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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 12 中東産油国オタク皇太子警護せよ!
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第四話

「最初にまず質問をさせてもらおう。要人警護において、もっとも重要な点は何だと思う?」

 越川一尉が、開口一番そう質問してくる。

「そうですわね。危険の早期発見でしょうか」

 スカディが、小首を傾げつつ答える。

「携行武器の選択とか」

 こう答えるのは、亞唯。

「目立たんように気ぃ付けることやろか」

 雛菊が、言う。

「爆薬の適切な活用ではないでしょうかぁ~」

 この答えは、もちろんベルのものである。

「身を挺してでも対象を守るという決死の覚悟ではないでしょうか!」

 シオはそう答えた。……明らかに、ハリウッド映画の見過ぎである。

「正解は、危険の回避に徹することだ。危険な場所には近付かない、危険な人物は近寄らせない、危険な時間帯は避ける、などなど。軍事作戦と一緒だな。必要でなければ、敵との交戦は避ける。接触も避ける。回避は逃げではない。目的達成を阻害する接敵を求める行為こそが、逃避行為なのだ。前向きの回避行為。これが、要人警護の本質だ」

「なるほど。警護対象を危険に晒した時点で、すでに警護は失敗したようなもの、ということですわね」

 スカディが、納得顔になる。

「そういうことだな。要人警護は、三つの段階に分けることができる。事前情報収集、直前情報収集と準備、それに直接警護だ。事前情報収集により、危険の種類、度合い、敵の手口などを知り、対処方法を検討するとともに、いかに回避するかを探る。次いで先乗り班が現場に先行し、情報取集を行い危険の有無をチェックする。危険があると判断されれば、もちろんこれを回避する。安全と判定されれば、ここでようやく直接警護班が対象を守りつつ登場する。こういう段取りだな。まず、事前情報収集としてアザム皇太子の命を狙いそうな連中について解説したいのだが……これがかなり厄介なんだ」

 越川一尉が、苦い顔になる。

「資料が少ないのですかぁ~」

 ベルが、訊く。

「それもあるが、シハーブ家やアザム皇太子には敵が多い。二尉?」

 越川一尉が横を向き、畑中二尉に振る。

「では、アル・ハリージュの敵を列挙するぞー。イランは当然湾岸諸国の多くを敵視しているー。隣国ドラハ共和国とは国境紛争を抱えている。サウジアラビアに同調してカタール国制裁に加わったから、カタールにも恨まれている。イエメン内戦でもサウジアラビアを支持しているから、フーシ派にも恨まれているー。宗教絡みでは世俗主義過ぎるということでワッハーブ派(原理主義に近い厳格なスンナ派の一派。サウジアラビアの国教)に睨まれているし、もちろん原理主義勢力にも反感を買っている。国内の少数派シーア派にも恨まれている。国内の有力氏族の中でも、シハーブ家に取って代わろうという連中がいるようだー。王家内部にも、権力闘争は存在する。石油利権絡みの紛争もある。あとは、バアス党(汎アラブ主義政党)からも敵視されているなー」

「イケメンやし、女性関係のトラブルもありそうやな」

 雛菊が、突っ込む。

「未婚だからな。第一夫人の座を巡って、有力氏族が争っていることは間違いない」

 大真面目な表情で、越川一尉が応ずる。

「敵が多すぎて分析どころの話じゃないな、こりゃ」

 亞唯が、投げやりに言う。

「まあそうだが、いずれの組織にしても、日本で大規模な軍事行動を行えるだけの力も、その意図もないだろう。やるとすれば、小規模な精鋭部隊によるテロ行為か、金で雇われた人物による暗殺行為程度と推定される。手口としては、狙撃、近接しての射撃、各種爆弾、車両を使った襲撃などを警戒すべきだ。一番厄介なのは、やはり狙撃だな。警戒すべき領域が、一気に広がってしまう」

「だから亞唯ちゃんに、狙撃銃を持たせようというのでありますね?」

 シオは訊いた。

「そうだ。狙撃手に守られているとなれば、暗殺者はより遠い距離からの射撃を強いられるからな。必然的に、射撃精度は甘くなり、失敗する可能性が増大する。狙撃に対する最も有効な手段は、敵の予測する場所には近付かないことだ。狙撃手は、狙撃ポイントから容易に動けないからな。有効射程外にいれば、いかなる名スナイパーも無力だ。ということで、狙撃に一番狙われやすいのは宿泊時、ということになる。頭の痛いことに、アザム皇太子は日本を訪問するたびに、同じ宿に泊まっている、今回も、そこに宿泊する予定だ。港区内にあるホテル『瑞龍』 都心にありながら純和風の温泉旅館の風情を味わえる最高級ホテルだ。最も安い部屋で、シングル約八万円から泊れる」

「八万あったら、うちのマスターなら家賃込みで一か月暮らせるで」

 雛菊が、自嘲気味に笑う。

「皇太子が泊る部屋は、もちろん最上級のスイートだ。警備の都合上、両隣と向かい側、それに真下の部屋も予約してもらった。最上階の部屋だから真上の部屋はないが、警察を通じて屋上使用の許可は貰ってある」

「ホテルでの警備の常套手段ですわね」

 スカディが言う。指向性爆薬を持ち込めば、壁や床や天井に穴を開けて襲撃者を送り込むことは難しくないし、大量の爆薬を使用すれば隣接する部屋ごと対象を爆殺することも可能である。

「純和風ホテルだと、お食事はどうなるのでしょうかぁ~。皇太子殿下は、ムスリムですしぃ~」

 ベルが、そんなことを心配する。

「大丈夫だ。『瑞龍』は外国人にも人気のホテルだから、ムスリム食はもちろんユダヤ食、ヴィーガンまで対応可能だ。……場所は、ここになる」

 越川一尉が、紙の地図を長テーブルの上に広げた。港区の地図である。首都高谷町ジャンクションにほど近い箇所に、赤い丸印がある。

「あかんやん。周り、高いビルばっかりや。狙撃ポイントぎょうさんあるわ」

 雛菊が、呆れ気味に言う。

「幸い、皇太子の部屋は南西方向にしか窓がないから、狙撃できる場所は限られる。窓際に近付かないように要請することも可能だろう。障子を締めきっておくという手もある」

「もっと安全な宿に移ってもらうという手はないのでありますか?」

 シオはそう訊いた。越川一尉が首を振る。

「それは無理だ。皇太子はここがお気に入りだし、近くにアル・ハリージュ大使館があるから、いろいろと便利らしい。ホテル側も慣れているし、皇太子のおかげでアル・ハリージュのVIPがたびたび利用するから、皇太子の宿泊は大歓迎だそうだ。さて、狙撃阻止のためには可能なポイントにすべて人員を配置するのがベストだが、とてもそれだけの人数はいない。そこで、こんなものを西脇二佐が作ってくれた」

 越川一尉が、足元の段ボール箱からごそごそと器具を取り出す。

「センサーライト、でありますか?」

 シオは首を傾げた。越川一尉がテーブルに置いた器具は、ホームセンターや通販で手に入る、安っぽい防犯用センサーライトのようだ。LEDライト……安く上げるために輝度の低いライトを複数束ねてある……と、白いプラスチックに覆われたセンサー部位。角度調整可能な太陽電池パネル。全体は薄いグレイで、いかにもちゃちな造りである。

「ありきたりの中国製防犯ライトに見せかけてあるが、実は高性能だぞ。お高い赤外線センサーが仕込んであるから、かなり距離のある人体でも感知できる。静止画しか撮れないが、カメラが捉えた映像を送信する機能もある。屋上など立ち入り禁止区域に設置しておけば、有効だろう」

「何万個も仕掛けなきゃあかんと思うで」

 雛菊が、突っ込んだ。

「たしかに。個人所有のマンションから狙撃などされたら、手の打ちようがありませんわ」

 スカディが、言う。

「確かにな。だが、無いよりマシだ」

 越川一尉が、認めつつ言い返す。

「最初に言ったように、一番の良策は回避なんだ。見えなければ、狙撃はできない。幸い、君たちは皇太子に気に入ってもらえるだろう。まずは皇太子を説得し、窓に近付かないようにさせてくれ。できれば、誰か一体は彼と行動を共にして、その動きを制限するようにしてほしい」

「……努力しますですぅ~」

 ベルが、自信無さげに言う。

「よし。狙撃対策はこんなものにしておこう。次は、徒歩の対象を護衛する方法だ……」

 越川一尉の要人警護講座は続いた。



「どこへ行くのでありますか?」

 シオは、ハンドルを握る三鬼士長に訊いた。

「富士山の麓よ」

 機嫌良さそうに、三鬼士長が答える。

 亞唯を除くAI‐10四体を乗せたミニバンは、東名高速道路を西進した。大井松田インターチェンジでいったん降り、アサカ電子開成工場で改造を受けた亞唯を拾ってから、また東名に乗って西へと向かう。

 御殿場インターチェンジで高速道路を降りたミニバンは、御殿場市街地を突っ切る国道138号線に入って西進した。一般道に入ってから二十分足らずで、陸上自衛隊富士駐屯地に着く。陸上自衛隊の教育訓練機関である『富士学校』があり、有名な『富士教導団』が駐屯していることでも知られる基地である。

「はるばるご苦労。さ、乗ってくれ」

 待ち受けていた西脇二佐が、AI‐10たちを高機動車に押し込む。

 車内には、大小のプラスチックケースと、紙製の弾薬箱が詰め込まれた木箱が置かれていた。その脇に、なぜか一本の竹箒も積み込まれている。

「薬莢の回収にでも使うのでしょうかぁ~」

 ベルが、不思議がる。

 作業服姿の西脇二佐の助手の運転で、高機動車が走り出した。もう二人の助手が乗った1/2tトラック……旧称は73式小型トラック……が、続く。三鬼士長は、同行しない。帰りの運転があるので、訓練が終わるまでのんびりと休ませてもらえる。


 東富士演習場。

 静岡県御殿場市、裾野市、小山町の二市一町に跨る広大な演習場である。面積は約八十八平方キロメートル。これは、東京で言えば足立区と葛飾区を合わせた大きさに匹敵する。

「なんでこんなとこまで連れて来たんだい?」

 西に大きく聳え立っている富士山を見やりながら、亞唯が西脇二佐に訊いた。

「派手に試射をやりたいからね。ではまず、拳銃を見てもらおう」

 西脇二佐が、三人いる助手の一人に合図した。助手が、ここまで乗って来た高機動車からスーツケースサイズの容器を取り出し、開く。

 中には小さな自動拳銃が六丁収まっていた。西脇二佐が、一丁を取り出す。

「ベレッタ・トムキャットを魔改造した。グリップを極限まで絞ったから、君たちの手でも片手撃ちができるはずだ」

「銃身が短いですわね」

 魔改造銃を手にしながら、スカディが言う。

「2.4インチ。約61ミリしかない。まあ、隠し持ちやすいことを主眼にした武器だから、そこは容赦してくれ。弾倉は七発入り。7.65×17SRだ」

「32口径か。いくらなんでも、威力不足じゃないのかい?」

 魔改造銃のスライドを引いて銃身内を確認しながら、亞唯が訊いた。

「その点は大丈夫だ。練習用にFMJフルメタルジャケットを持ってきたが、本番ではホローポイントを持たせる。市街地での作戦になりそうだからな。ちょうどいい」

 殺傷力は増すが貫通力が落ちるホローポイント弾は、銃弾による二次被害を局限することが可能なので、市街での使用には向いている銃弾である。

 五体のAI‐10たちは、西脇二佐の助手たちが用意してくれた的に向けて魔改造銃で射撃訓練を行った。威力の少ない銃弾なので反動は弱めで、銃のコントロールは容易だったが、やはり銃身の短さから射撃精度はあまり高くない。

「二佐殿! この銃ではやはり心許ないのであります! 抗弾ベストとか着て来られたら、止めようがないのであります!」

 渡された弾数をすべて撃ち尽くしたシオは、そう抗議した。

「ふふ。そう言われると思ったよ。だから、これも用意した」

 西脇二佐が、自ら高機動車に戻ると、スーツケース大の容器を引っ張り出した。

「HK45だ。45ACP十発。これなら、抗弾ベストを着ている奴でも止められる」

「あくまで、止められるだけですけどね」

 スカディが、容器から自動拳銃を取り上げた。H&K HK45。さすがに大きな拳銃なので、AI‐10には片手撃ちは無理だし、隠し持つのも困難だ。

「では、真打登場といこうか」

 にやにやしながら、西脇二佐が高機動車から引っ張り出したのは、竹箒であった。

「……まさかとは思うけど、それに狙撃銃を仕込んだのかい?」

 亞唯が、呆れ顔で訊く。

「その通りだ。長い棒状の物を持ち歩くのは目立つからね。偽装用に、竹箒仕様にしてみた」

「……竹箒持ち歩くのも、目立つやろ」

 雛菊が、控えめに突っ込む。

「道行く人に、『お出かけですか?』と声を掛け続ければ目立たないのでは?」

 シオはそうアイデアを出した。

「ピヨピヨのエプロンを付けていれば目立たないのではないでしょうかぁ~」

 ベルも、負けじとアイデアを出す。

「シオ、ベル。古いネタはおやめなさい」

 スカディが、たしなめる。

「レミントンM700を魔改造してみた。26インチ銃身、7.62×51。装弾数五発。亞唯、固定化された構えを習得し、零点規整を行ってくれ」

 西脇二佐に命じられ、亞唯が竹箒を手にした。膝立ちになって何回か構え直して、撃ちやすい体勢を探る。

「こんな感じかな」

「よし。ケーブルをポートに繋ぐんだ。これで、竹箒内蔵のカメラ映像を取得できる。君の光学系映像とすり合わせ、実際に射撃してみるんだ」

 西脇二佐の助手が置いた標的……距離三十メートル……に向け、亞唯が五発を放った。自身の『眼』を光学ズーム仕様にして集弾を確認してから、新たに五発を装弾し、ゆっくりと撃つ。

「よさそうだね」

「よし、次は三百メートルでいこう。幸い、無風に近いからな。バレルを充分冷やしてから撃ってみてくれ」

 西脇二佐が指示する。

 訓練の際には、普通連続して射撃を行うので、必然的に銃身が熱を持ってしまう。精密遠距離射撃の場合、この熱せられた銃身が弾着に微妙な影響を与えることになる。実際の狙撃では……それが軍隊でも警察でも暗殺者でも……待機状態からの一発の射撃が『本番』となることがほとんどなので、つまりは『冷たい』銃身からの射撃を目標に命中させねばならないのだ。本番で必中を期したいならば、射撃の間隔を充分において銃身を冷ましながら、調整を行う必要がある。

 亞唯が、射撃姿勢を取った。人間と違い、ロボットは動かないでいることが得意である。加えて、呼吸も心拍も必要ないから、狙撃手としては都合がいい。

 亞唯が撃った。充分な時間……二分ほど開けて、二発目を放つ。さらに二分後に、三発目。ここまで、指が引き金を引き、手がボルトを操作して排夾/装弾を行っただけで、他の部分は微動だにしていない。

「うん。いいぞ」

 双眼鏡で標的を覗いていた西脇二佐が、褒めた。


 第四話をお届けします。

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