引き連れたリュックが、私物を手に『ホテル』に入ってゆく。しばらくして戻って来たリュックの手には、五本の角材があった。これも廃材らしく、長さも太さもまちまちで、あちこちに古釘が突き刺さっていたり、壁用クロスの切れ端やこびりついたセメントの薄片が残っていたりする。
「じゃあ、警備よろしくな。ホテルの従業員には金を渡してあるから、入ってすぐのロビーで自由に充電できるから」
そう言い残して、リュックがホテルに戻ってゆく。
「無いよりまし、という武器だな」
亞唯が、角材の一本を手にした。
「泥棒さんを威嚇するのが目的ですからねぇ~」
ベルが別の一本を握る。改造してしまったベルと、もとから装備していないジョー以外は、腕にエレクトロショック・ウェポンを仕込んでおり、その武器としての威力は角材よりはるかに上である。しかしながら、トラックの食料を狙って忍び寄って来るこそ泥を牽制することに限っては、角材を振り回した方が効果的だろう。
「おおっ! なぜか角材を握ると、左翼思想にかぶれそうになるのであります!」
シオは角材を振り回しながら叫んだ。
「安全ヘルメット被らなあかんで。ペンキで赤く塗るんやな」
雛菊が、笑う。
「マジックで、所属セクト名書かないとな」
亞唯が、付け加えた。
「マスクとマフラーで顔も隠さないといけませんわね」
続けてスカディが、笑う。
「空き瓶があれば、火炎瓶を作りますがぁ~」
ベルが、そう提案する。
交代で充電を行ったAI‐10たちは、トラックを停めた空き地で角材を手に巡回を行い、夜通し警戒に当たった。だが、首都であるニャイオー市内は現政府であるMPM(マラハ愛国運動)の牙城であり、警察によって厳しい統制状態にあったので、ならず者はすでに一掃されており、幌の側面に『フォルニチュール ヒュマニテ』(人道物資)と描かれた細長い布を取り付けてあるトラックにあえてちょっかいを出そうと考えた者はいなかった。
朝になり、朝食を済ませたリュックと運転手たちがやって来ると、旅が再開された。トラックが二車線道路を北上し、最南部にあるシュド州を抜け、サントル‐ウェスト州に入る。
「サントル‐ウェストはおおよそ南半分がMPM、北半分が共和国運動……ARが支配しているよ!」
「バンバ将軍のところやな。話はついているんやろ?」
説明するジョーに、雛菊が訊く。
「大丈夫だよ! AR側の許可は貰ってるし、人道支援物資を積んだ車両は簡単なチェックだけで通過できるよ!」
ジョーが、請け合う。
それからしばらくすると、道路脇に軍用車両と簡易な建物の群れが見えてきた。野砲らしきものが据え付けられた陣地もある。
「MPMの基地らしいな。おっと、あれはD‐1榴弾砲じゃないか? 第二次世界大戦中の代物だぞ」
亞唯が、驚く。口径152ミリの『重榴弾砲』で、第二次世界大戦中に開発されたものの、量産時にはすでに戦局がソ連に傾いていたので、大戦ではそれほど目立った活躍はできなかった砲である。
「中古を供与してもらったのでしょうね。あそこの戦車もPT‐76。結構古いですわ」
スカディが指さす。軽量の水陸両用戦車で、生産開始は五十年代初頭という古めかしい車両だ。
「シオちゃん、今は二十一世紀ですよねぇ~」
ベルが、確かめる。
「たぶんそうなのです!」
シオは自信無さげに言った。昨日から古風な兵器や車両ばかり見てきたので、どうも混乱してしまう。
「驚くことないよ! ここはサブサハラのアフリカだよ! プラスチックのバケツや食器を使ったり、化学繊維の服を着ていてたりしても、いまだに紀元前の農民と大差ないライフスタイルの人々も多いんだ!」
ジョーが、言う。
「まあ、ライフスタイルで言うなら、今の日本でもスマホ持ってても貯金ゼロ、かつかつの生活してる若者もぎょうさんおるからなぁ」
雛菊が、感慨深げに言う。
第六話をお届けします。




