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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 11 中国反体制派要人亡命支援せよ!
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第八話

 ルークはツイていた。

 八分ほど飛ばしたところで、山間の盆地のようなところにぽつんと建っているロードサイドカフェを見つける。駐車場には、おあつらえ向きのトラックが三台駐車していた。ルークは、その駐車場にラーダ・カリーナを滑り込ませた。

 幸運なことに、そのうちの一台はエンジンが掛かったままで、しかも運転台には人影がなかった。アルミバンタイプの保冷車で、車種はヒュンダイ・マイティだ。

 カリーナを降りたルークは、マイティの運転台に駆け寄った。だが、彼のツキもそこまでだった。運転手らしい巨漢のモンゴル人が、咥え煙草でトラックの後ろからぶらりと現れる。

 モンゴル人が、運転台のドアに手を掛けているルークを見て、顔色を変える。車上荒らしか、トラック泥棒と思い込んだのだろう。ルークは慌てずに財布を取り出すと、どたどたと駆け寄ってきたモンゴル人の鼻先に素早く引き抜いた二十ドル札を突き付けた。

「済まない。ダルハンまで、乗せて行ってもらえないかな」

 紙幣で気勢を削がれたモンゴル人に、ロシア語で話し掛ける。モンゴルは小学校と中学校は義務教育であり、中学校ではロシア語が必修科目となっているから、このモンゴル人ドライバーが真面目に学校に通っていたならば、ルークが喋っている内容は理解できるはずだ。

「車の故障か?」

 モンゴル人が、ひどい発音のロシア語で問う。

「そんなところだ」

 ルークは、曖昧な笑みでごまかした。

「飯を喰おうと思って、停めたばっかりなんだが……」

 モンゴル人が言う。ルークはすぐに嘘だと見抜いた。モンゴルのガソリン価格はロシアよりも高く、国民所得を勘案すればかなりの高額だ。保冷車だからエンジン掛けっぱなしは当然だが、ドライバーがガソリンを節約しないわけがない。食事など、車内で走りながら済ませるのが普通だ。おそらく、トイレ休憩に寄っただけだろう。

 ……時間がない。嘘に付き合ってやるか。

「もう五ドル出そう。二十五ドルで頼む」

 ルークはそう提案した。ダルハン……モンゴル第二の都市……はそれほど離れていないし、このトラックはおそらくロシア向けの冷蔵食肉の輸送車だろう。ダルハンは通り道だから、二十ドルでも破格の報酬と言える。

「よし、乗れ」

 モンゴル人が、手を差し出しながら言う。ルークは二十ドルに五ドル札を足して渡すと、運転台の右側に乗り込んだ。韓国車なので、ちゃんと左ハンドルである。

 北へ向けて走り出したところで、ルークはさっそくマカロフ自動拳銃を抜き出した。驚くモンゴル人ドライバーから携帯電話を取り上げ、トラックを停めて降りるように命ずる。……二十五ドルは、せめてもの詫びの印に返してもらわなかった。

 驚きに目を見開いて路肩に突っ立っているモンゴル人ドライバーを尻目に、ルークは道路脇の平原も利用してマイティを方向転換させた。どうせすぐにモンゴル人が走っている他の車を呼び止め、警察に通報されてしまうだろうが構いはしない。近くの町から警察が駆けつけてくる頃には、すべて終わっているはずだ。

 ルークはアクセルを踏み込み、わずかのあいだ南下すると、再度方向転換して北に車首を向け、右の路肩にエンジンを掛けたまま停止した。右側には平らな草地が広がっているが、左側は荒地で、大小の岩が……最初のターゲットは、黒いトヨタ・カムリだ。



 前方に、トラックが停まっていた。

 停車の理由は、いくつか考えられた。電話を掛けている、ロードマップを確認している、車の故障、あるいは、急病。

 ……怪しい。

 だが、アリシアの勘は、そのトラックが危険なものであると告げていた。

「気を付けて、ツァオ!」

 アリシアの言葉を聞き、ツァオが大きく反対車線にはみ出るようにしてトラックを迂回しようとする。

 いきなり、トラックが動いた。左へハンドルを切った状態で発進し、トヨタ・カムリの進路の妨害に出る。

 ツァオの反射神経は見事なものであった。左へ急ハンドルを切り、トラックとの衝突を避けようとする。カムリは路肩を乗り越え、荒地へと走り込んだ。

 ブレーキを掛けつつ、ツァオは前方に転がる大岩を避けようと右へハンドルを切った。荒れた地面にバウンドしながら、カムリはぎりぎりのところで大岩との衝突を回避する。だが、避けた先には蹲った仔牛ほどの岩が待ち構えていた。がしゃんという音と共にバンパーをへこませたカムリが、その岩の上に乗り上げて止まる。濛々と巻き上がった砂色の土煙が、ゆっくりとした動きで傷ついたカムリを覆い隠してゆく。



 ……手加減し過ぎたか。

 ヒュンダイ・マイティを平原で方向転換させながら、ルークは反省した。万が一、関係のない車だった可能性を考慮し、絶対に死人が出ないように軽く接触するだけに留めようとした結果、思惑通りにカムリを弾き飛ばすことに失敗してしまったのだ。

 まあいい。足止めには成功したのだから。次は、白いカローラだ。



「主任!」

「大丈夫だ」

 アリシアは突っ張っていた手足から力を抜きながら言った。シートベルトをしていなかったにも関わらず、怪我らしい怪我をしなかったのは、やはり訓練の賜物だろう。

「やめておきなさい」

 拳銃を抜いて車外に出ようとしたツァオを、アリシアは言葉で制止した。トラックはすでに走り去ろうとしている。拳銃で制止するのは無理だ。

 周囲には、敵の気配は無かった。もしこれが複数の敵による周到に準備された襲撃であったならば、とっくに銃撃されているはずだ。それが無いということは、これは先ほどラーダで追い抜いて行ったポリャコフ元曹長による単独攻撃だったことを意味している。

 アリシアは自分のスマホを探した。だが、衝撃でどこかに吹っ飛んでしまったらしく、見つからない。

「ツァオ。ウェイに連絡して警告。ポリャコフが次に狙うのは、間違いなく彼らよ」

 固い声で、アリシアは命じた。



 ルークは反対車線を注視した。

 スバル・フォレスター、トヨタ・プリウス、キアの小型車、セラトーを見送ったあとに、白いカローラが現れる。

 ルークは減速すると、センターライン寄りにマイティを寄せた。目を凝らし、カローラの運転手を確認しようとする。白いカローラは日本同様、モンゴルでもありふれている。誤って、家族連れでも乗っている車をクラッシュさせるわけにはいかない。

 間違いない。中国系の若い男が一人で運転している。後部座席にも、一人しか乗っていない。

 スークは左へハンドルを切ろうと身構えた。すぐに右に切り返すことにより、マイティの荷台を反対車線に振り出し、カローラを衝突させようという作戦である。

 だが、カローラの運転手はその動きを読んでいた。わずか三十秒前であったが、ツァオからの連絡で保冷トラックに注意するように警告されていたのだ。急ブレーキを掛け、カローラを横向きに停車させる。素早く降車した二人の男が、自動拳銃……92式手槍を握った腕を上げ、走ってくるマイティに向ける。

 ルークは一瞬の迷いもなく左へ急ハンドルを切った。映画なら突っ込んでいくところだが、キャブオーバータイプトラックの運転台の防弾性能などたかが知れている。撃ちまくられれば、被弾は確実である。

 中国人二人が、発砲した。マイティの運転台右側ドアに射弾が集中し、サイドウィンドが割れる。ルークはガラスの破片を浴びながら左側ドアを開け、車外に転がり落ちた。前輪タイヤに背中を預け、マカロフ自動拳銃を抜き出す。

 一般的な車両の場合、もっとも防弾性を期待できるのはエンジンブロックだ。その次に頑丈なのが、タイヤホイールである。タイヤそのものは銃弾が貫通してしまうが、上部は車体の陰にあるし、下部は地面に近いので被弾の心配は少ない。

 ルークは身を起こすと、サイドミラーをもぎ取った。それを左手に持ち、トラック前部から突き出して、中国人二人の様子を窺う。

 その動きが注意を引いたらしく、ミラーに射撃が集中した。一発がミラーカバーを掠め、ルークの左手に衝撃が走る。

 ……腕前は悪くないようだな。

 ルークはミラーを引っ込めた。



「前方で銃撃戦なのです!」

 指差しつつ、シオは叫んだ。

 状況はすぐに判った。二車線道路を塞ぐように横向きに止まった白いカローラを楯にして、二人の男が拳銃を撃ちまくっている。狙っているのは、同様に横向きに止まっている保冷トラックだ。トラックからも撃ち返されているようだが、男二人は怯むことなく射撃を続けている。

「突っ込むぞ!」

 マイクが、いつもとは違う甲高い声で叫んだ。

 シオとベルはスライドドアを開くと、マカロフを握った腕を突き出した。ロボットなので利き腕はなく、左手でも拳銃を扱えるのは便利である。

 マイクが、突然の銃撃戦で驚いて停車しているレンジローバーとホンダ・シビックを避けようと、ハイエースを反対車線に入れる。ところが、銃撃戦に巻き込まれるのを恐れて引き返そうとしたトヨタ・クラウンが反対車線に出てきたので、急ハンドルを切る羽目になった。ハイエースの車首が、黒塗りクラウンの後部を掠める。

「安全運転でお願いしますぅ~」

 ベルが文句をつける。

 ハイエースの爆走に気付いたカローラの男二人が、身を低くすると拳銃をこちらに向けた。突進を止めようと、発砲を開始する。

「あたいは右のやつを殺るのであります!」

「ではわたくしは左の方を撃たせていただきますですぅ~」

 シオとベルはマカロフを撃ち出した。光学照準だけであり、しかも走行する車両からの射撃なので精度は甘かったが、弾倉内の八発を撃ち尽くした頃には二体とも一発ずつ命中弾を得ていた。ベルが狙った男は胸部に被弾して崩れ折れ、シオが狙った男は右腕に被弾して92式手槍を取り落とす。

 マイクがハイエースを急停車させた。飛び降りたマイクを見て、右腕に被弾していた男が、左手で92式手槍を拾い上げる。もう一人の男は、倒れたまま動かない。……死んでいるのか、あるいは重傷を負って動けないのか。

 マイクが自分の拳銃を抜いた。コンパクトなリボルバー……S&Wのボディガードだ。

 射距離十五メートルほどで、マイクが発砲した。装填されていた五発すべてが発射され……すべてが外れた。

 中国人が、92式手槍を発砲した。負傷していたこと、そして利き腕でない左手で撃ったことから、初弾はマイクの脇腹の数センチ右側を通過する。

 シオは新しい弾倉をはめ込んだマカロフを中国人に向けて撃った。9ミリ弾は胸部に命中し、中国人が絶命して路面に転がる。

「マイクさん、射撃がお上手ではないのですぅ~」

 ベルが、ずけずけと言う。

「す、すまん。ちょっと慌てていた」

 リボルバーから排莢しながら、マイクが言い訳する。シルバーフレームのボディガード。ステンレスモデルのM649だろう。

 シオはマカロフ片手に中国人二人の様子とカローラの中をチェックした。どちらも絶命しているし、カローラの中にも不審なものはなかった。

「人民解放軍の身分証明書ですねぇ~」

 ベルが、倒れている中国人の懐から赤い二つ折りの身分証明書を取り出した。人民解放軍のマークである『八一』が中に描かれた赤い星の下に、中国人民解放軍と記され、その下に『士官证』とある。中国語の士官は、下士官を意味するので、階級は軍曹に相当する軍士長あたりなのだろう。ちなみに、『士官』は中国語では『軍官』になる。

「堂々と身分証明書を持ち歩いて国外で工作活動とは、凄いのであります!」

 シオは驚いた。普通、工作員は身分を徹底的に隠すものである。

「モンゴル側と、話がついているのでしょうかぁ~」

 ベルが言う。それならば、身分を詳らかにした方が活動はし易いだろう。

「助かったぞ。礼を言う」

 保冷トラックの陰から、ルークが出てきた。周囲の安全を確認してから、握っていたマカロフを仕舞う。

「早いとこずらかろう。こいつの持ち主が、警察に連絡しているはずだ」

 ルークが、親指で肩越しに保冷トラックを指差す。

「ま、気を落とすな」

 マイクが全弾外したのをしっかりと見ていたルークが、装弾を終えたM649をポケットに突っ込んだマイクの肩を気安く叩く。マイクが、笑みを浮かべているルークの横顔を睨んだ。



「はい?」

 アリシアは、自分のスマートフォン……後部座席とドアの隙間に挟まっていたのをようやく見つけた……を耳に当てた。

「コンです。WZたちがウェイたちと交戦した模様です。銃声が聞こえました。現在、WZの車両の後方七十メートル。こちらには気付いていないものと思われます」

 早口で、コン……トヨタ・マークⅡで距離を置いてハイエースの後方を走っていた……が報告する。

「ウェイとゴンは?」

「沈黙しています。制圧されたと思われます」

 冷静な口調で、コンが報告する。

「WZの護衛は?」

「ロシア人、中国人、二体のロボットいずれも健在です。車外活動中」

 ……ウェイもゴンも若手だが、間抜けではない。それを短時間で制圧したとすれば、連中の腕前は相当なものだろう。ここでコンとマーの二人だけで立ち向かったとしても、勝ち目はない。

「手は出さないで監視を続行。あなたはWZが動き出したら充分な距離を置いて尾行して。マーは現場に残してウェイとゴンの救援を」

「了解しました」

 アリシアは通話を切った。カムリの様子を調べていたツァオが、アリシアの視線を捉えてうなずく。

「エンジンは問題ありません。左の前輪の下に石を積み上げてやれば、脱出できますよ」

「ならば、さっさと逃げ出しましょう」

 アリシアは、周囲に散らばっている大き目の石を拾い集め始めた。ツァオが、それを積み上げてタイヤの『足掛かり』を作ってゆく。

 ほどなく、路上にWZの乗るハイエースが現れた。二人は、作業の手を止めてそれを見送った。

 ツァオが、問い掛けるような視線をアリシアに向ける。

 アリシアは首を振った。ツァオに対し、当面WZに対して積極的な行動は起こさない、という意思表示であったが、同時にこれはアリシアの内心の戸惑いをも意味していた。

 カオ部長は簡単な任務だと言った。だが、WZの護衛は尾行に気付くと、果敢に反撃してきた。わが上司は、このような事態を想定していたのだろうか?


 第八話をお届けします。

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