第十五話
「すぐに来てください! 正面入り口です!」
MoAテロリストの一人が、血相を変えて飛び込んでくる。
「敵襲か?」
チャーンが素早くM70B2を手に立ち上がった。一瞬遅れて、シンガとメオもM57自動拳銃が収まったホルスターに手をやりながら立ち上がる。
「敵襲ではありませんが、妙な連中が近付いています。我々では対応の判断ができません」
報告した男が言って、走り出す。チャーンを先頭に、シンガとメオも続いた。
階段を駆け下り、マジカルキャッスル正面出入り口ホールへたどり着いた三人が眼にした光景は、なんとも珍妙なものであった。
ロボットが六体、横一列に並んで立っている。しかも、全員がサムライ映画で見るような古い日本の甲冑に身を包んでいる。
ひときわ目を引くのは、身長四メートルはあろうかという大きな一体であった。トラ〇スフォーマーに出てくる悪役のような面相で、黒光りする当世具足……もちろん、外国人であるシンガたちには鎧の形式までは判らなかったが……を着用し、頭には左右に大きな角が生えた桃形兜を被っている。腰には、その体格に見合った巨大な太刀を帯びている。
その左右に付き従っている小柄な……身長一メートルほどか……の五体のロボットは、いずれも腹当だけの軽装で、頭には陣笠を載せるという足軽スタイルであった。得物はばらばらで、それぞれ薙刀、長巻、鉞、手槍、鎖鎌を手にしている。もちろん、ロボットのサイズに合わせて、その武器も本物よりはかなり小ぶりである。
「おう。お前らが親玉か」
エントランスの外に出てきたシンガたちを眼にした大柄な武者ロボットが、かなり訛っている英語で言った。……今時珍しい、いかにも機械じみた合成音声だ。
「マジカル☆アイランドで乱暴狼藉を働くとは不届き千万。天に代わって某が退治してくれようぞ」
「……なんだ、こいつは?」
シンガが、M70B2を構えてロボットたちと対峙している四人の男女に問う。
「わかりません。先ほど突然現れ、近付いて来たのです。制止命令は聞きましたが、帰れと命じてもここを動こうとしません」
一人が、銃口をロボットたちに向けながら答える。
「アトラクションロボットだろうが……バグってるのか?」
自分もM70B2を構えながら、チャーンがじりっと前に出る。
「大将。こんな連中、さっさと始末してやろうぜ」
抜き身の長巻を肩に担いだ小柄なロボットが、言う。
「異議なしですわ」
薙刀を携えたロボットが、賛成した。
「あんたらみんな、うちの鉞の錆びにしてくれるで」
鉞を構えたロボットが、にやりと笑う。
「降参するなら今のうちですぅ~」
手槍を持ったロボットが、降伏勧告をする。
「こんな連中、あたいひとりで充分なのであります!」
鎖鎌の分銅をくるくると回しながら、最後の一体が言った。
「TMIの管制本部から退去命令が出たはずだ。営業中止だ。待機場所へ戻れ」
半ば呆れながら、シンガは告げた。
「何を言うか。マジカル☆アイランドを守るのは武士の勤め。言って聞かぬならば、犬畜生とおなじこと。こうなれば、斬り捨てるまでよ」
大柄なロボットが、すらりと太刀を抜いた。
六丁のM70B2の銃口が、一斉に武者ロボットに向けられる。
雄叫びをあげながら、武者ロボットが太刀を上段に振りかぶり、MoAテロリストに向け一歩踏み出す。
「撃て!」
チャーンは叫びながらM70B2をセミオートで連射した。一拍遅れて、他の五人もフルオートまたはセミオートで射撃を始める。
激しい銃声と共に、五十数発の7.62×39ミリ弾が武者ロボットの胴部に撃ち込まれた。うおっという叫びを残し、武者ロボットが仰け反ってバランスを崩し、どしんと尻餅をつく。
「大将がやられましたわ!」
「やばいでぇ」
「みんな、逃げろ!」
「退却するのですぅ~」
「さっさとおさらばするのであります!」
五体の小柄なロボットが、それぞれの得物を放り出した。武者ロボットを見捨てて、逃げ出そうとする。
M70B2の銃口が、小柄なロボットたちにも向けられる。だが、引き金が引かれる前に、武者ロボットが突如爆発した。
腰部が弾け飛び、炎と黒煙を撒き散らす。脚が二本とも根元からもぎ取られ、炎に包まれながら転がる。
チャーンらは爆風を浴びて、反射的に身を縮めたり防御の姿勢を取った。
「大丈夫か!」
少し後ろにいたシンガとメオが、駆け寄って来る。
「負傷者はいるか?」
再度の爆発に備えて後退しながら、チャーンは他の者に呼び掛けた。飛び散った破片はごくわずかだったらしく、幸い誰も怪我は無いようだ。
「小さいロボットは?」
立ち上る煙の向こうを見透かそうとしながら、チャーンは他の者に問うた。
「逃げました。まだ姿が見えます」
一人が、指差しながら答えた。小さな姿が五つ、マジカルスクエアの中を遠ざかってゆくのが、煙越しに見えていたのだ。……実は、そのうちのひとつはベルと雛菊に『腕』を掴まれたバルーンに過ぎなかったが、そのことに気付いた者は誰も居なかった。
どん、という音と共に、再び武者ロボットが爆発した。今度は頭部と右腕が千切れ飛ぶ。
「誰か消火器を持ってこい!」
シンガが命ずる。すぐに、消火器を持った数名が現れて、炎上する武者ロボットに消火剤を噴霧した。たちまち炎が消え、黒煙も収まる。
「こいつ、どうします?」
空になった消火器を持った一人が、シンガに訊く。
シンガは石畳の上に転がる武者ロボットを見た。両脚と頭部、それに右腕は外れて転がっているし、腰部は完全に破壊されている。胴部も銃痕だらけで、半分ほどは黒く焦げている。
もはや脅威ではあるまい。片付けたいところだが、その重量はおそらくトン単位だろう。容易に動かせるものではない。
「放置しておけ」
「可能性は少ないと思うが、敵の謀略の一環かもしれない。見回ってこよう。マノック、一緒に来い」
M70B2を肩に掛けたチャーンが、フィリピン人メンバーの一人を指名した。
少し時間を遡る。
西脇二佐は、隠れ場所からそっとあたりをうかがった。時刻は午後四時を過ぎた。そろそろ、騒ぎが起きる頃合いである。
ジャケットのポケットに手を突っ込み、マスターキーを取り出す。
銃声が聞こえた。7.62×39ミリ特有の軽めだが叩き付けるような迫力のある音が、重なって聞こえる。
西脇二佐は、すぐにでも飛び出せる態勢を整えた。
どん。
爆発音を耳にすると同時に、西脇二佐は隠れ場所から飛び出した。石畳を駆け、マジカルキャッスルの外壁に飛びつく。目当ての扉の鍵穴に鍵を差し込み、ドアノブを握ったまま鍵を捻る。
鍵を引き抜いた西脇二佐は、消火ポンプ室に滑り込んだ。急いで扉を閉め、手探りで中から施錠する。
しばらく息を整え、非常灯の明かりだけで薄暗い室内に眼を慣らした西脇二佐は、打ちっぱなしコンクリートの上に据えられた真っ赤に塗られたポンプやタンク、配管のあいだを抜けて内側の扉に向かった。解錠し、外に人の気配がないことを確認してからそっと押し開ける。安全を確認した西脇二佐は、制御盤を開くとその中にマスターキーを隠した。
「うまくいったのであります!」
シオは満足げに独り言を言った。
シオはマジカルスクエア脇の植え込みに隠れていた。腹巻と陣笠を取り、身軽な姿になる。
周囲の安全を確認すると、シオは体育座りして省電力モードに入った。暗くなるまで、出番はないのだ。
「いままで隠れていただと?」
シンガは、チャーンが捕まえて連れてきた男をしげしげと見た。
中年一歩手前で中背。どこにでも居そうな日本人男性だ。軍人兵士でないことは、その緩んだ体型から見て取れる。
「ボディチェックはしたのか?」
背中にM70B2を突き付けられ、大人しくしている日本人を見ながら、シンガは訊いた。
「武器の類はありませんでした。持っていたのは、財布とスマートフォン、TMIの携帯端末、腕時計くらいです。あとは、空のペットボトル」
チャーンが、没収した品物をテーブルの上に置く。
シンガは財布を調べてみた。日本円の紙幣と硬貨。カード類。レシート。色付きの紙片は、何かのクーポン券だろうか。
写真付きの自動車運転免許証を取り出し、顔を見比べる。同じ顔だ。
「何者だ?」
通訳に呼んだ部下を通して、シンガは尋ねた。
「あー、英語なら一応喋れるよ。TMIの客だよ」
日本人が、多少の訛りはあるがまずまずの英語で答える。
「今までどこに隠れていた?」
シンガも英語に切り替えた。
「たぶん一階だと思うが、変な部屋だ。赤い機械がたくさんあったな。暗くてよく判らなかったが、おそらく水道関係とか、そんな部屋だろう」
「……消火ポンプ室ですかね。あそこは施錠してあったんで、一回調べただけですが」
シンガの問いかけるような視線を受けて、チャーンが答える。
「銃声とか聞こえて、闇雲に逃げていたら、出口が見つからなくなった。そのうち、銃を持った連中が見えたんで、急いで適当な処に隠れたんだ。ずっと隠れていたが、水が無くなったので諦めて出てきた」
日本人が、言う。
「クリカワ……医者なのか?」
財布の中にあった保険証を調べていた通訳の男が、そう訊いた。
「そうだ」
「イシャ?」
シンガは差し出された保険証カードを受け取った。
「これは日本の公的医療保険の被保険者用のカードです。東京都医師健康保険組合とある」
通訳役が、説明する。
「栗川内科クリニック。内科の開業医だ」
日本人……が、言い添える。
「一人で来たのか?」
「まさか。女房と娘と来た。マジカルキャッスルには、順番取りで一足先に入ったんだ。そうしたら、あんたらが乱入してきたんだ」
「クリカワ・インターナル・メディシン・クリニック。ありました。東京都小金井市前原……。実在しますね」
スマートフォンで検索を掛けた通訳役の男が、栗川内科クリニックのホームページを見つけた。……白衣姿の西脇二佐が微笑んでいる写真が載っている。
「……更新履歴や書き込みを見る限り、何年も前から存在するサイトですね」
シンガは差し出されたスマホの画面に映る医者と、目の前にいる男を見比べた。……間違いなく、同一人物だ。実は、兄が開業医をやっている陸上自衛隊の医官に依頼して、急遽ホームページを改竄させてもらっただけなのだが。名前その他も、その開業医のものをそっくりそのまま拝借している。
シンガは身振りでチャーンを呼び寄せた。隅で見守っていたメオと三人で、額を寄せ合って相談する。
「危ない男には見えない。だが、どうも怪しい」
シンガはそう言った。
「医者なら、使いどころはあるんじゃないの?」
メオが、意見する。実際、人質の中に具合の悪そうな者が出始めている。
「なら、一人専属で見張りを付けましょう。そのうえで、拘束しておけばいい」
チャーンが言った。
西脇二佐に付けられた専属の見張りは、ハイアウと名乗った。痩せて小柄だが、油断のならない鋭い目つきをした若い男だ。西脇二佐は、ベトナム人だと見当を付けた。訛りの強い英語を話すが、日本語はほとんどわからないらしい。
西脇二佐が腹が減っていると伝えると、ハイアウは一室へと連れて行ってくれた。テーブルの上に、箱入りや袋入りの菓子類が山と積まれている。差し入れられた食料で余った物が、置かれているのだろう。実際に空腹だった西脇二佐は、さっそくクッキーやビスケットの箱を開けると貪り喰いはじめた。ペットボトル飲料もあったので、一本もらってがぶ飲みする。
飲食が終わると、トイレに連れて行かれた。そちらも済ませると、人質部屋のひとつに連れ込まれる。
西脇二佐は素早く他の人質たちをチェックした。……アリス・ティンバーレイクらしい姿は、見当たらない。
「腰を下ろして左腕を出せ」
ハイアウに言われ、西脇二佐は素直に左腕を差し出した。ハイアウがポケットから結束バンドを数本出し、西脇二佐の左手首を腰高の手すりに結わえ付ける。
「ありがとよ」
西脇二佐はぶっきらぼうに礼を言った。……先ほど菓子を食べた時に、右利きであることを知って、反対側の腕を拘束してくれたにちがいない。
「ここを動くなよ。見回りに来るからな」
そう念押ししてから、ハイアウが去った。
「さて」
西脇二佐は楽な姿勢をとった。次の展開まで、しばらく時間が掛かる。今夜の『作業』に備えて、身体を休めておかないといけない。
「『当たった』奴、恨まんでくれよ」
こちらの方を怪訝そうに見ている他の人質たちを見やりながら、西脇二佐はそっとつぶやいた。
五十億円を積んだトラックは、小柴内閣危機管理監の予想通り夕方の渋滞に引っかかり、到着が二十分ほど遅れた。しかし受け渡しはいっさいのトラブルなく進み、全額がMoAの手に渡った。シンガはすぐに中身を検めるように部下に指示した。紙幣番号を控えられるのは仕方ないが、トランスポンダーその他の電子機器、紙幣に対する細工……不可視の塗料の塗布や目立たない印……マイクロドット、切れ目、拡大鏡で見なければ気付けない特殊な金属粉の付着など……が施されている場合がある。
数枚の一万円札がサンプルとして抜き取られ、事前に持ち込まれた光学顕微鏡や紫外線ランプによって調べられる。
「……ざっと調べた限りでは、仕掛けはありませんね」
専門家……というか、偽札造りの犯罪者集団に属していたことがあるタイ人……が、シンガにそう報告する。
「結構だ。コシバは約束を守ったようだな」
シンガは笑みを浮かべた。五十億円もの大金が、目の前にあるのだ。もちろんロンダリングしなければ使えないし、その過程で大幅に目減りするだろうが、これでMoAの活動を数年間は支えることが可能だ。
そして、脱出作戦が上手く行けば、さらに一千万ドルの追加収入……こちらはロンダリング済みのUSドルなので、目減りする心配はない……が手に入るのだ。
それを思うと、シンガの笑みは自然と大きくなった。
第十五話をお届けします。




