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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 14 国宝『黒松』確保せよ!
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第十三話

 イルキン、アスミル、ズラータの『СС』メンバー三人と、畑中二尉とスカディのあいだで持たれた『会談』は、結局のところ物別れに終わった。

 畑中二尉がAI‐10の貸し出しには原則同意したものの、それにはあくまで『上司の許可がいる』と突っぱねたからだ。

 しかしながら、会談を終えたイルキンは上機嫌であった。日本人たち……ロボットを含む……をほぼ信用できると判断できたこと、そしてベルを『試問』して、その爆発物に関する知識と技量が極めて高いことを確信したからだ。

 イルキン自身は、爆破に関して専門的に学んだことはないが、何回も爆破を含む作戦を指揮しているので、それなりの知識は有している。そこでベルを指名していくつか質問をぶつけてみたところ、いずれもイルキンの知識を上回る質と量の回答が返って来たのだ。少なくとも、死んでしまった『СС』の爆発物専門家、ファルハドの代わりは務まるはずだ、とイルキンは判断した。

「棚上げになっていたナビエフの事務所襲撃計画を、実行に移そう」

 会談を終えて小屋に引き上げたイルキンは、アスミルとズラータにそう告げた。

「あのベルというロボットに、ファルハドの役目を担わせるのですか」

 アスミルが、確認するように訊く。イルキンはうなずいた。

 インガ・ラザエヴァが一介の国会議員だった頃から、彼女のブレーンの一人であった弁護士、ミハイル・ナビエフ。彼がラザエヴァの『裏の貌』を支える人物の一人であることを、『СС』は確信していた。スミヤ市内にある彼の事務所を襲撃すれば、ラザエヴァ大統領の悪事に関する資料を押収できると考えた『СС』は、以前から襲撃計画を練り上げており、その機会をうかがっていた。だが、ファルハドが死んでしまったことで、その計画は棚上げになっていた。襲撃計画には、ビルの壁面爆破と事務所扉の爆破が必須であり、どちらも爆破に関する専門家が必要だったからだ。一応ファルハドの助手を務めていたダリオという男がいたが、彼はまだ未熟であり、ギョルスタン陸軍工兵隊で長年軍用爆薬を扱って来たファルハドの代わりにはならない。

「いまのうちに、計画資料とともにダリオを呼び寄せておこう」

 イルキンが、決断した。

「日本人たちには、計画に参加すればロシアへ逃がしてやる、と持ち掛けよう。以前にも使ったルートで逃がせばいいだろう」

「スミヤ市内のトラックターミナルから、アストラハンまで乗せるルートですね。あれは安全ですが、かなり人手が掛かりますけど」

 ズラータが、指摘した。

「それは仕方あるまい。ナビエフの事務所襲撃を成功させる代償としては、安いものだ。ダリオはすぐに寄越す。あとは頼んだぞ。わたしは戻って、事務所襲撃計画の準備を進めておく」

 イルキンが、言った。アスミルとズラータが、厳しい表情のまま力強くうなずく。



「ようやく終わった……」

 長浜一佐は、疲れた眼を揉んだ。

 畑中二尉の珍妙な暗号文を平文に直した文章が書かれた紙が、長浜一佐のデスクの上に載っている。二重線で消したり、赤ペンで修正したりした跡がやたらと目立つのが、長浜一佐の苦闘の様子を物語っている。

「……さて、どうしたものかな」

 長浜一佐はすっかり冷たくなってしまった緑茶を啜った。

 今のところ、本部長には『担当者二名ともに行方不明 黒松の所在不明』と報告してある。ここで素直に畑中二尉と三鬼士長の現状を伝えるのは、得策か否か。

 長浜一佐も、現状ではかなりまずい立場に置かれていた。すでに、現地の報道および外交ルートを通じてなされた連絡から『黒松』が行方知れずになったことは政府に知られている。防衛庁に対し、官邸から直接『黒松の確保』を最優先すべしと圧力が加えられていたし、その圧力は防衛大臣から情報本部長を経て、長浜一佐の頭上に直接降りてきている。このまま『黒松』が失われることになれば、失敗した作戦の当事者として長浜一佐がなんらかの処罰を受けるのは確実である。

 最良の解決策は、多少時間が掛かってもいいから『黒松』を確保することである。畑中二尉の手紙の内容からすると、その可能性は薄そうだが。

 ラザエヴァ大統領が黒幕で、『黒松』を手にした可能性が高いという畑中二尉の推定は、おそらく正しいものと長浜一佐も評価していた。だが、その証拠はまったく無いのが現状である。すり替えられたのは事実だが、それに関しても国立美術館職員が関わったという具体的証拠は皆無。『日本人職員が横領したに違いない』と言い張られた場合、それを否定する材料にも乏しい。こんな状況で、政府に対し『ギョルスタン政府に圧力を掛けて黒松を取り戻して』などと言ったら、笑い飛ばされるだけである。

「まあ、ダメ元でやらせるしかないな」

 ため息交じりに、長浜一佐は独り言を言った。AI‐10たちは荒事には慣れているし、畑中二尉もいる。頑張って『黒松』を取り返すことができれば、すべてが丸く収まるのだ。公的に皆が『行方不明』となっている現状なら、たとえギョルスタン国内で何らかの付随被害が生じたとしても、知らんぷりが可能である。政府どころか、情報本部長にすら報告せずに済むのだ。

 ラザエヴァ大統領あるいは政府高官が、今回の『陰謀』に関わっている証拠をつかめれば、水面下で『取引』を行うことによって……『脅迫』と言い換えることもできるが……返してもらうことも可能だろう。だが、それは直接取り返すよりも難しいだろう、と長浜一佐は踏んでいた。時間とコネさえあれば、可能かもしれないが、どちらも畑中二尉らは持っていない。むしろ、手慣れている実力行使で取り戻す方が多少なりとも現実的な手法だろう。

 問題は、こちらから支援する方法がないことである。まともな支援を行おうとすれば、情報本部長の決済が必要となり、AI‐10たちの秘匿行動が知られることとなり、発生する被害の責任を上官である長浜一佐が取らざるを得なくなってしまう。

「できることはこれくらいかな」

 長浜一佐は電話を取り上げ、情報本部計画部に掛けて、マルカ・ヴァラノヴァ……畑中二尉のロシア人用偽名……名義のズベルバンク(ロシア貯蓄銀行)口座に、九千五百ドル分の入金を依頼した。額が中途半端なのは、一万ドル以上だと本部長の決済が必要だからだ。一万ドル未満なら、計画部部長決済止まりなので目立たず、通常の作戦業務に紛れさせてごまかすことが可能である。

「あとは、出国だが……」

 電話を終えた長浜一佐はため息交じりに腕を組んだ。すでに外務省経由で、在ギョルスタン日本大使館周辺の異常に関する報告が来ている。数日前……正確に言えば、畑中二尉らが行方不明になった直後から、日本大使館の周囲に怪しげな私服の男性が大勢たむろするようになったのだ。彼らはまず間違いなく警察か内務省の連中である。目的は、畑中二尉らが日本大使館に駆け込む、あるいは連絡を取ろうとすることを阻止するためであろう。これ自体が、ラザエヴァ大統領が『陰謀』の黒幕であることの証拠のひとつと言えるが……テロ警戒のため、とでも言い訳されれば、こちらは黙るしかない。

「となると、北のロシア国内に逃げ込んでもらうしかないな」

 長浜一佐は地図を思い浮かべた。西のジョージアに逃げるには、険しい山岳地帯を踏破しなければならないし、ジョージアからの出国も難しい。南のアゼルバイジャンなら地形的には問題が無いが、国境警備は厳しい。ギョルスタンはロシアの友好国なので、その国境は広く開かれている。ロシアからの出国は難しくないし、国内に入ってしまえばマルカ・ヴァラノヴァのパスポートが威力を発揮するはずだった。



 スミヤ市郊外にあるヴィクリ空軍基地から、轟々たる爆音を響かせながらVIP仕様のMi‐17輸送ヘリコプターが離陸した。

 機内の特別シートには、インガ・ラザエヴァ大統領の姿があった。明日の休暇を『別荘』で過ごすために、西へと向かうのである。

 ぐんぐんと高度を上げるMi‐17に、一足早く離陸して空中待機していた護衛のMi‐24P攻撃ヘリコプターが加わる。三機は高度四千メートルまで上昇した。地上からの攻撃を警戒してのことである。一人で運搬および操作が可能ないわゆるMPADS(携帯防空システム)……つまりは肩撃ち式対空ミサイルの多くは、最大射高が三千数百メートルなので、高度四千メートルにいればさほど怖くはない、という理屈である。

 このMi‐17に武装は無かったが、自衛用装備は充実していた。レーダー警戒受信機、赤外線/紫外線警戒ミサイル警報装置、レーザー光線警戒装置、レーダー妨害装置、チャフ/フレアディスペンサーなどが取り付けられており、不測の事態に備えている。

 護衛に付く二機のMi‐24も、完全装備であった。自衛用装備はもちろん、胴体脇に装備された短翼には、9M114対戦車ミサイル四発、UB‐32A/57ミリロケットポッド三基……合計で一機当たりS‐5ロケット弾が九十六発……それに9K39イグラ1V空対空ミサイル四発を吊り下げている。これに加え、機首右側にはGSh‐30K/30ミリ連装機関砲を装備している。……二機合わせれば、粗末な対空火器しか装備していない機械化歩兵大隊くらいなら、殲滅は無理としても余裕で蹴散らしてしまえるほどの火力である。

 二十分ほどの飛行で、三機編隊は目的地の上空へと達した。Mi‐24の一機が急降下して、低空で円を描きながら対地警戒を行う。異常がないとの報告を受けてから、Mi‐17は残る一機のMi‐24にエスコートされて、小さな円を描きながら高度を下げて行った。

 ラザエヴァ大統領の父親は、元はスミヤ市共産党の幹部であった。ソビエト崩壊とギョルスタン独立という荒波を器用に潜り抜け、実業家に転身し、共産党時代のコネを活かして石油産業部門で成功し、ここに広大な土地を手に入れて別荘を建てたのである。それを譲り受けたラザエヴァは、議員時代からここを束の間の『隠遁場所』として利用して来た。

 交通手段は、ラザエヴァの出世に伴って変化していた。若い頃はヴォルガのハンドルを自ら握り、田舎道を飛ばしてここまで来たものだ。大臣職を歴任するようになると、運転手付きのBMWに変わった。大統領に就任し、常に暗殺の危険に晒されるようになってからは、こうして武装ヘリコプターに付き添われて空から訪れるようになっている。

 別荘自体は、大きいものの古くて簡素な造りである。中央に、総二階建ての木造の主棟があり、それを取り巻くように数件の小さなゲストハウス……ダーチャと呼んだ方がしっくりくるか……が置かれている。主棟の東には庭園があり、そのさらに東側にヘリポートと、ヘリ格納庫を含む空軍の建物。反対の西側には、正門と警護を任されている陸軍関係の建物群がある。

 別荘の防備は厳重を極めていた。主力は陸軍一個歩兵中隊百十名。これに、T‐90戦車二両、BMP‐3歩兵戦闘車二両を有する独立機甲強化小隊が加わる。

 対空装備は二両の2K22ツングースカ自走対空車両が担当する。2A38/30ミリ連装機関砲と、9M311地対空ミサイルを組み合わせた同車両は、極めて高い防空能力を持つと言われている。

 到着時刻は知らせてあったので、ヘリポートには一個分隊の陸軍兵士が警戒態勢で待ち受けていた。着陸したMi‐17から、スーツ姿の内務省大統領警護隊が降り立ち、ヘリポートの安全を確保する。

 主棟までの、庭園を突っ切る二百メートルほどの遊歩道を、ラザエヴァ大統領は警護隊員たちに囲まれて歩んだ。庭園は東洋風であり、よく手入れされていたが、いささか悪趣味であった。ハリウッド映画に出てくる『よくわからないけどとりあえずアジアチックにしてみました』系のなんちゃって東洋庭園のように、日本、中国、朝鮮などの要素がごちゃ混ぜになっていたのだ。

 右手に見える池に掛かっている派手な色使いの太鼓橋は中国風で、その奥にある石庭はどう見ても日本風である。左手にあるミニチュア三重塔は日本風だが、それを囲っている玉石張りの土塀は朝鮮風。その隣に立っている楼閣は中国風だが、その前には朝鮮風の虎の像と日本風の石灯籠が仲良く並んで突っ立っている。その右にあるのはどう見ても朝鮮風の韓屋だ。その玄関前に、ガンダーラ風の仏像が置いてあるとなると、もう笑うしかない。

 主棟に入ったラザエヴァは、すぐに来客が待っている一室へと足を運んだ。首都から同行して来た個人秘書に人払いを命じてから、客室のひとつに入る。

 待ち受けていた二人の男が、素早く立ち上がった。

「座ってちょうだい」

 ラザエヴァは鷹揚に言って、空いている椅子に座った。二人の男も、ラザエヴァの着座を見届けてから、腰を下ろす。

「まず、将軍から報告を聞きましょうか」

 ラザエヴァが、年嵩の男の方に視線を当てた。ダークスーツ姿だが、いかにも軍人くさい五十代の男である。

「はい。例の作戦に関して、すべての準備が整いました。決行は、今月二十一日でいかがでしょうか」

 ギョルスタン内務省のラシム少将が、にこやかにそう提案する。

「二十一日。……わたしとしては、問題ありませんね。準備の時間はまだあるし、特に重要な日程もないはずです」

 ラザエヴァが、うなずく。

「こちらも、準備はできています」

 もう一人の男、アナール・ラヒモフが嬉しそうに言った。メタな話をすれば、第二話で中国河南省に行っていた怪しげな男である。

「すべて揃ったのね?」

 ラザエヴァが、訊く。

「はい。今日は、サンプルをお持ちしました」

 ラヒモフが、大きなスーツケースを開け、白い布に包まれた円いものを取り出した。テーブルの上に置き、布を開く。

「皿ですか」

 東洋陶器にまったく興味が無いラシム少将が、ぽつりと言う。

「唐三彩ね」

 ラザエヴァは身を乗り出した。主として唐代に、墳墓の副葬品として多数生産された焼き物である。色鮮やかで、様々な人物や動物を象ったものが多く、今でも人気のある焼き物だ。

 絵皿には、ざっくりとした花のような模様が描かれ、それに緑と茶の色が付けられていた。ラザエヴァが、ラヒモフに差し出された手袋をはめると、絵皿を取り上げた。さながら顔に被せるような感じで、表面を注視する。

「釉薬の剥離が見られるわね。まるで本物だわ」

「これをどうぞ」

 ラヒモフが、拡大鏡を差し出した。うなずいて受け取ったラザエヴァが、絵皿の細部を拡大して観察する。

「貫入(釉薬のひび割れ)が荒いわね。プロの目をごまかすのは無理。でも、観光客相手なら絶対にばれないレベルね。いい出来だわ」

 拡大鏡を置いたラザエヴァが、満足そうな笑みを浮かべてラヒモフを見た。

「すべて、このレベルかこれ以上のレベルの品です」

 ラヒモフが、請け合う。

 河南省の禹州市神垕鎮ユイチョウシーシェンホーチェンは、中国を代表する焼き物の街として知られている。だが、それは表の顔である。実は、神垕鎮は陶器の贋作の街、としても有名なのだ。その技術は高く、中国はもとより日本や朝鮮の古美術品、さらにはマイセンやセーブルなどの西洋陶器さえ、精巧な贋作を製作できるほどである。

「結構。では、二十一日で最終決定としましょう。……ところで将軍。例の、行方不明になった日本人とロボットは、どうなったの?」

「未だ捜索中です。潜伏中か、あるいは『СС』に捕らえられたのか。日本大使館に現れる可能性が高いと考え、多数の私服を張り込ませてありますが、こちらも成果有りません」

 ラシム少将が、首を振った。

「仕方ないわね。とりあえず、捜索を継続。見つけ次第、うまく処理してちょうだい」

 ラザエヴァはそう命じた。日本人が急に『クロマツ』を返せと言い出したために、急遽『強奪』計画を行う羽目になり、しかも失敗してしまったが、『クロマツ』を手に入れることには成功した。日本人たちが、ことの真相に気付いているかどうか判らないし、仮に気付いていたとしてもラザエヴァ自身に類が及ぶとは考えられないが、危険因子は排除しておくに越したことはない。

 奪った『クロマツ』は、この別荘の秘密の保管庫にすでに収蔵されている。ラザエヴァは、押さえきれぬ笑みを顔に浮かべた。もうすぐ、この秘密のコレクションが一気に充実するのだ。


 第十三話をお届けします。

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