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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 12 中東産油国オタク皇太子警護せよ!
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第十七話

 ドラハ共和国の首都、バッティーハ市の本日の日の出は六時十二分である。

 その十二分前、すなわち午前六時きっかりに、『牡牛タウル』機械化歩兵旅団および『獅子アサド』機械化歩兵旅団はそれぞれの駐屯地を出ると行動を開始した。ドラハ共和国北西部に位置する『タウル』旅団はすでに警察により交通規制がなされている海岸道路に出て西進し、西部の砂漠地帯に基地がある『アサド』旅団は、岩石砂漠の中に拓かれた道……こちらも警察によって交通規制が行われていたが、この時間帯に走っている民間車両はほとんどいない……を北上する。『タウル』旅団駐屯地の方が国境に近い場所に位置していたうえに、良道である海岸道路を使うので、一時間もすれば国境までたどり着けるであろう。『アサド』旅団の国境到着は、その二時間半ほど後になる予定である。



「殿下。軍情報部からの報告です。……ドラハ陸軍部隊が移動を開始しました。わが国境へ向かっております」

 硬い表情で、ファハッド大佐が告げた。

「殿下!」

 アザム皇太子が仮眠を取っていた一室に、マフムード副首相が駆け込んでくる。

「ドラハ情報省が公式声明です! クーデター勢力を一掃するために、ドラハ陸軍がわが領土に進入するとのことです!」

「……やられた。ラシードがドラハと協力していると知った時点で、気付くべきだったな」

 アザムが、寝癖のついた髪を掻きむしって悔しがる。

「国営テレビその他のメディアを使って、国内外にドラハは宣伝を開始しています」

 後を追ってきた秘書官から受け取ったメモを見ながら、マフムード副首相が説明した。

「公式声明の一部をそのまま読み上げさせていただきます。『アル・ハリージュ王国王家代表代行ラシード・フセイン王子および陸軍総司令官代行サルミーン・ハムザ少将の依頼を受け、共和国政府は隣国アル・ハリージュ王国のシバーブ王家および正統政府に対し企てられたクーデターの鎮圧に協力するために、国防軍に対し出動命令を下した。派遣される部隊はアル・ハリージュ陸軍南部軍の指揮下に一時的に入ることになる。イスラムの同胞であり、兄弟国であるアル・ハリージュを救うことは、ムスリムとしての義務である』以上です」

「ついに隠す気も無くなったか、ラシードめ」

 アザムが、顔をゆがめる。

「いかがいたしましょう」

 マフムード副首相が、落ち着きなく視線を散らしながら訊く。

「大佐。わたしの名で南部軍に対し抗戦命令を出してくれ。いかなる理由があっても、ドラハ軍をわが領土へ入れてはならん。……まあ、無駄だとは思うが」

「承知いたしました」

 ファハッド大佐が、すぐに内線電話を取り上げる。

「副首相。すぐにアメリカ大使を呼んでくれ。ドラハに圧力を掛けられるのは、あの国しかない」

「はい、殿下」

 マフムード副首相が、秘書官を連れて慌ただしく出て行った。

「こうなったら仕方がないな。流血覚悟で空軍にも出動準備をさせよう」

 自分に言い聞かせるように、アザムは言った。

 空軍とは……と言うか、航空兵力という物はある意味使いにくい武力である。戦車や装甲車ならば、『敵対勢力』の前面に進出して威嚇を行ったり、隘路に配置して封鎖を行う、などという『消極的使用』が簡単に行えるが、常に搭載燃料を消費しつつ飛行しなければならない航空機はこのような『待ち』の用法は大の苦手である。なるべく最短経路で敵に接近し、なるべく短時間で搭載兵器を敵に叩き付け、さっさと基地に戻るというのが、航空兵力の本領なのである。

 空軍を出す以上、本格的交戦は避けられそうにない。アザムは悪名が歴史に残ることを覚悟して、外線に繋がる電話を取り上げた。



 長大な隊列を為して、『タウル』機械化歩兵旅団はアル・ハリージュ国境へと近付いた。先頭はイタリア製イヴェコLMV四輪軽装甲車に分乗した憲兵一個小隊。そのあとに警戒部隊として、イタリア製フィアット6614四輪装甲兵員輸送車と、その偵察車バージョンであるフィアット6616の混成からなる偵察中隊。さらにフィアット6614と非装甲のM998ハンヴィー、M923六輪トラックなどからなる機械化歩兵大隊、M911タンクトランスポーターによって運ばれるM‐60A3主力戦車の戦車大隊、M925六輪トラックに牽引されたM198/155ミリ榴弾砲の砲兵大隊、アヴェンジャー・システムを搭載したハンヴィーを主力とする防空中隊、様々な車両からなる工兵二個中隊、さらに後方支援中隊二個、通信中隊、衛生中隊、残余の憲兵中隊、旅団本部と本部付き中隊、もうひとつの機械化歩兵大隊、最後に偵察中隊二個と続く。

 国境には、アル・ハリージュ陸軍南部軍の偵察中隊が出迎えに来ていた。軽装備の国境警備隊と税関職員は南部軍の説得を受け入れ、わずかな武器を陸軍の兵士たちに引き渡している。

 先頭を走っていたLMV……商用ライトバンをごつい装甲車に進化させたような、よくあるタイプの四輪装甲車である……が停止し、憲兵小隊の指揮を執る少尉が降りてくる。待っていたアル・ハリージュ偵察中隊の大尉が、これを迎えた。握手が交わされ、偵察中隊員たちが国境のバリケードを急いで撤去する。

 ドラハ陸軍『タウル』旅団は、つつがなく国境を越え、六輪型ピラーニャ装甲車に先導されて片側四車線の海岸道路をフィッダ・アル・バハル目指して走り始めた。



 ドラハ陸軍防空連隊第1大隊が、海岸道路の国境付近に展開した。

 ドラハ陸軍のNASAMS大隊は、大隊本部の他に、FDCと呼ばれるコントロール車両、電子光学(EO)車両、MPQ‐64F1レーダー車両、トラックで運搬されるランチャー六基から構成されている。ランチャーはそれぞれ六発のミサイル……AIM‐120AMRAAMの地上発射タイプ……を内蔵している。この他に、バックアップ用としてFIM‐92スティンガーを装備する小隊が付随している。

 いまだドラハ国内にいる『アサド』旅団を支援する第2大隊も、一足早く国境付近に展開を開始していた。有効射程は約四十キロメートルなので、フィッダ・アル・バハルの上空まで完全にカバーするためには、機械化歩兵旅団がより前進した時点で、両大隊ともに国境を越えた適当な場所に再展開する必要があった。



 ドラハ空軍第2飛行隊に所属するF‐16C四機が、国境線ぎりぎりの地点で哨戒待機飛行を開始した。主翼下パイロンに370ガロン/ドロップタンク、翼端にAIM‐120各一発、主翼外側パイロンにAIM‐9P各一発というスタイルで、フライト・リーダー機のみ、胴体下センターパイロンにAN/ALQ‐131ECMポッドを吊っている。第2飛行隊が『タウル』、第6飛行隊が『アサド』旅団を援護するが、状況によっては共同で支援を行う手筈となっていた。



 駐アル・ハリージュ、アメリカ合衆国大使パウアー氏の反応は、芳しくなかった。

 ドラハ共和国は合衆国の重要な同盟国のひとつである。そして、アル・ハリージュ王国も重要な友好国のひとつである。合衆国という国は……いや、たいていの大国はそうだが……友好関係にある国家同士の紛争には、首を突っ込みたがらない傾向にある。日韓の懸案に対し合衆国が見せる態度を思い出していただければ、うなずけるであろう。

 まして、今回のドラハ陸軍による越境は、それを案内しているのがアル・ハリージュ陸軍であることからして、断じて侵略行為ではない。合衆国としては、貴国との防衛条約内において、何らかの行動に出る必要性も必然性も見い出すことはできない、というのが、パウアー氏の見解であった。

「まあ、合衆国にしてみれば、国王が誰になろうともワシントンの意向に従ってくれるのであれば、どうでもいいと言うことだろうな」

 合衆国大使との会見を終えたアザムが、疲れた口調でもらす。

「殿下。困ったことになりました」

 ファハッド大佐が、空軍の中佐を従えて入室する。

「どうした?」

「空軍が、出動を拒否しております」

「なんだと?」

 アザムが、ファハッド大佐の背後で身を縮めるようにして立っている空軍の王宮付き連絡士官を睨む。

「殿下。わたくしを含め、すべての空軍軍人、兵士は祖国とシバーブ家に忠誠を誓っております。ですが、空軍総司令官ハリド少将の厳命で、今回のクーデターに空軍が関与していないことを証明するためにも、一切の行動を禁じられておるのであります」

 空軍中佐が、気後れした様子でくどくどと説明する。

「ハリド少将が? ……彼とラシードに、確たる繋がりはないと思うが……」

 アザムが、思案顔になる。

「何らかの協定を結んでいるのかもしれませんな」

 ファハッドが、言う。

「中佐。至急ハリド少将に伝えよ。わたしは空軍が潔白であることを確信している。現在、ドラハ軍がわが領土に侵入中である。これを退けるためには、空軍の力が必要である。すみやかに出動準備を整えよ。以上だ」

 アザムが、早口で命ずる。空軍中佐が、敬礼してから逃げるように出て行った。

「空軍が使えないとすると、厄介なことになりますな」

 ファハッド大佐が、言った。

「いざとなったら、わたし自らノーラス基地に出向いてせっついてやる。その時は、部下を貸してくれるかね?」

 アザムが、訊く。ファハッド大佐が、にやりと笑った。

「選りすぐりの部下を付けましょう」

「殿下、よろしいですか?」

 戸口から、英語で声が掛かった。デニス・シップマンが、銀色にも見える豊かな白髪頭を覗かせる。

「ミスター・シップマン。どうぞ入ってくれ」

 アザムが、招き入れる。

「失礼いたします、殿下。どうも、厄介な状況になっているようですな」

 ファハッド大佐に軽く目礼しながら、デニスが切り出す。

「そうだ。合衆国がドラハに圧力を掛けることを拒否してね」

 アザムが、ため息交じりに言う。

「わが国は貴国の状況を案じておりますが、残念ながらドラハに対する外交的影響力は合衆国にははるかに及びませんし、湾岸に有力な軍事力も持っておりません。ですが、微力ですがお力になれるアイデアをお持ちしました」

 デニスが、笑顔で言う。

「ほう。どのようなアイデアですかな?」

 アザムに促され、デニスが手短に自分の策をアザムとファハッド大佐に披露する。

「……相当無茶な作戦ですな」

 聞き終えたファハッド大佐が、訛りのある英語で感想を述べる。

「悪くないアイデアだ。やってくれるかね?」

 アザムが、デニスを見つめる。

「もちろんです。いくつかお願いがありますが……」

「何でも聞こう」

「このアイデア、直属の上司の許可は得ましたが、SIS長官までは達していません。下から順番に許可を得ていたら、ドラハ軍のフィッダ・アル・バハル到達に間に合わないでしょう。そこで、殿下が直接わが首相に電話していただき、この作戦を売り込んで欲しいのです。首相がやる気になれば、外務省も国防省もSIS長官も従わざるを得ませんからね」

 にやにやしながら、デニスが言う。

「よろしい。早速電話するとしよう」

「あと、軍の備品をいくつかお借りしたい。ランドローバー一台と、武器少々です」

「もちろんだ。ファハッド大佐、任せるぞ」

「はっ」

 アザムに言われ、ファハッド大佐が敬礼する。

「最後に、例のAI‐10たちをお借りします。少しばかり、人手が必要ですが、さすがにアル・ハリージュ人を使うわけにはいきませんので」

「お安い御用だ。彼女たちも暇しているようだからな」

「では、さっそく準備にかかります」

「待った」

 退室しようとしたデニスを、アザムが呼び止めた。壁際の机に歩み寄り、引き出しから王家の紋章入りの用箋を取り出し、流麗な筆致のアラビア文字で何か書き記す。

「これを持っていくといい」

 最後に自分の名を肩書き入りで書き加えたアザムが、用箋をデニスに手渡した。

「軍でも民間でも、これを見せれば全面的な協力を得られるはずだ。役に立つだろう」

「お心遣い、感謝いたします」

 デニスが丁寧に用箋を折り畳み、ポケットに収めた。



「武器を持って緊急集合とは、何でありますか?」

 王宮の外来者用駐車場に仲間たちと共に急遽呼び出されたシオは、デニスに向かってそう訊いた。

「時間がない。移動しながら話そう。まずはこの棒を積み込んでくれ」

 デニスが、路上に転がっている何本もの長い棒と、駐車してあるアル・ハリージュ国章付きのランドローバーを指し示す。AI‐10たちは素直に車内に棒……金属、プラスチック、木など材質は様々だが、どれも二メートル以上ある……をランドローバーに積み込んだ。車内には、工具入れと水が入ったペットボトルが数本、アル・ハリージュ陸軍制式のSG540突撃銃二丁と弾薬、それにAT‐4対戦車無反動砲がすでに積み込まれていた。

 低速で走って来たレンジローバーが、ランドローバーの隣に停車する。降りてきたのは、菱形の星三つを付けた迷彩戦闘服姿のイギリス陸軍大尉だった。

「お待たせしました、ミスター・シップマン」

 大尉が、イギリス陸軍式の掌を相手に見せるタイプの敬礼をする。

「例の物は持って来てくれたかね?」

「それはもう。大使館中からかき集めてきましたよ」

 レンジローバーのリアハッチとリアゲートを開けた大尉が、積み込まれている大小三つの段ボール箱を見せる。

「よろしい。とりあえず紹介しておこう。彼は在アル・ハリージュ英国大使館付き武官、グリント大尉だ。では、早速出発しよう。諸君らも二手に分かれて乗ってくれ」

 デニスが指示する。

 AI‐10たちはスカディ、シオ、ベル組と、亞唯、雛菊組に別れると、それぞれの武器を抱えたまま二台の車に乗り込んだ。



「今までの処は、順調だな」

 作戦図を見下ろしながら、サルミーン少将が言った。

 時刻は午前八時を過ぎた。夜明け前から北上を開始した南部軍各部隊は、トラブルに遭遇することなく前進を継続しており、一部は早くもフィッダ・アル・バハル市郊外に到達している。ドラハ軍の動きも順調で、『タウル』旅団は海岸道路を驀進中、『アサド』旅団もあと三十分ほどで国境を越え、アル・ハリージュ国内に入るはずだ。

「『アサド』旅団がフィッダ・アル・バハルに到達するのが、昼前になるだろう。首都周辺の兵力差が最も開くのがその時点だ。アザムに引導を渡すのは、その時だな」

 作戦図を検討しながら、ラシード王子は言った。

 圧倒的戦力差を見せつけて、アザム皇太子を屈服させ、セイフ王子の即位を認めさせるのだ。セイフの正当性が確立されれば、あとは何とでもなる。

 すでに、ラシードとサルミーン少将を運ぶヘリコプターの準備は整っていた。事前に買収したテレビ局のカメラクルーの準備も整っている。フィッダ・アル・バハル近郊へ飛び、そこに待機していたオープントップのランドローバーに乗り込んで、『救国の英雄』として南部軍部隊と共に凱旋入城を果たすのだ。もちろん、全土へ映像を生中継しながら。ラシードとサルミーンが、国王にセイフを推すと言えば、国民も反対はしないであろう。


 第十七話をお届けします。

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