第十二話
「じゃあ、ブリーフィングを続けるよ! 三番目に重要なのが、ここマルティナ島だ」
ジョーが、マルーア共和国全図……ほとんど青一色の中に、針で突いたような小さな島々が散らばっているだけの、なんともさびしい地図である……の一点を指差す。
主島フリダ島から、南西に二百キロメートルほど離れた位置だ。
「ここの国軍基地に、アンガス・ナバーロ元副大統領が囚われているんだ! これをクーデター開始と同時に強襲し、救出するよ! そして、速やかにフリダ島まで護送して、新政府樹立宣言をさせなきゃならない!」
「基地強襲! これは、燃えるのであります!」
シオは興奮して拳を突き上げた。筋肉過多のハリウッドスターが完全武装して悪役のアジトを急襲するような映画は、大好きである。
「基地を襲って虜囚奪還か。敵の戦力は?」
亞唯が訊いた。
「大したことはないよ! 一個小隊が掘っ立て小屋に駐屯しているだけだから。ただし、パク大佐の信頼篤い部下が国軍本部から監督に派遣されているから、ちょっと注意が必要だね! 下手をすると、緊急時には殺害してしまえ、なんて指示が出てるかも知れない!」
「マルーア警察だけで大丈夫やろか」
雛菊が、心配する。
「警察だから、人質救出作戦は得意なのでは?」
シオはそう言った。
「この島国で人質事件など、めったに起こらないのではないのでしょうかぁ~」
ベルが、おだやかに反論する。
「とにかく、主要作戦は三つだね。官庁街占拠とサカモト大統領拘束、できればアンディ・パク大佐も捕まえて国軍の機能を麻痺させたい! 次に国軍主力の足止め! そして、ナバーロ元副大統領の救出!」
ジョーが、指を折りつつ説明する。
「わたくしたちとマルーア警察だけでは、いささか心許ないですわね。ブルックリンたちも手伝ってくださいますの?」
スカディが、訊いた。
「もちろんだよ!」
ジョーが、請け合う。
「なら、心強いな」
亞唯が、嬉しそうに言った。ロンドン・サッカー・ワールドカップに関する陰謀の件で、ブルックリン、スカーレット、クリスタルの三体の強さと優秀さは、みな目の当りにしている。
「でも、それだけじゃ心配なので、合衆国空軍も支援してくれるよ!」
ジョーが、少しばかり自慢げな口調になる。
「空軍の支援? B2爆撃機でも飛ばしてくれるのでありますか?」
シオはとりあえずボケた。
「それは期待し過ぎだろ。ストライクイーグルがJDAM落としてくれるくらいじゃないのか?」
亞唯が、言う。
「AC‐130がええで。二十五ミリをばりばり撃ちまくってもらうんや。燃えるで」
雛菊が、笑いながら言う。
「わたくし、A‐10に来てもらいたいのですぅ~。三十ミリの方が迫力あるのですぅ~」
ベルも、楽し気に言う。
「みなさん、夢を見過ぎですわ。EC‐130Hあたりが飛んできて、ジャミングを掛けてくれるくらいが関の山でしょう」
スカディが、たしなめるように言う。
「みんな、外れだよ! 今、空軍の分遣隊がマーシャル諸島共和国のとある無人島に展開して、MQ‐9リーパーの運用準備をしているんだ!」
「なんや。無人機かいな」
ジョーの言葉に、雛菊が落胆した声をあげる。
「無人機だからって馬鹿にしちゃいけないよ! MQ‐9の最高速度は二百六十ノット、航続距離は三千二百海里、最高高度は五万フィートもあるんだ! 作戦当日はこれを三機、作戦地域上空に飛ばしてもらうよ! ブルックリンたちは、MQ‐9とデータリンクできるように調整してあるから、光学観測データを受信して作戦に利用できるんだ。凄いだろ!」
「バトルロイヤルゲームでチートツール使うようなものね」
スカディが、そう評する。
「それだけじゃないよ!」
ジョーが無線で呼んだのか、スカーレットがやって来て、太くて長い金属の円筒をジョーに手渡した。
「なんですか、それはー?」
シオは首を傾げた。ピストルグリップと、やけに大仰な光学照準装置がついているので、ロケットランチャーに見えるが、シオのメモリーの中には記録されていない型式である。
「なんか、パチモン臭いな」
亞唯も、そんなことを言う。
「はは。バレたかい。スカーレット、砲弾をみんなに見せておやりよ」
ジョーに言われ、スカーレットが口径七十ミリほどに思える砲弾のようなものを、スカディに手渡した。
「軽いですわね」
スカディが砲弾の重量をしばし手で確かめてから、隣のベルに渡す。
「空砲だよ。こいつを込めて発射しても、音と煙と火花しか出ない。このランチャーの主役は、こいつでね」
ジョーが、簡便なランチャーには不釣り合いな光学照準装置を示す。
「この中に、AN/PEQ‐1Aレーザー目標指示装置が仕込んであるんだ。各MQ‐9は四発ずつGBU‐12五百ポンド/レーザー誘導爆弾を搭載しているから、これで精密誘導できるよ! このランチャーから撃ったと見せかけて、ハード・ターゲットを木っ端微塵に吹っ飛ばせるという寸法さ。まあ、使わずに済めばそれに越したことはないけどね!」
「国軍の下っ端兵士はマルーアの元失業青年たちが大半だからな。なるべく、死傷者は出したくない」
アルが、そう口を挟む。
「難しいですわね。素人ほど、銃を手にすると気が大きくなって無茶な行動を取るものですから」
スカディが、言う。
「じゃあ次に、クーデターに使用する兵器の搬入方法を披露するよ! これには、合衆国海軍が全面協力してくれたよ! オハイオ級原子力潜水艦が運んでくるんだ!」
自慢げに、ジョーが述べた。
「オハイオ級といったら、SSBN(弾道ミサイル潜水艦)じゃないか」
亞唯が、驚きの表情で言う。シオも驚いた。オハイオ級は現役ばりばりの、合衆国海軍核戦力の主役である。トライデントSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を二十四基搭載し、総弾頭数は百二十発程度。最新のW88弾頭なら核出力は四百七十五キロトンだから、合計五十七メガトンとなる。
「さすが合衆国海軍! こんな小国相手に、核弾頭を持ち出すとは、太っ腹にもほどがあるのであります!」
「いやいや。来てくれるのは、戦略核任務を解かれて巡航ミサイル搭載型に改装された初期建造艦だよ! まあ、積んでるのはトマホークだから核攻撃も可能だけど、基本的に非核対地攻撃が主任務だね。このタイプは、特殊部隊用のロックアウト・チェンバーを備えているし、後部甲板上にドライデッキ・シェルターや小型潜水艇を搭載することもできるんだ。今回は、ここに防水コンテナを載せて運んでくるよ! 中身は、もちろんマルーア警察に供与する兵器だよ」
「具体的に、どんな兵器が積まれているのですかぁ~」
ベルが、期待を込めた視線をジョーに向ける。
「突撃銃二百五十丁、SAW(分隊自動火器)五十丁、弾薬十五万発。自動拳銃百丁と、その弾薬一万発。ボクたちが使うための軽量サブマシンガンが十丁と、弾薬若干。三十八口径のリボルバー用弾薬が五千発。スカーレットとクリスタル用の五十口径と40ミリ擲弾が若干。それに、RDXが五十キログラム。暗視装置若干。無線機若干。そんなところだね」
「RDXですかぁ~。五十キログラムもいただけるのですねぇ~」
すっかり爆薬を独り占めする気満々で、ベルが喜びの表情を浮かべる。
「マルーア警察八百人に配るには、少なすぎないか?」
亞唯が、言った。
「全員がクーデターに参加するわけじゃないからね! 小さな島の警察は動かないし、国軍側に悟られないためにも、実際に動員されるのは半分以下の三百人程度と見積もっているよ。だから、充分なはずだよ!」
ジョーが、自信たっぷりに返答する。
「重火器はないのでありますか?」
シオは訊いた。国軍は迫撃砲を持っているし、軽火器に関してもそれなりに訓練を積んでいるはずだ。突撃銃とSAWだけでは、撃ち負けてしまうのではないだろうか。
「危なくて使わせられないよ! 国軍に知られないように訓練するのは不可能だし、その時間もない。迫撃砲なんか持たせたら、市街地に撃ち込んじゃうね、きっと。火力支援が欲しい場合は、MQ‐9に五百ポンドを落としてもらうよ!」
「手榴弾もありませんの?」
スカディが、訊く。
「素人には扱いにくいからね! 威嚇にも使い辛いし。こちらの思惑としては、大人数で押しかけて突撃銃とSAWでばりばり撃ちまくって、国軍の兵士をびびらせて降伏してもらおう、というつもりなんだ。人口の少ない国だし、流血沙汰はなるべく避けたいのさ。……じゃあ、防水コンテナの話に戻るよ。オハイオ級はフリダ島近海までコンテナを運んでくる。この船が沖合でそれを受け取って、海岸付近まで曳航するよ!」
「曳航するんか? スクリューに、ケーブルが絡みそうやな」
雛菊が、心配そうに言う。
「そこは大丈夫だよ! 実はこの船はCIAに所属する特殊な船でね! 今は通常航行用のスクリューで動いてるけど、高速航行用のポンプジェット(ウォータージェット)が二基ついているんだ! 最高速度は、四十ノット以上出せるよ! だからケーブル絡みは心配ないよ!」
「おおっ! CIAの船だったのですね! 他にも特殊装備とかありそうなのです!」
シオはひとり盛り上がった。
「話をもどすよ。浅い水域までコンテナを曳航したら、海岸にケーブルを持って行って車両で引っ張り、さらに浅いところまで運ぶよ! そこでコンテナを開けて中身を車両に移し替えて隠匿する。コンテナは、再びこの船で曳航して、海底投棄。そんなところだね」
ジョーが、話を締めくくる。
「作戦の詳細は、今メガンがアラニス長官と詰めているところだ。秘匿のために、長官が最も信頼する部下以外には、直前まで作戦内容を明かせないところが痛いが、何とかなるだろう」
アルが、言う。
「まあ、国軍も素人に毛が生えたような連中が大半だからね。厄介なのは、韓国人とフィリピン人だよ!」
「アンディ・パク大佐とホアキン・グティエレス中佐の部下たちですわね」
ジョーの言葉を受けて、スカディが言う。
「そう。彼らはプロだからね。幸い、どちらも金でサカモトに雇われているようなものだから、死に物狂いで戦うようなことはないと思うけどね」
ジョーが言って、肩を中途半端にすくめるようなしぐさをして見せた。
フリダ島のベリンダタウンに隣接するマリーナの桟橋に、CIA所属のモーターヨットが接岸する。
入国手続きも税関の検査も、極めて短時間のうちに終わった。アルが提示したパスポートはアメリカ合衆国のものであったし、入国審査官も税関職員も、アルがこれ見よがしにテーブルの上に置いていたケンタッキー・バーボンの瓶に気を取られており、調査はいいかげんなものであったのだ。帰って行った二人の手にはもちろん、アルが気前よく与えて紙袋に入れてやったバーボンの瓶があった。
アルはブルックリン、クリスタルの二体を連れ、メガンと連絡を取るために船を降りる。AI‐10たちは、スカーレットと共に留守番となった。……さすがに、AI‐10の集団がぞろぞろと降り立ったら、目立って仕方がない。
アルがメガンを伴って戻って来たのは、翌日であった。
「ごきげんよう、皆さん」
少し疲れたような表情だが、にこやかにメガンがAHOの子たちに挨拶する。
「あー、訊かれる前に説明するが、ブルックリンとクリスタルはマルティナ島へ偵察に行ったよ」
アルが、言う。
「計画の詳細が決まったわ。説明するから、キャビンに集まって」
メガンが、指示を出す。
ジョーを含むAI‐10たちとスカーレットは、キャビンにぞろぞろと入った。アルは甲板に残り、寛いだふりをしながら周囲を見張る。
「まずはみんなが気になっているであろうロジャー・アラニス警察長官について」
メガンが、切り出した。
「わたしが見たところ、完全に信用していいと判断したわ。CIAのプロファイリングでも、信頼度はA判定。正直に、自らの野望も明かしたわ。ナバーロ政権になったら、警察長官の地位を腹心に譲って、自らは副大統領格の司法長官に就任し、ナバーロと二人三脚でマルーアを牛耳るつもりよ。あ、司法長官といっても、小国であるマルーアは閣僚の数が少ないから、実際の権力は普通の国家の大臣クラス三人分くらいあるけどね。それと外交面では、台湾との復交は無理だけど、親米路線を復活させてPRCとは距離を置くそうよ」
「メガンさんの正体を勘付かれたりはしなかったのでしょうかぁ~」
ベルが、心配げに訊く。
「アラニスは警察官としては有能よ。まず確実に、こちらの正体に気付いていると思うわ」
メガンが、笑みを浮かべて言う。
「でも、気付いていないふりをしてくれている。彼にとっても、千載一遇のチャンスでしょうからね。利害が一致しているから、細かいところは目をつぶって手を組んでいる、というところね」、
「それで、作戦の機密は守れそうですの?」
スカディが、訊いた。
「アラニス長官が作戦計画を伝えた部下は六名だけ。まず、大丈夫でしょう。さすがに開始直前には漏れるでしょうが、国軍の不意は衝けるはずよ」
「クーデターの成功に奇襲要素は不可欠だからな」
亞唯が、うなずきながら言う。
「じゃあ、具体的なタイムスケジュールを伝達するわ。決行は六日後の現地時間深夜二時。夜明けまでに決着をつける。Xデイマイナス4、つまり明後日に兵器受け取りと隠匿。マイナス3に兵器準備。マイナス2に最終調整。マイナス1にマルティナ島組が移動、国軍訓練基地への爆薬設置。という段取りになるわ」
指を折って日付のカウントダウンを強調しながら、メガンがそう伝える。
「ここでみんなの役割も決めておいた方がいいね! 別れて下見をする必要があるから! 作戦コード名は官庁街占拠の本隊がベンガル、マルティナ島部隊がコサック、国軍訓練基地封鎖部隊がフェネックだよ」
ジョーが、説明する。……いずれも狐の種名である。
「ボクはクリスタルと一緒にベンガルに所属し、全体の調整も担当するよ! ブルックリンが、コサック。スカーレットは、フェネックに所属。みんなは、フェネックに二体、コサックに二体、ベンガルに一体加わって欲しいね!」
「ではわたくしは、フェネックですねぇ~」
ベルが、すかさず言う。
「ではあたいは、フェネックでベルちゃんのお手伝いをするのであります!」
シオは挙手して名乗り出た。
「マルティナ島の急襲作戦は面白そうだな。雛菊、一緒にやらないか?」
亞唯がそう言って、雛菊を誘う。
「ええよ」
雛菊が、快諾する。
「では、わたくしがベンガルと。すんなり決まりましたわね」
そう言って、スカディがジョーを見る。
「じゃあ、ベルとシオはアルと一緒に下見に行っておくれよ! ボクとスカディは、メガンと一緒に下見。亞唯、雛菊はスカーレットと一緒に留守番だ。マルティナ島のデータは、ブルックリンとクリスタルが帰ってきたら貰っておくれ。じゃあ、いったん解散だ」
ジョーが、メガンの許可を受けてから、ブリーフィングを終わらせた。
第十二話をお届けします。




