第十七話
……こいつら、素人か。
K2突撃銃を乱射しながら、キム中尉はそう悟った。
前触れなくいきなり一方的に射撃が始まったので、外国の特殊部隊の可能性も考えたが、射弾の不正確さからみるとどうも違うようだ。おそらく、地元のナバーロ元副大統領の支持者が、武装して強襲奪還を試みているのだろう。
ならば、勝ち目はある。
「射撃を継続しろ!」
キム中尉は、ミン少尉とパニックから立ち直って射撃を始めたペレア軍曹に命ずると、食堂へ向かった。念のため、武器庫から予備の兵器や弾薬、大量の手榴弾などを持ち込んでおいたのが、役に立ちそうだ。
破砕手榴弾が詰まった布袋と、K2の予備弾倉が詰まった布袋、それに発煙手榴弾の入ったケースを手にしたキム中尉は、南側の窓へと駆け戻った。二つの袋を、ペレア軍曹の方へと滑らす。
「手榴弾で牽制しろ。ミン、K3と弾薬を持って北側へ来い」
両者の返事を待たずに、キム中尉はユ曹長の元へと走った。
ユ曹長が、管理棟から北側を窺っていた雛菊に気付き、K2を撃つ。
雛菊は応射した。暗いにも関わらず、ユ曹長の射弾はかなり正確であった。顔のすぐそばを銃弾が通過し、雛菊は慌てて戸口から頭を引っ込めた。
亞唯が、小屋からユ曹長に向けて射撃を始めた。ユ曹長が、撃ち返す。
「状況は?」
ユ曹長の元に駆け込んできたキム中尉が、窓からK2の銃口を突き出しつつ問う。
「小屋に一名、管理棟に一名。SMG。ナバーロは、まだ小屋にいると思われます」
弾倉を替えながら、ユ曹長は素早く報告した。
「小隊の連中は?」
K2を発砲する合間に、キム中尉は訊いた。
「駆けつけてくる様子はありませんね。全滅したか、逃げたのでしょう」
淡々とした口調で、ユ曹長が言った。
「そうか」
キム中尉も、淡々と応じた。……二人とも、マルーア人兵士のことは最初から当てにしていなかったのだ。
急に、管理棟方向からの銃撃が激しくなった。ブルックリンとオロスコ警部が、雛菊に加勢したのだ。
キム中尉は、K3SAWを持ってきたミン少尉に対し、管理棟への射撃を命じた。発煙手榴弾のケースを開き、三本を自分で取り、残る三本をユ曹長に取らせる。
「ナバーロを確保して逃げるぞ。ミン、援護射撃を継続。ユ、小屋まで走るぞ」
キム中尉は裏口の外に生えている丈の高い雑草を見て、風向きを判断した。ユ曹長に発煙手榴弾投擲位置を指示してから、自分も一本目のセイフティピンを抜く。
二本の発煙手榴弾が相次いで投げられた。夜目にも白い煙が発生し、弱い風に煽られて流れる。すぐに、二本目も投擲された。白煙が、さらに広範囲に広がる。
通常の煙幕は、赤外線を遮らない。
赤外線は可視光線よりも波長が長く、煙を透過してしまうためだ。しかし、赤外線に対し遮蔽効果がある赤燐を主体とし、赤外波長を妨害できる微粒子を含んだ発煙弾ならば、こちらが発する赤外線を遮ってしまうし、相手が放射する赤外線……最近はまったく使われないが、昔は『赤外線サーチライト』なるものがあって、夜間戦闘に使われていた……を妨害することも可能だ。
キム中尉は、敵が光量増幅タイプまたはパッシブ赤外線方式の暗視装置を使用していると踏んでいた。したがって、闇に紛れて移動するのは自殺行為であろう。
スモークを投げ、敵の眼を逃れながら小屋にたどり着き、一名だけと思われる敵を倒してナバーロ元副大統領を確保する。実質的に、ナバーロを人質とすることができれば、敵も攻撃をやめるであろう。ナバーロを逃がさず、なおかつ自分たちの安全も確保するには、この手しかない。
白煙が充分に広がった。小屋の前にも二発投げたので、そちらの敵も眼は封じたはずだ。
「行くぞ」
キム中尉は走り出した。ユ曹長が、続く。ミン少尉が、煙の中にK3の銃弾を撃ち込んで援護する
流れる白煙を見て、亞唯はパッシブ赤外線モードに切り替えた。
だが、それでも煙の向こう側は見通すことができない。
このような形でスモークを投げた以上、敵はこちらへの接近を試みていると解釈すべきだろう。近接されれば、勝ち目は薄くなる。こちらは一人だし、ナバーロ氏という『足手まとい』も抱えている。そしておそらく、迫ってくるのは元韓国陸軍の連中だ。地元の兵士とは比べ物にならない腕と度胸の持ち主だろう。
選択肢は三つしかない。まぐれ当たりを狙ってシプカを乱射する。ナバーロ氏を連れて逃げる。ナバーロ氏を連れて管理棟へと戻る。
……どの手もぱっとしないな。
とりあえず亞唯は超音波センサーを作動させた。これなら、煙の有無にかかわらず前方の『物体』を検知できるが、これはもともとAI‐10に標準搭載されている機能であり、何らかの事情で視程が悪い場合に、前方の障害物にぶつかったり蹴躓いたりしないようにするためのもので、その有効距離はきわめて短い。
「あかん。なんも見えへんで」
雛菊は喚くように言った。
前方は白煙ですっかり覆われてしまった。士官用宿舎も、ナバーロ氏の小屋も白煙の向こう側だ。
『亞唯っち、無事かいな?』
『生きてるけど、何にも見えないよ』
雛菊の問いかけに、亞唯が無線で応じる。
「小屋に突っ込む気ね。そうはさせないわよ」
ブルックリンが、マシンガン装備の腕を上げ、白煙に向けた。
通常であれば、キム中尉の作戦はほぼ成功したであろう。だが、彼は知る由もなかった。
ブルックリンが、もうひとつの『眼』を有していたことを。
二次元空間では完璧な煙幕展張だったが、三次元からすれば、この煙幕は意味がなかった。上空で旋回を続けているMQ‐9リーパーのカメラから見れば、走り出したキム中尉とユ曹長の姿は、赤外線を発しながら移動する二つの点として、はっきりと視認できたのだ。
ブルックリンはMQ‐9から転送されてきたパッシブ赤外線画像で自己の位置と目標二つの位置を確認し、角度を割り出した。膝をつき、腕を水平に伸ばして低めを狙い、近い方の目標推定位置から順に五十発ほどの連射を送り出す。
ユ曹長が撃ち倒されたのを、キム中尉は気配で察した。
驚愕しながら、身を投げる。数十発の銃弾が、伏せたキム中尉の上を通過した。
……まぐれ当たりではない。
キム中尉はそう判断した。聞こえた銃声は二連射だけ。にも拘わらず、極めて正確にこちらの位置を掴んで射撃している。
レーダーか。あるいは紫外線LADARか。
いずれにしても、じっとしていれば死ぬ。
キム中尉は立ち上がると、不規則なスラローム・ダッシュで前進した。敵に動きを読まれないように、ジグザグに進むのだ。
だが、キム中尉の努力は無駄に終わった。
狙いすましたブルックリンが放った連射が、キム中尉の腰を捉える。前のめりに倒れたキムは、必死になって遮蔽物を探した。このあたりは演習場代わりに使われているので、あちこちに倒木や廃材などが置かれている。そのひとつの陰に逃げ込めば……。
ブルックリンが、もう一連射放つ。十数発のうち、過半数がキム中尉の身体に喰い込んだ。
手榴弾を使い果たしたペレア軍曹が、抵抗を諦めて投降する。
孤立無援となったミン少尉も、諦めてK3を置いて両手を挙げ、士官用宿舎を出た。SR88を構えたマルーア警察官が駆け寄って、素早く手錠を掛ける。
「アンガス。無事でしたか」
オロスコ警部が、ナバーロ元副大統領に駆け寄って抱擁した。
「どうなっているんだね、警部。それと、このロボットたちは?」
ナバーロが、シプカ短機関銃を構えて彼を守るように立っている亞唯と雛菊を見る。
「詳しいことは後程。アラニス長官が、警察を率いて武力蜂起したのですよ。作戦が順調に進んでいれば、今頃官庁街はマルーア警察が掌握しているはずです。ベリンダタウンに戻って、新政権の首班に就任してもらいたいのです」
オロスコ警部が、早口で言う。
「クーデターか。ロジャーが。いや、そうか……」
言葉を切ったナバーロが、もう一度亞唯と雛菊をしげしげと見た。
「なるほど。ロジャーはいいスポンサーを見つけたようだな」
ナバーロが、力ない笑みを見せる。
「とにかく、ロジャーに会わねばなるまいな。フリダ島へ、連れて行ってくれ」
『コサック』の作戦は完璧に近い成功を収めた。
襲撃側の負傷者は三名。士官宿舎襲撃を担当したメルカド警部補のチームが、銃創で一名、手榴弾の破片で二名負傷しただけである。いずれも軽傷で、マルティナ島の診療所にすぐさま担ぎ込まれた。
目標であるアンガス・ナバーロ副大統領は、無傷で確保された。移送のためのヘリコプターも、マルティナ島に向かって飛行中である。
同島駐留国軍小隊は、約半数が逃げたままだが、いずれも武装はしていないと見られており、脅威ではない。生じた死者は韓国人二名だけに留まり、しかもその二人はフリダ島から新規に派遣されてきた者であった。
マルティナ島で銃撃戦が始まる二十分前。
シオ、ベル、スカーレットの三名は、ピックアップトラックに乗るとフリダ島の国軍訓練基地……より正確に言えばその手前……に向かった。
爆薬梱包を仕掛ける際に車を停めた位置にあるヤシの木も通り過ぎて、さらに国軍基地に近付く。今回は、接近を悟られても仕方がない。それよりも、いざという時の逃走手段を近くに置いておく方が大事である。
スカーレットがピックアップを停めたのは、爆破予定地点から六百メートルほど離れた位置であった。いつでも逃げ出せるように、車首をベリンダタウンの方に向けておく。
例の偽物ロケットランチャーを含む装備を抱えた三体は、西へ向けて走った。爆破予定地点から三百メートルの位置で止まり、いったん路面に伏せて様子を窺う。
「訓練基地に異常はないようね」
スカーレットが、ささやくように言う。
「あと五分で午前二時ですぅ~。テストしますですぅ~」
ベルが、発信器を取り出した。テストモードにして、通電テストボタンを押す。
「四つとも異常ありませんですぅ~。では、シオちゃんは西側の爆破地点の観測をお願いしますぅ~。スカーレットさんは後方の警戒をお願いしますぅ~」
「任せるのであります!」
シオは立ち上がると、礁湖の方へ寄った。深夜とは言え、民間車両が通る可能性はある。その場合は、爆破タイミングをずらさねばならない。
「一分前ですぅ~。カウントダウンを始めますぅ~」
ベルが数えながら、最終セイフティを解除する。
「三十秒前ぇ~。シオちゃん、いかがですかぁ~?」
「障害なしであります!」
シオはそう報告した。
「スカーレットさんはいかがですかぁ~?」
「異常なし」
伏せたまま後方を注視しているスカーレットが、答える。
ベルの十秒前の声を聞いたシオは、視線を西側の爆破予定地点に向けたまま伏せの姿勢になった。三百メートル離れていれば、まず安全と言えるが、爆破前には遮蔽物の陰に入るか姿勢を低くするのがセオリーである。
「三、二、一、点火ぁ~」
ベルが、送信機の爆破スイッチを押し込む。
どうん。
四つの爆薬が、同時に起爆した。海水混じりの砂柱が宙に立ち上り、灰色の煙がぱっと広がる。
すぐに、国軍訓練基地が慌ただしくなった。あちこちで明りが点き、兵士たちが走り回る気配が伝わってくる。
「前進するわよ」
立ち上がったブルックリンが、装備を肩に担いだ。シオとベルも装備をまとめると、立ち上がった。爆破が失敗に終わった場合は、銃撃その他で国軍部隊がベリンダタウンへ向かうのを阻止しなければならない。
「東西どちらも成功したね。両方とも、路面は最小幅五メートルで損なわれている。海水が流れ込んで運河状態。やったわね、ベル」
MQ‐9からの映像を確認したブルックリンが、ベルを褒める。
「とりあえず車両の通行は阻止しましたねぇ~」
ベルが、喜ぶ。
マルーア国軍副司令官兼教育総監ホアキン・グティエレス中佐は、爆発音に驚いて宿舎のベッドから飛び起きた。
急いでブーツを履き、K5自動拳銃の入ったホルスター付きのピストルベルトを締める。
「中佐殿!」
マルーア人の従卒が、血相を変えて戸口から飛び込んで来た。
「慌てるな、ライナス」
グティエレス中佐は軍帽を被ると、ライナスを連れて宿舎を出た。爆発音は遠かったし、銃声が聞こえてこないのでこの基地に対する襲撃ではないだろう。慌てることはない。
基地内では、マルーア人兵士たちが右往左往していた。グティエレス中佐は、諦め顔でその様子を横目に、基地指揮所に走った。
「サルシド中尉!」
指揮所に駆け込んだグティエレス中佐は、当直士官に呼び掛けた。
「中佐殿。ひとまず基地全体に戦闘態勢を取らせました。爆発は基地の東西、路上で発生したものと思われます。偵察チームを派遣する準備中です」
「そうか」
グティエレスはとりあえず安堵した。サルシドは、フィリピン陸軍時代からの有能な部下である。とりあえず任せておいても大丈夫だろう。
「よし、ソレス大尉が起きてきたら指揮を移譲しろ。中尉は爆発の調査を進めるように。わたしはベリンダタウンと連絡を取る」
グティエレス中佐は、指揮所にある国軍本部との直通電話を手にした。
……繋がらない。
グティエレス中佐は通常回線の電話を取り、そらで覚えている国軍本部の指揮所に繋がる番号を押した。だが、こちらも繋がらない。代表番号にも掛けてみたが、不通だ。
……ベリンダタウンでクーデターか。
グティエレス中佐はそう判断した。先ほどの爆発は、島内一周道路を寸断するためのものだろう。フリダ島で最大兵力を有する国軍訓練基地から、ベリンダタウンへの兵力移動の阻止。これが『敵』の目的に違いない。
「チ大尉! 君の第三中隊をまとめ、大至急トラックでの移動準備をさせろ。充分に予備弾薬を持たせるんだ。ベリンダタウンでの警備任務を命ずる」
グティエレス中佐は、タイミングよく指揮所に姿を見せた韓国人士官にそう命じた。
「小型車両が二台接近中なのであります!」
ベルの爆弾が作った幅五メートルにおよぶ『溝』の向こうを監視していたシオは、そう報告した。
三体のロボットは、道路脇に倒れているヤシの樹の幹の後ろに隠れていた。かなり以前に強風か何かで倒れたものらしく、葉や根はとうに朽ちて無くなっていたが、幹は何度も海水に洗われたにもかかわらずまだしっかりとしている。
「KIAのKM420ね」
スカーレットが、車種を識別した。ジープタイプの小型四輪駆動車で、韓国軍ではK131の名称で呼ばれている。
ヘッドライトを煌々と点けたまま、二台のKM420は溝の前で急ブレーキを踏んで止まった。何名かがばらばらと降り立ち、ハンドライトを溝に向けて調べ始める。
「なんだか緊張感のない方たちですねぇ~」
ベルが、呆れたように言う。
「爆発でおびき寄せて、追加の爆発や狙撃で殺傷を狙うというのは、野戦戦術の基本なのであります! 警戒心が薄すぎるのであります!」
シオも半ば憤りつつそう言った。
「まあ、素人相手の方が楽でいいけどね」
スカーレットが、笑う。
……東西共に、幅五メートルの溝ができている。
グティエレス中佐は、偵察チームからの報告を受けてしばし悩んだ。
国軍本部とは、無線で何とか連絡が取れた。やはり、クーデター勢力による激しい攻撃を受けている最中だという。一刻も早く、救援に赴かねばならない。
道路が使えれば、ベリンダタウンまでトラックで五分の距離なのだが。
マルーア国軍に、工兵隊はない。仮設橋を掛けるべき川もないし、敷設された地雷を処理しなければならぬ国境線もないのだ。基地内から資材をかき集めれば、五メートル程度の仮設橋を造ることは可能だろうが、それには何時間も掛かるだろう。
ベリンダタウンから船を寄越してもらうという手もあるが、夜間の上今首都は混乱状態にある。これも、難しいだろう。
となると……。
「伍長。チ大尉に伝令。第三中隊は準備出来次第ベリンダタウンに向かえ。溝は泳いで突破し、その後は徒歩でベリンダタウン入りせよ。状況が許せば、国軍本部の指揮下に入れ。優先目的はクーデター勢力に対する反撃および国軍本部の防衛。余力があれば、政府関係者の保護も行うこと。以上だ」
マルーア人伍長が、伝令内容を復唱してから走り去る。
第十七話をお届けします。




