第十九話
レイジー・ドッグの駐車場は、さながら戦場であった。スパローホークの銃弾を受けて負傷した警察官が、あちこちで同僚により応急手当を受けているし、いまだ倒れ伏したままの死体も転がっている。コンクリート面には、多数の弾痕があり、空薬莢が散らばっていた。
AHOの子たち五体とデニス、それにヴィットルはジョーに先導されてガレージを目指した。開け放たれたガレージの扉の前には、抗弾ベストに身を固めた年配の警察官が待っていた。
「インヴァネス署のラインズです。事情はジョーから聞きました」
主にデニスを見ながら、ラインズ警部が言う。……目が泳ぎ気味なのは、大勢の部下が殺傷されたことに気が動転しているのか、それともぞろぞろと現れたAI‐10たち&狼型ロボットに驚いているのか。
「外務省のシップマンです。この奥に、スパローホークのベースロボットが?」
デニスが、簡単に身分を述べながらガレージの奥を見透かそうとする。
「詳しくは確認していません。ブービートラップがあるといけませんので」
「当然の用心ですな」
デニスが、うなずく。
シオは、ガレージの中を覗き込んだ。スポットライトのように、天井に開いた穴から差し込む陽光に照らされて、フォード・アストラと古そうなローバー・メトロが停まっている。
「がう」
ヴィットルが一声唸ると、前に進み出た。振り返ってどや顔を見せてから、辺りを嗅ぎ回り始める。……罠の発見には自信があるようだ。
一分ほどで、ヴィットルが嗅ぎ回るのをやめて、奥に進み始めた。どうやら、ブービートラップは仕掛けられていないようだ。ジョーがガレージの中へ足を踏み入れ、他のAI‐10たちも続いた。
ガレージの最奥に、スパローホークのベースロボットが鎮座していた。十字型に突き出た腕のあいだに、ドローンが一機格納してあったので、一同は一瞬どきりとしたが、電源が入っていないことに気付き安堵した。見たところ、武装もしていないようだ。
「なんだ。一機は留守番だったのか」
近付きながら、亞唯が拍子抜けした、といった調子で言う。
「ミニミが手に入らなかったので、飛ばさなかったのでしょうか?」
シオはきょろきょろと辺りを見回しながらそう言った。隅の方に古びた木箱や段ボール箱、壊れた椅子やテーブルなどの家具類、錆び付いた何かのエンジン、穴の開いたジェリカン、ぼろ布の山など、ガレージにありがちながらくたが積み上げられた一郭があるが、スパローホーク用の銃器弾薬などは見当たらない。
「武器がなくとも、飛ばせば偵察とか監視とか、戦力にはなるやろ。調子悪いんとちゃうか?」
雛菊が、言う。
「調べてみれば判るよ!」
ジョーが、ベースロボットのメインコントローラーに手を掛けた。アクセスパネルを開き、自分のボディから取り出したケーブル端子を、そこに突っ込む。
「子供だましのパスワードで防護されてるね! よし、侵入したよ! あ、やっぱりロックされてる。このコントローラーで、飛行中のスパローホークに干渉するのは無理だね。位置データその他も受信できない。判るのは、まだ飛んでるのが#1と4、ということだけだね」
クラッキングにあっさりと成功したジョーが、早口で言う。
「この#2はバッテリー不良だね! 事情が事情だから、MRTの代理店に電話してサービスマンを寄越してもらう、ってわけにはいかなかったんだろうね。飛べないことはないけど、予備のミニミもないし、準備に余裕がなかったから飛ばさなかったみたいだね」
「ジョー。あなた、この機を飛ばせられるかしら?」
スカディが、期待を込めた声で訊く。
「#2を直接クラッキングすれば、リモートコントロールで飛ばすことは可能だよ! こちらのコントロール下に置いたまま自立行動させるのは、無理だけどね。でも、飛ばしたところで武器がないんじゃしょうがないだろ?」
ジョーが、不思議そうな顔でスカディを見る。
「逃げたトラックを、これで阻止できないかと思って」
「なるほど、カミカゼをやらせるのかい! でもそれは難しいね! ベースロボットからメインコントローラーを無理やり引っこ抜くのは簡単だけど、リモコンは目視した状態でやらなきゃならないから、結局車で追いかけたうえで追いつかないと意味ないよ! それと、近付けば残ってる#1と4に攻撃されるよ!」
「なら、あたいがこれに乗るのであります! こいつでスパローホークを撃墜してやるのであります!」
シオは手にしたHK53を音高く叩いた。
「あのねえ。君、自重くらい把握しておきなよ」
ジョーが、呆れたように言う。
「スパローホークのペイロードは、七十ポンド(約三十二キログラム)しかないんだ。AI‐10は、百十ポンド。乗ったら、浮き上がることすら無理だよ」
「七十ポンド。この中で、一番軽いのは……」
スカディが、呟くように言って視線を落とした。他の者……デニスやラインズ警部も含めて……の視線も、下を向く。
全員の視線を浴び、ヴィットルがかくんと顎を落とした。
地図を睨みながら、バーグマン警視は唸った。
……打てる手が、ない。
すでに、逃走したトラックはかなりの距離を走行している。遠く離れたインヴァネス署から応援を呼んでも、意味はない。
ポリス・スコットランドが運用するヘリコプターはわずか一機で、警察所有ではなく民間企業との契約によって運用委託している代物であり、しかも常駐場所はたっぷり百三十マイルも離れたグラスゴーだ。
いったん海上に逃げられたら。これを追うのは極めて難しい。イギリスにも沿岸警備隊を名乗る組織はあるが、実態は水上救難隊であり、その規模は小さい。ミンチ海峡を挟んで横たわっているルイス島のストーノウェーに救難ヘリコプター部隊が常駐しているが、その支援を得られるのが関の山だろう。
軍隊の力を借りようにも、一番近い海軍基地は、グラスゴーの北にあるクライド基地であり、早急な支援は期待できない。インヴァネスの東北東三十五マイルほどの処にロジーマス空軍基地があり、タイフーン戦闘機が常駐しているが、こちらは複雑な官僚機構の迷路を潜り抜けたあとでなければ、協力してはもらえないだろう。
バーグマン警視らが予想した通り、相手がA835を北上しているとすれば、現在はアラプールまで十マイルを切っている地点に到達しているだろう。当然制限速度など無視しているはずだから、アラプール到着までは十分ほどか。そこで船に乗り換えて、ブルーム湾の外に出るまで十数分。
足止め策が成功しない限り、逃げられるのは必至である。
「よし、ここで止めろ!」
プレスコット巡査部長は、プジョー308を運転していたフライ巡査に命じた。フライがブレーキを踏み、パトカーが急停止する。
プレスコット巡査部長は、助手席から路上に降り立って辺りを見回した。待ち伏せには、絶好の場所であった。海側……ブルーム湾に添った狭く細長い土地は開けていて、遮蔽物はない。山側には、この地方にはよく見られる平べったい石を積み上げた低い石垣があり、絶好の隠れ場所を提供してくれている。
付近には民家はなく、民間人を巻き込むおそれも少ない。さらに、石垣のすぐ北側に低木の茂みがあり、それは少し離れた処にある樹林に繋がっていた。いざという時は、そちらへ逃げればいい。
プレスコット巡査部長は、二人の部下の巡査とともに準備を整えた。現場保存用のビニールシートをプジョーのトランクから引っ張り出し、石垣の上で広げる。フライ巡査には、アラプール方面へ戻ってパトカーを隠すように指示した。ドローンに見つかったら、銃撃されるのは必至だからだ。
プレスコット巡査部長は、部下二名とともに石垣の陰に隠れると、さながら雨避けのように広げたビニールシートの下に入った。ドローンは、制服警官を見かけたらまず間違いなく銃撃してくるだろうが、ビニールシートの下に人体と思われる赤外線源を感知しても、撃たないだろうという魂胆である。……子供のかくれんぼのようで、いささか間抜けな絵面になるが、致し方ない。
待つこと二分。隠れている三人の耳に、ドローンのブレード音が聞こえてきた。息を潜めて……その必要はなかったのだが……待っていると、そのブレード音が右方を通り過ぎ、小さくなってゆくのが判った。国道上空を、通過したのだ。
「よし、射撃準備だ」
音が聞こえなくなるまで待ってから、プレスコット巡査部長はグロック17を抜いてスライドを引いた。部下二人も、それに倣う。
やがて、前方からトラックが走ってきた。色は空色。
「マキシティだ。奴です」
オスター巡査が、識別する。
「運転席を狙うぞ」
プレスコット巡査部長は、石垣の上にグロック17を握った腕を載せた。ビニールシートを被ったままの頭部を上げて、路上に狙いを付ける。部下二人も同様に、グロック17を構えた。
マキシティが五十ヤードまで近付いたところで、プレスコット巡査部長は発砲した。部下二人も連射し、マキシティのフロントガラスが砕け散る。
運転手がハンドル操作を誤ったのか、マキシティが右へと大きく変針した。反対車線に入り、さらに警察官三人が隠れている石垣を掠め、その二十メートルほど北側で低い石垣に衝突し、その上に乗り上げる。
その直後、プレスコット巡査部長らが隠れている石垣に銃弾が降り注いだ。マキシティの直衛だった#4が、石垣の陰に敵性目標がいることを認識し、攻撃を開始したのだ。
「逃げるぞ!」
プレスコット巡査部長はそう叫ぶと、石垣の陰から飛び出して低木の茂みの中に転がり込んだ。部下二人が、続く。
体勢を立て直したプレスコット巡査部長は、茂みの中を縫うようにして樹林目指して走った。拳銃三丁では、空飛ぶマシンガンにはどうあっても勝てない。
スパローホークが、二連射目を放つ。幸いなことに、誰も被弾せずに済んだ。樹林の中に駆け込んだ三人に対し、三連射目が浴びせられる。プレスコット巡査部長らは、樹林の中を必死に走って逃げた。
「……異様な光景ね」
スカディが、そう評す。
ヴィットルは、スパローホークの底面にあるジンバルに背中を密着させるようにして、パラコードで縛り付けられていた。その腹部には、HK53突撃銃三丁をスペーサーを介して横に並べて縛った即製の『三連装航空機関銃』が取り付けられている。スペーサーは、壊れていた木箱をシオがご自慢の木材用チップソーで適当に切って作った木切れで、パラコードはベルのお道具箱からの提供である。
HK53のトリガーガードの中には、錆びた細い鉄パイプが通されていた。外れないように、遊びを持たせてトリガーガードにパラコードで結びつけられている。手先……足先が正しいのだが……が構造上不器用なヴィットルでも、鉄パイプの両端に前足を掛けて手前に引けば、パイプがトリガー三つをまとめて引いて射撃ができる、という寸法である。当然のことながら、HK53のセレクターは連射にセットされている。
HK53のストック部分には、パラコードでL2A2手榴弾が三発縛り付けてあった。すでにセイフティピンは抜かれており、セイフティハンドルはしっかりと弾体に巻き付けられたパラコードによって固定されている。この状態ならば、ヴィットルがその爪で引っ掻くだけで、セイフティハンドルを飛ばした上で投下する、という芸当が可能だ。
「これがほんとの『エア〇ウルフ』やな」
雛菊が、くすくすと笑う。
「超音速で飛べるかもしれないのですぅ~」
ベルが、笑った。
すでに、ジョーとそれを手伝った亞唯、デニスによって、ベースロボットから取り外されたメインコントローラーは、レンジローバーのルーフに載せられ、ロープで固定されていた。ジョーがそこから、#2をリモートコントロールで飛行させるのだ。ちなみに、電源はジョーのバッテリーを利用する。
「よし、さっそく離陸させるよ!」
ジョーがレンジローバーのルーフから叫んだ。スカディ、シオ、ベル、雛菊の四体は#2から離れた。
#2の四つのローターが高速回転を始めた。すぐに、機体が浮き上がる。
ジョーの操縦テクニックは見事だった。するすると上昇した#2が、四本の脚をだらんと垂らしたヴィットルをぶら下げたまま、ガレージ天井の穴を通り抜けてゆく。
「キャトル・ミューティレーションのようね」
それを見上げながら、スカディがぼそりと言った。
妙な飛行物体と化した#2を先導として、レンジローバーは追跡を再開した。ラインズ警部は救護指揮のために『レイジー・ドッグ』に残ったので、いつもの五体とハンドルを握るデニス、それにルーフに乗ったジョーという布陣である。
すでに、警察による足止め策成功は無線を通じて知らされていた。先行しているボールド警部補らも、順調に北上しているようだ。
「やった! #2のカメラ回線を使えるようになったよ!」
ルーフの上で、ジョーが歓喜の声をあげる。
「これで、目視できる距離でなくとも、限定的に#2をコントロールできるよ! 連中のトラックを見つけて、足止めできるかもしれない」
「持ち上げて!」
シャーロットは命じた。
四肢を踏ん張ったテンペストが、トラック前部のシャーシの下に潜り込ませていた頭部をぐっと上げた。石垣に乗り上げていたトラックが持ち上がる。
テンペストが半歩前進すると、トラックの前輪が石垣の上に乗った。安定したところでいったんテンペストが離れ、シャーロットの指示で側面に廻る。脚を折って蹲ったテンペストが、再びシャーシの下に頭部を入れた。押しながらトラックを持ち上げ、少し移動してからゆっくりと頭部を下げて、トラックを路上に戻す。
すかさず、ジャックが運転席に乗り込んだ。エンジンを掛け、ステアリングの調子を確かめる。
「なんとか走れそうだ。お手柄だぞ、テンペスト」
トラックを降りたジャックが、テンペストの首筋をぽんぽんと叩いて、労う。
「ダンカンはどう?」
シャーロットは訊いた。
「無理だった」
ジャックが、首を振った。
石垣に隠れていた警察官が放った銃弾のうち、運転していたダンカンに当たった弾丸はわずかに一発だった。だが、それはダンカンの頭部に命中していたのだ。トラックが石垣に乗り上げて止まった時にはまだ息があったので、ジャックが急いで救命措置を取ったが、結局無駄に終わってしまった。
「はやいとこずらかろう」
サブコントローラーを捜査していたアーサーが、言う。
「#3からの信号が途絶えている。堕とされた可能性が高い」
「単なる信号途絶じゃないのか?」
ジャックが、訊いた。アーサーが首を振る。
「空中にいるスパローホーク各機が中継するから、#3が生きている限り数分間もの信号途絶は理論上あり得ない」
「気の毒ですが、ダンカンは置いてゆくしかありませんね」
シャーロットが、路上に横たわっているダンカンの死体を見やった。
「奴も判ってくれるだろう。行くぞ」
ジャックは運転席に戻った。飛び散ったダンカンの血であちこちが赤く染まっているが、拭き取っている暇はない。
アーサーとシャーロットが、テンペストを荷台に上げると、自分たちも乗り込んだ。それを確認したジャックは、マキシティを発進させた。
「……おや」
しばらく走らせたジャックは、違和感を覚えてスピードメーターを見た。床までアクセルを思いっきり踏み込んでいるのに、スピードが上がらないのだ。スピードメーターの針は、時速三十マイル(四十八キロメートル)を超えた辺りでぶるぶると震えている。
エンジンに被弾したのか、あるいは石垣に衝突&乗り上げた時にどこかを痛めたのか。
「アーサー。取れるか?」
ジャックは荷台との連絡用に置いてあった低出力トランシーバーに呼びかけた。
『どうした?』
「速度が上がらない。警察に追いつかれるかもしれん。#4に警戒させてくれ。必要なら、先制攻撃させるんだ」
『判った』
ジャックは、無駄と知りつつもアクセルをぐっと踏み込み続けた。
第十九話をお届けします。




