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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 02 日本大使奪還せよ!
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第三話

 シオを迎えに来たアサカ電子の黒塗り社有車は、東京都日野市にあるアサカ電子西東京研究所の門をくぐった。

「ロボット事業本部研究センターは、神奈川県にあるのではないのですか?」

 シオは、首を傾げつつ運転する青年に訊ねた。

「今日の目的地はここですよ。さあ、降りてください」

 青年に促され、シオは車を降りた。案内されるままに、一棟の建物に入る。エレベーターで三階まで上がり、ありふれた扉の前に立つ。

「さあ、どうぞ」

 青年が、扉を開けた。シオは、とことこと入室した。さして広くない、応接室じみた部屋だった。ソファがいくつかと、低いテーブル。壁際のローボードの上には、空の花瓶が置いてある。その上に掛けられた、安っぽい油彩の風景画。隅には、ちょっと古い型の大画面テレビがあった。こちらはもちろん、アサカ電子の製品である。

「お久しぶりなのですぅ~」

 そのテレビの前には、懐かしい顔、もとい、姿があった。ベルだ。

「おや、ベルちゃん! こんなところで会えるとは奇遇なのです!」

「何が奇遇よ。また会えたわね、シオ」

 置かれていたソファに、ちんまりと座っていたスカディが、声を掛けてくる。いつものピンクのドレスに、ピンクのリボン姿だ。

「うちも居るでぇ」

 そのソファの影から、雛菊が飛び出してきた。こちらもいつもの浴衣姿だ。シオに抱きつき、背中をばんばんと叩いてくる。

「シオちゃん、会いたかったでぇ。懐いなぁ」

「他のみんなは、居ないのですか?」

 シオはきょろきょろと室内を見回した。分隊のほかの仲間たち……夏萌にシンクエンタ、亞唯、エリアーヌ、めー、ライチの姿がない。

「あとから来るのではないでしょうかぁ~」

 ベルが、そう推測する。

「それが、どうもおかしいのだわ」

 スカディが、困り顔で言う。

「わたくし、なぜか他の六体とはもう会えないような気がするのだわ」

「うちも、なんかそんな気がするんやで」

 雛菊が、同調した。

「特に、エリたんとライぴょんとはお別れしたような覚えがあるんや」

「わたくしもそうなのです~。亞唯ちゃんとはもう会えないような気がするのですぅ~」

 ベルも、同じようなことを言う。

「何を馬鹿なことを言っているのですか! 十体揃ってこその302分隊ではないですか!」

 そう元気よく言い返したシオだったが、メモリー内を検索して急に元気を失った。……なぜか他の六体……夏萌、シンクエンタ、亞唯、エリアーヌ、めー、ライチに関するデータ量が、極端に少ない……より正確に言えば、欠損していることに気付いたのだ。

 お互い首を傾げつつ、困り顔を見合わせていた四体だったが、一人の女性が入室してきたことに気付き、笑顔になった。

 分隊長の、石野二曹だ。

「これはこれは分隊長! お久しぶりなのです!」

「石野さんなのですぅ~。またお会いできて嬉しいのですぅ~」

「会えて嬉しいで、分隊長」

「久しぶりにお目にかかれたのは喜ばしいですが……どうして石野分隊長がここにいらっしゃるのですか? ここはアサカ電子の研究施設で、自衛隊施設ではないはずですが」

 ソファから立ち上がって石野二曹を迎えたスカディが、喜びの表情を浮かべたままそう質問する。

「色々と事情があってね。あなたたちにひと働きしてもらうことになったの。詳しいことは、偉い人から聞いてちょうだい」

「偉い人ですか?」

「そう。偉い人よ」

 ささやくようにそう言った石野二曹が、いったん閉めてあった扉を引き開けた。廊下に向け、声を掛ける。

「お入り下さい、一佐」

 呼びかけに応じて入ってきたのは、なかなかに渋い中年男だった。がっちりとした身体を、ダークスーツの中に押し込んでいる。ただし、頭髪は結構後退していた。

 四体のAI‐10はきちんと整列して、一佐を迎えた。軍用ROMは入っていないが、みな石野二曹が分隊長であったことは覚えているし、一佐が二曹よりもはるかに階級が高いことも知っている。

「おはよう、諸君。情報本部の長浜だ。しばらくのあいだ、諸君らはわたしの指揮下に入ってもらう」

「一佐殿! 質問があります!」

 シオは挙手した。

「どうぞ」

「一佐殿の指揮下に入るということは、あたいたちは再び自衛隊に徴用されたのでありますか?」

「公式に、そういうことになるな。詳しい事情は、諸君らにデータを戻してからにしよう。覚えていると思うが、諸君らはREAとの戦争……もとい、紛争の際に自衛隊に徴用された。実はその時に極めて機密性の高い作戦行動を行っているのだ。その内容を秘匿するために、諸君らのメモリーから一部のデータを消去させてもらった。それを、これから戻すことにする」

「データの消去……。ひょっとして、わたくしたちが他の302分隊メンバーのことをしっかりと覚えていないのは、そのせいなのでしょうか?」

 スカディが、推測を口にする。

「……そうだな。ひとつ注意しておく。戻されるデータには、かなりショッキングな内容も含まれている。覚悟しておいてくれ」


 石野二曹が配った軍用ROMとデータROMを、シオたちは側頭部にあるデータポートに差し込んだ。

「駄目だよー! これは駄目だよー! こんなのひどいよー!」

 いきなり雛菊が叫びつつ、床をのた打ち回り始める。

「シンクちゃんも夏萌ちゃんも戦死していたのです! 思い出したのです!」

 シオも頭を抱えてうずくまった。ヴォルホフ基地への突入と、仲間たちを次々と失ったことを思い出す。無反応で横たわる夏萌。激しく手を振って別れを告げたシンクエンタ。ひとりTELに残った亞唯。

「こ、こ、これは衝撃なのだわ。お、思い出したくなかったのだわ」

 スカディも、げんなりとした顔でソファにもたれかかっている。

「これはショックなのですぅ~。スカディちゃんが吃ってるうえに雛菊ちゃんが標準語になっているのですぅ~」

 ベルだけは、いつもの調子である。

「ベルちゃん、ショックではないのですか?」

 やや立ち直ったシオは、そう訊いた。

「もちろん衝撃的なのですぅ~。ですがわたくし、後天的学習によって口調で驚きを表現するという機能を失ってしまったのですぅ~」

「そろそろいいかな、諸君」

 四体の様子を見守っていた長浜一佐が、訊いた。

「だいたいよろしいですわ。さあ、みなさん。ちゃんと整列しなさい」

 落ち着きを取り戻したスカディが、他の三体をきちんと一列に立たせる。

「よろしい。では改めて、最初から行こう。諸君ら四体のAI‐10は、本日を以って公式に自衛隊に再徴用された。諸君らのマスターに、アサカ電子が一時的に借り受けたかのような虚偽の説明をした形になってしまったが、これは今回の徴用が機密作戦に属するものだからだ。そこは了承してもらいたい」

「そのような事情でしたら、仕方ありませんわ」

 スカディが、納得する。すでに軍用ROMの装着で『兵士モード』になっている他の三体も、あっさりとこれを承諾した。

「で、今度はどこのミサイル基地に侵入するのですか? 北朝鮮ですか? 中国ですか?」

 勢い込んで、シオは訊いた。

 長浜一佐が、笑う。

「いや、今度は侵入作戦ではないよ。むしろ、潜入作戦だな。詳しいことは、部下に説明させる。えー、その部下なんだが……」

 歯切れよく説明を続けていた長浜一佐の口調が、急にしぼんだ。

「どうかなさったのですかぁ~」

 心配そうに、ベルが訊く。

「いや、情報屋としては極めて優秀な部下なのだが、かなり変わり者の女性なのだ。一応、心に留めておいてくれ。では、移動しようか」

 長浜一佐が、シオたち四体を手招きつつ部屋を出る。連れて行かれた先は、同じ階にある小さな会議室であった。ありがちな安っぽい折り畳み脚の長テーブルと、パイプ椅子が数脚。壁際の大画面テレビと、それに繋がれた机上のノートパソコン。

 パイプ椅子に座って待っていた二人の女性が、ぱっと立ち上がると長浜一佐に対しお辞儀式の敬礼をした。

「座ってくれ、諸君」

 パイプ椅子のひとつに座りながら、長浜一佐がシオたちに着席を促した。四体が、それぞれ椅子に納まる。最後に入室した石野二曹が、そっと扉を閉めるとその前に立った。

 二人の女性が、大画面テレビの方に移動する。

「情報本部の畑中二尉と三鬼みき士長だ。ブリーフィングは、彼女らに任せる」

 長浜一佐が説明する。

 シオは二人の女性をじっくりと観察した。どちらも、陸上自衛隊の濃緑色の制服を身に付けている。年齢は、いずれも二十代だとシオは判断した。ただし、三鬼士長の方が若干ではあるが若々しく見える。

 顔立ちの分析では、三鬼士長の方に軍配が上がった。面長で黒縁の眼鏡を掛けた、おっとり系美人の三鬼士長は、癒し系女優や人気のあるシンガーソングライターに似ており、AI‐10の顔認識アルゴリズムでは美人と判定されたのだ。一方、小顔だが眼がやや釣り目で、きつい印象の畑中二尉は、『普通』の判定であった。

 だが。

(……すごいコンビなのですぅ~)

 シオに向け、ベルが赤外線通信で喋りかけてくる。

(凸凹コンビなのです!)

 シオはそう応じた。

 二人の女性の身長差は、三十センチ以上あった。畑中二尉は百五十センチほどなのに対し、三鬼士長の方は百八十センチを軽く越すほどの上背があったのだ。

「よーし、お前ら注目ー。あたしが情報本部分析部の畑中だー。で、こっちが、助手の三鬼ちゃん。三匹の鬼、で三鬼ね」

 テレビの前に立ってシオたちに正対した畑中二尉が、そう自分と部下を紹介する。小柄ながら声は無駄に大きく、やや尊大な響きがある。

「お前らの今回の任務は、中米になるぞー。具体的には、サンタ・アナ共和国だー」

 畑中二尉の説明と同時に、三鬼士長がその長身の背中を丸めてノートパソコンを操作した。大画面テレビに、地形図が映る。……サンタ・アナ共和国全図だ。

「ということは、例の人質事件絡みの任務なのですね?」

 スカディが、訊く。

「当たりー」

「人質救出作戦なのですね! 合点承知なのです!」

 シオは拳を宙に突き上げた。

「あー、早とちりするなー。お前らAI‐10に限らず、軍用ロボットの弱点のひとつが、敵味方識別能力の不足だー。ヴォルホフ基地襲撃は民間人の居ない軍用地で、友軍の存在もなく、自分たち以外はすべて敵、という状況だったから、安心して送り出せたけどなー。今回の事件では敵は制服も明白な徽章も着用していないゲリラ、人質は十カ国以上からの寄せ集め、場所は都市のど真ん中、さらにサンタ・アナ陸軍や治安部隊が入り乱れることになるからね。とてもじゃないけど、お前らには怖くて任せられないよ」

 笑みを湛えつつ、畑中二尉が言う。きつい印象の顔立ちだが、少なくとも笑顔には愛嬌があった。

「では、わたくしたちの任務はなんなのでしょうかぁ~」

 ベルが、首を傾げた。

「知っているかも知れないけど、外務省は在外公館に、積極的に日本製のロボットを導入しているんだ。技術力の誇示と輸出宣伝を兼ねてなー。在サンタ・アナ大使館にも、数体の家事ロボットや軽作業ロボットが使われていたけど、占拠したゲリラによって一体を除きすべて追い出されてしまった。で、唯一残されたのが、彼女だー」

 三鬼士長の操作で、大画面テレビに一体のロボットが映し出される。

 AI‐10だ。長めの黒髪と、大きなかわいらしい紺色のリボン。服は、メイド服を元にしたような紺と白のエプロンドレス風。

「名前は『サクラ』 ま、この外見だから、ゲリラ連中も無害だと判断したんだろうなー。人質の世話をさせるために、残したものだと思われる。下手に日本人スタッフや現地採用スタッフを残すより、この方が安全と言えるからなー。で、お前らの任務だが、この『サクラ』と入れ替わって、大使館内の情報を収集することだー」

「なるほど。外見が皆似ているAI‐10ならば、すり替わってもゲリラには気付かれない、という寸法ですわね」

 感心したように、スカディが言う。

「変装しての潜入作戦ですか! それは、燃えるのです!」

 シオは手足をばたばたさせて『感情の高まり』を表現した。その手の映画やテレビドラマは、数多く見てきている。

「外見が似ているのは、シオちゃんやな。黒髪やし」

 テレビ画面とシオを見比べながら、雛菊が言った。

「そうですわね。シオ、ちょっとポニーテールを解いてみてくれないかしら?」

 スカディが、そう指示する。

「はいなのです、リーダー」

 シオはパイプ椅子から立ち上がると、髪をまとめていたリボンを解いた。安物なので癖が付かない人造毛髪が、背中と肩に垂れる。

「毛先だけ揃えるだけで、そっくりやな」

 雛菊が、そう評する。

「では、大使館に潜入するのはシオで決まりね。わたくしたちの、出番はなしと」

「いやいや。諸君らも一緒に、サンタ・アナへと行ってもらうぞ」

 長浜一佐が、立ち上がりかけたスカディを身振りで押し止める。

「一体だけでは不安がある。交代要員およびバックアップとして、全員行ってもらうぞ。場合によっては、二体以上潜入してもらうかも知れない。それと、諸君らにはもうひとつ重要な任務がある」

「なんでしょうかぁ~」

 ベルが、無邪気な調子で訊ねる。長浜一佐が、苦笑した。

「実は、わたしも畑中二尉もスペイン語はまるっきり駄目なんだ。あとでROMを支給する。現地にいるあいだ、通訳を務めてくれ」


第三話をお届けします。

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