第十八話
「警部! トラックが!」
窓からガレージを見張っていた巡査が叫ぶ。
コンロン警部とラインズ警部は……叫んだ巡査はインヴァネス警察署の所属だったので、呼ばれたのはたぶんラインズ警部の方だろうが……窓に駆け寄った。上空で待ち伏せているスパローホークに見つからないように慎重に外を覗くと、空色の四輪キャブオーバータイプ幌付き平ボディトラックが、停まっている警察車両フォード・フィエスタの車首を押しのけるようにして、駐車場へと出てゆくところであった。
「ルノーだ。マキシティだな」
ラインズ警部が、車種を見分ける。ニッサン・アトラスF24のOEM生産車種である。
コンロン警部はすぐさま携帯無線機でガーヴの臨時作戦指揮所に報告を入れた。
状況は悪かった。WHSの三人の若い男は拳銃の不法所持ですでに逮捕済みだし、ポリー・クーパーも拘禁したが、指揮下の警察官は半数が死傷したうえにドローンによって『レイジー・ドッグ』店内に閉じ込められている。増援のSCO19とポリス・スコットランドARVも、ドローンによって足止めを喰っている。
軍用マシンガンを搭載したドローンなどというとんでもない凶悪な兵器が配備されていたということは、ここがWHSの重要拠点であったことは疑いようがない。逃げ出したマキシティに、トニー・カースとシャーロット・ワイズが乗っている可能性は、限りなく高い。
「くそっ」
ラインズ警部が、腹立ちまぎれに壁を蹴る。
スパローホークは完全自立型のドローンロボットであるが、メンテナンスを行うベースロボットに付属しているメインコントローラーか、可搬式のサブコントローラーを通じ、事前付与命令の変更や新たな命令の入力、あるいはマニュアル操縦などを行うことができる。
マキシティの荷台に乗っているアーサーの手には、そのサブコントローラーが握られていた。分厚いタブレットPCといった形状で、大きな液晶ディスプレイには地図上に光る矢印として各スパローホークの位置……矢印の先が進行方向を示す……が表示されており、矢印の脇ではフィート単位の高度を表す数字が、目まぐるしく変化している。下の方には各機のステイタス……稼働状態、速度、バッテリー残量、ミニミの残弾量などが小さくまとめて映し出されている。ただし、#2のスペースだけは、不稼働状態にあるので薄いグレイで表示されており、各ステイタスの数値も横棒一本のみであった。
「全ユニットへ命令。IFFトランスポンダー、アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタはポイント・マイクよりルート・ロメオを使用しポイント・オスカーへ車両により移動中。#1はポイント・マイク以北のルート・ロメオをアルファに先行し、敵性目標を排除せよ。#4はアルファに追随し、これを護衛せよ。#3はポイント・マイク付近に留まり、兵装を節約しつつ敵性目標の北上を阻止せよ」
アーサーはサブコントローラーに命令を吹き込んだ。音声認識プログラムがそれを文字情報に変換し、ディスプレイに表示する。文字変換と内容に遺漏がないことを確認したアーサーは、パスワードを打ち込んでコマンド送信モードにすると、『送信/全ユニット』の部分をダブルタップした。
「スパローホークが一機に減った。そいつも、パブの方へと引き返してゆくぞ」
レンジローバーのサイドウィンドから頭を突き出して、『対空捜索』していた亞唯が言う。
「容疑者が脱出したか」
デニスが、舌打ちする。
レンジローバーとアウディQ7は、SCO19とポリス・スコットランドARVの車両が停まっている地点に差し掛かった。生き残っているARV隊員が、手を振って車を停めようとしたが、アウディから顔を突き出したボールズ警部補が身分を名乗り、そのまま通してもらう。
一機だけ残ったスパローホークが、接近する二台の車両に気付いた。迎撃しようと、国道上空に移動してくる。
『みんな、撃っちゃだめだよ! あいつはさんざん射撃したから残弾数が気になってるはずだ! こちらが敵だとはっきり判らない限り、撃ってこないよ! だから、引き付けるんだ!』
後続のアウディに乗るジョーから、無線が入る。
「ジョー、こちらで囮を出すわ。スパローホークは正確な射撃をするために動きを鈍くするでしょう。そこを狙撃してちょうだい」
スカディが、返信する。
『了解したよ! こちらは停車するね!』
ジョーが返し、その直後にアウディQ7がハンドルを切りながらブレーキを掛け、車道に対し横向きに停車した。数秒待ってから、デニスもブレーキを踏む。
「全員武装せず車外へ。左右に散ります。スパローホークの射撃を避けるためにランダムな動きを心がけること。車両からは充分に離れること。いいですわね。では、GO!」
スカディの合図で、AHOの子たち五体は一斉にレンジローバーから飛び出した。各々、勝手な方向へと走ってゆく。
#3は、接近する二台の車両の脅威度を計りかねていた。
両方とも、警察車両ではない。しかし、この状況であえて接近してくるところを見ると、中に公安関係者が乗っている可能性も高い。
すでに#3は、M27メタルリンクで連結してある一千発の搭載弾薬のうち、ほぼ半数を射耗していた。ポイント・マイクの家屋内には、まだ複数の武装警察官が確認されているし、新たに選定されたポイント・ヴィクターの警察車両群にも、武装警察官が残っている。新たに与えられた任務……一機だけで、ポイント・マイク以北に敵を行かせない……をこなすためには、無駄弾丸を撃つ余裕はない。
と、後方の車両が停止した。続けて、前方の車両が停車する。その直後、前方の車両のドアが一斉に開き、そこから五体の小柄な姿が飛び出した。
#3は、その五体を小型の二足歩行ロボットだと識別した。武装は確認できないが、ロボットならば内蔵している可能性がある。
小型ロボット五体の脅威度は高い、と#3は判断した。同タイプが五体同じ車両に乗っていた、という事実も、これが何らかの公的機関の所属であるという可能性を高めるものである。同時に、停車している車両にまったく動きがみられないことから、その脅威度を一ランク下げる。
#3は、なおも走り続ける小型ロボットに接近した。あの大きさであれば、内蔵武器は最大でも改造した突撃銃程度であろう。有効射程は、三百メートル以下と判断できる。#3は、距離四百メートルを基準に射撃を行うことを決定した。
「一発で決めてくれよ!」
「任せてよ、ボス」
ジョーの声援を受けて、スカーレットがにやりと笑う。
すでに、射撃準備は整っていた。後部座席に腰を落としたスカーレットが、クリスタルの肩を借りて内蔵アンチマテリアルライフルの狙いを付けている。銃口は車内にあるので、スパローホークからは見えないはずだ。
銃身長が短いので、有効射程は千二百メートルしかない。だが、スパローホークは囮となったAI‐10を追って低空に舞い降りつつある。距離は、七百メートルほどか。……移動目標でも充分に、狙える距離である。
スカーレットは辛抱強くチャンスを待った。横方向へ移動中に命中させるのは難しい。静止状態か、縦方向への移動中を捉えれば……。
いまだ。
スカーレットは発射した。耳をつんざく轟音と発射煙が、アウディの車内に広がる。
銃弾は、スパローホークの中心を外れたが、12.7×99の威力は絶大であった。ローター二基が吹っ飛び、スパローホークが大きくバランスを崩す。斜めに傾いだドローンは、出鱈目な動きを繰り返しながら急速に高度を下げ、グラスカーノック湖に突っ込んで消えた。
#1が、グラスカーノック湖北端にある検問に接近した。
警察官四名が、懸命にグロック17で応戦したが、ミニミには敵わない。たちまちのうちに、全員が撃ち倒される。
マキシティは、検問の前で停止した。助手席からジャックが飛び降り、急いでスパイクストリップを退かす。
「いかん。逃げられるぞ」
地図を睨みながら、バーグマン警視は唸った。
すでに突破されたと思われる北側の検問から五マイル半の地点で、A835から分岐する形でA832が伸びている。険しい山道を別にすれば、トラックの逃走ルートはこの二本しかない。
「やはり、アラプールに逃げるかな?」
バーグマン警視は、インヴァネス警察署の警部補に訊いた。
「それが、常道でしょう」
警部補が、うなずく。
A835とA832。どちらも行き止まりではないが、この先は長くくねくねした道を辿るしかない。警察が出口で封鎖していれば、袋の鼠となるのは、確実だ。山中に逃げても、まず逃げ切れない。
したがって、バーグマン警視らは、WHS側が北側……インヴァネス市街から遠ざかる方向……へと逃走した場合、船に乗り換えるはずだと予測していた。A832の先には、いくつか漁港があるし、入り江ならそれこそ無数にある。A835の方も、アラプールから先は同様だ。
だが、手こぎボートや船外機付きゴムボートならともかく、それなりの性能を持った速い船を、鄙びた漁港や道路脇の入り江に隠すのは難しいはずだ。ミンチ海峡は、決して穏やかな海ではないし、そこを乗り切ったうえに警察の追跡を振り切るには、最低でも二十フィート級以上のプレジャーボートあたりが必要であろう。
だが、フェリー発着桟橋があり、複数のプレジャーポートが常時係留されているアラプールなら、そのような船でもそれほど目立つことはない。そのようなわけで、バーグマン警視らは、WHSが船舶での逃走を計画していた場合は、アラプールに船を用意していると想定し、あらかじめ巡査部長に指揮された一隊を派遣してあった。
「アラプールには、警察署があったな」
「ありますが……ささやかなものですよ」
バーグマン警視の問いに、警部補が眉をひそめて答える。名称は確かに『アラプール・ポリス・ステーション』だが、外見も大きさもごく普通の民家で、『POLICE』の看板が無ければ絶対に見過ごしてしまうレベルの施設であり、常駐警察官も少ない。
「よし。アラプール署に連絡。港の不審な船舶を見張らせろ。テロリストが現れたら、出港阻止。ただし、無理はさせるな。アラプールで待機している隊には、別途任務を与える。急ぎA835を南下し、トラックを迎撃させろ。とにかく、足止めするんだ。できれば、このインバーラエルあたりで待ち伏せさせたい」
バーグマン警視が、地図上の一点を指差す。氷河地形特有の細長い湾……ブルーム湾の最奥に近いところである。アラプールからは、六マイルほどか。
「ドローン対策はどうするのですか?」
「姿を徹底的に隠すように言え。いくら何でも、見かけた人間を無差別に射撃するようなプログラムは搭載していないだろう。そんなことすれば、たちまち銃弾切れになるからな。とにかく、連中の足を止めるんだ。船で逃げられたら、探しようがないぞ」
スコットランド西岸の地形は、恐ろしく複雑である。奥行きのある入江、大小の島などが、複雑に入り組んでいるのだ。スコットランド自体が、イングランドに比べれば犯罪発生率が低く……単に田舎だから、という話もあるが……その警察力は低い。ミンチ海峡の向かい側にあるアウター・ヘブリディーズや、南方にあるインナー・ヘブリディーズ(いずれもヘブリディーズ諸島と呼ばれる地域。スコットランド西岸に添うように連なっているのが後者で、前者はミンチ海峡でスコットランド本土とは切り離されている)に配置されている警察力はさらに僅少である。ここへ逃げ込まれれば、探し出すのは困難を極めるだろう。
さらにその上、南下すればアイルランド島に達することもできるのだ。アイルランドの国家警察……いわゆる『ガルダ』とイギリス警察の関係は良好だが、犯罪者が国境を超えると捜査がやりにくくなるのは、世の東西を問わずどこでも同じである。
「すぐに手配します」
警部補が、無線機に飛びついた。
スパローホークの撃墜を確信したAI‐10たちは、小躍りしながらレンジローバーに駆け戻った。お手柄のスカーレットらを乗せたアウディQ7が、脇をする抜けるように追い抜き、シオらを待たずに国道を北へと走ってゆく。
AI‐10たちが全員乗り込むと、デニスがレンジローバーを発進させた。『レイジー・ドッグ』の前に到達した時には、すでにアウディQ7と銃撃を生き延びたフォード・フィエスタの一台が、逃げたトラックを追って走り出していた。路上に立っているジョーが手を振っているのを見て、デニスがブレーキを踏む。
「やあみんな、手伝ってくれよ!」
駆け寄ってきたジョーが、にこやかに言う。
「ぐずぐずしている暇はないのであります! 容疑者が逃げたのであれば、追跡しなければならないのであります!」
シオはそう主張した。
「ここにいる警察官から事情は聞いたよ。逃げたトラックは一台。すでに何分も先行されているから、車で追っただけじゃ追いつけないよ。とりあえず、ブルックリンたちとボールド警部補、それにミスター・マッコールには追ってもらったけどね。それと、トラックにはスパローホーク二機が護衛に付いているそうだ。そいつらを何とかしなきゃ、捕捉はできないよ。もう、こちらが強力な火器を持っていることはばれてるからね。さっきみたいにスカーレットに狙撃してもらうのは、無理だし」
ジョーが、早口で説明する。
「どうするのかね?」
デニスが、訊く。
「スパローホークのベースロボットが、あの中に有ると思います」
ジョーが、屋根の一部が吹き飛んで大きな穴が開いているガレージを指差す。
「連中が間抜けならば、ベースロボット付属のメインコントローラーでスパローホーク各機に干渉できるかもしれません。ボクは、そういうのが得意ですからね」
自慢げに、ジョーが言う。CIA謹製の、ハッキングやクラッキング用特殊プログラムを搭載しているのだ。
「それと、スパローホークは四機一組で運用されるはず。でも、ここの警察官は三機しか見ていないと言っています。残る一機がどこにいるかも気になります。もしかしたら、罠を仕掛けているかもしれない。メインコントローラーを調べれば、位置くらいは判明するでしょう」
ジョーが続けた。デニスがうなずき、レンジローバーを『レイジー・ドッグ』の駐車場に入れ、エンジンを切る。
第十八話をお届けします。




