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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 11 中国反体制派要人亡命支援せよ!
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第九話

 ルークがヒュンダイ・マイティを『調達』したロードサイドカフェには、幸いなことにいまだ警察の姿は無かった。しかし、トラックを強奪された運転手が戻ってきて事態を告げたらしく、ルークが置き去りにしたラーダ・カリーナの周囲には八名ほどの野次馬が集まっていた。

「先に行ってくれ。後から追いつく」

 ルークはそう言い置いてハイエースを降りた。走り去るのを待ってから、小走りにカリーナに近寄る。

 マイティの運転手が、すぐにルークに気付いた。指差して、モンゴル語でわめく。おそらく、『あいつが犯人だ!』とでも言っているのだろう。

 ルークはわざと厳しい表情を作ると、マカロフ自動拳銃を抜き出した。それを目にしたモンゴル人野次馬たちが、一斉に逃げ出す。マイティの運転手も、一拍遅れてその後を追った。

 マカロフを仕舞ったルークは、カリーナのロックを解除すると素早く乗り込んだ。エンジンを掛け、道路へと乗り入れ、ハイエースの後を追う。



 ダルハン市はモンゴル北部に位置するモンゴル第二の都市である。人口は、都市圏で約十万人。社会主義国時代の1961年より建設が始まった、人工的な工業都市で、ソビエト連邦を始めとする東側社会主義国より経済援助、技術供与を得て、付近の鉄鉱山を原料供給源とする鉄鋼産業で栄えた都市である。現在では、食肉処理を始めとする食品産業の中心地としても発展している。

 ダルハンの南部は旧市街、北部は新市街と呼ばれている。その旧市街……旧ソ連式の高層アパートメントがうじゃうじゃ建っている……の一郭に、ルークがラーダ・カリーナを停めた。その後ろに、マイクがハイエースを停める。

「こっちで待っていてくれ」

 降りてきたルークが、AI‐10二体とズーメンを、カリーナに押し込んだ。

「どうするのですかぁ~?」

 ベルが、訊く。

「車を乗り換える。ラーダの方は、間違いなく警察に追われているはずだ。トヨタの方も、中国当局を通じて警察が捜しているかも知れない。いずれにしても、車を乗り換えない限り、安心して国境を越えられないからな」

「買うのでありますか? それとも強奪するのでありますか?」

 シオはそう尋ねた。

「もちろん買うんだ。目立つわけにはいかないからな」

「お金は足りますかぁ~」

 ベルが、心配そうに訊く。

「トヨタと交換で一台は手に入るだろう。もう一台を買えるくらいの現金なら持っている」

 ルークが、左胸の辺り……そこに財布が入っているのだろう……をぽんぽんと叩く。

「そんなに簡単に車が買えるの?」

 ズーメンが、訊いた。

「モンゴルの中古車市場は特殊でね。大都市なら、特定の街区に車を売りたい奴が現物を駐車して、付近でうろついているんだ。交換したい車か現金を持っていって、双方が納得すればそれで取引成立だ。書類も税金も必要ない」

「……まるで物々交換なのであります!」

 シオは呆れ気味に言った。

「むしろ闇市風味ですねぇ~」

 ベルが嬉しそうに言う。そんな商習慣なら、出所の怪しげな車でも簡単に売り捌けるだろう。……自動車窃盗が盛んなわけである。

「馬の売買が、そのまま車に置き換わったみたいね。いかにもモンゴル的だわ」

 ズーメンも、嘆息交じりに言う。

「マイク。済まんが、通訳を頼むぞ」

 ハイエースに乗り込みながら、ルークが運転席のマイクに頼んだ。

「ああ。任せておけ」

 不満げな口ぶりで、マイクが承諾する。

 ハイエースが走り去ると、シオとベルはズーメンを守るために周辺の見張りを開始した。一度、どう見ても車上荒らしとしか見えない若者が近づいて来たが、シオとベル二体が揃って睨んでやると、そそくさと逃げ去った。

 一時間ほどで、ルークとマイクは別々に車を運転して帰ってきた。どうやら、無事に中古車を手に入れたようだ。

「……自動車博物館でも襲ったのかしら」

 ズーメンが、ぼそりと言う。

 二台とも、恐ろしくくたびれた車だった。ルークが運転しているのは、軍用車両の製造で有名なGAZのセダン、ヴォルガ3102で、八十年代初期のモデルである。マイクの方は、ヒュンダイの『出世作』となり、一時は韓国の国民車とまで言われたセダン、ポニーの二代目の型式、ポニーⅡで、こちらも八十年代のモデルだ。……中古として韓国から流れてきたのだろう。

「まったく。モンゴル人ってのはケチだな。ろくにガソリンが入ってない」

 マイクが、愚痴る。

「ズーメン、シオ、ベルはそちらに乗ってくれ。わたしは 先行する」

 窓から差し伸べた手でポニーを指し、ルークが指示する。シオとベルは装備をまとめると、カリーナからポニーに移った。



「尾行に気付かれたのは、失態だったな」

 電話の向こうで、カオ部長が叱責する。だが、口調は穏やかだ。

「いかがいたしましょうか」

 アリシアは指示を乞うた。ウェイとゴンは死亡した。マーは事後処理……モンゴル警察との折衝に悩殺されている。今、手元にいる部下は二人だけ。そのうちコンは、ズーハオを追尾中だったが、すでにダルハン市内に入ったところで見失った、との報告が届いている。アルタンブラグにいるモーを加えたとしても、合計四人では、ズーハオの逮捕すら難しいだろう。

「モンゴル側と話はつけた。ズーハオが国境を越えようとした場合は、地元警察と国境警備隊が協力してズーハオを押さえてくれる。君は公的に引き渡されたズーハオとその関係者を、北京まで連行してくれればいい」

 カオ部長が答える。ちなみに、ダルハン駐在の情報員が管理する電話を使っているので、傍受される危険は低く、隠語を使わなくてもいいのはありがたい。ここダルハン市は建設当初からロシア人……当時はソビエト人だったが……が多く居住しており、今でもロシア諜報当局にとってはウランバートルに次ぐ重要拠点であり、中国側も対抗上各情報機関が駐在員を置いているのだ。

「ウェイとゴンのことは残念だった。だが、これでZTに我々が本気だということを見せ付けてやれた。この調子で頼むぞ」

 励ますような口調で言ったカオ部長が、通話を切った。アリシアは、釈然としない思いで受話器を置いた。



 ダルハンのガソリンスタンドで給油した二台のポンコツ車は、順調に幹線道路を北上した。荒涼たる山岳地帯を抜け、一時間半ほどでモンゴル北部セレンゲ県の県都、スフバートル市に着く。そこで幹線道路は東へと向きを変えた。だだっ広い平原の中をひたすら直進して二十分ほど走ってから、道路を外れて枯れ藁色の草地の中に入り込み、低い丘の陰に隠れるようにして車を停める。

 ヴォルガを降りたルークが、さっそく仕事に掛かった。まずはマイクの顔を、モンゴル人風にメイクで変えてゆく。

 シオとベルは暇なので、丘の上に登って腹ばいとなり、周囲の監視を始めた。とはえい、遠くに送電線の鉄塔が見えるのと、道路から二十メートルほど離れた処を、コンクリート製電柱に支えられて電線が平行に走っているくらいで、見るべきものは少なかった。交通量もそれほど多くなく、時折トラックや乗用車がびゅんびゅんと駆け抜けてゆく。そのうちの一台……東へと走っていったシルバーのトヨタ・マークⅡにはアリシア、コン、ツァオの三人が乗っていたが、遠かったためにシオもベルも気付かなかった。

 ルークがマイクのメイクを終え、ズーメンに取り掛かった。二十分ほど掛けて、変装を終える。

「よし。こんなものだろう」

 ルークが言って、手鏡をズーメンに手渡す。

「そっくりね」

 手鏡に映る自分と、パスポートの写真を見比べつつ、ズーメンが驚いたように言う。

「じゃあ、手順を再確認するぞ。わたしがヴォルガで先行して国境を通過する。異常を発見して作戦中止の場合は、すぐに電話連絡する。電話できない場合は、とにかく税関で騒ぎを起こすから、即座に引き返してくれ。ロボットはアルタンブラグに入る前に降ろすこと。君たちは、自分の役割を心得ているな?」

 ルークが、シオとベルを見る。

「はい! あたいとベルちゃんは、適当な場所で潜伏するのであります! 作戦成功の場合は、ルークさんが迎えに来るまでそこで潜伏、作戦中止の場合はマイクさんたちと再合流するのであります!」

 シオはてきぱきと答えた。

 マイクとズーメンが、荷物から衣類を引っ張り出すと着込み始めた。上着を着て、さらにオーバーサイズの上着を羽織る。靴下も重ね履きする。靴も新品に履き替え、履いていた方はポニーの座席の下に突っ込んだ。さらに帽子も被る。ポケットに突っ込める小物は、無理やり突っ込んで私物に見せかける。

「よしよし。これでどう見ても担ぎ屋夫婦だ。じゃ、成功を祈る」

 笑みを見せたルークが、ヴォルガに乗り込んだ。



「ズーハオは?」

 モーの顔を見るなり、アリシアはそう尋ねた。

「まだ姿を現しておりません。……ご紹介します。こちらは、セレンゲ警察のエンフバヤル警督です」

 モーが、傍らに立っていたモンゴル人を紹介した。大きな顔と細い目。がっちりとした体躯と、さながら飛び掛る寸前のような前屈みの姿勢。……典型的なモンゴル人男性である。

 ちなみに、モンゴル人男性の名前には『なんとかバヤル』というものが多いが、『バヤル』は喜びを意味する。

 アリシアは制服を着こんだモンゴル人の階級章を確認した。星二つだ。……モンゴル警察の場合、星一つが『警部補』で、星三つが『警部』なので、その中間の階級らしい。モーが曖昧に『警督』と紹介したが、おそらく二級警督(日本の警察で言えば警部相当)程度の地位だろう。

「ウー中佐です」

 アリシアは英語で言った。モンゴルでは初等教育から英語を習うので、これで通じるはずである。

「中国語は、少しは判ります。上司からは、全面的に協力するように命じられています」

 だどたどしい北京語で、エンフバヤルが言った。

「ズーハオは、きわめて危険な反革命分子であり、テロリストです。貴国の協力に、感謝します」

 アリシアは笑みを見せつつ、エンフバヤルが理解しやすいように、明瞭に発音しながらゆっくりと喋った。そのままズーハオ一味の詳細な説明に入ろうとしたところで、エンフバヤルが北京語に堪能な部下を通訳のために呼び寄せる。

 ズーハオ一味を警戒させないように、国境警備は通常の状態を装う。アリシアらは税関の建物とその手前で待機し、ズーハオを識別してモンゴル側に通報。これを受けて武装警官隊がズーハオの動きを封じて逮捕。その場で、中国側に引き渡す。

 取り決めはすんなりと決まった。



「ここなら、隠れ場所には最適だろう」

 マイクが停めてくれたのは、アルタンブラグの町はずれにある道端に山と積まれたゴミの山であった。大は穴の開いたドラム缶や大型冷蔵庫、小はタバコの吸殻に至るまで、ありとあらゆる廃棄物、不用品、ゴミの類が歪かつ醜悪なピラミッドを形作っている。

「こいつを預けておく」

 マイクが、S&W M649と、予備弾の入った革のケースを差し出す。

「では、お預かりしますです!」

 シオは両手で受け取ると、自分の装備ポーチにむりやり突っ込んだ。

 車が走り去ると、シオとベルはさっそく隠れ場所を作り始めた。ゴミの山によじ登り、適当な窪みを見つけて姿勢を低くする。いい機会なので、二体とも太陽光発電シートを広げた。

 しばらくすると、一匹の野良犬が現れた。餌場を奪われたとでも思っているのか、シオとベルに向かって唸り声をあげて威嚇してくる。

 人が集まってくるとまずいので、やむなくシオはゴミの山を下り、野良犬に立ち向かった。左腕のエレクトロショック・ウェポンを最低レベルにセットし、わざと噛み付かせる。

 効果はてきめんだった。きゃいんきゃいんと啼きながら、痩せた野良犬が逃げ去ってゆく。



「コンです。ポリャコフ元曹長らしき人物を発見。型式の古いヴォルガで国境へ進行中。単独です」

 アルタンブラグ市街を南北に貫いている幹線道路沿いに配置したコンから、電話による連絡が入る。

「現地点で待機。ズーハオに備えて」

 身振りでツァオに『来た』と伝えながら、アリシアはスマホを通じてそう指示を出した。ツァオから連絡を受けたエンフバヤル『警部』が、部下に指示を出し始める。

 ポリャコフが先行し、国境警備の状況を探るつもりだろう。そこで異変を察知しなければ、すぐ後にズーハオが来るはずだ。



「検問所前だ。準備はいいか?」

 スマホを手に、ルークはロシア語で訊いた。

「こちらは準備よし」

 マルカ・ヴァラノヴァの声が応じる。……言うまでもなく、畑中二尉である。

 ルークが国境通過中にトラブル……例えば、中国の意向を受けたモンゴル側が、ルークの正体を看破して逮捕しようとするなど……があれば、ヴァラノヴァが連れてきたロボット三体……こちらも言うまでもなくスカディ、亞唯、雛菊であるが……がロシア側で騒動を起こし、その隙にルークが逃げる、という手筈になっている。

 出国手続きはすんなり終わった。マカロフを含め怪しい荷物はモンゴル側に置いて来たし、パスポートはロシアのものである。アルタンブラグから本国に戻るロシア人など、珍しくもなんともない。そのうえ、モンゴル人はロシア人には好意的である。

 入国手続き……というか、帰国手続きも簡単だった。検疫のために消毒薬の入った容器で靴底消毒をさせられた程度で、あっさりと通過できる。

 ルークはスマホを取り出してマイクに掛けた。

「無事通過した。問題はない」



「ポリャコフはロシア側税関を通過。ロシアに入国しました」

 中国語が堪能なモンゴル人警官が、アリシアに報告する。

「ありがとう」

 にこやかに応じたアリシアは、双眼鏡を取り上げて窓際に立った。

 ズーハオ逮捕の準備はすでに整っていた。三台の警察車両……フォルクスワーゲン・パサートが二台とヒュンダイix35一台……が待機しており、ズーハオが乗った車両の退路を塞ぐ。エンフバヤル『警部』が直卒する警官隊が、ズーハオを取り囲み降伏勧告を行う。銃器による抵抗がなされた場合は、すぐに国境警備隊よりAKMで武装した一隊が応援に駆け付ける。アリシアらは、高みの見物を決め込めばよい。

 逮捕できず、やむを得ず射殺してしまう事態になるかもしれないが、逃がすことはない。アリシアは、そう踏んでいた。



 ルークによるマイクとズーメンの変装は良い出来であった。道路を見張っていたコンの眼をごまかし、国境検問所に近付く。

 だが、アリシアの眼はごまかせなかった。

「ズーハオだわ。変装してる。古いヒュンダイ。ポニーね」

 双眼鏡で道路を見張っていたアリシアは、冷静な声音でそう告げた。

「え」

 その隣で、同じように双眼鏡で見張っていたツァオが絶句する。……変装を見抜けなかったのだろう。

「いい変装だわ。ポリャコフのあとでなければ、見過ごしていたかも」

 アリシアは正直にそう言った。

「ロボットは……居ないようですね」

 ツァオが、言う。

「好都合だわ。モー、エンフバヤル警督に作戦開始を伝えて」

 双眼鏡を眼に当てたまま、アリシアは命じた。


 第九話をお届けします。

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