第九話
角有東公園は、アザム皇太子一行の四番目の『巡礼場所』であった。
利用者用の出入り口は全部で三か所あるが、駐車場が付随しているのは西門だけである。秋川警部補らのクラウンを先頭に駐車場に入った三台は、見通しのいい奥の方に並んで車を停めた。まずAI‐10たちが降りて周囲の安全を確認してから、秋川警部補がメルセデス車内の運転手に合図して装甲ドアを開けさせ、アザム皇太子とラティファ王女に降りてもらう。
駐車場は空いており、見たところ怪しげな車は一台もなかった。一台だけの自動販売機が駐車場入り口付近で……明らかに公園の利用者以外の歩道の通行人にも買ってもらおうという魂胆が伺える設置場所である……静かに稼働しているだけで、ひっそりとしている。
すでにAI‐10たちは、インターネットからダウンロードした角有東公園の2Dマップをメモリーに入れていた。それをベースにして、得られた光学情報を手掛かりに雑ではあるが3Dマップを作ってゆく。
「では、行こうか」
にこにこしながら、アザム皇太子が言った。今日の装いは、人目を引かないように地味な薄手のフード付きパーカーとジーンズというものだが、長身なのでやはり目立つ。ラティファ王女の方も似たような服装だが、こちらもアラブの血とイギリス系カナダ人の血が混じったエキゾチックな風貌なので、やはり目立つ。
充分に警戒しながら、一行はウッドチップ舗装がなされた遊歩道を歩み、公園本体を目指した。
遊歩道の両側には、チェーンを渡したコンクリート擬木による杭と、マメツゲの植え込みが連なっていた。その向こう側は、狭い芝生を挟んで花壇になっており、苗代を節約するためかひどく間隔を置いてパンジーが植え付けられている。メンテナンス費用を節約しているためか、清掃も行き届いていないようで、雨水によって集められた落ち葉の類が遊歩道脇で小さな山を築いている。
シオはスカディから先行偵察員として先頭を行くように命じられた。その斜め後方左右……右側にスカディ、左側にベルが進み、シオの援護と側面警戒要員となる。アザム皇太子の左右には、秋川警部補とラティファ王女が寄り添い、直衛兼盾となる。殿は亞唯と雛菊で、後方警戒と共に、全周の狙撃警戒を行う。堀部巡査部長と大鳳警備保障の警備員は駐車場待機で、車両の警備を行いつつ緊急脱出に備える。
皇太子暗殺未遂があったことから、AI‐10たちの武装も強化バージョンになっていた。西脇二佐特製のベレッタ・トムキャット改造銃は威力はともかく射程不足と判断され、亞唯を除く全員がHK45を装備している。さらにスカディとシオ、雛菊の三体は、同じ.45ACPを使用するサブマシンガン、HK UMPを布袋に入れて、背中に背負っていた。
とは言え、スカディを始めとするAHOの子ロボ分隊メンバーは、今日の皇太子の安全に関して楽観的な見通しを持っていた。敵がスナイパーならば、動き続けることが最大の防御である。車に乗って埼玉まで来て、予測できない動きであちこちを見て回っている以上、狙撃のチャンスは少ないはずだし、仮に犯行に及んでも準備不足で精度の高い射撃は無理なはずだ。
……予想通りだ。
チャーリィから借りた単眼鏡を覗きながら、ラモンは満足した。
対人地雷を仕掛けるには、目標の行動を予測し、その通り道にセットしなければならない。目標が自由に動き回っていたのでは、仕掛けるのは不可能だ。
しかし、公共交通機関以外の車両で移動していた目標が、移動先で徒歩に切り替えた場合は、いずれ車両の駐車場所に戻ってくることが期待できる。
幸いにして、この公園に駐車場は一か所しかなく、またそこから公園内へのアプローチできるルートは、遊歩道が一本あるだけだ。帰路に目標がそこを通過するのは、まず確実である。
すでにラモンは、ヒースとバーニィを公園内に潜入させていた。ごく普通の利用者に紛れ、目標の動きを見張らせるためである。
……あの小柄な二足歩行ロボットが主たる護衛なのか。
意外の念に囚われつつも、ラモンは観察を続けた。三体が背負っている布袋の中身は、大きさから言ってサブマシンガンか極端に切り詰めたアサルトライフルだろう。日本の警察が用意したのか、軍隊が貸したのかは知らぬが、用心が必要な相手ではある。
が、撃ち合いにならなければ問題はない。
遊歩道に対人地雷を仕掛け、遠隔操作で起爆させる。起爆のタイミングさえ間違わなければ、成功は間違いない。
「おおっ! これがあの野外ステージ! 初ライブの会場ですね!」
シオはアニメで見たのとそっくりの情景を眼にして盛り上がった。
『芝生広場』には、小さなコンクリート製のステージがあった。もちろん、音響設備や照明設備などもなく、観客席すらない粗末なものである。
「あれは感動したねぇ。曲を貶していた先輩が、こっそり見に来ていたのも感動ものだったな」
シオに並んで、アザム皇太子が満足げにうなずく。
「少し休憩にしましょうか」
アザムが、近くの缶飲料の自動販売機に歩み寄った。
「警部補。何かお飲みになりますか? 奢らせていただきますよ」
小銭入れを取り出しながら、アザムが訊く。
「ありがとうございます殿下。では、これをいただきます」
秋川警部補が、缶コーヒーのひとつを指差す。
「殿下。アル・ハリージュにも自動販売機はあるのですかぁ~」
ベルが、訊いた。
「もちろんあるよ。このような缶飲料の自動販売機もある。日本に比べれば少ないけどね。ペ〇シコーラの自販機が多いかな」
「コ〇・コーラは中東では人気ありませんものね」
スカディが、言う。アザムが苦笑しつつ、妹のために缶入り紅茶を買う。
「さて。さすがにメッカ・コーラはないか」
自分の飲む商品を探しながら、アザムが言った。
「メッカ・コーラなんてあるのでありますか?」
シオは驚いて訊いた。
「あるよ。会社はドバイにある。以前は、フランスだったがね」
アザムが迷った末に、無難に冷たい緑茶のボタンを押した。
人目が切れたところで、ラモンはチャーリィを見張りに立たせると、遊歩道にしゃがんだ。紙袋から対人地雷を出し、マメツゲの植え込みの根元に設置する。
角度は、斜め後方から目標を狙うように設定した。側面に日本人の刑事……たぶん……と、アラブ系女性がぴったりと張り付いているので、真横で起爆させた場合、目標が致命傷を免れる可能性がある。
仕掛けたことがばれないように、ラモンは適当に周囲から集めたごみ……枯葉や枯れた芝生の屑で対人地雷を隠した。次いでポケットからリモコンを出し、テストスイッチを入れる。
対人地雷のパイロットランプがぽっとオレンジ色に灯った。
「済んだ」
ラモンはリモコンをポケットに仕舞うと、立ち上がった。周囲の立木の位置を確認し、記憶する。
「おおっ! これが噂の『捕まった宇宙人』の像ですね!」
シオははしゃいだ。
おそらく、作者は両親のあいだに挟まって、手を繋いでもらっている幼い子供をイメージして作ったのだろうが、デフォルメされた三体の人物像は、どう見ても有名な捏造写真、『FBIに捕まった小柄な宇宙人』にしか見えない。『ゆりいろ日和』で当然ネタにされたことにより、すっかり角有名物のひとつとなった芸術作品である。
「転校してきたゆかに、ゆみりとゆりかが見せたんだが、ゆかが元ネタを知らなくて白けたんだよねぇ」
にやにやしながら、アザム皇太子が言う。
「えーと、とりあえず全部見たかな。芝生広場、いこいの森、こども広場、謎のオブジェ……」
「ゆりかが落ちた噴水がまだなのです!」
シオはそう指摘した。
「おお、そうだったな」
アザム皇太子が、ぽんと手を打つ。
ラモンは公園外の雑木林の中に身を潜めていた。
対人地雷を仕掛けた位置までは約二百メートル。現場は充分に見通せるし、肉眼でも状況を確認できる。ことが終われば速やかに雑木林の中を抜け、向こう側に待っているチャーリィと合流し、車で逃走が可能だ。ヒースとバーニィには、爆発音を聞いたら他の出口から速やかに公園外へ出て、逃走するようにと指示してある。
ラモンのスマホが振動した。
『目標が動き出しました。西門へ向かっています』
ヒースの声が、告げる。
「よろしい」
ラモンはすぐに通話を終えた。念のため、ワルサーP99の状態もチェックする。
『異常』とは、常ならざること、である。
AI‐10たちは、異常を感知するために、定期的に周囲のスチール撮影を行っていた。パルス・ドップラーレーダーが、移動しない地面からの反射波を無視し、移動目標のみを選り出すように、撮影したスチールと現在の光学映像を比較して、異なる点……すなわち『異常』を見つけ出すのである。位置を移動した人物。新たに現れた何かの物体。その他。変化した事象。
『おかしいわね』
駐車場へ続く遊歩道を歩んでいたスカディが、赤外線通信で言う。
『どうしたのでありますか?』
シオは訊いた。
『右前方の遊歩道脇。先ほどよりきれいになっていますわ』
スカディの言葉を『聞いて』シオはスチールを呼び出し、現在の映像と比較した。たしかに、ゴミの量がそこだけ減っている。まるで、誰かが雑に清掃したかのようだ。
『念のため、調べるべきではないでしょうかぁ~』
ベルが、進言する。
『そうね。シオ、ベル。調べてちょうだい』
赤外線通信で命じたスカディが、無線に切り替える。
『亞唯、雛菊。前方に異常発見。シオとベルに調べさせるわ。後退します』
さらに、音声で人間三人にも報告する。
「殿下、警部補。異常を感知しました。念のため、いったん引き返します」
アザム皇太子は一瞬驚いた顔をしたものの、すぐにうなずくと方向転換した。ここで立ち止まらないのは、『異常』がこちらの動きを止めるための罠であることを警戒してのことである。……路上等に障害物や異常な状況を作り出して……例えば、人が倒れているなど……目標の動きを止めるのは、待ち伏せの常套手段である。秋川警部補がスーツの裾を払って、P2000を抜きやすいようにしつつアザム皇太子にぐっと寄り添った。ラティファ王女も、着ているセーターの中に右手を突っ込む。……P239を抜く準備である。
スカディも、歩きながら背中の布袋を前に回した。袋に入れたままグリップを握り、いつでも発砲できるようにする。
目標が、引き返してゆく。
……馬鹿な。勘付かれたのか。
唖然としつつも、ラモンは打開策を探った。ここで起爆しても、目標に爆風すら浴びせられないだろう。何とかして、加害ゾーンに誘導しなければならない。
ラモンは右手に持っていた起爆用リモコンを左手に持ち替えると、スマホを取り出し、ヒースに掛けた。
「怪しい盛り上がりがあるのであります!」
シオはすぐにマメツゲの根元にあるゴミの山を発見した。
「これはブービートラップかも知れませんですねぇ~。危ないですから、シオちゃんは下がっていてくださいぃ~」
ベルがしゃがみ込み、ゴミの山にそろそろと手を伸ばす。シオは数歩下がると、周囲を警戒した。
「ヒース。目標が引き返す。そちらで駐車場に追い立ててくれ」
スマホを通じ、ラモンは命じた。ヒースとバーニィはグロック19で武装している。二、三発ぶっ放してやれば、目標たちは脱出するために駐車場へと走るだろう。対人地雷を起爆させるチャンスはある。
『無理です。目標は見えていますが、武装が凄い。黒猫の格好したロボットはサブマシンガン持ってます。もう一体も、おそらく持ってます。一発でも撃ったら、こっちが殺られます』
ヒースが、即座に答える。
「これは、M18クレイモアやFFV013のような対人地雷のようですねぇ~。お手製で小さいですが、充分威力はありそうですぅ~」
慎重に偽装用のゴミを取り除けたベルが、言う。
「おおっ! 狙撃だけではなく爆弾も使ってくるのでありますか、敵は!」
シオは驚いた。
「指向性爆薬なので、後ろに廻れば安全ですぅ~」
ベルが、シオに安全な位置を指示する。シオは、急いで地雷の背後へと廻った。
「無効化できそうでありますか?」
シオは訊いた。
「有線は見当たりませんですぅ~。ここに付いているユニットは、レシーバーのようですねぇ~。つまり、無線による遠隔操作で起爆できるようになっているものと思われますぅ~。これを壊してしまいましょうぅ~。シオちゃん、金属用チップソーを装着してくださいぃ~」
「合点承知なのであります!」
シオはご自慢の回転軸にチップソーを装着した。そのあいだに、ベルが無線でスカディに報告を入れる。
……また失敗か。
ラモンは落胆しながら、リモコンのセイフティを解除した。証拠を少しでも残さないためには、勿体ないが対人地雷を起爆させるしかない。
だが、ラモンは起爆スイッチを押せなかった。
折り悪く、加害ゾーンに若い女性とその子供らしい幼児が立ち止まっていたのだ。今ここで押せば、確実に二人は死ぬ。ラモンはプロの暗殺者であり、テロリストではない。目標やその取り巻き、護衛や運転手などは何人も殺してきたが、無辜の市民を巻き添えにしたことは一度もない。
……早く退いてくれ。
ラモンは念じた。
「まま、ろぼっとー」
四歳くらいの男の子が、対人地雷無効化作業をしているシオとベルを指差す。
「ただいまお手入れ中ですぅ~」
ベルはとっさにそう言ってごまかした。
「ベルちゃん、ご指示通り切り取ったのです!」
シオはチップソーの回転を止めた。
「のこぎりー」
男の子が、シオのチップソーを見て言う。
「樹のお手入れをしてくれているのよ」
母親が、男の子に言い聞かせるように言って、その手を引っ張った。
親子が、加害ゾーンを出ても、ラモンはすぐにスイッチを押さなかった。近くで爆発が起こったら、子供の方は精神的障害を負いかねない。
充分に親子が離れたところで、ラモンは起爆スイッチを押した。
……何も起こらない。
もう一度押す。セイフティをいったん入れ、再度解除してから押してみる。
やはり、何も起こらなかった。
湧き上がる怒りをリモコンと一緒にポケットに収めながら、ラモンは雑木林の中に消えた。
第九話をお届けします。




