第十九話
「射撃を続けろ! 敵を近づけさせるな!」
大統領官邸警護の小部隊の指揮を執るシン大尉は、銃声に負けない大声で命令した。
官邸警護部隊の総員は三十名。すでに、その半数が失われている。いずれも精鋭で、マルーア人兵士であっても合衆国などで軍務経験があり、た易く逃亡したりしない人物を選んであるが、敵の数が多すぎる。生き残った兵士たちは、苦しい戦いを強いられていた。敵に外縁部を突破された警護部隊は、やむなく中央部にある建物群……居住棟、管理棟、警備本部、貴賓棟、ガレージなどが密集している……に後退し、サカモト大統領を守っていた。
「チョン中尉! まだか!」
シン大尉は、携帯無線機で部下に呼び掛けた。
『最終調整中です! 二分ください!』
チョン中尉が、半ば怒鳴り声で返答を寄越す。
「リエラ軍曹!」
シン大尉は、K2突撃銃で弾幕を張っているフィリピン人軍曹を呼んだ。
「何ですか?」
「軍曹、君は大統領を護衛して逃げるんだ。安全な場所は大統領が知っているはずだ」
「無理ですよ、大尉殿。官邸は完全に警察の連中に包囲されています」
リエラ軍曹が、褐色の左手を頭の上で一回転させ、全周を示す。
「大丈夫だ。チョンが切り札を連れてくる。それで、敵の包囲に隙ができるはずだ。そこから、脱出しろ。サカモトに死んでもらっては困る。俺たちの、給料が出ないからな」
真顔で、シン大尉は言った。しょせん、韓国人もフィリピン人も、金目当てでマルーア国軍で働いているのだ。スポンサーたるサカモトが死んだら、1セントにもならない。
そいつは、唐突に現れた。
一世代前のステルス戦闘機を思わせる、平面を組み合わせた多面的な細長いボディと、その左右に張り出した目立つスポンソン(張り出し部) 細身で長めの八本の脚部。真っ黒な塗装が施されており、その姿は半ば闇の中に溶け込んでいる。
GHI製のミディアム・アーマード・ロボット、『ジェビ』である。
武装は胴体下の銃架にK6重機関銃(ブローニングM2の改良コピー)一丁、左右のスポンソン内にK12/7.62ミリ汎用機関銃が合計四丁。この他に、左右肩部に対戦車ミサイル、スポンソン下部にロケット弾などを装着することができるが、装甲車両が存在しないマルーアでは無用なので、装備していない。
ジェビが、機体を旋回させながらK12四丁を乱射する。SR88を撃っていた警察官たちはたちまち射すくめられ、慌てて後退した。やや後方で、ウルティマックス100を使い援護射撃をしていた警察官たちが、ジェビに向けて射弾を集中させたが、ジェビは素早い横移動でこれを躱し、K6で応射した。
「チョン中尉、西側の敵を一掃しろ! リエラと大統領を逃がすんだ!」
シン大尉は携帯無線機に向かって怒鳴った。
走って大統領官邸に近付くスカディ、ジョー、クリスタルが、逃げて来たマルーア人警察官たちと鉢合わせする。
「軍用ロボットがいます! これじゃ、対応できない!」
スカディらに気付いて立ち止まった警察官が、手にしたSR88をジョーに突き返すようにしながら叫ぶ。
「ロボットだって? どんなロボットだい?」
驚きつつも、ジョーが訊く。
「でかい奴だ! マシンガンばんばん撃ってきやがった! 見たことない奴だ!」
警察官が、怒鳴るように言う。
「マルーア国軍に、ロボットは配備されていないはずですわね」
スカディが、言った。
「とにかく、行ってみよう」
ジョーが、走り出す。スカディとクリスタルが、続いた。
『西側の敵は逃げました。リエラも大統領を連れて脱出に成功。わたしの独断で、兵を二名付けました』
チョン中尉から、通信が入る。
「よくやった、チョン。ジェビをこちらへ戻してくれ。我々も脱出する」
安堵しながら、シン大尉は通信を返した。
パク大佐が密かにジェビを持ち込んだと知った時は、あまりの用心深さに半ば呆れたものだが、こうして役立った以上、大佐の先見の明を素直に称賛するしかない。
「大尉、南から敵が接近してきます。人型ロボットのようです!」
暗視双眼鏡で警戒していたフィリピン人伍長が、そう報告する。
「ジェビに始末させよう。離脱準備しろ」
シン大尉は、残っている部下に命じた。
「あれは、韓国のジェビだね」
ジョーが、一目で国軍の軍用ロボットを識別する。
「ジェビ? 韓国陸軍に部隊配備が開始されたばかりのロボットでは? まだ、輸出も決まっていない新型が、なぜマルーアに?」
スカディが、首を捻る。
「パク大佐が元韓国陸軍だからね。そのコネで手に入れたんだろうね。クリスタル、奴を潰せるかい?」
ジョーが、クリスタルに振る。
「敵のデータがありませんから何とも言えませんが、何とかなるでしょう」
主武器の内蔵式四十ミリグレネードランチャーの射撃準備をしながら、クリスタルが言う。
「よし、クリスタル、任せたよ! あいつをやっつけてサカモトを捕まえるよ!」
ジョーが宣言し、走り出す。
クリスタルが放った40ミリ×46擲弾を、ジェビはレーダーで捉えた。
擲弾の弾速は遅く、時速二百七十キロメートルほどである。俊敏さが売りのジェビにとって、避けるのは簡単であった。
レーダー観測で弾道データを得て、未来位置を予測し、適切な位置に素早く横移動する。擲弾はジェビの左側七メートルほどを通過し、後方の芝生に突っ込んで炸裂した。HE(高性能爆薬)弾頭の加害半径は約十メートル。ジェビが浴びたのは、わずかな爆風だけであった。
「外しましたわね」
敷地内を区切る低いコンクリート塀に隠れ、シプカ短機関銃で形ばかりの援護射撃を加えながら、スカディは言った。
「今のはM441。対人榴弾。当たっても、それほど打撃は与えられないから、試し撃ちね。でも、予想より動きが速すぎる。もう一発、試し撃ちで動きを観察してみましょう」
クリスタルが、手にしていた擲弾を仕舞い、別な榴弾を腕に装填する。
二発目の擲弾も、ジェビは華麗に避けた。
『ジェビ』とは、朝鮮語で『燕』を意味する。正面から見たその姿……細身の胴体部と、横に張り出したスポンソンがなんとなく翼をすぼめ気味にした燕を思わせる、というのが主たる命名理由であるが、副次的にはその機動性を重視した性能が、燕の俊敏な動きを連想させる、という点もあった。
外れた擲弾が無意味な場所で爆発するのを見届けたシン大尉は、安堵した。敵がグレネードランチャーを発射して来た時は驚いたが、ジェビは二発とも優雅とも言える動きで躱している。敵は上手く隠れているらしく、ジェビの射撃も当たってはいないようだが、少なくとも接近は防げているようだ。
「よし、ここはジェビに任せよう。我々は撤退し、リエラ軍曹らと合流するぞ」
シン大尉はそう命じた。
「ジョー、ジェビにレーザーを照射してください」
クリスタルが、言う。
「判ったよ!」
ジョーが、偽ロケットランチャーを構えた。AN/PEQ‐1 SOFLAMを起動させ、レーザービームをジェビに浴びせる。
すかさず、ジェビが反応した。横方向の素早い動きで、レーザーロックを外しにかかる。
「やはり無理ですね。対レーザーセンサー装備。これにあの動きを組み合わせたら、レーザー誘導爆弾も躱されます」
クリスタルが、悔し気に断言する。
「残念ですわね。雛菊がいたら、喜んで退治してくれそうですけど」
「え。雛菊はこの手のロボットに強いのかい?」
スカディの軽口に、ジョーが戸惑い気味に反応する。……かなり日本通のジョーだが、日本のプロ野球事情まではさすがに守備範囲外のようだ。
「なんとしても打撃を与えて、動きを止めないと無理ですね。ジョー、左三十メートルの位置にあるガレージ、あの中にジェビを誘い込みたいんですけど」
スカディは、クリスタルが指し示したガレージを見た。丈夫そうな鉄筋コンクリート製の建物で、奥行きは車一台分、幅は八メートルほどだろうか。正面上部にシャッターが収まる膨らみが確認できるが、今は降りてはいない。車種までは識別できないが、大型の黒塗りセダンが一台だけ収まっている。
「わかったよ、クリスタル! ボクがレーザーで追い立てるから、君も擲弾を連射するんだ!」
ジョーが、さっそく偽ロケットランチャーをジェビに向ける。
レーザー照射を受け、ジェビはレーザー誘導ミサイルを警戒し、横方向への回避行動を開始した。与えられた命令は、この地点の固守である。後退はできないし、敵との距離を詰めるのも無謀だ。
スモーク・グレネードを発射して欺瞞するという手もあったが、ジェビは自重した。ミサイルの飛来を検知したわけではないし、グレネードの数には限りがある。敵は牽制のためにレーザー照射を行っているだけかもしれないのだ。それに引っ掛かって、スモーク・グレネードの無駄撃ちをするほど、ジェビのAIは愚かではなかった。
いったんレーザー照射が止み、入れ違うかのように擲弾が飛翔して来た。左側に逃げていたジェビは、今度は右側に逃げた。そこに、再びレーザー照射が行われる。左に移動すれば、擲弾の加害半径に入ってしまう。やむなく、ジェビはさらに右側に逃げた。そこにもう一発、擲弾が飛来する……。
ジョーとクリスタルが、巧みな連携でジェビをガレージの前に誘導する。
「よし、クリスタル、連射だ!」
偽ロケットランチャーをスカディに渡したジョーが、四十ミリ擲弾が入った袋を手にする。
「了解!」
クリスタルが、ジョーの素早い装填を受けながら連射を開始した。数発の擲弾が、同時に宙を舞う。
レーダーで数発の擲弾の飛翔を捉えたジェビは、瞬時判断に困った。
左右どちらに逃げても、加害半径からは逃れられない。スモーク・グレネードを発射しても、無誘導の擲弾では意味がない。
唯一の現実的選択は、後ろに下がることであった。幸い、背後には大きな開口部を持つ堅牢な建物がある。
ジェビは素早く後退し、ガレージの中に入った。駐車してあったリンカーン・MKTのボディに派手にへこみと傷を付けながら、さながらザリガニのように奥まで入り込む。
擲弾が、相次いでガレージの前で炸裂した。多少の断片がガレージの中まで飛び込んできたが、ほとんどは天井に突き刺さるかリンカーンのボディを引き裂いたに留まり、思惑通りジェビは無傷であった。
「引っ掛かったな、ジェビ!」
ジョーが、嬉々としてクリスタルの腕に擲弾を装填する。
先ほどまでクリスタルが撃っていた擲弾は、M441。通常の対人榴弾であり、ロボットに対する威力は少ない。今回の作戦においては、ロボットはもとより装甲車両を相手にすることはないはずなので、クリスタルが持ってきた四十ミリ擲弾の八割が、これであった。
今回ジョーが装填したM1006は、サーモバリック弾頭である。
よく知られている燃料気化爆弾は、液体燃料を気化させ、空気中の酸素と混合させて爆発させるものである。それに対し、M1006の弾頭は、固体状の爆発物を気化させ、爆発させるものである。燃料気化タイプは、空気との混合状態が理想的条件にならない、あるいは酸素が不足していると不十分な爆発しか起こせないという欠点がある。それゆえに、建物内や洞窟内といった場所での使用には不向きであった。その欠点を克服したのが、空気中の酸素の量に依存せずに爆発を起こせる固体気化爆薬弾頭なのである。M1006は、すでにアフガニスタンなどで米軍特殊部隊らによって使用されており、その威力……特に洞窟内に立てこもった敵に対する……は実証済みである。
M1006が、飛翔する。
ガレージの奥にいるので、ジェビのレーダーはこれを捉えることができなかった。だが、光学センサーと音響センサーで発射を捉えていたので、ジェビにはこれに対処する時間があった。
……直撃を受けなければ問題ない。
ジェビはそう判断した。ガレージにこもっているために、敵の動きに関するデータ取得に支障を来している。この状態で出て行ったら、敵の砲火を浴びた際にデータ不足から回避行動が遅れ、不覚を取る可能性が高い。ここは隠れてやり過ごす方が賢いだろう。
ジェビは脚を折り曲げ、身を縮めて受ける損害を局限しようとした。
ガレージに飛び込んだM1006は、身を低くしているジェビの上を飛び越え、背後のコンクリート壁に激突した。
M550触発信管が作動し、弾頭に納まっていた固形爆薬成分が瞬時に気化して拡散する。
次の瞬間、気化爆薬が発火した。ガレージの開口部から、爆炎が噴き出す。
閉鎖空間においては、比較的小規模な爆発でも大きな損害が生じる。塹壕戦や要塞戦、建物内の戦闘で手榴弾や梱包爆薬が重宝される所以である。
ガレージ内も同様であった。爆圧で、リンカーンはプレス機に掛けられたように圧し潰された。ジェビも、爆圧でコンクリート床に押し付けられる。主装甲は破られなかったが、センサー類は過半が破壊された。残りも異常値の入力により、機能を一時的に停止してしまう。脚部にも、被害が生じた。
ジェビは必死にダメージコントロールに努めた。
スカディは、偽ロケットランチャーをガレージに向け、開口部の中にレーザービームを送り込んだ。
ジェビに対する牽制である。だが、これは無駄に終わった。ジェビの対レーザーセンサーは爆圧で故障しており、ジェビが照射に気付くことはなかったからだ。
一方、クリスタルとジョーは大きく迂回するようにしてガレージに向けて走っていた。ガレージに籠っているジェビに四十ミリ擲弾を直撃させるには、距離を詰める必要がある。
……機能回復五十七パーセント。
ジェビは移動を決断した。
このままここに留まっていれば、いずれ破壊されてしまう。敵の最大警戒兵器は、グレネードランチャーと推定される。少しでも動き回った方が、回避し易いだろう。
ジェビはまだ残弾数に余裕のあるK12を牽制のために断続的に発射しながら、ガレージを出た。脚部の損傷は大きく、素早い動きは無理だがそこは致し方ない。センサー類はリセットを掛けて、生き残った物は九割方回復させたが、いまだ異常値を示している機器がいくつかあって信用できない。
「クリスタル、頼んだよ!」
ジョーは通信を送ると、庭に植えてある……いや、元から生えていたものを利用しただけなのかも知れないが……ヤシの樹の陰からシプカ短機関銃を放った。
9ミリ弾が、ジェビの胴体に当たって跳ね返される。距離は五十メートルほど。ジョーの腕前なら、まず外す距離ではない。
すぐさま、ジェビが反応した。素早くボディを廻し、スポンソンのK12を撃ち返す。ヤシの樹の根元に伏せたジョーの左右を、多数の銃弾が通過した。十数発が幹にめり込み、ばしばしという音が響く。
ジェビが、K6の銃口を向けて一連射放った。硬いことで知られるヤシの幹も、12.7×99の連射には耐えられない。大口径機銃段に引き裂かれ、ジョーの頭から二十センチほどのところでぼきりと折られ、倒れる。
ジェビがジョーに気を取られている隙に、クリスタルはそっと忍び寄った。
無損傷のジェビなら、すぐにクリスタルの接近に気付けただろう。だが、サーモバリック弾頭のおかげでジェビの背部のセンサーは軒並み故障しており、上方の警戒は疎かになっていた。
クリスタルは、人間にはとても真似のできない跳躍力でガレージの屋根に飛び乗った。折板鋼板屋根は爆風で半ば吹き飛んでいたので、鉄骨の梁を伝って歩く。
下を覗くと、銃撃を続けるジェビが見えた。
クリスタルはいったん後退した。すでに、M433HEDP(汎用高性能爆薬弾頭)は装填済みだが、距離が近すぎると安全のために信管が作動せず、不発に終わってしまう。
梁の上にしゃがみ込み、屋根に開いた穴越しに、ガレージの前にいるジェビの姿を捉える。装甲板に斜めに当たるという悪い角度だが、背部後方なのでそれほど重装甲ではないはずだ。M433は、最大で、五十ミリのスチール装甲板を貫ける性能がある。
「巣にお帰り」
小声でそっと呟きながら、クリスタルは擲弾を発射した。
ジェビが擲弾の飛翔を感知した時は、もう手遅れだった。M433が背中に命中し、アルミニウム合金の装甲板を貫く。爆発が、ジェビのコア部位にまで達し、メインプロセッサーを破壊した。
ジェビの制御機能が自動的にサブプロセッサーに切り替わった。だが、サブプロセッサーにやることはあまり残されていなかった。擲弾命中でセンサー類がさらに故障し、外部データの入力が極端に減少してしまったからだ。
それでもジェビは後上方に最大脅威がいると判断し、そちらに機首を向けようとした。生き残ったセンサーを総動員し、敵の姿を捉えようとする。
「なかなか頑丈な燕君だね」
クリスタルは、二発目のM433を放った。必死に機首を廻そうとしているジェビの前部側面に擲弾が命中し、装甲を貫く。
サブプロセッサーが破壊され、ジェビは完全に沈黙した。脚部の力が抜け、白煙を上げながらその場にうずくまる。
第十九話をお届けします。




