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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 15 魔法の島解放せよ!
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第二十四話

「心当たりの国……まさか、ソビエト連邦とかいうオチじゃないでしょうね」

 スカディが、すかさずシオに突っ込みを入れる。

「ドイツ民主共和国(東ドイツ)じゃないのか?」

 亞唯が、乗っかる。

「いや、ユーゴスラビア連邦ではないでしょうかぁ~。チトーさんなら信用できそうなのですぅ~」

 ベルが、笑いながら言う。

「イエメン人民民主共和国(南イエメン)でどや。イエメン社会党政権なら受け入れてくれそうやで」

 同じく、雛菊が笑いながら言う。

「……今は二十一世紀だぞ」

 苦笑しつつ、長浜一佐が突っ込んだ。

「アル・ハリージュに行ってもらうのであります! アザム皇太子なら、力になってくれるはずであります!」

 仲間の突っ込みにもめげず、シオは力強く言い切った。

「シャイフ・アザム・ビン・サッタール・アル・シバーブかー。うむ、アル・ハリージュ王国なら理想的だなー。我が国と犯罪人引き渡し条約を結んでいないし、国王権限が強いから恩赦も自由にできるー。だがー」

 そう言った畑中二尉が、AI‐10たちを疑わし気な目つきで見る。

「おまいら、そこまでのコネがアザム皇太子にあるのかー?」

「さすがに無理を言える立場ではありませんわね」

 スカディが、冷静に言った。来日したアザム皇太子の暗殺阻止にAHOの子たちが活躍したり、その後のアル・ハリージュにおけるクーデター騒動解決に手を貸したりしたのは事実で、そのことをアザム皇太子が恩義に感じていることも確かだが、アル・ハリージュは本件にはまったく関りがないのだ。

「ですが、お話は聞いてもらえると思います。日本政府が何らかの見返りをほのめかせば、快く応じてくれると思いますわ」

「現状、日本が独力で那覇空港の事態を円満に解決するのはほぼ不可能だろう」

 長浜一佐が、言った。

「一番ありそうなシナリオが米軍特殊部隊による強襲作戦を日本側が認可することだが、それが成功したとしても死傷者ゼロというわけにはいかないだろう。下手をすれば、多数の人質が……しかも約半数が米国籍だ……死傷する。田辺首相も、政治的に厄介な立場に追い込まれるだろう。MoA側が自主的に那覇から退去し、アル・ハリージュで人質を解放して投降してくれれば、少なくとも日本側は責任回避ができる。……これは、防衛省を通じて政府に提案できる妙案だろう。アル・ハリージュ側への見返りは、外務省か経済産業省に考えてもらうしかあるまい」

「あの皇太子様なら、若手人気アニメ女性声優との合コンとかセッティングしてやったら、二つ返事で引き受けてくれそうやけどな」

 雛菊が、笑った。



 長浜一佐の指示で、畑中二尉を伴ったスカディが、港区内の在東京アル・ハリージュ大使館に向かう。

 外務省を通じてすでに連絡済みなので、一人と一体はすぐに奥まった一室へと案内された。

「こちらの電話でお話いただけます。呼び出し音が鳴りましたら、お取りください」

 大使館員がきれいな日本語で言って、机上の固定電話機を指し示し、日本風にお辞儀をしてから出て行った。さすがに通信室は機密情報の塊なので、友好国の士官といえども入れるわけにはいかず、本国への秘話回線を内線電話に臨時に繋いだものしか使わせてもらえない。

 待っていた時間は五分ほどであった。ぷるる、と固定電話が鳴ったところで、スカディがすぐに受話器を取る。

「シャイフ・アザム・ビン・サッタール・アル・シバーブ皇太子殿下でいらっしゃいますか? ご無沙汰しております。スカディです」

 スカディは、アザム皇太子に事情を詳しく説明した。

『やはり君たちが関わっていたのか。報道は、きちんと追っていたよ』

 秘話回線を通しているせいか、あまり明瞭でないアザム皇太子の声が、聞こえてくる。もちろん、日本語である。

『わたしとしては協力したいが、国王陛下や各大臣を説得する必要があるね。なにか、いい材料はないかな?』

 政治的な駆け引きに関しては経験豊富で、充分に学習を積んでいるスカディには、アザム皇太子が本当に言いたいことはすぐに理解できた。アル・ハリージュ王国に何らかの旨味があれば、受け入れる、ということだ。

「元よりわたくしにそのようなお約束をできるだけの権限はありませんが、上官は本件の解決に貴国が協力の意向を表明していただければ、日本政府は何らかの前向きな動きを見せる、と推測しております」

『ふむ。そのあたりは日本の良識に期待する、というところか。いいだろう、君の提案を受けよう。こちらから、日本政府にテロリストとの仲介役を申し出る、という形でいいのだね?』

「はい。我が国や合衆国が貴国に持ち掛けたという形にしますと、テロリストを逃がしたと国際社会から指弾されるおそれがあります。貴国が人道的な立場から手を差し伸べるという形にしていただければ、助かります」

『よろしい。さっそく、叔父上……もとい、国王陛下にご相談しよう』



 防衛省側から提案された『アル・ハリージュ仲介案』は即座に日本政府に採用されることとなった。

 水面下のチャンネルを通じ、合衆国側の賛意を得た日本政府は、外務省を通じてアル・ハリージュ王国側と接触する。すでにハリム国王の裁可を受け、下準備を進めていたアザム皇太子は、同国外務大臣に対し計画開始を指示した。これを受けてアル・ハリージュ外務省は、内外のマスコミに向け『現在日本のオキナワで継続中のMoAによる旅客機ハイジャック事件に介入し、人道的立場から解決を手助けする用意がある』と表明した。日本政府は、即座にアル・ハリージュの介入を歓迎する旨を表明。合衆国のホワイトハウス報道官は、現在MoAとの交渉は日本政府に一任しており、日本政府の判断を尊重すると述べるに留め、事件との距離を置く姿勢を強調した。



「アル・ハリージュか。イスラム教国だな」

 シンガが、悩む。

「いい選択だと思うがな。国王がひとこと言えば、煩雑な手続きもマスコミの批判も野党の妨害も無しに恩赦されるぞ。金持ち国だから、収監中の待遇もいいに違いない」

 西脇二佐は、熱心に勧めた。場合によっては、アフリカの奥地の小国や、どこかの危うい軍事独裁国家で長期抑留されることも覚悟していたが、アル・ハリージュ王国なら、面倒なことにならずに帰国できそうだ。

「信用できるかな。親米国家だろう?」

 シンガが、西脇二佐に訊く。……事態が西脇二佐が言ったとおりに推移しているので、すでにかなり西脇二佐のことを信頼しているかのような話し掛け方だ。

「親米だが、べったりというわけじゃないよ。軍の兵器体系なんかはヨーロッパ系だしね。いったん入国して捕まってしまえば、合衆国の圧力に負けて引き渡される、なんてことはあるまい。むしろ、アル・ハリージュに不当に圧力を掛ければ、西アジア系イスラム諸国全体を敵に回すことになる。合衆国は静観するだろう」

「恩赦の保証は?」

「アル・ハリージュの偉いさんに保証してもらうしかないな。そのあたりは、現地で交渉してくれ。とりあえず、日本当局に通告してから、離陸しようや」



 那覇空港を夜間離陸したセルリアン航空ボーイング777‐300ERが、約十一時間掛けてアル・ハリージュ領空に入る。

 時差の関係で、現地時間は真夜中であった。煌々と照明が付けられたキング・ザイド国際空港に着陸した777が誘導路に入り、フォローミー・カーに先導されて軍用区画に停止する。

 すぐに、機体を陸軍の兵士たちが取り囲んだ。全員、SG540突撃銃を携えているが、背を機体の方に向けている。……777を守っている、という格好である。

「油断するな」

 シンガがメオに命じてから、西脇二佐を伴って、横付けしたタラップ車の階段を降りて行った。降り切ったところで、腰に自動拳銃を吊っただけの軽装の陸軍兵士たちに、ボディチェックをされる。西脇二佐はもちろん武器を携行していなかったし、これを予期していたシンガも拳銃は機内に置いてきている。

「お乗りください」

 陸軍中尉が、二人を一台のランドローヴァ―に導いた。二人が後ろに乗り込むと、運転席の軍曹がエンジンを始動させた。中尉が助手席に乗り、軍曹に発進を命じる。

 走り出したランドローヴァ―は、軍用区画を抜け出すと、民間区画のターミナルビルの裏口のひとつに横付けした。促されて降りたシンガと西脇二佐は、中尉に先導されるままにターミナルビルの中に入った。突撃銃を持った二人の兵士に後ろを守られた形で、シンガと西脇二佐は長い通路と業務用エレベーターで奥の方へと連れ込まれる。

 とあるスチールドアを抜けた途端、通路が急に豪奢となった。床には真っ赤な絨毯が敷かれ、素っ気なかった照明も天井からぶら下がった簡略化したシャンデリアのようなものに替わる。壁際に置かれた大理石の台座の上に置かれた花瓶には、瑞々しい花が活けられている。……VIP用の区画なのだろう。

 待ち受けていた制服姿の一団……軍とはまた違った制服だ……により、二度目の、かつ徹底したボディチェックが行われる。そこで陸軍中尉と二名の兵士はお役御免となり、退いた。

「お入りください」

 新たな制服姿の一団の中のリーダーらしき人物が恭しく言って、黒光りする木の扉を開ける。シンガが、ちょっと戸惑いの表情を見せながら中に入った。西脇二佐も、続いた。

 中で待っていたのは、クーフィーヤ姿の若き貴人であった。端正な顔立ちと黒々とした髭。百八十センチを軽く超える長身。シンガは誰であるか知らないようだったが、西脇二佐は資料写真その他で顔を知っていたので、すぐに正体が判った。アル・ハリージュ王国皇太子、アザム・ビン・サッタールその人だ。

「これはこれは。お会いできて光栄であります、皇太子殿下。JGSDF、ルーテナント・カーネル・ニシワキと申します」

 西脇二佐は、シンガにも判るように英語で自己紹介した。シンガが、驚いた表情となる。西脇二佐の正体を知った驚きと、アザム皇太子が目の前にいるという驚きと、どちらの方がより大きかったのだろうか。

「ミッション・オブ・エイジア。シンガと申します。皇太子殿下」

 シンガが、驚きの表情のまま、アザムに頭を下げる。

「ようこそアル・ハリージュへ。どうぞお座りください」

 アザムが、二人に椅子を勧めた。西脇二佐もシンガも、アザムが座ってから、腰を下ろす。

 待機していた護衛の一人が、三人にハーブティーを運んできた。それをゆっくりと飲んでから、ようやくアザム皇太子が本題を切り出す。

「難しいことは無しにしましょう。MoAは航空機乗員を含む人質全員を解放。セルリアン航空機もこちらに引き渡す。武器は没収。衣服と個人的な物品を除くその他の装備も没収します。日本政府から奪った五十億円も没収。これは、日本政府に返還します。MoAメンバーは全員、陸軍憲兵隊によって逮捕されます」

「陸軍憲兵隊? 警察ではないのですか?」

 シンガが、アザムの話の腰を折る。

「そこがミソでね。憲兵隊に捕まれば、軍法の適用を受ける。わが国はかなり世俗的だが、刑法は一応シャリーア(イスラム法)に基づいていてね。国王といえども恩赦は難しいんだ。加えて、公開裁判で世間の注目を集めるのも避けたい。それと、異教徒でもある諸君を一般の刑務所に収監するのはトラブルの元だしね。君らは、キリスト教徒だろう?」

 アザムが、訊く。

「……まあ、そうですが」

 シンガが、渋々認めた。キリスト教原理主義に基づいて、反資本主義、反米反日活動を行っているのが、MoAなのである。

「軍刑務所に収監。快適とは言えないだろうが、安全と健康的な待遇は保障しよう。そして、一年以内の恩赦を約束する。諸君らが、こちらの要求を呑んでくれれば、の話だが」

 アザム皇太子が、声を低めた。

「どのようなご意向でしょうか?」

 シンガが、訊いた。

「わが国は、人道的な観点から中立的な立場でこの問題に介入しただけだ。この点は、銘記してもらいたい。つまり、MoAとは今後関わり合いになりたくない、ということだ」

「結構です。MoAは貴国と殿下に感謝はいたしますが、それまでです。今後貴国にご迷惑を掛けることはないでしょう」

「誓えるかね?」

 アザムが、訊く。

「神かけて誓います」

 厳かに、シンガが言う。

「わが国の今回の行為は、シャリーアに則った行為である。これも、覚えておいてもらいたい」

 アザムが、続ける。一瞬きょとんとした表情を見せたシンガだったが、アザムの言葉の真の意味を理解して表情を強張らせた。

「……もちろんです、殿下」

 西脇二佐にも、アザムの意図は判った。シャリーア……イスラム法による『正しい行い』なのだから、これを不服としてMoA側がアル・ハリージュに不利益となる行動を起こせば、それは即座に反イスラムと看做され、小ジハードの対象となり得る、ということだ。

「ところで殿下。我々の安全に関して、閣下のお言葉以外に、何らかの保証はありますでしょうか?」

 今度は、シンガが『攻め』に出た。

「先ほどの約束が、最大の保証ではないのかね」

 アザムが、微笑んだ。

「こちらが約束を守れば、MoAも約束を守る。つまり、アル・ハリージュにとって最大の利益は、諸君らを密かに合衆国に引き渡すことでも、恩赦の約束を反故にして長期収監し続けることでもない。約束通り、一年以内に恩赦を与えて密かに国外追放することだ」

「なるほど。でしたら、わたしが外部の仲間と連絡することも許可していただけるのですね?」

「もちろんだ。いったん機内へ戻りたまえ。必要なら、ここの電話を使ってもいい。無線機が必要なら、手配しよう。インターネット回線、国際郵便、その他何でも必要ならば言ってくれ」

「お心遣い感謝します」

 明らかに安堵した声音で、シンガが礼を言う。



 セルリアン航空機へ戻ったシンガは、約二十分に渡る仲間との話し合いの結果、アザム皇太子の提案を全面的に呑むことに決め、投降した。

 陸軍憲兵隊に『逮捕』されたMoAメンバーは、全員が武装解除の上、ウェストランド・コマンドゥ輸送ヘリコプターに詰め込まれた。首都フィッダ・アル・バハルの南方にあるアスワド陸軍基地に併設されている軍刑務所に収監されるのだ。

「改めて御礼申し上げます、殿下」

 西脇二佐は、アザム皇太子に深々と頭を下げた。

「いやいや。愛する日本の役に立てて良かった。ま、それなりの見返りは期待しているけどね」

 アザムが、シンガとのやり取りではまったく見せることの無かった茶目っ気のある笑顔で言う。

「殿下。磯村聡史君を紹介します。民間人で、東京マジカル☆アイランドでMoAの人質となりましたが、わたしの任務を手助けしてくれた勇気ある青年です」

 西脇二佐が、後ろに控えていた聡史を前に押し出した。

「で、殿下。お会いできて光栄です」

 聡史は緊張しながらそう言った。アザム皇太子の顔は、テレビなどで見たことがあるので知っている。

「ようこそアル・ハリージュへ。ゆっくりしていくかね? それとも、すぐにでも日本へ帰りたいかな?」

「あー、お気遣いありがとうございます。ですが、事情が事情だけに色々と心配している人もいると思うので……できれば、速やかに帰国したいのですが……」

「そうか。なら、すぐに帰国便を手配しよう。明日の朝には、用意が整うだろう。それでいいかね、西脇二佐?」

 ちょっと残念そうな顔を見せたアザム皇太子が、西脇二佐に振る。

「それで結構です、殿下」


 第二十四話をお届けします。

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