第二十五話
玄関のチャイムが鳴った。
のんびりと新聞を読んでいた高村聡史は、物憂げに立ち上がった。REAとの戦争が終わってから、もう一週間になるが、いまだシオは帰ってこない。気になって、防衛省のマニュアルに載っていたお問い合わせ番号に電話してみたが、『戦後の処理』任務に就いている、とだけしか教えてもらえなかった。
「どちらさま……」
ドアを開けた聡史の目に、黒髪の頭頂部が入った。慌てて視線を下げる。
シオがいた。満面の笑みを浮かべた、シオが。
「ただいまです、マスター!」
元気よく言ったシオが、早く入れてくれと言わんばかりに足踏みする。
「やっと帰ってきたか」
聡史はシオを部屋に上げると、その頭をぐりぐりと撫でた。
「マスター! シオはお約束どおり無事で元気に帰ってきたのです! マスターのお顔を見れて、本当に嬉しいのです!」
「俺もお前が帰ってきてくれて、本当に嬉しいよ。ところで、自衛隊でなにやってたんだ?」
「もちろん、日本を防衛したのです! お友達も、たくさんできたのです! みんなと力を合わせ、敵をいっぱいやっつけたのです! 尊い犠牲も払いましたが、日本とマスターを守りきることができたのであります!」
日本政府は、自衛隊によるヴォルホフ基地攻撃作戦が行われたことを公的に認めたが、スノーフレーク作戦の詳細はいまだ機密事項である。シオに貸与された各種ROMは取り外され、ダイアリー・データ内のスノーフレーク作戦に関連する部分は、すべて慎重にコピーされたうえ、消去されている。
しかしながら、AI‐10は優れた学習機能を持っており、経験をすぐさま分析し、パーソナル・データ内に組み込むことが可能だ。シオも、スノーフレーク作戦で得られた経験を、すでに自分のパーソナリティを構成する基礎と言えるパーソナル・データ内に大量に取り込んでいた。これらを下手に消去すれば、AI‐10の売りである後天的学習で獲得したパーソナリティを大幅に損ねる危険性がある。それゆえ、シオはきわめて断片的にではあるが、スノーフレーク作戦に関する記憶を保持していた。
「へえ。そうか。それはお手柄だったな」
聡史は苦笑しながら褒めてやった。どうせ、以前に見た戦争映画の主役にでも自分をなぞらえてふざけているんだろう、と思う。
「もうすぐお昼ですね! ではさっそく、お昼ご飯の支度でもしましょうか!」
「いいね。久しぶりに、シオの作ったおいしいご飯が食べられる」
「では、支度するのであります!」
シオは冷蔵庫を開けた。……缶ビールと調味料類しか入っていない。
「マスター! あたいが留守のあいだ、お買い物をさぼってましたね!」
「すまん」
「お米もパンもないのですか! 冷凍食品もないです! これでは、ご飯の支度が出来ないのです!」
シオはぱたぱたと部屋中を走り回って食料を探した。ようやく、流し台の下にカップラーメンを発見し、引っ張り出す。
「これしかないのです!」
「お、これはお前の名前の由来になった塩ラーメンじゃないか。昼飯は、これでいいよ」
聡史はシオが差し出したカップラーメンを、懐かしそうにひねくり回した。
「では、作るのです」
シオは電気ポットに水を入れ、湯を沸かし始めた。外装フィルムを剥がし、蓋を開け、粉末スープを入れる。沸いた湯を注ぎ込み、蓋を閉める。
「三分間、待つのです!」
シオは座っている聡史の前に正座した。
「そうだ。服を洗濯しようか。結構汚れたんじゃないのか?」
聡史が言って、シオのワンピースの裾を触った。
「そうですね。では、お着替えするのであります」
シオは水色のワンピースと黒のスパッツを脱いだ。衣装ケースに腕を突っ込み、黄色いミニワンピースを取り出す。
「おや。そのパンツ……」
「どうかしたのでありますか、マスター?」
聡史は首をひねった。たしか、シオは白地に緑色の縞パンを穿いていったはずだ。しかし、いま眼の前にいるシオは、白地に紺色の縞パンを穿いている。
……こんなパンツ買ってやったっけ?
聡史はシオが脱ぎ捨てた水色のワンピースとスパッツも検めた。新品だったスパッツはともかく、水色のワンピースはまったくくたびれていない。まるで新品同様だ。
汚れたから同じものを自衛隊側で買ってくれたのだろうか。衣服の汚損に対する保障はないと、マニュアルには書いてあったはずだが。
「マスター、三分経過したのであります!」
黄色いワンピースを着込んだシオが、告げる。
……ま、いいか。
聡史はカップラーメンの蓋を剥がした。シオが、箸を差し出す。
シオの幸せそうな笑顔を湯気越しに眺めながら、聡史は旨そうに塩味のカップラーメンを啜り込んだ。
Mission01 ……とりあえず成功
これにてMission01終了です。読了ありがとうございました。次回よりMission02『日本大使奪還せよ!』開始です。




