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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 12 中東産油国オタク皇太子警護せよ!
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第十一話

「今度はどこやろ」

 雛菊が、ぼやき気味に言う。その手の中には、細い金属棒が握られていた。例の『チバさん風船』である。

 秋葉原のメインストリートである中央通りの西側歩道を北へ向け歩むアザム皇太子の警護態勢は、厳重を極めていた。左右を秋川警部補と堀部巡査部長が固め、後ろにラティファ王女が付く。正面前にスカディ、右にベル、左にシオ。ラティファ王女の後ろに、お付きの男性と女性が間隔を開けて並び、殿には雛菊と亞唯が歩む。雛菊は黒猫スタイルで、亞唯も魔法使いスタイルで竹箒を担いでいる。いつもなら浮きまくっている二人の格好だが、ここ秋葉原ではまったく人目を引かない。

 この他に、総勢二十人の大鳳警備保障私服警備員が動員されていた。五人が前方、三人が後方に配置され、不審者に目を光らせている。残る十二人は、周囲の人ごみに溶け込んで警戒中だ。

「『まんがだけ』『ときのはな』『ろくぶんぎ』と回ったからな。次は『マロンブックス』あたりだろう」

 雛菊の問いかけに、亞唯が気の無い調子で答える。

 今のところアザム皇太子が買い漁っているのは、二次創作系の同人誌であった。正規のアニメブルーレイディスクやマンガ単行本ならば通販や個人輸入で手に入れることができるが、同人誌関連は外国では簡単には手に入らないらしい。

 雛菊が手にしているチバさん風船の腹部に付けられたカメラは、広角レンズを通して四周の状況を撮影し続けていた。その映像は、前方がスカディ、右側がベル、左側がシオ、後方が雛菊にそれぞれ無線で送信され、解析されている。

『スカぴょん、シオ吉、べるたそ。順調かや?』

 雛菊は、無線で呼び掛けた。

『こちらスカディ。受信状態良好。異常無し。順調ですわ』

『シオなのです! 問題ないのであります!』

『こちらベルですぅ~。きれいに映っていますぅ~。怪しい方は見当たりませんですぅ~』

 三者三様の応答が返ってくる。

 雛菊が受信している映像にも、怪しい人物……作者の私見では、秋葉原を歩んでいる人の過半数は『怪しい』人物なのだが……は一人も見えなかった。広角レンズが捉えた映像の中に、チバさん風船がふたつ見えている。西脇二佐の作戦は見事に当たり、今日の秋葉原ではチバさん風船を手にした人が大勢歩いていたので、雛菊が持つチバさん風船カメラはまったく目立たなかった。



 ラモンとその部下は、苦労しながらアザム皇太子一行らしき連中を追尾していた。

 人通りが多いという状況は、尾行が発覚しにくいという利点があると同時に、見通しが悪くなるという欠点も内包している。ラモンは大きな紙袋……ヒースが用意してくれた、秋葉原の家電量販店のロゴが入ったもの……を手に、街路を歩んでいた。紙袋の中には、三十発箱弾倉とサプレッサーを装着したJS 9mmが入っている。

 幸いなことに、秋葉原は外国人が多い街区であった。ラモンのようなヨーロッパ系、西アジアや南アジア系、アフリカ系、東南アジア系などの人々が、ごく普通に歩んでいる。ラモンには日本人と区別がつかないが、日本語ではない東洋の言語で会話したり、携帯電話に向かって喋っている人も多い。地味なジャケットとスラックス姿で、家電量販店の大きな紙袋を下げたラモンの姿は、街中に完全に溶け込んでいた。



「お、これは!」

 アザム皇太子が、中古パソコンソフト店の前で立ち止まり、店頭のワゴンの中から箱入りソフトを一本手に取る。

 表通りから一本中に入った裏通りである。飲食店、PCパーツショップ、PCやゲーム機、そのソフトなど様々な中古品のショップなどが立ち並び、雑居ビルの中には喫茶店(メイド喫茶含む)や各種のオタク向けグッズのショップなどが入居している、なかなかにディープな通りだ。

「エロゲかいな」

 パッケージを覗き込んだ雛菊が、言う。

「ギャルゲーだよ、雛菊君。わたしは、エロゲーはやらない」

 アザム皇太子が言いながら、箱を裏返して傷み具合を確かめる。

「隠れた名作、『青空とセカイの絆』だよ。これは持っていなくてねぇ」

「結構お高いですわね」

 張られているプライスを読み取ったスカディが、言う。

「発売当初は人気も出ず、あまり売れなかったが、後からシナリオライターが小説家になって成功し、このゲームが再評価された、という経緯の品だからね。すでにメーカーは倒産し、スタッフもあちこちに散っている。ある意味、レアものだ。どれ、他にも掘り出し物があるかもしれない」

 アザムが、ワゴンの中を掻きまわしはじめる。



 目標の足が止まった。

 ラモンは目標との距離を約四十メートルと見積もった。完全に射程距離内である。だが、目標とのあいだには何人もの通行人がいるので、射線が通らない。

 ラモンは周囲を素早く見回した。通りの反対側にある雑居ビルの外に設けられている非常階段が目に入る。

 ……この上なら、狙える。

 通りの反対側にあるので、身を乗り出すようにすれば隣の建物に邪魔されずに、目標まで射線が通るだろう。上方からなら、通行人に煩わされることもなく、目標を取り巻いている護衛も障害にならずに、皇太子の頭部に銃弾を撃ち込める。

 ラモンは通りを横切りながらスマホでヒースに対し意図を告げた。非常階段の出口には、低いスチール製の格子門扉があり、施錠されていたが、ラモンは人通りが切れたところでそれを素早く乗り越えた。スチール製の開放階段を、足早に三階と四階のあいだの踊り場まで登る。

 ……絶好の場所だ。

 手すり越しに通りを覗いたラモンはほくそ笑んだ。射界は充分に通っているし、目標の頭部もはっきりと見えている。距離は、四十五メートルというところか。

 JS 9mmを紙袋から取り出したラモンは、セレクターをセーフから単射に切り替えた。構えようとしたところで……三階のスチールドアがばたんと開く。

 出てきた火の点いていない煙草を咥えた中年男が、すぐにラモンに気付いた。日本語でまくしたてながら、非常階段を登ってくる。ラモンには一言も理解できなかったが、語調からして怒っているのは判る。濃い青の胸当てエプロンを付けているので、雑居ビルに入居しているショップの従業員だろうか。

 ……なんだ、この男は。

 ラモンは戸惑った。こちらがサブマシンガンを手にしているのは見えているはずだ。驚いて逃げるのが普通の反応だろう。

 射殺すべきだろうか。

 サプレッサーが付いているから、誰にも気付かれずに殺れるだろう。

 そう考えて、ラモンはJS 9mmを持ち上げると、腰だめで一発放った。銃弾は狙い通りに中年男の左胸を撃ち抜いた。即死した男が、非常階段を転げ落ちる。

 ラモンはJS 9mmを肩付けすると、手すりから身を乗り出した。



 スカディの強化された聴覚でも、サプレッサーを装着したJS 9mmの発砲音や作動音は感知できなかった。

 だが、中年男の怒鳴り声は聞こえていた。頭を巡らせて、音源を探る。

『五時の方向。雛菊、あなたの担当区域ね。やや上方で、男性が怒鳴っていたわ。見える?』

 音源方向をほぼ特定したスカディは、分隊内無線で問い掛けた。

『映像には特に映ってないで』

 のんびりとした口調で、雛菊が返す。

『喧嘩でしょうかぁ~』

 これまたのんびりとした口調で、ベルが加わった。

『橋口ビル、やね。一階がカレー屋、二階が喫茶店、三階が中古ゲーム屋、四階がメイド喫茶』

 メモリー内地図を参照しながら、雛菊が続ける。

 と、チバさん風船からの映像にラモンが映った。銃器らしいものを肩付けしている。

『あかん。銃持った変なおっちゃんがおる。橋口ビル外非常階段三階と四階のあいだや』

 いきなり口調が切迫したものになった雛菊が、全員に無線でそう伝える。

 チバさん風船からの画像解析を続ける雛菊を除くAI‐10たち全員が一斉に動いた。スカディが状況を秋川警部補に伝え、シオとベルが派手な色合いの布に包んで背中に背負っていたHK UMPを手にした。亞唯は竹箒を構え、橋口ビルの非常階段に向ける。



 ラモンは目標の頭部に照準を合わせた。だが、引き金を引く前に、ラモンが銃口をこちらに向けていることを視認した亞唯が魔改造レミントンM700を発砲する。

 亞唯の狙いは極めて正確だったが、ツキはラモンの方にあった。7.62×51mm弾は、非常階段の手すりに命中し、甲高い金属音を残してあらぬ方へと弾き飛ばされる。

 ラモンは慌てて身を引いた。踊り場に半ば伏せたような状態で改めて通りを覗くと、何名かの男がこちらへと走ってくるのが見えた。先頭を行くスーツ姿の男性……堀部巡査部長だったが……の手に小さなリボルバーがあるのを認めると、ラモンは目標を仕留めるのを諦めた。目標が常に移動する関係で、今回は安全な逃走手段を用意していない。ここで踏みとどまって目標暗殺に拘泥すれば、捕まる可能性が高い。

 ラモンはJS 9mmを手にしたまま非常階段を駆け下りた。中年男の死体を飛び越え、三階の扉を引き開けて中に飛び込む。



 ラモンが失敗した。

 バーニィは、ベルトに差し込んであるP99を握った。

 目標は、三十メートルほど先にいる。追尾していたバーニィは、足を止めた目標を追い抜いて、少し先でPCパーツを物色するふりをして待機していたのだ。

 護衛たちの注意は、後方……ラモンの方に向いている。通行人や店員たちも、突然響いた銃声……亞唯の発砲である……に気を取られている。

 百万ドルを手に入れる千載一遇のチャンスだ。

 バーニィはジャケットの下でP99を抜くと、歩み出した。ぽかんとした様子で足を止め、後方を見ている男性を抜き去り、目標との距離を詰める。確実に仕留めるために、十五メートルほどまで近付きたい。

 ……ヒースとチャーリィには、十万ドルずつくれてやろう。残りの八十万ドルは、おれがいただく……。

 バーニィは前方の男性を避けようと左に身体を振った。だが、その男性がいきなり両手でバーニィの右腕を掴んできた。

「放せ!」

 英語で喚きつつ、バーニィはP99を握った右腕を振った。左手で、男を殴ろうと腕を引く。

 だが、左腕も後ろから誰かに掴まれてしまった。さらに、右手首に特殊警棒が振り下ろされる。ぼきりと手首の骨にひびが入り、サプレッサー付きのP99が、指から零れ落ちて路上に転がった。

 三人の大鳳警備保障私服警備員に圧し掛かられ、バーニィは完全に身動きが取れなくなった。



 バーニィが捕まったのは、チャーリィの処からもよく見えた。

 チャーリィの位置は、目標の斜め前方十五メートルほどの位置であった。ちょうどいいタイミングでメイド喫茶のビラを手渡されたので、それを吟味するようなふりをして、立ち止まっていたのだ。

 誰もこちらに注意を払っていない。チャンスだ。

 チャーリィはビラを手放すと、ルガーMkⅢを抜いた。使用弾種は非力な.22LRなので、確実に目標の頭部に撃ち込む必要がある。

 目標とのあいだには、若い男性と先ほどチャーリィにビラを手渡してくれたメイド姿の若い女性がいた。今のところ、この二人は射線を塞ぐ邪魔者であったが、チャーリィはその存在を却って好都合だと判断していた。こちらの接近を隠す目隠しになっているし、射撃時には盾に使えると考えたのである。二人の位置から目標までは、十メートルもない。この二人のあいだに入って狙えば、チャーリィの腕前でも皇太子の脳みそに銃弾をお見舞いできるだろう。……現金百万ドルをもたらす銃弾を。



 アザム皇太子を取り巻いていた人々が、チャーリィの接近に気付く。

 シオとベルはUMPの銃口を素早く向けた。スカディも、HK45自動拳銃を構える。秋川警部補も、SW M360J『サクラ』を握った腕を伸ばした。

 チャーリィが、若い男性とメイド喫茶従業員のあいだから、ルガーMkⅢを握った腕を突き出す。

 シオは発砲できなかった。とっさのことで照準がしっかりと定まっておらず、銃を持った刺客に正確に当てられる確率が低かったからだ。もちろん目標を外せば、無関係の市民に命中する可能性が高い。

 これはベルも同様であった。『警備プログラム』には、無関係な市民が死傷する可能性がある行為を抑制する機能がある。ましてや、ここは日本であり、市民は日本人と同義であり、AHOの子ロボ分隊のメンバーは自衛隊の所属である。何があろうと、無関係な市民を傷付けることはできない。

 同じくスカディも発砲できなかった。引き金を絞るが、発砲までには至らない。

 秋川警部補も、発砲をためらっていた。元々、拳銃射撃は得意な方ではない。距離が近いとはいえ、スナップノーズ・リボルバーで正確に当てられる自信はなかった。せめて盾になろうと、拳銃を握ったまま皇太子に身を寄せる。



 ……百万ドルはもらった。

 刑事らしい日本人やロボットが発砲をためらっているのは、チャーリィにも判った。『人間の盾』が、上手く行ったのだ。

 皇太子の頭部は、照門と照星の先にばっちりと捉えられていた。この距離で、この照準ならば、.22LRでも一発で皇太子を天国へ送れるだろう。



 スカディの音響センサーが、銃声を捉えた。

 …….22LRの発砲音よりも、もっと重々しい音響だ。

 刺客が態勢を崩した。銃を持った腕を高く差し上げるようにしながら、後ろに倒れ込んでゆく。

 撃ったのは、ラティファ王女だった。M239自動拳銃を両手で構え、.40S&Wを放ったのだ。

「無茶しやがって、なのです!」

 シオが叫びながら、倒れた刺客に向け走り寄った。ベルが、続く。刺客に盾にされたうえに、何丁もの銃を向けられ、さらに一発だけとはいえ発砲された男女は、唖然とした表情のまま突っ立っている。

「殿下。いったんこの店に入りましょう」

 秋川警部補が、アザム皇太子とお付きの男女、それにラティファ王女を中古ソフト屋の店内に押し込める。

 スカディは、店の外の警戒を戻って来た亞唯と雛菊に任せると、HK45を手に店内を見回って安全を確認した。数名いた客と店員は、警察手帳を見せた秋川警部補の手によって、店の一郭に集められている。

「しかし……無茶しますわね、王女殿下」

 スカディは、いまだP239を手にしたままのラティファ王女に抗議口調で言った。

「あら。悪いけど、一国の皇太子であるお兄様と、ごく普通の日本の一般市民の命を秤に掛けたら、どちらが重いかは一目瞭然でしょう。あそこは、撃つべきよ」

 しれっとした表情で、ラティファが言い返す。

「もちろんあなたが、天皇家の皇太子殿下が命を狙われた時に、アル・ハリージュ市民の命を危険に晒してまでお助け申し上げたとしても、わたくしは何も言うつもりはありませんわよ」

 ラティファが続けた。

「今のお言葉、しかと覚えておきましょう」

 スカディは、厳かに言った。


 第十一話をお届けします。

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