第十五話
Xデイマイナス3、AI‐10たちは昼間からベリンダタウンの港の倉庫に集まり、弾倉への弾込め作業を開始した。
それが終了すると、無線機や暗視装置のテストと電池のチェックが行われる。
午後になると、スカーレットとクリスタルもやって来て、自分用の12.7×99ミリ弾と、40ミリ擲弾のチェックを行った。
「しかし、いきなりこんなの渡されても、マルーアの一般警察官は使いこなせるのかね」
百発ドラム弾倉に5.56×45ミリ弾を詰め込みながら、亞唯がぼやくように言う。
「実は、事前にすべての警察官に、STキネティクスが作ったSR88とウルティマックス100の操作方法のビデオは見せてあるんだよ! 『テロリストの武器を知る』という教育目的と称してね! 基本的な操作方法くらい判るはずだよ!」
「上手いこと考えたわけやな」
ジョーの説明に、雛菊がにやにやする。
すべての準備が終わると、AI‐10たちはモーターヨットへと戻ったが、亞唯と雛菊は居残った。明日の夜明け前に、ブルックリンと共に漁船に乗って、マルティナ島へと潜入するのだ。
夜中に、ブルックリンがやって来た。内蔵できるだけの5.56×45ミリ弾を腕に詰め込み、充電を開始する。亞唯と雛菊は、それを見守った。
午後三時過ぎ、オロスコ警部とその部下一名が迎えに来る。亞唯、雛菊、ブルックリンの三体は、魚臭いおんぼろのフォードのピックアップの荷台に身を隠した。漁港ではありふれた車なので、目立つことはない。
漁港では、何隻もの小型漁船が出漁準備を行っていた。暗いうちから出港し、夜明けとともに漁を開始するのだ。この流れに紛れれば、マルティナ島行きが国軍に察知されるおそれは少ない。
漁船には、漁師に変装したオロスコ警部の部下が待ち受けていた。近くの漁船の漁師は出港準備に追われているので、こちらには注意を払っていない。亞唯、雛菊、ブルックリンがこっそりと漁船に乗り込んだことに気付いた者はいなかった。オロスコ警部と部下も乗り込み、船内に身を隠す。
ディーゼルエンジンが始動し、準備を終えた漁船が順次港を出てゆく。亞唯たちが乗った漁船も、その中に紛れ込んだ。
弱い低気圧の接近で沖合はうねりが強く、海に慣れていないオロスコ警部とその部下二人は船酔いに苦しめられたが、亞唯と雛菊とブルックリンはもちろん平気である。
午前十時過ぎ、漁船は無事にマルティナ島の漁港に入った。漁師のふりをしたオロスコ警部とその部下がほっとした表情で船を降り、地元警察署へと向かう。亞唯たちは、そのまま漁船に隠れていた。
暗くなってから、ようやくオロスコ警部たちが車で迎えに来る。こんども魚臭いおんぼろピックアップだったが、メーカーはニッサンだった。亞唯たちが荷台にこっそりと乗り込むと、ハンドルを握るオロスコ警部がすぐに発進させる。
市街地を避け、脇道を縫うように進んだピックアップは、とある一軒家の裏庭で停止した。オロスコ警部がガレージの両開き戸をわずかに開け、亞唯、雛菊、ブルックリンを押し込む。
「明日の日中に最終作戦会議をこの近くで開く。それまで待機していてくれ。そこに電源があるから、自由に使ってくれ。じゃあ」
それだけ言い置いて、オロスコ警部が去る。
Xデイマイナス2の深夜。シオとベルは、いそいそとスカーレットの運転するピックアップトラック、シボレー・コロラドに乗り込んだ。いよいよ、『フェネック』の作戦開始である。
ベル特製の爆薬二梱包は、コロラドの荷台にわざと無造作に積み込んである。防水シートに包まれているので、ごく普通の建築資材か何かにしか見えないはずだ。一緒に、背負い紐の付いた三本のシャベルも積み込まれている。
ベルは、受信機やテスト用送信機、その他の機器類が入ったバッグを大事そうに膝の上に抱えていた。シオが持った小さなバッグには、信管類が入れてある。
交戦は想定されていない……そのような事態に陥ったら、作戦失敗である……が、シオは念のためにシプカ短機関銃を背中に回すようにして携行していた。予備弾倉は、三本用意してある。ベルも、今回はベクターSP1自動拳銃一丁を腰に吊っていた。こちらの予備弾倉は、一本だけだ。
ハンドルを握るスカーレットも、腕の内蔵アンチマテリアルはすでに装弾済みである。背負い式の小さなバッグには、予備弾が五十発詰まっている。
コロラドは、フリダ島島内一周道路を時計回りに進んでいった。まず先に、訓練基地の西側に爆弾を仕掛ける予定である。こちらの方がベリンダタウンから遠い位置にあるので、作業を偶然見られる可能性が少ない。
最後の集落を通り過ぎ、辺りが真っ暗になったところで、スカーレットがコロラドのヘッドライトを消灯した。なにしろ、まっ平らな島である。車のライトは、かなり遠くからでも視認されてしまう。
月明かりしかない状況でも、スカーレットは速度を落とさなかった。光量増幅装置付きなので、運転にはまったく支障がないのだ。
やがて、スカーレットがエンジンを切った。惰性で道路を進み、脇の砂地に乗り入れて停車する。
「行きましょう」
スカーレットが、予備弾が入ったバッグを背負いながらコロラドを降りた。訓練基地の西、三キロメートルほどの地点である。ここからは、気付かれぬように徒歩での接近となる。
スカーレットがシャベルを背負い、爆薬梱包のひとつを抱えた。ベルもシャベルを背負い、爆薬梱包を抱える。シオは信管を持っているので、爆薬を持たずにシャベルを背負っただけで、シプカ短機関銃を手に先行し、二十メートルほど前を歩んで前方を警戒する。
幸い通行車両にも出会うことなく、三体は爆破予定地点に到達した。国軍訓練基地までは、約五百メートル。
「ここを掘りますですぅ~」
ベルが、シャベルの先端で道路脇の砂地に四角い枠を描く。
スカーレットが見張りに立つ中、シオとベルは砂地を掘り始めた。砂地と言っても、環礁のそれは鉱物由来の物は少なく、多くが珊瑚の死骸、貝殻の破片などの石灰分の多い動物質である。
五十センチも掘り進めると、砂のあいだから海水が染み出てきた。海水と一緒に、砂をせっせと掘り出す。ほどなく、ベルがスカーレットと交代し、爆薬の準備に入った。
一メートル半ほど掘ったところで、ベルが作業中止を指示する。穴には、AI‐10ならば肩まで浸かってしまいそうなほど海水が溜まっていた。シオとベルは、防水仕様にしてある爆薬梱包に結び付けてるロープを握り、そろそろと穴の中に下した。受信用アンテナに繋いだケーブルが収まっているビニールホースがぴょこんと突き出てゆらゆらしているのが、なんとなくネズミか何かの細い尻尾のようにも見える。
爆薬梱包が水の中に沈み、しっかりと底に着いたことを確認したベルが、送信機のテスト用スイッチを押して受信状態と作動状況の試験を行った。
「大丈夫ですねぇ~。では、埋めましょうぅ~」
ベルに言われ、シオとスカーレットは積み上げて置いた砂を穴に放り込み始めた。三分の二ほど埋め戻したところで、シオとベルは穴の中に入って砂を踏み固めた。爆発の効果を高めるためである。残りの砂を入れ、さらに踏み固める。
一同は島内一周道路の反対側に移動した。先ほどと同じようにベルが掘る場所を指定し、シオとスカーレットが掘り始める。ベルは戻って、先ほどの梱包爆薬のバーアンテナを砂地に寝かせるように設置し、その上に薄く砂を被せてカモフラージュした。もう一度送信機のテスト用スイッチを使い、爆薬が正常に起爆できることを確かめる。
二発目の梱包爆薬の設置が終わると、三体は作業の痕跡を消しにかかった。足跡を含む砂地の乱れを直し、装備品を落としていないことを確認してから、撤収する。
二キロメートル半を足早に移動し、三体はコロラドに乗り込んだ。スカーレットがエンジンを掛け、無灯火のまま訓練基地から遠ざかる方向へ車を走らせる。トラブルもなく、一行はベリンダタウンの港の倉庫に戻った。
「上手く行ったわ。次の準備に掛かります」
コロラドのエンジンを切ったスカーレットが、待っていたスカディにそう報告する。
シオとベルは、残る二発の梱包爆薬を荷台に積み込んだ。ベルが装備をチェックし、すべて揃っていることを確認する。
再び走り出したコロラドは、ベリンダタウンを抜けると今度は国軍訓練基地の東側へと向かった。例によってスカーレットがライトを消灯し、基地まで二キロメートルほどの位置に生えていたヤシの木の下にコロラドを止めた。
先ほどと同じく、スカーレットとベルが梱包爆薬を持ち、シプカを構えたシオが先導する。現場に到着すると、一同はさっそく作業に掛かった。三回目となるとさすがに慣れたもので、速やかに作業が進んでゆく。運よく邪魔も入ることなく、四発目も指定の位置に据え付けが終わった。起爆装置の試験も、一度もトラブルに見舞われることなく終了する。
一同は撤収を開始した。だが、あと少しでコロラドまでたどり着けるというところで、シオは異変に気付いて路面に伏せた。
『隠れるのであります!』
低出力の無線で告げながら、シオはシプカのセイフティを外して銃口を前方に向けた。
ベルとスカーレットが、慌てて路面に伏せる。ベルがSP1自動拳銃を抜き、スカーレットも腕のアンチマテリアルライフルを射撃状態にセットした。
『どうしたのですかぁ~?』
ベルが、例によってのんびりとした口調で訊いてくる。
『車が襲撃されてのです! フロントガラスが銃撃で割れているのであります!』
シオは無線で喚くように言った。
『確かに割れてるね。でも、誰も居ないようだけど』
スカーレットが、辺りを見回しながら言う。作戦の前に使用周波数を合わせてあるから、もちろん彼女との交信も可能だ。
シオは周囲をパッシブIRモードで調べてみたが、確かに人体やロボットが発するであろう赤外放射は観測できなかった。……一発だけフロントガラスに撃ち込んで、逃げたのだろうか。
『シオ、ベル。援護するから見て来てちょうだい』
スカーレットが、言う。彼女が内蔵装備するアンチマテリアルライフルは接近戦には不向きだが、射程は長い。つまりは、これはしごく合理的な提案である。シオは立ち上がると、シプカを構えて歩き出した。ベルも立ち上がり、SP1を構えてシオと相互支援できる距離を置いてついてゆく。
『銃撃された跡とは、ちょっと違うような気がしますねぇ~』
警戒しつつ接近しながら、ベルが言った。
『確かにそうであります! むしろ、ハンマーか何かで叩かれた跡のようにも見えるのであります!』
シオはそう返答した。
『おや』
シオは、停車しているコロラドのそばの地面に転がっている物体に気付いて脚を止めた。
『どうしましたかぁ~?』
ベルも、脚を止める。
シオは視線をやや上方に転じた。次いで地面に目を移し、転がっている物体を光学ズームで観察する。
「犯人が判ったのであります!」
シオは音声でそう告げると、駆け出した。ベルが、慌てて後を追う。
地面に転がっている物体は、ヤシの実であった。……熟れて木から落ち、真下に停めてあったコロラドのフロントガラスを割って、地面に転がったのだ。
「犯人確保、なのであります!」
シオはヤシの実を拾い上げた。落下したてで水分をたっぷりと含んでおり、ずっりしと重い。……四キログラムはあるだろうか。
「停めた処が悪かったね」
ベルから無線連絡を受けてやって来たスカーレットが、苦笑しつつ頭を掻いた。
「これ、レンタルなんだよね。保険に入ってると、いいんだけど」
Xデイマイナス1のお昼ごろ。マルティナ島のとある民家の一室で、極秘会議が行われた。
出席者は人間十名とロボット三体。『コサック』の指揮を執るオロスコ警部、マルティナ島分署長メルカド警部補、各地の島から『応援』名目で極秘に集められた警察官八名。それに、ブルックリン、亞唯、雛菊である。オロスコ警部がフリダ島から連れてきた二名の部下は、官給品のルガー・サービスシックスをポケットに忍ばせて、別の場所で警戒中だ。
オロスコ警部から、この島に呼んだのは麻薬密造所への極秘急襲作戦ではなく、アンガス・ナバーロ元副大統領の救出だ、と聞かされた八名が、一様に目を白黒させる。
「サカモト大統領の暴走をこれ以上許せば、警察は解体されかねない。それどころか、国が持たん。法と秩序を守らねばならん警察が、武装蜂起するというのは本末転倒だが、背に腹は替えられん。最小限の犠牲でナバーロ氏を救出するのが、我々の任務だ」
オロスコ警部が、八名の警察官を説得する。もとより、アラニス警察長官への忠誠心の高さを考慮して選ばれた連中である。すぐに、作戦への参加を快諾する。
「さて。警部補の部下はどうですかな」
とりあえず最初のハードルを難なく超えたオロスコ警部が、視線をメルカド警部補に向ける。
「事情を承知しているのは、副署長のタムード巡査部長だけです。他の部下には、機密保持のために作戦直前に打ち明けるつもりです。部下は充分に掌握しているつもりです。全員が、作戦に参加してくれるでしょう」
自信ありげに、メルカド警部補が言い切った。
「結構。では、お勉強の時間だ。ブルックリン、頼む」
オロスコ警部が、ブルックリンに場を譲る。SR88突撃銃を手にしたブルックリンが、使用方法の解説を始めた。……亞唯や雛菊も使い方の説明くらいはできるが、人間と体格が違い過ぎるので、ブルックリンが実演を交えて行った方がはるかに判りやすい。
SR88の解説を終えたブルックリンが、ウルティマックス100の解説に移った。全員、警察官なので銃器には馴染みがあるし、以前にビデオも見ている。皆呑み込みは早かった。
「では、具体的な作戦の説明に入ろう。警部補」
オロスコ警部が、メルカド警部補を促す。メルカドが、手書きの図面をテーブルの上に広げた。国軍駐屯地の見取り図だ。
「ポイントはこの三点です。メインの兵舎、士官用宿舎、管理棟とそのそばの小屋。この小屋に、ナバーロ元副大統領が収監されています。この三か所を制圧する必要があるでしょう」
メルカド警部補が、三つのポイントをボールペンの先で指しながら言う。
「こちらも部隊を三分する必要があるわけですね」
ブルックリンが、言った。
「兵舎にいるのは素人同然の兵士です。ただし、数が多い。こちらもある程度の数を投入しないと、まずいでしょう。ここは、タムード巡査部長が分署の連中を引き連れて早期制圧します。士官宿舎には、韓国人士官がいますから、そちらの方が厄介です。わたしが、彼らを率いて制圧に向かいます」
メルカドが、熱心に話を聞いている応援の八人を指し示した。
「警部殿とその部下、ロボットのお三方は、真っ直ぐに元副大統領の救出に向かってください。とにかくナバーロ氏の安全確保が第一です。この中で、もっとも優秀な戦闘能力を持っているのが、お三方でしょう。そして、ナバーロ氏に速やかに信用していただくには、知己である警部殿が必要です。このような作戦で、いかがでしょうか」
説明を終えたメルカド警部補が、オロスコ警部とブルックリンを交互に見る。
「……妥当な作戦計画だと思いますが」
オロスコ警部が、ブルックリンに振る。
「良い計画だと思います。亞唯、雛菊。どう思う?」
ブルックリンが、AI‐10二体に意見を求める。……実戦経験は、亞唯と雛菊の方が上だ。
「いいんじゃないか」
亞唯が、慎重な物言いながら同意する。
「ええと思うで」
雛菊が、そう言う。
一同は、作戦の細部を詰め始めた。三丁あるウルティマックス100は、二丁がタムード巡査部長が率いる部隊……兵舎制圧チームに、一丁がメルカド警部補が率いる部隊……士官宿舎制圧チームに配属されることになる。
それが終わると、オロスコ警部が警戒中の二人の部下を呼び戻した。代わりに、応援の八人の中から四人が指名され、警戒任務に付く。ブルックリン、亞唯、雛菊の三体と、オロスコ警部およびその部下二名は、ナバーロ元副大統領をいかにして安全に早期確保するか、その手立てについて話し合いを始めた。
第十五話をお届けします。




