第二十六話
「よーしおまいらご苦労だったー。西脇二佐も無事に帰国できたぞー。一件落着だー」
いつもの岡本ビルで、居並ぶAHOの子たちに向かい、畑中二尉が告げる。
「まあ今回、あまり活躍できませんでしたけどね」
スカディが、言った。
「さすがに国内の突発事件じゃ、うちらが出しゃばるわけにはいかんやろ」
雛菊が、言う。
「警察の領分侵すわけにはいかないからな」
亞唯が、うなずく。
「まー、世間の反応も悪くないしなー。ネット関連だけで見ると、政府も警察もあまり叩かれてないぞー。アル・ハリージュも株を上げたなー。アザム皇太子も人気再燃という感じだー」
畑中二尉が、スマホ片手に説明する。
「MoAはどうなるのでしょうかぁ~。今回の件で、かなり痛手を被ったはずですがぁ~」
ベルが、訊いた。
「そこは判らんなー。MoAの実態は、CIAでもつかんでないしなー。まあそれでも、実戦に投入できるレベルのメンバー多数が逮捕されたわけだから、大打撃であることには変わりないだろー。まあ、今回の件でMoAは『東部アジアのローカル組織』から『世界中に名の売れたテロ組織』にのし上がったわけだが。これで、しばらく大人しくしていてくれるといいんだがなー」
「壊滅へ向けて何か手は打てないのでありますか?」
シオはそう訊いた。
「正体がいまだ詳らかでないから、難しいなー。MoAに限らず、最近の国際テロ組織も情報通信革命の恩恵を受けているー。おかげで、尻尾を掴まれにくくなってるぞー。いまや、ネット上は暗号化されたデジタルデータのやり取りで溢れかえっているー。スマホを持った一人が、テロ組織の最小戦術単位として活動できる時代なのだー。第二次世界大戦中に、インターネットとスマホが普及している状態を想像してみろー。レジスタンス活動もスパイ活動もやりたい放題だろー。こんな厄介な時代に、我々は居るのだー」
「ところで、アリス・ティンバーレイク嬢はどうされていますの? 心的外傷など負っていないか、心配ですわ」
スカディが、眉根を寄せて訊く。
「すでに帰国し、両親の元へと戻ったそうだー。医師の診断も受けたが、異常は無いらしいー。一緒に人質となった日本人たちにしっかりと保護されていたし、本人も以前からシークレット・サービスによって、拉致された場合の心理的対処法をレクチャーされていたからなー。まあ、あのタッカー大統領の血を引いているわけだから、幼いとはいえ侮れぬ資質の持ち主なのだろうなー」
「アリスたんを護衛していた国務省の二人はどうなったんや?」
雛菊が、訊く。
「男性の方はすでに帰国したー。重傷を負った女性の方は、横須賀の合衆国海軍病院に収容されているー。今のところ、容体は快方に向かいつつあるそうだー。二人とも、大統領市民勲章くらい貰えそうだなー」
「あたいとしては、東京マジカル☆アイランドの営業再開の方が気になるところですが!」
シオはそう発言した。
「警察による現場検証その他があるからなー。まあ、死者も出てしまったことだし、しばらくマジカルキャッスルだけ閉鎖して営業、という形になるだろうなー。世界中に報道されたテロ事件の舞台、ということで却って入場者が増えるかもしれんー。TMIとしては、一日でも早く再開に漕ぎつけたいだろうが、世間体もあるから、何日か掛けてセキュリティ強化を図ってからになるだろうなー」
「ただいまー」
「お帰りなさい、マスター」
会社から帰宅した磯村聡史を、ミリンが出迎えてくれた。
……改めて思い返してみると、まるで夢を見ていたかのようだ。
アル・ハリージュから帰国してから、かなりの日数が経過している。こうして。平々凡々な日々に戻ってみると、一連の『冒険』が非現実的なものに思えてくる。姪と一緒にテロリストの襲撃に遭遇し、若い美人を巻き込んで金髪美少女を助ける羽目になり、しかもその少女が合衆国大統領の孫娘で。怪しげな男と協力してテロリストを出し抜き、はるばるアラビア湾岸まで連れていかれてイケメン皇太子にお目に掛かって、そのあと警視庁の奥まった一室に連れていかれて元警視総監に何本も釘を刺される……。まるで中学生男子が授業中に居眠りした時に見た夢のようではないか。
「お、マスター、お帰りなさいなのであります!」
卓袱台の上に聡史のノートパソコンを開いていじっていたシオが、肩越しに振り返って言う。
「変な書き込みしてないだろな」
聡史は上着を脱ぎながら確認した。
「大丈夫なのであります! ネット情報を収集していただけなのであります!」
シオがそう言い張る。
「そうか。で、何か面白い情報はあったか?」
「あったのであります! 新作アニメ、『魔漸の剣』のキャストがついに発表になったのであります!」
シオがノートパソコンを三十度ほど回転させ、聡史の方にディスプレイを向けた。
「お、例の件、どうなった?」
聡史は興味津々で膝を突き、ディスプレイを覗き込んだ。
「注目の主人公の妹役は、阿藤霧香に決定しました!」
「あちゃー。やっぱり、かなえさん駄目だったかー」
聡史は苦笑気味に言った。
世界に衝撃を与えたテロ事件の人質になっていた、ということで、九谷かなえは特別待遇として『魔漸の剣』のキャストオーディションに別枠参加することができた。現役声優が人質になったということで、一部ではかなり話題になり、名前も顔も売れたから、それがキャスティングの追い風になればよかったのだが、現場はそれほど甘くはなかったようだ。
「阿藤霧香は若手ですが人気声優なので仕方ないのであります! ですが、いいお知らせもあるのであります!」
シオがマウスを操作して画面をスクロールした。発表されたキャストのリストの下の方に、『九谷かなえ』の文字がある。
「お、役もらえたのか。えーと……『こうびのきつね』? それとも『べにおのきつね』って読めばいいのか?」
『紅尾の狐……九谷かなえ』という表示は、キャストリストの二十番目くらいにあった。位置からして脇役どころかかなり小さな役らしいし、語感からして『魔物』っぽく、おそらく悪役の中の下っ端という感じだが、それでも一応リストに載っているということは、ちゃんとまともなセリフもある役なのであろう。
「これで、クリムゾン・テール・フォックスと読むらしいのであります!」
「……なんだ、その中二病感丸出しのネーミングは」
聡史は苦笑した。おそらく、かなえは狙っていた役のオーディションには落ちたが、監督か音響監督あたりに気に入られて、小さな役を貰えたのであろう。原作コミックスの売り上げからして、アニメの方もそこそこ人気が出るだろうから、端役でも出られるということはかなえのキャリアにとってはいいことだ。
「で、これがクリムゾン・テール・フォックスのビジュアルなのであります!」
シオが画面を切り替えた。白っぽい着物姿の、色素薄い系の少女の姿が描かれている。目が細くつり上がったそれっぽい狐系だが、ぴょこんと立っている狐耳が可愛いなかなかの美少女だ。ふさふさの明るい赤の尻尾は長く、一メートル以上はありそうだ。
「ほう。可愛いな。これ、人気出そうだな」
「原作二巻で主人公に斬り殺されるので、たぶんアニメでは六話くらいで消えるのではないでしょうか!」
「ネタバレすんな。せっかく見ようと思ったのに」
聡史はシオの頭をそっと小突いた。
「お、マスターが積極的にアニメを視聴したがるとは、珍しいのであります!」
シオが、嬉しそうに言った。
「せっかくかなえさんと知り合えたんだから、出演するとなると応援してあげたいだろ。……六話で消えちゃうとしても」
「……マスター。九谷かなえに惚れましたね?」
シオが、小狡い笑みを見せて訊く。
「馬鹿言うな」
聡史は一笑に付した。素敵な女性だとは思っているが、相手は美人のうえに……売れていないとはいえ……声優である。聡史にとっては、高嶺の花どころの話ではない。
「本当でありますか?」
「ないない」
聡史は再度否定した。
「センパイ。パソコンを片づけてください。マスターの夕ご飯を準備します」
ミリンに言われ、シオがノートパソコンを片づける。
ミリンが、お盆に載せたおかずの皿を運んできた。卓袱台の上に、それをひとつずつ置いてゆく。
……これがかなえさんだったら……。
ミリンの様子を見守りながら、聡史の脳内にそんな妄想が芽生えた。
強い視線を感じて、聡史は横を向いた。シオが、にやにやしながら聡史をじーっと見つめている。
……まさか、妄想を見透かされたのか?
聡史は訝った。学習の結果なのか、最近シオが妙に『勘』が鋭くなってきているように思える。もちろん、ロボットなので論理的思考の結果による推論であって、『勘』と呼ぶのは不正確なのだろうが、ミリンと比べると、その差は歴然としている。
とことこと近付いたシオが、聡史の肩をぽんと叩いた。
「そのうち、マスターにもふさわしいお相手が見つかるのです! それまでは、あたいとミリンちゃんがお相手するのであります!」
……ロボットに同情されてしまったか。
聡史は苦笑した。
「まあ一杯どうぞ、なのであります!」
シオが、ミリンが運んできたグラスを聡史の手に押し付けた。缶ビールを開け、中身をグラスに注ぎ込んでくれる。
聡史はグラスに口を付けた。……いつもよりビールが苦く感じたのは、たぶん気のせいだろう。
第二十六話をお届けします。これにてMission15終了です。えー、Mission16ですが、年末年始に掛かっていることもあり、今回は資料収集兼コロナ対策兼お正月休みということで、四回お休みをいただき、来年1月23日から再開とさせていただきます。Mission16の舞台はアフリカ、ネタは『武装ロボット』になる予定です。




