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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 15 魔法の島解放せよ!
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第十七話

 ……えーと、いつもどうやって入ってたっけ。

 磯村聡史は、『監禁部屋への正しい戻り方』を思い出そうとした。

 部屋の前には、突撃銃を手にしたテロリストが一名、常時立っている。今居るのは、中国人っぽい顔立ちだが肌は浅黒い……いわゆる華人系の東南アジア人だろうか……の痩せた男だ。

 ポケットの中には、怪しい男から預かった『ボタン』が入っている。これを、見張りの男に気取られないように持ち込まねばならない。つまりは、怪しまれぬようにいつも通りに監禁部屋に戻らねばならないのだ。

 聡史は深呼吸をひとつすると、監禁部屋に近付いた。見張りの男が、突撃銃のトリガーガードに指を掛けて聡史を注視する。銃口は下を向いているが、聡史が妙な動きをすれば即座に撃てる態勢だ。聡史は、わずか数グラムしかないはずのボタンが、鉄球か何かほどの重さを持っているかのように感じつつ、見張りの男に曖昧な笑みを見せながら扉の前に立った。コンコンとノックしてから、ドアハンドルを握って開ける。そのまま部屋に入った聡史は、扉をそっと閉めてから、溜めていた息を吐き出した。

「どうかしたの、お兄ちゃん?」

 聡史の様子がおかしいことに、茉里奈が敏感に気付く。

 聡史は扉越しに見張りの気配をうかがってから、無言で茉里奈とかなえに集まるように合図した。ポケットからボタンを取り出し、トイレで出会った男について小声で説明する。

「うーん。そいつ、テロリストの仲間じゃなさそうね。アリスちゃんに一服盛るために、こんな芝居をする必要なんてないし」

 聡史から受け取ったボタンを調べながら、かなえが言う。

「そのおじさん、いい人っぽかった?」

 茉里奈が、訊く。

「悪い人には見えなかった……けど」

「アリスちゃんは重要人物らしいから、優先的に救出作戦が進行中、ってのは信憑性が高いわね。信用しても、いいんじゃない?」

 ボタンを聡史に返しながら、かなえが言う。

「茉里奈ちゃんはどう思う?」

 聡史は訊いた。

「アリスちゃんが助かるんなら、やった方がいいと思う。でも、大事なのはアリスちゃんの気持ちだよ」

 茉里奈が言って、アリスを呼び寄せた。例によって拙い英語で、アリスに事情を説明する。

 茉里奈の話を聞いたアリスが、ボタンを飲むことをあっさりと承諾した。聡史たちは当然知らなかったが、アリスはシークレット・サービスから『拉致された場合の対処法』をレクチャーされており、その中には『救出手段には時として奇妙な手法が用いられる場合がある』という教えもあったのだ。

「なら、善は急げね」

 かなえが、水のペットボトルをアリスの手に押し付けた。聡史が、差し出されたアリスの掌にボタンをそっと載せる。

 皆に注目されながら、アリスがボタンと水を口に含んで、飲み下した。



 時間は少し遡る。

「そろそろ準備を始めましょうか!」

 あたりがすっかり暗くなったところで、シオは腰に下げた大き目のポーチから、折り畳まれた布のようなものを取り出した。広げると、二メートル四方ほどの大きさとなる。

 赤外線を遮蔽する柔軟なシートである。表側は淡い灰色で、マジカルスクエアとマジカルキャッスルの周りに敷き詰められている石畳と同じ明度に調整されている。これを被っていれば、パッシブIR方式の暗視装置で見られても、光量増幅方式の暗視装置で見られても簡単には見つかることはない。

 シオはシートをマジカルキャッスルから死角となる石畳の上に広げた。周囲になじませ、表面温度を石畳と同じにしなければならない。

 一時間後、シオは前進を開始した。石畳に腹ばいになり、シートを被って、匍匐前進を開始する。

 その速度、実に秒速五ミリメートル。

 時速に直せば、わずか十八メートルである。いくら目立たないとはいえ、動きのある物体は発見されやすい。だが、この速度で動けは、長時間注視しない限り見つかることはない。

 人間ならば、こんな低速で匍匐前進するのは相当の苦行である。だが、ロボットなら朝飯前だ。いや、むしろ全力疾走などするよりも、こちらの方がはるかに楽である。

 シオは一時間四十分かけて、三十メートルあまりを渡り切り、横たわる武者ロボットの陰に無事到達した。



 聡史はアリスの額に手を当てた。

 ……熱い。かなりの高熱である。

 茉里奈が、アリスに状態を尋ねる。多少頭がくらくらするが、気分はそれほど悪くないという返事が返ってくる。

 かなえが、アリスを横にならせた。聡史は、監禁部屋の扉をがんがんと叩いた。顔を出した見張りに、アリスが急病だとブロークンな英語で伝える。



「起きろ、ドクター」

 人質部屋の隅で眠りこけていた西脇二佐は、ハイアウに揺り起こされて目を覚ました。それなりに信用されたようで、今度の起こし方は身を屈めたハイアウが手で揺さぶるといったまともな方法に変わっている。

「なんだ? また、急病人かね?」

 左手首の拘束を解くハイアウを見ながら、西脇二佐は訊いた。

「そうだ」

 短く答えて、シンガが西脇二佐の腕を掴んで立ち上がらせる。

 促されて通路に出ると、シンガが待っていた。ついて来いと身振りで合図するので、西脇二佐は大人しくあとに従った。後ろから、ハイアウがついてくる。

 立ち入り禁止に指定されている一郭に、シンガが入ってゆく。一枚の扉の前に、見張りらしい男が立っていた。シンガが近付いて来たのを見て取った男が扉をノックし、返答を待たずに引き開ける。シンガがそのまま入っていったので、西脇二佐もあとに続いた。

 狭い部屋には六人が詰めていた。シンガの補佐役らしい眼鏡姿の女性と、AKを構えた男性。それに、西脇二佐がトイレで出会った青年と、初めて見る二十代の美人、小学校高学年くらいの可愛い女の子。そして……。

 アリス・ティンバーレイク。

 青年が、手筈通り経口発熱剤を飲ませてくれたのだろう。アリス嬢は赤い顔をして横になっている。その視線が、西脇二佐を捉えた。

「患者は、この少女かね?」

 西脇二佐は、シンガに訊いた。

「そうだ。診てやってくれ」

 シンガが言って、脇へ退く。

 西脇二佐は、『診察』を開始した。熱を『測り』、脈を測り、呼吸の様子を観察し、眼と口の中を確認する。

「日本語はわかるかな?」

 西脇二佐の問いかけに、アリスがきょとんとした表情で応ずる。

「あー、あたしが説明します」

 付き添っていた美人が、口を出した。発熱の様子を、教えてくれる。

 シンガらが聞き耳を立てていることを意識しながら、西脇二佐は英語でアリスから状況を聴取した。アリスの自覚症状、既往症と病歴、アレルギーの有無。採った飲食物、排泄の回数と状態。同室者の健康状態も、それぞれに尋ねる。

「うーん。印象としては、肝炎の疑いがある。ですが、何か感染性の疾患の可能性も捨てきれない」

「重篤ではないんだな?」

 シンガが、訊いた。

「いまのところは。ですが、油断はできません。入院させることをお勧めします」

「それはできない」

 シンガが、即座に西脇二佐の勧めを却下する。

「……何か訳ありのようですな」

 西脇二佐は、『事情は分かってますよ』という共犯者めいた笑みをシンガに向けた。

「とにかく、何か手立てを講じてくれ」

「治療しようにも、病気の特定さえできないと、何もできませんね」

「医者だろ? 何とかしろ」

「聴診器さえ無いんですよ? これでどうしろと?」

 西脇二佐は両掌をシンガに示して、お手上げであることを強調した。

「まあ、できることはやりましょう。しばらく、このお嬢さんに付き添いますよ。いいですね?」

「それはありがたい」

「それと、部屋を替えていただきたい。こんなところに閉じ込めて置いたら、病気にもなりますよ」

 西脇二佐は、周囲を指し示した。

 シンガが、補佐役の女性……メオと視線を交わす。

「だいいち、空気が悪い。窓のある部屋を所望します」

「窓か。難しいな」

 シンガが、難色を示す。

「換気できればいい。小さなもので結構です。万が一、ウイルス性の発熱だったら、他の人質に感染する危険性を防ぐこともできますしね」

 天井の換気口を示しながら、西脇二佐は続けた。

「……適当な部屋を、探してみよう」

 『他の人質に感染』というワードが効いたのだろう。シンガが、折れた。



 最初に提示された部屋は、西脇二佐の計画には合わなかった。

 窓は注文通りだったが、がらんとしていて何も置かれておらず、『隠れる』ことができなかったのだ。狭いうえに窓……人が抜け出すのは無理だが、外部に合図することくらいはできる……があったので、人質部屋には使えずに放置されていたのだろう。

「ここはよくない。碌に掃除もしていないじゃないか。不健康すぎる」

 西脇二佐はそう文句を付けた。

 次の部屋は、理想的だった。大きな鏡が壁面にあり、その前に作りつけのカウンターと椅子が並んでいる。反対側の壁面には洗面台と大き目の窓、そして合成皮革のロングソファー。奥の方には、四畳半ほどの和室があって、座卓と座布団がある。着替えをするカーテンで区切られたスペースや、大きなスチールロッカー、衣装を保管するためらしい小部屋などもある。……マジカルキャッスル内にあるステージの、楽屋らしい。

「ここがいい。畳があるから患者を寝かせることもできるし。換気もよさそうだ」

 西脇二佐は、厚いカーテンが付いている窓に歩み寄った。普通の腰高のアルミサッシだが、外壁の部分に太い鉄筋が格子状に埋め込まれており、外から見ると古城の窓に見えるように工夫されている。格子の開口部の大きさは、十五センチ角程度。この隙間から逃げ出せるのは、新生児くらいなものだろう。

 シンガが西脇二佐を押しのけるようにして、窓をチェックした。鉄筋の太さを確認し、手で握って揺らし、しっかりと埋め込まれていることを確かめる。

「よろしい。ここを使ってもらおう」

「飲料を多めに差し入れてほしい。発熱していると脱水症状を起こし易いですからね」

 西脇二佐はそう注文した。



 黒縁眼鏡の女性テロリストに先導されて、聡史はアリスを『お姫様抱っこ』して新しい部屋に運んだ。

 座布団で作った『布団』に横たえ、かなえが『勝手知ったる楽屋』と言わんばかりに隅の押し入れから引っ張り出して来た毛布を掛ける。

「さて。改めて自己紹介しようか。ドクター・栗川と呼んでくれ。一応、政府の者だ」

 テロリストが全員部屋を出るのを確認してから、謎の男が声を潜めてそう自己紹介する。

 聡史は名乗り、茉里奈を紹介した、かなえは、自分で名乗る。

「……え。九谷かなえ。本人ですか?」

 かなえの名乗り……職業と所属事務所込み……を聞いて、ドクター・栗川の眼の色が変わった。

「本人だけど」

 ちょっと警戒気味に、かなえが言う。

「いやー、ピュアロータスちゃんの中の人とこんなところで会えるとは、感動ものですよ」

 強引にかなえの手を握りながら、ドクター・栗川が感激の面持ちで言う。

「えーと。『ピュアフレンズ』を見ていたんですか?」

 かなえ同様警戒気味……いや、ちょっと引き気味に、聡史は尋ねた。

「もちろんだとも! 君は、『ピュアフレ』見ていなかったのかね?」

 怪訝そうな顔で、ドクター・栗川が訊き返してくる。

「……見てませんけど」

「あの感動の傑作を見ていないとは。最終回で、ピュアアイリスが死んでしまうところなんて、今思い出しただけでも涙が出てきそうだ」

 ドクター・栗川が、やれやれといった表情で首を振る。

「ねえねえ、先生。そんなことより、アリスちゃんを助けに来たんじゃないの?」

 茉里奈が、健気に軌道修正を試みる。

「お、そうだったな。では、作戦を説明しよう……」

 ドクター・栗川が、いっそう声を潜めた。



 シオは倒れている『武者ロボット』の隠しパネルを開いた。

 完全に破壊されているというのは偽装であった。もちろん、ロボットとしての機能は完全に失われていたが、胸部の奥には耐熱/耐衝撃仕様の収納部があり、そこに『機材』と『資材』が隠してあったのだ。一見すると、胸部の表面には多数の銃痕があり、銃弾が奥まで喰い込んでいるように見えたが、実際には貫通したのは表層の薄いアルミ外鈑だけであり、銃弾は内側の抗弾鋼板によって防がれている。

 シオは音を立てないように注意しながら、一回で運べる分量の『機材』と『資材』を引っ張り出した。いずれも、狭い開口部を通せるように細長く、また突起部が無いように梱包されている。シオはそれをボディのあちこちにしっかりと結わえ付け、例のシートを被った。

 再び、匍匐前進が始まる。マジカルキャッスルの外壁まで、約二十メートル。シオは約一時間の行程と見積もった。



 西脇二佐は、ジャケットの右袖の飾りボタンのひとつを取った。

 ボタンに、細い釣り糸が付いている。西脇二佐は、それを引っ張った。ジャケットの生地のあいだに隠されていた長い釣り糸を、左腕に巻き付けるようにして手繰ってゆく。

「すごーい。手品みたい」

 茉里奈が、目を丸くする。

「これだけ細くても、耐荷重は一キログラムある」

 五十メートルある釣り糸すべてを巻き取った西脇二佐は、その端を鉄格子の一本の根元に縛り付けた。そこから先端にボタンがついたままの糸を外に繰り出してゆく。



 一時間後、シオは無事にマジカルキャッスル外壁にたどり着いた。

 シートを広げたままに放置して、シオは外壁にへばりつくようにして移動を始めた。手筈通りならば、どこかの窓の下に、釣り糸が付いたボタンが落ちているはずだ。

「あったのであります!」

 シオはつぶやいた。石畳の上に、ぽつんとボタンが落ちている。拾い上げたシオは上を見上げて窓の位置を確認し、メモリー内のマジカルキャッスル内見取り図と照合した。……『大広間』の横手にある楽屋の窓だ。地上高は、約十三メートルというところか。

 シオは釣り糸をつんつんと引っ張って合図を送った。



「お、当たりが来たぞ」

 窓際で粘っていたドクター・栗川が嬉しそうに言って、釣り糸をひょいひょいと引っ張って信号を送る。

 しばらくすると、ドクター・栗川が釣り糸を手繰り寄せ始めた。

 釣り糸の先端部分には、黒いパラ・コードが結びつけてあった。それをドクター・栗川が鉄筋に結び付け、ふたたび合図を送る。

「よし。順調だな」

 ドクター・栗川がパラ・コードを引っ張って、黒い布袋に包まれた細長い円柱状の物体を、鉄格子のあいだから室内に引っ張り込んだ。これを十回ほど繰り返し、同じような円柱を何本も引き上げてゆく。

「よし。第一回の補給はここまでだ」

「ねえ、ドクター。こんなことできるのなら、回りくどいことしなくても、武器とかこっそり運び入れて、テロリストを制圧しちゃったりできるんじゃないの?」

 かなえが、訊く。ドクター・栗川が首を振った。

「いやいや。わたしだって、丸腰でここに忍び込むのが精いっぱいだったんだ。外にいるロボットも、なんとかごまかして一体だけ忍び寄れた。特殊部隊を潜入させるなんて、無理だよ。まあ、君がピュアロータスに変身できるんなら、別だろうけど」

「ロータスちゃんは平和主義者だから、戦うのは無理だよ」

 茉里奈が、突っ込んだ。

「ああ、そうだったな。ピュアコスモスとピュアローズ呼んでこないと、無理か」

 ドクター・栗川が苦笑いする。

「とにかく、わたしはこれから作業に掛かる。聡史君、君は窓のところで待機してくれ。二時間後くらいに、二回目の補給があるはずだ。それを回収してくれ。かなえさん、あなたは見張りの様子をうかがってほしい。部屋に入って来そうになったら、時間稼ぎをしてくれ。茉里奈ちゃん、君はアリス嬢のそばにいてやってくれ。では諸君、頼んだぞ」

 機材と資材の入った円筒を両脇に抱えて、ドクター・栗川がカーテンで区切られた着替えスペースに消えた。


 第十七話をお届けします。

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