第五話
横田基地で待っていたのは、お馴染みのC‐17A輸送機であった。
合衆国本土へ戻る定期便なので、機内貨物室にはおそらく何らかの機器類と思われる黒いシートに包まれた怪しげな物体が数個固縛されていた。技術的問題ないし機密保持上日本の民間企業に委託して修理することができない機械類だろう。
通常、原子力空母から電卓に至るまで、在日米軍の使用する兵器、機器類のほとんどは日本国内で保守整備および修理が行われる。在日米軍だけではなく、在韓米軍を始めとする東部アジアで活動する米軍、さらにはグアムなどに駐屯する部隊が保有する兵器類の保守点検などが、日本において行われることもある。そして、これらには多くの日本企業およびそこで働く日本人が関わっている。
ここまで深く合衆国四軍の兵站に関わっている国家は、実は日本だけである。英国やドイツなども合衆国の兵站業務に大いに貢献しているが、それは日本の比ではない。しかも、冷戦終結後はヨーロッパにおける合衆国の軍事的プレゼンスは縮小されてきたのだ。
中国、北朝鮮など合衆国が敵視する国家に近い位置にあり、親米的な国民が多く、政治的、経済的にも安定している民主主義国家。お互い太平洋に面しており、そのあいだには敵性国家が存在しない。そして、質量ともに充実した兵站支援能力の提供。……合衆国が、日米同盟関係を重視するわけである。仮に、日本が反米国家に変貌し、日米安全保障条約を破棄して在日米軍基地撤廃に踏み切ったとしたら、合衆国はアジア戦略のみならず、全世界での政治、軍事戦略を根本から書き換えねばならぬはめに陥るだろう。
……ということで、ジョーに先導されてC‐17の貨物室内に入ったAI‐10たちは、積み込まれてる謎の黒シート梱包をなるべく見ないようにした。日本に対し機密解除の手続きが取られていない機器類だとすれば、見て見ぬふりをしてやるのが『マナー』であろう。
機内には、本土へ戻る合衆国陸軍、海軍、そして空軍の下士官兵二十名ほどが便乗していた。全員が、ぞろぞろと入って来た小柄なロボットたちに奇異の視線を向けたが、ジョーが無言でCIAのIDを見せるとすぐに気を遣って眼を逸らしてくれた。AI‐10たちは、機体中央部……エンジンに近いので、離陸したら一番やかましい位置である……の簡易ベンチシートに腰を下ろした。ここなら、騒音を避けて貨物室の前部と後部に固まっている米兵に会話を聴かれることもない。
「長旅になるから寛いでよ!」
ジョーが、にこやかに言う。
「長旅は慣れていますから構いませんけれど、どうも嫌な予感しかしませんわね」
スカディが、ため息交じりに言う。
「せやなぁ。うちらが出て行くと、色々予期せぬトラブルが頻発し、任務も長期になるし思いもよらぬ大きな展開になったりして、散々な目に遭うことが多いで」
雛菊が、同調する。
「今回は多分、大丈夫だと思うよ! 『国連ロボット』を捕獲すればいいだけだから」
いささか自信が無いのが、ちょっと声が小さめになったジョーが言う。
「でもぉ~。CIAとSISとDGSEが手を組んでも上手くいかなかった任務を、わたくしたちだけで引き継いで簡単に成功するとは思えませんがぁ~」
ベルが、そう発言する。
「それに関しては、CIAが手を打ってくれたよ! 新兵器を陸軍から借りてきたんだ」
「新兵器! これはわくわくのパワーワードなのであります!」
シオはさっそく喰い付いた。
「分散型のパッシブ小型センサー・システムでね、これを広範囲に設置して敵の動きを探る。見つけたら進路に先回りして待ち伏せし、これを捕獲する、という寸法さ。欠点は、高価なので使い捨てにできないこと。あとで、トランスミッター片手に探し回って回収しなきゃならない」
「面倒だな。CIAなら、地上のロボットくらいスパイ衛星で探し出せそうなもんだが」
亞唯が、言う。
「無茶言わないでよ! 何万平方マイルもある砂漠を二十四時間体制で監視できるほど、CIAの衛星は暇じゃないよ!」
「CIAの衛星なら、軌道上から対象者が使っているスマホの型式を識別できるほどの性能があると聞きましたが!」
シオはそう言った。
「指の動きから、メールの内容を推測できるとも聞いたな」
亞唯が、続ける。
「ハッキングして通話内容を盗聴できるはずですぅ~」
ベルが、言う。
「通話を乗っ取って、CIAエージェントが代わりに会話することもできるんやな」
雛菊が、言う。
「遠隔でアプリを埋め込んで、勝手に動画撮影したりできるそうですわ」
真顔で、スカディが締める。
「君たち! ハリウッド映画の見過ぎだよ! そんな便利機能がCIAの衛星にあったら、ボクたちは失業だよ!」
切れ気味に、ジョーが言い放つ。
「ハリウッドの脚本家は、人工衛星さえあればなんでもできると勘違いしていますからね」
スカディが、笑った。
「あと、ウイルスやな」
雛菊が、言う。
「それと、遺伝子操作だ。この三つがあれば、どんな無茶な設定でも映画が作れちまう」
亞唯が、嘲笑気味に言う。
「観客の水準に合わせているのでしょうが、いささか子供騙しレベルなのですぅ~」
ベルが、非難口調で言った。
「でも、その子供騙しハリウッド大作に負けているのが最近の邦画なのでは?」
「シオ。それは言ってはいけません」
スカディが、シオをたしなめる。
「映画談義はそのくらいでいいかい? ともかく、そのセンサーで目標を発見し、君たちが足止めする。そこをボクが接近して、機能停止させるウイルス・プログラムを強制注入する。これで、捕獲完了だ。時間は掛かるだろうけど、それほど難しくない任務だろ? DGSEのバックアップも受けられるはずだし」
ジョーが、説得口調で言う。AI‐10たちは、渋々納得した。
横田を離陸して六時間ほど経ったところで、陸海空軍の下士官兵たちに夕食としてサンドイッチとコーヒーが出される。もちろん、AI‐10たちには水すら出ない。
八時間以上におよぶフライトの末、C‐17はようやくハワイ州オアフ島ヒッカム合衆国空軍基地に着陸した。そこで燃料補給と若干の貨物の積み込み……こちらでも、積み込まれたのは黒いシートに包まれた謎の物体であった……を行ったC‐17は、真夜中のオアフ島を離陸すると東へと向かった。東太平洋を横断し、現地時間の朝九時ごろにカリフォルニア州トラヴィス空軍基地に到着する。
そこで貨物の約半数と、下士官兵の三分の一ほどが降り、代わりに野戦服姿でM16A3突撃銃を始めとする装備を持った陸軍兵士一個小隊がどやどやと乗り込んでくる。当然ながら、彼らは先客であるAI‐10たちに訝し気な視線を向けたが、横田から乗り込んでいた陸軍の二等軍曹が気を利かせてすぐに小隊軍曹に対し事情を説明、小隊軍曹が小隊長に訊いた内容を伝達し、小隊長が部下に『CIAらしい。気にするな』と指示したことにより、その場は収まった。
トラヴィス空軍基地を離陸したC‐17が、米大陸横断飛行を開始する。目的地は、東海岸のメリーランド州アンドルーズ空軍基地。その距離、実に約四千キロメートル。ちなみに、東京から西に四千キロメートルほど移動すると、中華人民共和国青海省に達する。……四千キロメートルのあいだ、ほとんどが陸地であり、すべてがアメリカ合衆国という国家の領土。しかも、それが南北に幅約二千キロメートル前後で連なっているのである。さらにそのうえ、アラスカなどという馬鹿でかい州が『おまけ』にくっ付いているのが、合衆国の広さなのだ。
C‐17がワシントンDCにほど近いメリーランド州アンドルーズ空軍基地に着陸したのは、東部時間で午後六時近くであった。
AI‐10たちは、ここでC‐17からいったん降ろされた。
「今日はここで一泊だ。クルーも交代するよ! 明日朝、また迎えに来るからね! ボクはCIAの装備の準備とかあるから、ここで失礼するよ! じゃあね!」
ジョーが快活に言って、立ち去る。
宿舎としてシニア・エアマン……陸軍で言えば伍長に相当する階級だが、空軍の場合シニア・エアマンは下士官ではなく兵扱いなので、『兵長』の訳語が与えられることが多いが、原語からすれば『上等兵』と訳す方が相応しいだろう……が案内してくれたのは、倉庫でも会議室でもなく、宿舎の一室であった。五体入るにはいささか狭いが、調度などはシンプルだが品が良く、士官用の部屋らしい。
「CIAの肩書きが効いているようね」
室内を検分しながら、スカディが言う。雛菊がさっそく大画面テレビを点け、ケーブルテレビで野球中継を見つけて視聴し始める。
その夜は何事もなく過ぎ、翌朝迎えに来たジョーに連れられて、一同はまたC‐17に乗り込んだ。大西洋を横断し、中央ヨーロッパ時間の真夜中近くにフランスのオルレアン・ブリシー基地に到着する。
「ここで乗り換えだ。こっちだよ」
ジョーに連れられるままに、一同はエプロンを歩んだ。シオはきょろきょろとあたりを見回した。フランスに来たのは初めてなのである。
真夜中なので、シオは視覚を光量増幅モードに切り替えた。双発ターボプロップのC.160や四発ターボプロップのC‐130などが並んでいるので、フランス空軍の輸送機基地なのであろう。南の方にオルレアンの街明りが見えるが、その他は田園地帯らしく闇に包まれている。
「なんだ。ラファールもミラージュも居ないぞ。つまらんな」
同じようにあたりをきょろきょろと見回していた亞唯が、不満げに言う。
「航空自衛隊で言えば、美保基地みたいなところでしょうかぁ~」
ベルが、嬉しそうに言う。
「さあ、これに乗るんだ」
ジョーが指さしたのは、A400Mだった。エアバス製の四発ターボプロップ輸送機である。C‐17よりは一回り小さいが、日本のC‐2と同程度の機体規模であり、性能も……速度性能以外は……似たり寄ったりである。
プロペラ機にも関わらず、高速性能を発揮するために主翼には後退角が付けられている。プロペラも、高速性を追求したスキュード(後退角付き)プロペラだ。
貨物室内部はごく普通の軍用輸送機仕様であった。ただし、プラスチックパレットに固定された段ボール箱が、大量に積み込まれている。
「なんや、これ」
雛菊が、指差す。
「人道支援物資さ。マラハに軍用機で着陸する口実だよ。パリやロンドンやジュネーブのNGOが調達した物資を、フランス空軍が無償で届ける、という偽装だね。ボクたちは、そのお手伝いロボット、という形で現地入りするんだ」
「ほとんど食料ですね!」
段ボール箱側面に記載されている文字を眼で追いながら、シオは言った。英語とフランス語で併記されているのは、米、小麦粉、トウモロコシ粉、大豆、食用油といった単語ばかりである。
「これが全部お腹を空かせた子供たちの口に入ればいいのですけれどね」
スカディが、諦め顔で言った。
「まあ、半分くらいはお金に変わって誰かさんの懐に入るんだろうね! 残る半分も、かなりの量が兵士や武装集団の腹を満たすことになる。本当に必要とされている人たちの手に渡るのは、四分の一がいいとこだろうね! まあそれでも、送らないよりはましだと思うよ!」
ジョーが、達観したように言う。
「アフリカへの援助なんて、穴の開いたホースで給水するようなもんだからなぁ」
亞唯が、苦笑した。
「ホースを直そうとすると、内政干渉とか新植民地主義とか先進国のエゴだとか言われてしまいますものね。当分、アフリカが支援に頼る時代が続きそうですわね」
スカディが、ため息交じりに言う。
「実際、最近のアフリカで多少なりとも経済が上向いている国の多くが、中国の手厚い援助を受けている国なんだよね! 中国の経済力をバックに、大胆な改革を行って守旧派を切り崩し、変革に向けて突き進んでいることが成功に繋がっているんだ。ただし、中国の支援は当然のごとく過大な見返りを求めているから、その反動は大きいよ! 中国人が経済のみならず、政治さえも支配してしまおうとしているからね!」
ジョーが、説明する。
「笑顔で甘いこと言うて多すぎるカネ貸して、返せなくなったら豹変して顔引っ叩いて言うこと聞かせるって手やろ。ヤクザのやり口やんか」
雛菊が、言う。
「中国も焦っているのでしょうね。いずれ国力で合衆国を上回ることができたとしても、まだ同盟国の数で負けているから勝負にはならない。合衆国と西側同盟国を相手に対等以上に戦えるだけの力を早急につけるためには、アフリカの資源とエネルギーを手に入れなければならない。そのためには、アフリカの人民を犠牲にしても構わない、と考えているのでしょうね」
スカディが、言った。
「中華思想からすれば、アフリカなんぞ中国の踏み台にしか使えない土地だろ。食い物にするのは当然だな」
亞唯が、渋い顔で言う。
A400Mは、オルレアン・ブリシー空軍基地を午前二時ごろ離陸した。とんでもない時間だが、最終目的地であるマラハ共和国に陽のあるうちに着くには、暗いうちにフランスを発つしかない。
ほぼ南南西に向け飛行したA400Mは、スペイン上空を通り、モロッコの沿岸を駆け抜け、西サハラを縦断し、モーリタニアを掠めてから、約五時間半後にセネガルのダカール市にあるウアカム空軍基地に着陸した。セネガル空軍の基地であるが、フランス空軍も間借りしており、フランス軍の西アフリカにおける兵站拠点のひとつとなっている。
そこで給油を行ったA400Mは、若干の貨物を積み込んだのち、離陸すると東へと機首を向けた。セネガル国内と、マリ南西部では地表に緑色が見られたが、そこから先は赤茶けた岩石砂漠ばかりとなる。
「川が見えますが水が流れていないのであります!」
窓から外を眺めていたシオはそう言った。周囲より窪んでおり、色ももっと黄色っぽいし、くねくねと曲がっている様はまさしく川なのだが、どう見ても水が流れているようには見えない。
「ワジだね! 枯れ川だよ! 雨季だけ水が流れるんだ!」
ジョーが説明してくれる。
よく見ると、ワジの側には緑色の茂みのようなものが点在していた。集落らしいものも、ちらほらと見受けられる。やはり、他の場所に比べると水が得やすいのだろうか。
「おおっ! 急に緑が復活したのであります!」
シオの眼下に、緑の沃野が広がり始めた。整然と区切られた畑のような土地や、村落なども見えてくる。
「ニジェール川流域地帯だよ。この辺りなら、農業ができる。マリやニジェールはこの川の恩恵を受けられるからね。マラハは、無理だけど」
ジョーが、再び説明する。
奇跡のように現れた緑の大地は、あっという間に見えなくなった。眼下は、また赤茶けた岩石砂漠に戻ってしまう。
「やっぱり緑色はいいのであります! ロボットなのでお水は苦手ですが、植物に乏しいところはさみしいのであります! こんな水のないところ、あたいは住めないのであります!」
シオはそう言った。他のAI‐10たちが、一様に同意する。
第五話をお届けします。




