第二十四話
「繰り返してお伝えしていますが、ホワイトハウスのロバートソン主席報道官は、日本時間午前六時過ぎに記者会見を開き、東アジア共和国のウグロフカ弾道ミサイル基地が米露両国の合同部隊によって制圧され、配備されていた核弾頭すべてが押収された、と発表しました。制圧の際に行われた戦闘で、米露とREA軍の双方に死傷者が生じた模様ですが、詳しいことはわかっておりません。この件に関し、ワシントンで記者会見したバトラー国務長官は、ウグロフカ基地に配備されていた核ミサイルの目標が東京であったことを公式に認めました。なお、この件に関し、タッカー大統領がワシントン時間午後五時、日本時間午前七時より会見を行う予定であると発表されました。この会見の模様は、始まり次第お伝えします」
「はあ~。どうやら、ひどいことにならずに収束しそうだな」
テレビを視聴しつつ朝食を掻き込みながら、高村聡史はつぶやいた。
シオがいないので、朝食は自分で支度するしかない。遅刻しないために、聡史は以前よりも早起きを強いられていた。
「ではここで、軍事評論家の城山拓真さんにお話をうかがいます。今回の米露合同部隊によるウグロフカ基地制圧に関して、どのような分析をされますでしょうか」
「ウグロフカ基地は、ロシアとの国境から五十キロメートルほどの距離にあります」
手にしたフリップを指し示しながら、中年の軍事評論家が説明を始める。
「詳細は不明ですが、ヘリコプターを主体とした強襲作戦が行われた可能性が高いでしょう。国境から距離のあるヴォルホフ基地では、このような作戦はまず不可能であり、そのような意味でウグロフカ基地に核弾頭があったことは、僥倖であったと……」
聡史はテーブルの上のリモコンを押して、チャンネルを変えた。
「……新たな情報が入ってきました。米露合同部隊のウグロフカ基地強襲作戦とほぼ同時に行われたヴォルホフ弾道ミサイル基地攻撃に関する新たな情報です」
女性キャスターが、早口で喋っている。
「えー、ヴォルホフ基地攻撃は、米軍の作戦ではなかったことを、アメリカのバトラー国務長官が明言しました。さらに、国務長官は日本政府の要請に基づき、自衛隊に対し特殊作戦用の航空機を緊急供与したことを認めました。ワシントンでは、ヴォルホフ基地への一連の攻撃は日本によって行われたものだ、という観測がすでに広がっている模様です。なお、この件に関して、日本政府および自衛隊からの公式な発表は、いまだなされておりません……」
「川越君、これはいったい……」
国土交通大臣は、待ち受けていた面々を見て驚きの表情を浮かべた。
「党本部まで押しかけてしまい、申し訳ありません」
国家公安委員会委員長は、とりあえず非礼を詫びた。
「ですが、すでにこの件に関してはすでに総理の承認も得ておりますので。では、あとは彼に任せますので、わたしは失礼します」
後ろに立つ三人に軽くうなずいて見せた国家公安委員会委員長は、そそくさと会議室を出た。ここから先は、闇の世界である。知る必要もないし、知りたくもない。
「山田と申します。単刀直入にお聞きしますが、REAに安全保障会議や閣議の内容を漏らしていたのは、大臣ですね」
残った三人の中で、一番年嵩の男が尋ねた。
「何を馬鹿なことを」
「証拠は挙がっています。とぼけても無駄です。あなたが連絡を取った佐々木と名乗る人物は、以前よりREA大使館の駐在武官と頻繁に接触していた人物です。すでに数日前から、大臣の行動は逐一我々が監視、記録しています。素直にお認めになった方が、よろしいですよ」
国土交通大臣が、沈黙した。瞬時視線を逸らしてから、きっと顔を上げ、山田の眼を見据える。
「それは認めよう。しかし、わたしは愛国者だ。日本を裏切ったわけではない。情報漏洩は、愛国の念から行ったものだ。平和国家たる日本が、他国に対し先制攻撃を行うなど、許されることではない。先の大戦で近隣アジア諸国に多大なる迷惑を掛けたわが国は、いまだ反省が足らず、許しを得ていない。スノーフレーク作戦は、失敗しなければならなかったのだ」
「いい加減にしてください。七十年も前の出来事を反省するために、今を生きる若者や子供の命を捧げろとでも言うつもりですか。まるで呪術だ。どこの未開民族ですか」
山田が吐き捨てた。国土交通大臣の顔に、朱が走る。
「無礼だぞ、君は。どこの者だ? 公安か? 検察か? 自衛隊か?」
「正体は明かせません」
「何の権限があって、こんなことをしている?」
「上からの命令です」
素っ気なく答えながら、山田は手で部下に合図をした。
進み出た部下が、国土交通大臣の手を掴む。
「なにを……」
抗いかけた国土交通大臣の手足から、力が抜けた。もう一人の部下が、大臣の身体が床に崩れ落ちる前にそっと抱き止める。皮下注射器をポケットに収めた部下が、小型無線機を取り出し、隠語をささやいて移送班を呼ぶ。
「お前のような政治家がのさばっているから、わが国と日本はいつまで経っても真の友人とはなれないのだ」
山田は、すでに気を失っている国土交通大臣に向かって言い捨てた。
十分後、一台の黒塗りセダンが党本部を出た。自殺の舞台に選ばれたホテルの部屋は、すでに昨日の段階で、大臣の個人秘書の名前で予約が行われていた。
ヴォルホフ飛行場に、シオたちは突っ立っていた。
いい天気だった。気温は低めだったが、温かな日差しが降り注いでいる。ぽかりと浮かんだ白い雲が、上層の風によってその形を自在に変えながら、ゆっくりと空を渡ってゆく。
あたりには、95式突撃銃を抱えた中国空軍の空挺部隊員が所在なげに立っていた。駐機場には、彼らを運んできたY‐7双発ターボプロップ輸送機が、三機並んでいる。
シオ、ベル、スカディ、雛菊の四体は、いずれもひどい姿だった。全員が、埃まみれである。ポンチョはあちこちが破けているし、オイルや得体の知れない液体でいくつもの染みができている。その下の服も、ぼろぼろだ。雛菊が浴衣の帯の代わりに巻いているのは、なんと黒いゴム被覆の電気ケーブルであった。
「来たようね」
スカディが、空の一点を指差す。
シオは電子ズームした。双発機の機影が、見分けられるようになる。
徐々に高度を下げながら接近してきた双発ジェット機の胴体には、大きな日の丸が描かれていた。シオは機種を識別した。C‐2輸送機だ。
C‐2が、優雅にヴォルホフ飛行場に舞い降りた。駐機場に入り、停止する。胴体後部の貨物扉が開いてゆき、そのままローディングランプとなった。
ひとりの女性が、半ば駆け足で降りてくる。
「石野二曹なのですぅ~」
ベルが言って、走り出す。
四体は、石野二曹に駆け寄った。しゃがんだ石野二曹が、大きく腕を開いて、四体をいっぺんに抱きかかえる。
「みんな、ありがとう。よくやってくれたわ」
「あたいたちは、日本を防衛できたのでしょうか? マスターを、守れたのでしょうか?」
一番気になっていることを、シオは訊ねた。
「戦争は終わったわ。ロベルト・ルフ大統領は、北京へ亡命したの。新政権は、すべての責任をルフ大統領に押し付けてるけど、核兵器の廃棄は明言している」
「わたくしとしては、ここに中国軍がいることの方が、気がかりなのですけど」
スカディが、困り顔で言う。
「大丈夫よ。中国軍の介入も、アメリカとロシアの要請を受けてのことなの。REAの処遇を巡って、米露中が対立するようなこともないわ。安心して」
「うち、はよう日本へ帰って、マスターに会いたいわぁ」
雛菊が、笑顔で言った。
「もちろん、そのために迎えに来たのよ。さあ、乗ってちょうだい」
石野二曹が、四体を機内へと誘う。
「大きな飛行機ですねぇ~」
ベルが、喜ぶ。
「本当なら、AM‐7も含めて全員連れて帰る予定だったからね。あなたたちだけでも帰ってきてくれて、嬉しいわ」
「みんなを……機能停止した六体を、復活させてもらえるのでしょうか?」
立ち止まったスカディが、胸ポケットから六つのRAMチップを取り出す。
「もちろんよ。自衛隊が、責任を持って再生させ、マスターのもとに送り返してあげるわ」
笑顔でRAMチップを受け取った石野二曹が、確約する。
「質問です! あたいたちはプルトニウムを浴びてしまったのではないのですか?」
シオはそう訊いた。てっきり汚染されたと思っていたが、ヴォルホフ基地を占拠に来た中国空軍空挺部隊員たちも、そして石野二曹も、なにも放射線防護対策をしていない。
「あなたたちが爆破したのは、ダミーのコンクリート弾頭だったようね。わたしも、騙されていたの」
「どなたにですかぁ~」
ベルが、訊く。
「偉い人たちね。どうも、かなり上のほうで情報の漏洩があったらしいの。入間基地が襲撃されたのも、そのせいらしいわ。スノーフレーク作戦は、いわば囮だったのよ。アメリカはロシアの協力を得て核弾頭奪取のための強襲作戦を立案したけど、ヴォルホフ基地は国境から遠すぎて作戦を行うのは無理だった。そこであなたたちがヴォルホフ基地を襲撃するということが情報漏洩によってREAに伝われば、核弾頭はウグロフカ基地に移されるはず。そのうえでアメリカとロシアの合同部隊が強襲し、核弾頭を確保したわけ」
「それならば、実際にヴォルホフ基地を攻撃しなくても、目的は達成できたのでは?」
スカディが、眉をひそめた。
「核弾頭の確保についてはね。でも副次的な目的として、REAの弾道ミサイル戦力に打撃を与えるというものがあったから、作戦は決行されたのよ。日本が核弾頭奪取を目的に急襲したのであれば、明白に自衛目的だから国際社会の非難を浴びることもないからね。ブラックアウル一番機のAM‐7たちが健在だったら、もっと多くのTELを破壊できたはずよ」
「でも、囮とはひどいで。危うく、全滅するところやったし」
恨みがましく、雛菊が言った。
「実は、スノーフレーク作戦に関してREAに漏らした情報には、偽情報が含まれていたの。ブラックアウルの降着地点に関しては、まったくのでたらめだったし。敵を油断させるとともに、一部兵力を誤った場所へ誘引させることを狙ってね」
「そういえば確かに、予想していたよりも敵の抵抗が弱かったような気がしましたぁ~。たぶん、そのせいだったのですねぇ~」
ベルが、言う。
「囮でもなんでも、あたいたちは任務を成功させ、日本を防衛し、マスターを守ったのです! 嬉しいのです!」
シオは右拳を突き上げて宣言した。その頭を、石野二曹が優しく撫でる。
「その通りね。さあ、みんな日本へ帰りましょう!」
第二十四話をお届けします。




