第四話
「スペイン語のROMは装着できたかー? では、ブリーフィングを始めるぞー」
畑中二尉が、シオたちAI‐10四体を、順繰りに眺めつつ言った。
「詳しいことは別途支給するROMに入れておくけど、こっちはまだデータが揃ってないからねー。とりあえず今は、概要を説明しとくぞー」
「読者向けの設定説明ですわね」
スカディが、ぼそっと呟く。
「スカぴょん、メタ発言はまずいで」
雛菊が、すかさず突っ込みを入れた。
「まずサンタ・アナ共和国の位置だが、見ての通り中米だー」
ロボットたちのやり取りを無視し、畑中二尉が大画面テレビに映った中米の地図を指し示す。
「北西側がホンジュラス、南側がニカラグア、そして東側がカリブ海に挟まれた、大きめに切ったピザの一片みたいな国だー。人口約二百万。典型的な、バナナ共和国だー。例によって元スペイン植民地だが、一時期海岸沿いがイギリス領だったこともあり、現在でもイギリスとの結びつきが強い。その昔、このあたりを根拠地にして、イギリスの私掠船隊がイスパニア船を襲ってた、なんて面白そうな歴史もあるけど、ここでは割愛ー。公用語はスペイン語。住民の七割はメスティーソ。つまり、ラテン系と現住アジア系の混血だー。カリブ諸国家との歴史的、文化的関係も深く、アフリカ系の住民も結構多い。宗教はもちろんカトリック。経済はアメリカ依存、と。日本との関係は、昭和初期に移民団が入ったこともあり、結構深い。だから、小国でも正規の大使館が置かれ、全権大使が常駐していたわけだー。日本との外交関係も、良好。北に国境を接するホンジュラスとはきわめて友好的だが、南側のニカラグアとは国境紛争を抱えており、結構険悪だぞー」
畑中二尉の合図を受けて、三鬼士長がノートパソコンを操作する。テレビの画面が切り替わり、都市を上空から捉えた航空写真になった。大きな通りに面した一角が、赤く着色されている。
「じゃ、事件の概要を説明するぞー。現地時間二十一時過ぎ、サンタ・アナ市内、エルミタ通りにある日本大使館が推定十名前後の左翼ゲリラによって占拠され、約百二十名が人質となったー。ちなみに、日本との時差は十五時間遅れ。……当時、大使館では天皇誕生日を祝うパーティが行われており、サンタ・アナ政府要人、各国大使館関係者、地元財界人などが多数出席していた。サンタ・アナ政府と治安当局はただちに大使館を包囲、ゲリラグループと交渉を開始ー。ゲリラ側は例によって収監されている左翼系政治犯および同志の釈放、それに『貧農への施し』名目で身代金を要求。譲歩と称し自主的に八十七名の人質を朝までに段階的に解放した。以降、現在まで膠着状態が続いているぞー」
「地元の官憲は何をしていたのでしょうか? あっさりと占拠を許すなんて、不甲斐ないですわ」
スカディが、憤然として言う。
「まだ情報が錯綜しているが、ゲリラ側は事前に同志を大使館内部に潜入させていたようだー。その上で、ケータリング業者に化けて武器を持ち込んだ。さらに、近所のアルゼンチン大使館で爆弾騒ぎを起こし、そこからの避難者を装って日本大使館構内に人員を侵入させたものと推定されている。時間を掛けた周到な準備を行ったうえでの作戦だねー。占拠してから、小型トラック一台で追加の武器や物資の搬入も行っている。最初から、長期戦覚悟のプランらしい」
画面が再び地図となった。だが、今回はサンタ・アナ共和国全図だ。
「サンタ・アナ国内には複数の左翼ゲリラグループがいるが、今回犯行を行ったのは最大規模のグループ、『サンタ・アナ愛国行動自由独立人民解放革命連合戦線』と名乗る連中だー」
「長すぎるのですぅ~」
ベルが、突っ込む。
「合併と吸収を繰り返した銀行みたいやな」
雛菊が、そう評した。
「一応、『フレンテ』……戦線、って意味だねー……と自称してるけど、同じように呼ばれてる連中はラテンアメリカだけで二桁いるんだよねー。それはともかく、この『フレンテ』は構成員が約七百名。支援者が数千というところ。毛沢東主義を標榜する、結構アナクロな連中だー」
「今時毛沢東主義とは……カビでも生えているのではありませんか?」
スカディが、辛辣な口調で言う。
「いい感じに熟成しているかもしれませんねぇ~。ヨーグルトかチーズになっているかもしれませんですぅ~」
ベルが、笑う。
「毛沢東主義とは、なんでありますか?」
シオはそう訊ねた。メモリーの中に毛沢東という人物に関するデータは入っているし、左翼ゲリラが標榜する主義という名称からして社会主義思想の一種ということはわかるのだが、具体的内容までは記載されていない。
「恐ろしく簡略化して言うと、農民主体の社会主義革命思想が、毛沢東主義だー。マルクスやレーニンが想定した『社会主義思想によって解放すべき人民』は、資本家に搾取されている労働者、つまり工場労働者やサービス業従事者が主体で、農民はおまけだった。いわば、先進国型の発達した資本主義社会における人民革命しか想定していなかったんだなー。でも当時の中国は人口の大半が農民で、通常の社会主義思想をそのまま広めても成功するはずがなかった。そこで農村における農民の団結と武装闘争を取り入れたいわば修正マルクス・レーニン主義としての毛沢東主義が誕生したんだー。もちろん付け焼刃だからたちまちボロが出て、その後の中華人民共和国は大混乱期に入るわけだけどー。でもその農村、農民中心主義は他の発展途上国にも社会主義導入モデルとして適応できるから、中南米や南アジア、東南アジアの左翼勢力に利用されてきたんだー。このサンタ・アナの連中も、そのうちのひとつなんだなー」
「毛沢東は革命闘争としての暴力の行使を否定していませんですからね。これら左翼連中が、武装闘争に走るわけですわ」
スカディが、憤然として言う。
「政権は銃口から生まれる、だなー」
畑中二尉が、毛沢東の有名な言葉を引用する。
「じゃー、次。これが、この組織の最高幹部の一人、エミディオ・ナダルだー」
テレビに、若い男性の顔が映し出される。髪は黒く、ウェーブしており、男性としてはかなり長めだ。彫りの深い顔立ちで、肌はやや浅黒い。髭を生やしており、鼻の下から口元、さらにはもみ上げのあたりまで繋がっている。
「イケメンなのです!」
シオはそう言った。AI‐10の顔認識アルゴリズム用メモリーの中には、外国人のデータも入っている。この男性の顔は、ハリウッドスターやモデル、人気ミュージシャンなど数名の特徴と一致した。
「見た顔ですわね。わたくしのメモリーの中に、同じような顔がいくつもありますわ」
スカディが、言う。
「マスターが持っているTシャツの顔やな。チェ・ゲバラによく似てるで」
雛菊が、そう言う。畑中二尉がうなずいた。
「髭は、明らかに彼を意識しているなー。もともと似たタイプなのに、これでよく似た感じになってる」
「ゲバラさんって、どなたですかぁ~」
ベルが訊く。シオのメモリーの中にも、チェ・ゲバラに関する項目はなかった。
「エルネスト・ゲバラ。アルゼンチン生まれの政治家にして革命家だー。フィデル・カストロの盟友。詳しいことは、ROMに入れといてあげる。とにかく、解放された人質の証言から、今回の襲撃占拠作戦の陣頭指揮を取っているのは、このエミディオ・ナダルだと見られるー。ゲリラの数は把握できていないけど、女性数名を含む十名前後。装備は、ほぼ全員分のルーマニア製のAIM突撃銃。軍用ROMに入っていると思うけど、AKMのルーマニア改良版ね。ハンドガードにバーチカルグリップが付いているのがユニークー。他にドラグノフ狙撃銃も目撃されてるけど、AIM使ってるとこ見ると外見が似ているFPK狙撃銃かもー。それとAKタイプの二脚付き、箱弾倉の軽機関銃が一丁。これもルーマニア製なら、M64軽機関銃ね。拳銃は、ワルサーPPっぽい中型自動拳銃。よく出回っている模倣製品のひとつでしょうねー。手榴弾がロシアのRGD‐5。こっちもコピーだろうねー。確認はされてないけど、爆薬の類も持ってるでしょうねー」
「結構重装備ですわね」
スカディが、言う。
「最初に拳銃と手榴弾だけで各国大使、サンタ・アナ政府要人を含む主要人物を人質にして大使館を掌握、外周警備に圧力を掛けた上で追加の武器などをトラックで搬入ー。第一陣として日本大使館下級スタッフ、現地スタッフ、現地採用警備員、各国大使およびサンタ・アナ政府関係者の同伴夫人、本物のデリバリー・スタッフなどを解放。ここで、サクラ以外のロボットも放逐ー。同時に政治犯および同志の釈放と身代金を政府に要求ー。その後も日本大使館上級スタッフ、軍関係者、財界人などを順次解放しつつ、食料の供給、電気水道などの供給継続、携帯電話基地局の稼働維持などを要求ー。そんな流れねー」
「ま、ありがちな展開やな」
雛菊が、感想を述べる。
「今のところ、残された人質は三十四名ー。全権大使が日本、イギリス、スペイン、メキシコ、ブラジル、ドス・エルマナス、アルゼンチン、ペルー、ボリビア、グァテマラ、コスタリカ、エルサルバドル、パナマ、ジャマイカ、ハイチ、ドミニカ共和国の十六カ国十六名。サンタ・アナの元副大統領、現職の外務相、文化スポーツ相、それに次官クラスが四人、国会議員が五人。財界人が三人。プラス、アメリカ国籍の財界人が三人。合計、三十四名」
「サンタ・アナ側はどうやって解決するつもりなのでありますか?」
シオは当然の疑問を口にした。
「ゲリラとは取引しない、ってのが基本姿勢ねー。だから、いずれ強行突入するつもりでしょう。CIAの評価では、サンタ・アナの対テロ特殊部隊の能力は、中米にしてはレベルが高いそうよー。内務省の部隊はイギリス、陸軍の部隊はアメリカが仕込んでいるから。そのお膳立ての一環として、お前らが潜入偵察するわけだー」
「法的には問題ないのですか? 日本大使館で発生した事案とは言え、利害関係国家はサンタ・アナを始め十数カ国に上るでしょうし、自衛隊に徴用されたわたくしたちが活動するのは、国際法上も国内法でも色々と差し障りがありそうですけれど?」
スカディが、思慮深くそう質問する。
「君の言うとおりだ」
畑中二尉ではなく、長浜一佐が答えた。
「実はこの作戦、アメリカ側の仕切りなのだ。今回、自衛隊は表向きこの事案に関わらないことになっている。サクラの代わりに特殊作戦に慣れた他のAI‐10、つまり君たちを送り込む、というプランはわたしや畑中君を含む数名が同時に思いつき、詳細を詰めたうえで情報本部長を通じ防衛大臣に提出した。だが、そこで保留扱いとなった。すでに、総理が今回の事案解決はサンタ・アナ側に任せ、日本は直接手出しはしない、という方針をマスコミを通じ表明していたからな。しかしながら、その後似たようなプランがアメリカ側から提案されたのだ。総理はこれに同意され、我々が暫定的に外務省の指揮下に入る形で、アメリカ側に協力するように命じられた。極めて曖昧な形ではあるがね」
「何カ国もの利害がからむ極秘作戦とあれば仕方がないのでしょうが……なんだかすっきりとしませんわね」
スカディが、言う。
「たぶん、動いているのはCIAでしょうねー。アメリカ政府や軍は、表立って動いてないようだから」
畑中二尉が、口を挟んだ。
「でも、なんでアメリカ大使が人質になっていないのに、CIAが出張ってくるのでしょうかぁ~」
シオが、首を傾げる。
「まあ、他の中米諸国家と同様、サンタ・アナも安全保障を全面的にアメリカに依存していることは確かだ。その関係で、アメリカが出しゃばって来るのは理解できる。だが真の理由は人質となっている三人のアメリカ民間人にあるらしい……」
言葉を切った長浜一佐が、畑中二尉を見やる。
畑中二尉がうなずくと、ポケットからメモを取り出した。
「キャメロン&ソーンのハリー・コールズ氏。サウザン・フルーツのパット・マッコーラム氏。リントン・フーズのジェイラス・キンケイド氏。金融屋に果物屋にコーヒー屋ねー。全員、役員クラスの大物ー。実は、この三社とも、先の選挙でタッカー大統領陣営に多額の献金をしているのー。再選のためにも、この三人の人質を最優先で救出したいと思ってるんでしょうねー。他にも外国民間人の人質はいたけど、全員すでに解放されているの。おそらくゲリラ側としては、この三人がアメリカ大使の代わりで、アメリカの直接介入を防ぐための切り札なんでしょうねー」
「アメリカ大使が捕らわれていないし、国民の関心も低いから軍や特殊部隊を動かすわけにはいかない。でも、大統領としては早期解決を望んでいる。だから、裏でCIAを積極的に活用しているわけですわね。わたくしたちが関わるこの作戦も、その一環であると」
スカディが、そう推測する。長浜一佐が、同意のうなずきで返す。
「おそらくそうだな。こちらとしても、早期解決は歓迎だし、大井大使も無事に奪還したい。思惑が一致した以上、協力するのは当然だ」
「地獄の沙汰も金次第、人質事件も選挙資金次第、というわけですね!」
シオはテレビ番組で習い覚えたフレーズをちょっといじって発言した。
「シオちゃん上手いこと言うでー。まあ、支持率アップや醜聞隠蔽のために巡航ミサイルぶっ放す国やからなぁ。このくらいは、あたりまえかも知れんて」
雛菊が笑顔で言う。長浜一佐が、苦笑した。
第四話をお届けします。




