第二十話
アーサーのコマンドに従い、いったん南方へと飛行した#4は、すぐにA835を二台の車両が高速接近しつつあるのを感知した。諸状況から、即座にこれを敵性目標であると判断する。
すでに#4のAIは、#3が行方不明になっていることを承知しており、その原因は火器による損傷だと推測していた。したがって、今現在A835を走行中の車両に、スパローホークを撃墜するに足る火器が搭載されている可能性は高い、と判断できる。
#4は側方に移動して距離を置きながら、センサー類を二台の車両に向けた。光学ズームと電子ズームを併用して、車両を観察する。……機関砲、重機関銃、ミサイルランチャーなどは、確認できない。
#4は瞬時迷った。敵性目標の最警戒武装が何であるか、即断できなかったからだ。
車内に隠せるサイズの対空火器ならば、軽機関銃やアンチマテリアルライフルなどの銃器か、携行型対空ミサイルであろう。
目標の武器が銃器ならば、こちらは高度を上げて距離を保って攻撃するのが有利だろう。しかし、もし目標の武器がミサイルだった場合は、中途半端な高度での飛行は『撃墜してください』と頼んでいるに等しいことになる。もちろんその逆も然りで、ミサイルの照準を避けるために低空に舞い降りれば、銃器にとっては撃ちやすい的となるであろう。
……敵性目標の最警戒武装は軽機関銃ないしアンチマテリアルライフルと推測する……。
#4はそう判断を下した。今のところ、敵は警察組織だけと思われる。このような組織が、携行型対空ミサイルを装備している可能性は少ない。それに、低RCSのうえ赤外放射も少ない電動ドローンを、携SAMで撃墜するのは難しいはずだ。ここは銃器だと推測するのが、妥当だろう。
#4は高度を上げつつ、接近する車両の迎撃に向かった。
「ブルックリンたちが、スパローホークに攻撃されて足止めを喰ってるよ!」
レンジローバーのルーフの上でメインコントローラーを操作しながら、ジョーが叫ぶように告げる。ヴィットルをぶら下げた#2から送られてくるカメラ画像を、直接ケーブルにより視覚データとして取り入れているのだ。
「あ、スパローホークが見えた。よし、ヴィットル頼むぞ!」
ジョーが、メインコントローラー付属のディスプレイ上で、仮想ジョイスティックに指を当てる。
#4は戸惑った。
こちらに接近しつつあるのは、奇妙なスパローホークであった。機体下部のジンバルの下に、中型の四足獣にしか見えない物体を装着している。
これも敵性目標か。
#4はそう判断した。IFFに反応はないので、そのような前提で対処するしかない。
#4は搭載ミニミの銃口を目標に指向した。それに気づいたのか、敵飛行目標が進路を変える。#4は、それを追った。
主要なセンサー類はすべて敵飛行目標に指向されていたので、八百メートルほど離れた路上に停まっているアウディQ7の陰から、二体のヒューマノイド・ロボット……ブルックリンとスカーレットが走り出し、白樺林の中へと駆け込んだことに、#4は気付かなかった。
ジョーは後部カメラからの広角映像で#4の位置を確認しつつ、#2を巧みに操って逃げ回った。#4が、有利な射撃位置を得ようと、必死に#2の尻に喰らい付こうとする。
#4にはレーダー測距儀など搭載されていないし、そのFCS(射撃統制装置)も空対空射撃を想定したものではない。お互い空中機動しながら距離を置いて射撃しても、命中はおぼつかないのだ。充分に距離を詰め、絶好の射撃ポジションを得てからでなければ、撃っても無駄である。
『ボス。位置に付いたよ。アウディの真東四百ヤード』
ブルックリンから、通信が入った。ジョーは、メインコントローラー上のムービングマップで、ブルックリンの位置……そこには当然、スカーレットも居る……と、#2の現在位置を把握した。
「了解だよ! 少し待っていてくれよ!」
ジョーはそう返信すると、操縦に集中した。
敵性目標が、高度を下げた。
好機と見た#4は、距離を詰めた。
敵性目標の高度が、さらに下がる。対地高度は、五十メートルほどか。
#4は、それ以上の高度を保った。あまり下がると、機動の余地を無くしてしまうおそれがある。三次元にしろ二次元にしろ、高速目標の追跡を行う場合は、敵が急変針しても余裕をもって追随できるだけのスペースを確保し続けることが肝要である。さもないと、オーヴァーシュートしてしまい、敵に後ろを取られる危険がある。
敵性目標が、低空を直進する。#4は、彼我の距離を光学的に四百メートルと見積もった。もう少し接近すれば、撃墜のチャンスだ。
#2が、低木の茂みに隠れているブルックリンとスカーレットの上空を通過した。
ほぼ同時に、スカーレットが発砲した。#2の直進に合わせて、真っ直ぐに接近してきた#4を、12.7×99が貫通する。
細かい破片を撒き散らしながら、コントロールを失った#4が、おもわず身をすくめたブルックリンとスカーレットを秒速五十メートルで掠めるようにして通過し、背後の白樺に激突して砕け散った。
「あいつをいただくぞ!」
ジャックは、マキシティを路肩に停めると飛び降りた。
先ほどからジャックは、乗り換える車を物色しつつ速度の上がらないマキシティを運転し続けていた。しかし、国道脇に点在する農家やコテージ、小さなホテルなどに停めてある車はいずれも小型車ばかりで、テンペストを積めるような車両は見当たらなかったのだ。
ようやく見つけたのは、コテージの前に停まっていたDAF LFトラックだった。マキシティと大差ない大きさのパネルバンで、運転台には髭面の運転手の姿も見える。
ジャックが駆け寄ると、運転手は吸っていた煙草を放り投げて、慌てて転がり落ちるように運転台から降り、そのままコテージの方へ走って逃げて行った。……服のあちこちに血痕を付け、突撃銃を手にした男が、血相を変えて走って来たのだから、当然の反応であろう。運転席に顔を突っ込んだジャックは、エンジンキーが刺さったままであることに安堵した。
シャーロットが、さっそくテンペストをマキシティから降ろし、LFの荷台カーゴルームに乗せる。アーサーも、サブコントローラーと自分のAR‐15を抱えてLFに駆け寄ってくる。
「ジャック、#4もやられたみたいだ。通信途絶直前の様子からすると、地上からの銃火でやられたらしい」
アーサーが、焦った口調で告げる。
「位置は?」
「五マイルくらい南だ」
アーサーが、即座に答える。
「なら、逃げ切れる。#1に、直衛に付くように指示してくれ」
ジャックはそれだけ言うと、運転席に乗り込んだ。こちらにはまだ#1が残っているし、アラプールまではもう四マイルもない。追っ手が追いつく前に、アラプールに着けるはずだ。そこに、二人の仲間と五十フィート級モーターヨットが待っている。三十ノット(時速五十五キロメートル)出せるから、ルイス島まで一時間半もあれば着ける。
アクセルを吹かしたジャックは、LFを国道に入れて加速した。あっというまに、速度は時速七十マイルに達する。ずっと三十マイルでの走行を強いられていたので、ジャックの気分は爽快となった。
「空色のトラックが乗り捨ててある! ここで乗り換えたのかな?」
#2からの映像を確認したジョーが、言った。
相変わらずの、レンジローバーのルーフ上である。前方一キロメートルほどの処を、追跡を再開したアウディQ7と、フォード・フィエスタが走っている。
「乗り換えたと仮定して追いましょう。乗り捨てたのであれば、遠くへは行けないでしょうし」
スカディが、言う。
「了解だよ!」
ジョーが答えて、メインコントローラーの操作に戻る。
LFトラックの至近で警戒を続けていた#1が、#2の接近を感知する。
#1は、#4が撃墜された経緯は知らなかった。しかし、#4が通信不能に陥ったのは、『接近してきた奇妙なスパローホーク』と交戦を開始したあとだ、ということは承知している。
……『奇妙なスパローホーク』には強力な空対空装備が備わっている。
#1のAIは、そう推測していた。
最大限の警戒態勢で、#1は#2に迫った。#2の方も警戒しているらしく、自ら距離を詰めようとはしない。#1は、距離を保ったまま相手の出方を窺った。
……まずい。
#1は方針を転換し、#2に向かって突進を開始した。このままでは、最優先防護目標であるIFFトランスポンダー、アルファ、ブラボー、チャーリー……すなわちLFトラックに乗る三人と切り離されてしまうと気付いたからだ。
#1の判断は遅すぎた。#2が急加速して低空に舞い降り、トラックの前に出る。
ヴィットルは、三個搭載しているL2A2手榴弾のセイフティハンドルを押さえていたパラコードを爪で引っ掻いて切った。そしてすぐに、弾体を結わえていたパラコードも切る。
三個の手榴弾が、国道の路面に落ちると転がった。走ってくるLFトラックの真正面である。
運転していたジャックの反応は遅れた。まさか、いきなり爆撃されるとは、思ってもみなかったのだ。
三個の手榴弾が、ころころと路面を転がりながら相次いで爆発した。多数の弾片が、トラックに浴びせられる。
エンジンは無事だったが、前輪は二つとも弾片に切り裂かれた。ラジアルタイヤが引き裂かれ、ホイールが火花を撒き散らしながら路面を削り始める。焼け焦げたゴムの断片が飛び散り、LFトラックは黒いタイヤ痕を残しながら急速にスピードを落としてゆき、路上に停止した。
LFトラックは走行不能となった。
「くそっ」
AR‐15をつかみ取ったジャックは、トラックを降りた。
左前方には、すでにアラプールの街が海を挟んで望見できた。直線距離で、一マイルちょっとというところか。
「この先に、ホテルやコテージが集まっているところがある。そこなら、車が調達できるはずだ」
パネルバンから降りてきたアーサーが、言った。
「よし、行こう」
頭上で空中戦を展開している二機のスパローホークを気にしながら、ジャックは宣言した。テンペストを降ろしたシャーロットが、それにひらりと跨る。
テンペストが、速歩で走り出す。その両脇を、AR‐15を手にしたジャックとアーサーが走った。
乗馬した姫を守る徒歩の銃士二人、といった場違いな雰囲気を醸し出しながら、三人と一頭はA835の北上を再開した。
亞唯が、レンジローバーのルーフによじ登る。
差し出されたケーブルを受け取ったジョーは、それを自分のポートに差し込んだ。亞唯の強化された視覚情報を貰い受けて、#2の操縦に役立てようという思惑である。
#2と#1の戦いは手詰まりに陥っていた。重量が軽い分、#1の方が有利だが、#1は#2が装備している……と思い込んでいる……強力な空対空兵器を警戒し、容易には接近してこない。ジョーの方も、視覚情報が搭載カメラだけという限定された状態で戦うのは無謀だと判断しているので、積極的に仕掛けていなかった。#1は接近したフィエスタとアウディも警戒しており、時折威嚇射撃を加えてくるので、こちらも迂闊に動けず、スカーレットのアンチマテリアルライフルで罠を仕掛けるのも難しかった。
「見えた!」
前方を注視していた亞唯が、鋭い声をあげた。小さな点がふたつ、飛び回っているのが確認できる。
「さすがだね! よし、これで勝てるよ!」
ジョーが、すかさず#2の機動を開始する。
視覚情報が増えたおかげで、ジョーのAIは三次元での相対機動モデルを組み立てやすくなった。つまりは、先読みができるようになったのである。
それに基づき、#2の動きも鋭いものに変化してゆく。……計器だけに頼って飛んでいたパイロットが、目隠しを外したらこんな感じになるのであろうか。
#1の対応が、遅れ始めた。それに乗じ、#2が背後を取る。
ヴィットルは、自らの視覚で#1を捉えると、鉄パイプに前脚を掛けた。視覚情報に重ね合わせた仮想火線に#1が重なったところで、鉄パイプを手前に引く。
三丁のHK53が一斉に火を噴いた。数弾が、#1に命中する。
ローターの一基が停止した。一瞬バランスが崩れたが、#1のAIが各所のセンサーからの情報を元にバランスの修正を行い、なんとか持ち直す。
だが、その間の機動はお留守となった。隙を衝いて#2が距離を詰め、ヴィットルが二撃目を放つ。
今度は制御中枢に命中弾があった。電源を断たれた#1は、国道脇の野原に向け不規則な回転を行いながら落ちて行った。
「おっと、ローバッテリー警報と高温警報だ。今までよく持ってくれたね!」
ジョーが言って、#2の着陸場所を探し始めた。
デニスが、レンジローバーを止めた。ヴィットルを吊った#2が、そのすぐ脇の路上にしずしずと降りてくる。ローターに吹き散らされて薄くなっているが、灰色の煙がボディから一筋漏れているのがわかる。
シオたちはローターが止まるのを待ってから、ヴィットルをスパローホークから解放してやった。自分たちのHK53を回収し、新しい弾倉をはめ込む。
「ブルックリンから連絡だよ! 連中、また車を奪ったらしい! 今度はホテルの前に停めてあった白のフォルクスワーゲン・キャディ・マキシ。相変わらず、アラプールを目指してるみたいだ。でも、ブルックリンたちとボールド警部補、ミスター・マッコーリー、それにコンロン警部とその部下たちがすぐ後ろに付けてるから、逃げられはしないよ! ボクたちも、追いかけよう!」
ルーフの上から、ジョーが言う。
「おやぁ~。誰か来ますねぇ~」
ベルがのんびりとした口調で言って、南方を見た。
一台の車が近付きつつあった。見覚えのある、フォード・モンデオだ。
ヴィットルが、犬のように嬉しそうに尻尾を振った。
レンジローバーのそばまで来て停止したモンデオから、ソニア・セルパが降り立った。ヴィットルが、駆け寄る。
「警察無線はモニターしていました。もう、危険はないでしょう」
運転席から顔を突き出したメアリーが、言う。
「たぶんな。距離を開けて付いて来たまえ」
デニスが、やや不満そうな口ぶりで許可を出す。
一同はそれぞれの車両に納まった。ヴィットルは、ソニアにくっ付いて、モンデオに移った。
フォルクスワーゲン・キャディ・マキシはミニバンタイプの5ドア商用車である。通常のミニバンよりもルーフは高い位置にあるが、それでも馬を乗せるには低い。
というわけで、テンペストは蹲ったうえに首を開け放った後部ドアのあいだから突き出す、という姿でキャディのカーゴスペースに収まっていた。シャーロットがその脇に座り、ジャックが運転席、アーサーが助手席という布陣である。
キャディはアラプールの市街地に入りつつあった。右に曲がっているA835に入らずに、海岸沿いのショア・ストリートを駆け抜ける。左手にはビーチがあり、前方左手にはアラプール港の埠頭が見える。そこには、脱出用の五十フィート級モーターヨットの姿もあった。あと五百メートルほど走れば、船に乗れる。
「追っ手は?」
運転を続けながら……歩道を歩く人が多いので、全速で飛ばすのは少々怖い……ジャックは訊いた。
「大丈夫。真後ろにはいない。半マイル(約八百メートル)は離してる! 逃げ切れるよ!」
バックミラーを見つつ、アーサーが叫ぶ。
「なんとしても追いつけ!」
コンロン警部は、ハンドルを握る巡査を叱咤した。
フォード・フィエスタはA835を驀進していた。逃げるキャディとの距離は若干縮まったようだが、それでもまだ八百ヤード近く遅れている。
無線には、アラプール警察署の警察官からの絶望的な報告も入っていた。テロリストが逃走用に用意したと思われるモーターヨットに、突撃銃で武装した容疑者二名を確認。接近および出港阻止は不可能。さらに、海岸通りを走ってきたフォルクスワーゲン・キャディを視認。
一分以内に、キャディは埠頭に到達するだろう。そのころになってようやく、フィエスタはアラプール市街地に差し掛かるはずだ。こちらが埠頭に駆け付けた頃には、モーターヨットは出港していることになる。
コンロン警部は、樹林のあいだからちらりと見えている湾を見やった。何隻かの小型ヨットとランチが確認できる。……その一隻を拝借して追跡すれば……。
コンロン警部は首を振った。無理だ。たとえ高速のモーターボートを調達できたとしても、出港準備が整う頃には、テロリストたちは外海へと出ているだろう。追いつけるわけがない。
第二十話をお届けします。




