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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 14 国宝『黒松』確保せよ!
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第十五話

 『CC』側にはツキがあった。

 目標の弁護士事務所が入居するビルの北側にある六階建てのオフィスビルは古いもので、賃貸料が安く、ゆえに店子の中にはかなり怪しげな商品やサービスを商っている連中も多く、当然のことながらセキュリティは甘いものであった。『CC』のメンバーは違法コピーソフトや違法ポルノを買いに来た客を装って堂々と中に入り込み、あちこち調べてまわった。

 夜間の警備も同様に甘かった。ビル全体を管理できる警備システムはなし。ただし、テナントの中には独自に警備会社と契約して警報システムを設置しているところはある。夜になって各テナントの業務が終わると、常駐している管理人が各出入り口を施錠し、中から頑丈なかんぬきを掛けるので、外部からの侵入は困難となる。……外部から、は。

 肝心の三階へは、エレベーターを使っても階段を使っても、楽に行き来できる。最適爆破位置にあるのは輸入代行業者の事務所で、法人格のない業者が体裁を取り繕うために郵便物の受取先兼電話番の女性を常駐させているだけの狭いオフィスであり、金目の物はまったく無いので警備会社とは契約していなかった。一応扉にはしっかりとした錠が付いていたが、時間さえ掛ければ静かに壊して中に入ることは容易である。いささか狭いが外部に面した窓もあり、爆薬設置作業にも支障がない。

 スミヤ市の『СС』細胞からもたらされた資料に基づき、一同は弁護士事務所襲撃準備を整えた。総指揮を執るのは、『СС』副指導者のウルファンに決まり、近々合流することが日本勢にも伝えられる。

 大量のプラスチック爆薬……古いPVV‐5Aも大量に届けられ、ベルはシオとダリオを助手として爆薬の加工作業を開始した。時間制限のある作戦なので、現場で悠長に爆薬をこね回している余裕はない。セットすればすぐに爆破できる状態にしておいて、現場に持ち込む必要があるのだ。

「外壁は、目標のビルも北側のビルも、ありふれた鉄筋コンクリートのラーメン構造ですぅ~。壁は非構造壁で、詳細は不明ですが厚さは十センチメートル程度ぉ~。細めの鉄筋がシングルで入っているものと、推定されますぅ~」

 手書きの図面を示しながら、ベルがシオとダリオに説明する。

「それほど丈夫ではないので、ダリオさんが立てた一階からの爆破侵入プランと同様、リボン・チャージ(紐状爆薬)とスラブ・チャージ(平板爆薬)の併用で大丈夫だと思いますぅ~」

「……そのことなんですが」

 遠慮がちに、ダリオが切り出した。

「目標の建物は、外壁外側に爆薬を仕掛けるんですよね?」

「そうですぅ~。目標のビルは内部に入るために爆破するので、当然ですぅ~」

「実は、高いところが苦手で……」

 ダリオが、恥ずかし気に告白する。

「大丈夫ですぅ~。そちらに爆薬を仕掛けるのは、わたくしたちで行いますからぁ~。こう見えてもわたくしたち、意外と身軽なのですぅ~」

 ベルが、笑顔で言った。



「ウルファンだ。よろしく頼む」

 四十代後半に見える長身の男性が、畑中二尉と三鬼士長の手を握る。

 いかにも野戦指揮官、といった趣の目つきの鋭い男である。物腰からも、有能さが伺えるが、この雰囲気では市井に紛れて隠密活動を行うのは難しいだろう。一目で、警察や内務省公安に目を付けられるに違いない。

 集落内にある一番大きな部屋……これは一軒の大きな納屋であったが……に主要メンバーが集って、最終打ち合わせが行われる。日本勢も、ロシア語を解さない三鬼士長を除く全員が参加した。なお、本番には畑中二尉は加わらない予定である。

 参加するのは、『СС』メンバーが三十二名。総指揮官がウルファンで、副指揮官格でアスミルとズラータも参加する。これに、AI‐10五体が加わり三十七名となる。

 このうち、実際に目標の事務所内に侵入するのはAI‐10五体を含め二十四名。こちらは、ウルファンが直接指揮を執る。バックアップ兼警戒要員六名は、ズラータが指揮して目標の建物および北側の建物で武装して警戒に当たる。支援要員六名は周辺警戒と逃走用車両を準備する。こちらの指揮は、アスミルが執る。残る一名は、事前潜入要員である。

「爆薬の準備はすべてできていますぅ~。設置はわたくしたちロボットだけで行いますぅ~。壁面爆破準備に十分、事務所扉爆破準備に二十秒を予定していますぅ~」

 『爆破班』の番が来ると、ベルが壁に貼られた見取り図で爆破位置を示しながら説明した。ちなみに、背丈が足りなくて指で指し示すことができないので、指し棒代わりに木製の定規を手にしている。

「結構だ。何か質問は?」

 すべての説明が終わると、ウルファンが居並ぶメンバーを見渡しながら訊いた。

「よろしい。作戦決行は明後日の深夜。くれぐれも、秘匿には留意するように。では、解散」

 ウルファンが、終了を宣言する。



 ユーリヤは、『СС』スミヤ市細胞のメンバーである。

 二十代後半だが、小柄な体躯と童顔のせいで十代に見られることが多い。どう見ても無害な、虫も殺せないたおやかな女性という外見である。

 それゆえ、この任務に選ばれたわけだが。

 化粧を濃くし、年齢相応に見えるように心掛けたユーリヤは、オフィスビルの四階の共用トイレに入ると、個室のひとつに身を潜めた。便座に腰を下ろし、静かに時が過ぎるのを待つ。

 午後十時を過ぎると、ユーリヤはトイレを出て、非常階段へと向かった。すでに、ビル内は無人である。……管理人の初老の男性を除けば。

 静まり返ったビル内に、管理人の男性の靴音が響いた。夜間の点検を開始した管理人が、三階までの巡回を終えて四階へと登ってきたのだ。ビル内に残留者が居ないことを確認し、各部屋がきちんと施錠されていることをチェックする、毎日同じ時間に行われる業務である。

 ユーリヤは急いでメインの共用階段へ向かい、そこを降りて二階の通路に隠れた。管理人は一階から順に点検を開始し、非常階段を使って六階まで回り、最後に共用階段を使って一階まで降りる、という手順を踏むことが判っている。一度見た階をもう一度チェックすることはないので、ここに隠れていれば安全である。万一発見されたとしても、その外見で管理人を油断させておいてから拳銃を突き付ければ、問題ない。

 ほどなく、通路の照明が消えた。巡回を終えた管理人が、メインのスイッチを切ったのだ。

 通路の床に直接腰を下ろし、ユーリヤは辛抱強く待った。午前二時四十分になったところで腰を上げ、髪に巻いていたスカーフを顔に巻いて顔を隠す。

 ポケットから小さな拳銃……CZ‐92を抜いたユーリヤは、一階に降りた。椅子の上でうたたねしていた管理人を揺り起こし、拳銃を突き付ける。

 あとは簡単であった。すっかり大人しくなった管理人に、通用口のかんぬきを外させ、さらに錠を開けさせる。真っ先に入って来た二人の『СС』メンバーが、管理人を緩めに縛り上げた。

「よくやった、ユーリヤ」

 部下を率いて入って来たウルファンが、労ってくれる。

「次の任務に着きます」

 CZ‐92を仕舞ったユーリヤは、きびきびと言って外に出た。アスミル指揮する支援班に加わり、逃走用車両で待機。警察が駆けつけてきた場合は、交戦してこれを排除する。これが、ユーリヤの次の任務である。

 シオたちAI‐10の『爆破班』は、一番最後に通用口をくぐった。爆薬設置予定の部屋が片付くまでは出番がないので、急ぐ必要はないのだ。

 スカディ、雛菊、シオの三体は、大量の加工済みPVV‐5Aを背負っただけで、非武装……プラスチック爆薬を武装ではないと言い切るのは間違っているかも知れないが……であった。ベルは、信管とその他の小道具を持っているだけの軽装だ。亞唯だけは、直衛役として『СС』から借りたAKMS突撃銃を予備弾倉と共に携行している。

 五体はエレベーターで三階まで上がった。すでに、輸入代行業者の事務所の扉は、先行した『СС』メンバーによってこじ開けられていた。数名が、事務所内から机や書類ロッカーを通路に運び出している。こちらは内側に爆薬を仕掛ける手筈なので、調度品などが爆風によりひっくり返ったりすると、突入の邪魔になるおそれが強いのだ。他のメンバーは、持ち込んだ単管スチールパイプを窓から突き出し、足場組みに取り掛かっている。

 単管スチールパイプを使った足場は、旧ソ連圏でも一般的な建築用足場である。日本で見られるものとほとんど変わりないクランプを用いて結合され、運用される。

 窓から突き出されたパイプを手掛かり足掛かりにして、『СС』のメンバーたちが一メートル半向こう側の外壁とのあいだにジャッキベースを両端に入れたパイプを押し込み、突っ張り棒の要領で何本ものパイプを設置してゆく。わずかな月明かりしかなく、しかもなるべく静かに行う必要があるので、作業は慎重かつゆっくりとしたペースで行われた。幸い、時間はたっぷりとある。

 事務所内の片付けがほぼ終わったところで、ベルがシオとダリオを助手にして爆薬設置作業を開始した。まず窓の位置を頼りに正確な爆破予定箇所を割り出し、そこに持参の塗料スプレーを使って二メートル×二メートルの正方形を描く。……高いところは手が届かないので、ダリオに手伝ってもらう。

 次に、紐状……実際には、紐と言うよりも厚みのある帯状である……のリボン・チャージをスプレーで色の付いた部分に沿って張り付けてゆく。これも、高いところはダリオにやってもらう。

 シオは背負っていた荷物を降ろし、五十センチ四方程度のタイル状に加工したPVV‐5Aを取り出すと、リボン・チャージが形作る正方形の中に丁寧に張り付けて行った。

 最後に、ベルが各爆薬を導爆薬線で繋ぎ、さらにリボン・チャージの二か所に埋め込むための電気信管を準備する。念のため、埋め込むのは爆破の直前にしておく。万が一この状態で爆発したら、AI‐10はもとより『СС』のメンバー十数名も命が無い。

 『足場班』の作業も順調に進んでいた。充分な数のパイプを配置して強度を確保すると、横方向にパイプを渡してクランプで締め付け、がっちりと固定する。荷重を上手く分散させたところでボードを取り付け、足場が完成する。

 最終的に自分が乗ることによって安定を確認した『足場班』のリーダーが、見守っていたスカディと雛菊に合図を送る。

 『爆破班』はすぐに行動を再開した。足場に移って、先ほどと同様の作業を行う。ただし、高所が苦手なダリオに代わって、スカディが助手に加わる。

 さしたるトラブルもなく、順調に爆破準備を終えた爆破班は、ベルを残して足場をあとにした。ベルが電気信管をセットし、電線を繰り出しながらそのあとに続く。

 スカディが、爆薬設置完了をウルファンに報告した。ウルファンが、部下に侵入準備を整えるように身振りで指示を出す。通路で待機する突入班の全員が、粉塵除けのマスクとゴーグルを準備し始める。

 シオは雛菊から事務所の扉爆破用の爆薬を受け取った。『橋』が掛かったらベルと一緒に走り、速やかに扉を爆破解錠しなければならない。

 ベルが、輸入代行業者事務所に仕掛けた爆薬に電気信管を差し込む。合計四本の電線を引きずりながら、ベルが通路の隅で身体を丸めた。腕のポートにその四本を接続する。シオは、その後ろに蹲った。

「ウルファンさん、準備出来ましたぁ~」

 小声で、ベルが報告する。

「よろしい。やってくれ」

 腕時計で時刻を確認したウルファンが、命じた。すでに、マスクとゴーグルを付けた姿だ。

「では、行きますですぅ~」

 ベルが、通電する。


 二か所の壁に仕掛けられた爆薬が、爆発する。

 まず最初に、リボン・チャージが起爆する。爆発のエネルギーがコンクリート壁に喰い込み、内部の鉄筋を叩き切る。だが、この段階では壁はまだ持ち堪えていた。爆発のエネルギーが、壁を貫通したわけではないのだ。

 一瞬後に、スラブ・チャージが起爆した。この衝撃で、リボン・チャージによって生じた深い亀裂が外部まで達し、切り取られた形となった壁は『外側』へと押し出された。同時に、コンクリートが砕け散り、内部の鉄筋がむき出しとなる。

 輸入代行業者事務所の壁には、きれいに二メートル×二メートルの開口部が開いた。吹き飛ばされた壁は、多数のコンクリート片を纏ったまま落下する。

 目標のビルの外壁にも、予定通りの開口部が口を開けていた。こちらの壁は、いくつかの大きな破片となって三階の通路に飛び散っている。

 爆発音に備えて音声入力を絞っていたシオの『耳』に、からんからんという金属音がかすかに届いた。爆発の衝撃で足場が崩れ、単管パイプがビルの外壁に当たりながら落ちて行った音であろう。

 即座に、待機していた『СС』メンバーが動いた。まだ粉塵が立ち込めている輸入代行業者事務所にアルミパネルを持って駆け込み、『橋』を掛ける。長さ二メートル、幅五十センチのパネル三枚により、二つのビルの三階が繋がる。

 AKMSを抱えた三人の警戒要員が喧しい音を立てながら橋を駆けて目標ビルに侵入する。一人がメインの階段、一人がエレベーターホール、そしてもう一人が非常階段を見張る手筈である。シオとベルはそのあとに続いて橋を渡った。通路に転がっているコンクリート片を避けながら走り、弁護士事務所の扉に取りつく。

 シオが差し出すブラスチック爆薬を、ベルが素早く錠前の部分に張り付けた。爆薬でボルトごと叩き切る、という乱暴な手法である。

「爆破しますですぅ~」

 電気信管を押し込んだベルが、『СС』のメンバーに警告しつつ通路の隅に蹲った。

 どん。

 爆発と同時に、シオは飛び出した。扉に体当たりをかます。

 ばん、と激しい音と共に、扉が内側に開いた。

「異常なしであります!」

 暗視モードで室内に誰も居ないことを確認したシオは、大声で『СС』メンバーたちに報せると、そのまま扉を押さえていた。後続の『СС』メンバーが、続々と室内に突入した。誰かが天井照明のスイッチを探り当て、点灯する。

 シオは手近にあったゴミ箱で扉を押さえると、いったん通路に出た。雛菊から布袋を受け取り、再び室内に入る。

 『爆破班』の次なる任務は運搬係である。『СС』のメンバーが回収したパソコンやハードディスク、各種メディアなどを、一足早く逃走用車両まで運ぶ役目だ。脚が短く逃げ足が遅いので、この任務を仰せつかったのである。

 AI‐10たちは室内を回って、『СС』メンバーが回収した物品を布袋に入れてもらった。シオの持った袋も、一分もしないうちに満杯となる。

 AI‐10五体は、布袋を担いで撤退した。橋を渡り、北側オフィスビルのエレベーターを使って一階に降りる。

 外の路上には、GAZ3307中型トラックが待っていた。AI‐10たちは布袋を荷台で待っていた『СС』メンバーに手渡すと、自分たちもそれに乗り込んだ。

「五分経過。まずいわね。サイレンが聞こえて来たわ」

 耳ざといスカディが、警察車両の接近を察知する。ちなみに、ギョルスタンを含む旧ソ連圏国家の警察用サイレンの大半は、日本の物とよく似ている音である。

 トラックの荷台に、戻って来た『СС』メンバーが続々と乗り込む。路地からGAZのミニバン、ガゼルが走り出してきて、路上に停まった。警戒班が、警察車両の接近に備えたのだろう。

 シオたちの乗るGAZ3307が走り出した。先ほどまで止まっていた場所に、ボルボFLトラックが滑り込み、残った『СС』メンバーの回収を行う。

 ボルボ・トラックが最後の人員を回収して発車したのは、壁の爆破から五分五十秒ほど経過した頃であった。いまだ警察車両が姿を見せていないことを確認した警戒班指揮官ズラータが、部下に撤収を命ずる。

 作戦はベルの計画通りの五分半では終わらず、六分十秒ほど掛かったが、懸念された警察との交戦もなく、無事終了した。……成功であったかどうかは、回収したデータを解析してからでないと、判断はできないが。


 第十五話をお届けします。

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