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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 10 ロボットサッカーワールドカップ優勝せよ!?
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第十七話

「そろそろお茶の時間だな」

 『レイジー・ドッグ』の主人、ダンカン・クーパーはひとり呟いた。職業柄、時計など確認しなくても、営業時間中の時刻はほぼ正確に判断できる。

 店内は空いていた。昼飯時はそこそこ客が入って忙しかったが、今は常連客の姿もなく、言葉からしてロンドンから来たと知れる中年夫婦が、観光パンフレットを眺めながら、ヨークシャー・プディングと紅茶を楽しんでいるだけだ。その二人も、ダンカンがパウンドケーキを切り分けているあいだに、店を出て行ったので、ついに本物の客の数はゼロとなった。隅のテーブルで、WHS派遣の警護役である三人の若い男が、暇そうにカードゲームで遊んでいるだけだ。

 ダンカンは知らなかったが、先ほど客として訪れていた中年夫婦は、ロンドン警視庁所属の二人……実生活でも実際に夫婦であったが……であった。家宅捜索前の極秘先行偵察任務を帯びて、午後二時二十分頃『レイジー・ドッグ』店内に観光客を装って入ったのだ。店の前の駐車場に戻った二人は、レンタカーのヴォクスホール・コルサに乗ってA385を北西方向……インヴァネスから遠ざかり、アラプールへと向かう方向……に向かった。これが、『店内に一般人なし。作戦可』の合図である。警護役の若い男たちは、すでにポリス・スコットランドがWHS関係者だと断定しており、夫妻も事前に隠し撮りされた写真を見て顔を覚えていたので、一般客ではないと判断できる。

 なお、反対方向……インヴァネス市街方向に向かった場合は『店内に一般人あり。作戦に支障あり』という合図となり、その場合は検問場所で停止し、無線で店内の様子……一般客の数とその推定位置をガーヴの作戦指揮所で待つバーグマン警視に連絡、作戦決行か延期かを決定してもらう、という手筈であった。

 グラスカーノック湖を右手に見ながら走り続けたコルサは、検問の場所で減速し、スパイクストリップを退かしてもらってからそこを通り抜けた。検問所の指揮官である巡査部長が、無線で作戦指揮所に報告を入れる。



 大きなお盆に紅茶のセットとパウンドケーキが盛られた皿を載せたダンカンは、目配せで妻のポリーに店を任せると合図すると、客間へと向かった。メインの客間は居間兼ジャックとアーサーの寝室、予備の狭い客間はシャーロットの寝室となっている。

「開けてくれ。お茶の時間だ」

 扉の外から呼び掛けると、すぐにアーサーがドアを開けてくれた。中央のテーブルに盆を置いたダンカンは、お茶を淹れ始めた。カップを四つ用意し、熱い紅茶を注ぎ分ける。そのあいだに、ジャックが隣室のシャーロットを呼んでくる。

「店はいいのかい?」

 カップが四つ……ダンカンが、一緒にお茶することを見て取ったアーサーが、訊く。

「今日は暇でね」

 小皿にパウンドケーキを取り分けながら、ダンカンは答えた。

 ジャックに連れられて、シャーロットが入ってきた。ダンカンに感謝の視線を向けてから、テーブルに着く。

 今日のシャーロットの装いは、慎ましい田舎娘が好んで着るような、地味な色合いの小花模様のロングワンピースであった。だが、そのような野暮ったい服装でも、生来身に付いている気品は隠しきれていない。

 四人は無言のままお茶を楽しみ、オレンジピールの香りがついたパウンドケーキを味わった。

 ほどなくして、駐車場に複数の車が入ってくる音が聞こえてきた。

「失礼するよ」

 ダンカンが、飲みかけのカップを置いて立ち上がる。



 ロンドン警視庁のコンロン警部が指揮する『家宅捜索部隊』二十名は、三台のフォード・フィエスタと、一台のフォルクスワーゲン・トランスポーターに分乗して『レイジー・ドッグ』に乗り付けた。全員、抗弾ベストを着用の上、イギリスの各警察組織で制式採用されているグロック17自動拳銃のホルスターを腰に付けている。

 先頭を走るフィエスタは、真っ先に離れになっているガレージの前に乗り付けた。パブには不釣り合いな大きな物置兼用……農場によくみられるサイズだ……のガレージからの出庫を妨害する位置に、横向きに停車する。降りた警察官のうち二名が、素早く裏口へと廻った。残る二人が、母屋からガレージへの移動を阻止できる位置に陣取る。

 トランスポーターは、母屋の前に乗り付けた。降りた八人のうち四人が、車体を楯にするようにして、母屋の窓を注視する。残る二台のフィエスタは、国道を封鎖するように車道に停まった。運転していた警察官がそのまま残り、降りた六名が駆け足でトランスポーターから降りて待っている四人に合流する。

 総指揮を執るコンロン警部は、ポリス・スコットランドのラインズ警部にうなずいて見せた。家宅捜索なので、形のうえでは地元警察が主導する手筈なのだ。

「行くぞ」

 ラインズ警部が、さっと手を振った。十人からなる本隊は、一斉にパブの扉に殺到した。部下が押し開けた扉から、ラインズ警部が真っ先に店内に入る。

「ポリス・スコットランドだ!」

 制服警官隊の乱入に驚き、隅のテーブルに座っていた若い男三人……WHSの警護役と思われるグループ……が腰を浮かせたが、ロンドン警視庁の巡査部長が率いる四人が素早く近寄り、拳銃が収まったホルスターに手を掛けた状態で囲み、牽制する。

「ポリー・クーパーだね?」

 ラインズ警部は、カウンターの奥で凝固している中年女性に歩み寄ると、そう尋ねた。顔写真を見たので彼女がどこの誰であるかは百も承知だが、捜査においては『認定』というものが最重要視されるのだ。

「そ、そうですけど」

「ラルフ・リスター。バーニー・ベイツ。ディラン・エリス。この三人は当パブの従業員かね?」

 ラインズ警部は、つい先ほど『マージョラム・ゲストハウス』で逮捕した三人の名を告げた。彼らはいまだ黙秘を続けており、この名前も宿帳に記載されていただけで、まず確実に偽名である。

「は? 知りませんよ、そんな人たち」

 ポリーが、当惑した表情で首を振る。

「ご主人は?」

「いま、トイレに入ってます」

 ポリーが、時間稼ぎのために嘘をつく。

「リスター、ベイツ、エリスの三人がこのパブで宿泊したことは調べがついている。よって、家宅捜索を行う。立ち合いはもちろん認めるが、捜査の邪魔はしないように」

 ラインズ警部は告げた。見守っていたコンロン警部が、身振りで他の警察官に家宅捜索を開始するように命じる。

 日本やアメリカでは……いや、普通の民主主義先進国であれば、緊急性のない家宅捜索には裁判所の発行する捜索令状(証拠品の押収などが伴う場合には差し押さえ許可状も)が必要とされる。だが、イギリスの場合は警察の権限が強く、通常の捜査の場合でも、現場の警察権限で家宅捜索を行うことは合法である。今回のケースでも、コンロン警部らは令状を持たないまま家宅捜索を開始した。



 ポリーと警察官のやりとりは、厨房に繋がる廊下で息を潜めていたダンカンにもはっきりと聞こえていた。

 ……まずい。

 警察が、シャーロットとアーサーを探しに来たことは、間違いないだろう。ジャックを含め、この三人は何とか逃がさねばならない。

 ダンカンはそっと厨房に入ると、配膳カウンターの下に隠してあった古臭いウェブリー・リボルバーをつかみ取った。

 ……すまん、ポリー。

 ダンカンは妻に心中で謝ると、客間へと戻っていった。



 店で巻き起こった騒動は、当然客間にも届いていた。

「しまった。囲まれているぞ」

 窓から外を窺ったアーサーが、うろたえる。

「トラックで逃げよう。アーサー、あんたは例のやつを起動させろ」

 隠し場所からAR15を引っ張り出しながら、ジャックが指示した。



 ぽん。

 いきなり、ガレージのトタン屋根の一部が吹っ飛んだ。

 外で待機していた警察官たちが唖然として見守る中、ガレージの屋根に空いた穴から、ひゅんひゅんひゅんと三つの物体が飛び出す。

 ドローンであった。クワッド(四回転翼)タイプの、マルチコプター。

「スパローホークだ!」

 警察官の一人が、指差す。ロンドン警視庁でも制式採用している、アメリカ製ドローンであるから、すぐに見分けがついたのであろう。

 だが、その三機のスパローホークには、ロンドン警視庁の機体には絶対に搭載されていない装備が装着されていた。

 ミニミ分隊支援火器である。二脚を除いた、航空機搭載タイプだ。

 機体下部のジンバルに据えられているミニミが、一斉に火を噴いた。二機がトランスポーターの脇にいる四人の警察官を、もう一機がガレージ脇にいる二人を狙う。

 警察官たちが慌てて遮蔽物の陰に身を隠した。だが、5.56×45の貫通力は侮れない。銃弾が車の外鈑を貫き、二人が相次いで負傷する。

 道路封鎖をしていた二台のフィエスタに待機していた二人の警察官が、グロック17を抜いてスパローホークを撃ち始める。スパローホークは高度を上げてこれを躱すとともに、フィエスタに銃弾を浴びせた。警察官の一人は危ういところでタイヤの陰に身を隠して難を逃れたが、もう一人は射弾を浴びて自動拳銃を握ったまま絶命する。



「いまだ、行け!」

 裏口の方に肩付けしたAR15の銃口を向けながら、ジャックは命じた。

 ウェブリーを油断なく構えたダンカンに先導され、AR15を不器用に構えたアーサーが、シャーロットを連れてガレージに向け駆け出す。気付いた警察官が、フィエスタの陰からグロックの銃口を向けたが、すかさずスパローホークの一機がフィエスタに銃撃を加えて火制した。ジャック、アーサー、シャーロット、それにダンカンの四人は、このユニットのスパローホークが識別できるIFF(敵味方識別装置)トランスポンダーを作動させたうえに身に着けている。この四人を攻撃しようとする者がいれば、スパローホークは問答無用で攻撃を加えてくるのだ。

 一機が駐車場側、もう一機が裏口側を制圧しているあいだに、三人はガレージへと飛び込んだ。状況を見て取ったダンカンが、手まねでジャックを呼ぶ。

 ジャックは母屋からガレージまで全力疾走した。



「5.56×45の連射音ね。あきらかに、ベルト・フィードだわ」

 一番聴覚センサーが強化されているスカディが、顔をしかめつつ言う。

「デニスの勘が当たっちゃったね!」

 アウディに乗り込みながら、ジョーが喚くように言った。

 車外に出ていた一同は、どやどやとそれぞれの車に乗り込んだ。その鼻先を、青色回転灯を煌めかせ、サイレンをけたたましく鳴らしながら、数台の警察車両が走ってゆく。

 側道に待機していた、ロンドン警視庁SOC19と、ポリス・スコットランドのARVだ。

「連中だけで対処できればいいんだが」

 ハンドルを握ったまま待機するデニスが、ぼそりと言う。

 国道が空いたことを確認したボールド警部補が、モンデオを出す。デニスが運転し、AI‐10たちが乗ったレンジローバーが続いた。最後に、メアリーが運転するアウディQ7が、国道に乗り入れる。



 スパローホーク#3が、国道を南東方向から近付いてくる車列を感知、認識した。

 基本命令では、緊急飛行および交戦時において、警察車両と識別できる存在が作戦区域内に入った場合は、高い優先度を持ってこれを攻撃せよ、となっている。#3は、#1と#4に当該車列を新たな目標として攻撃する旨を伝達し、両者から伝えられたバックアップ・プランを瞬時に検討して妥当であると判断すると、承認のシグナルを発しながら哨戒地点を離れた。車列が充分な火力を持っていると仮定し、約八百メートルという遠距離から短い連射を行う。

 先頭を走っていたARVのミツビシ・ショーグンが射弾を浴びてふらついた。右側の路肩を乗り越え、そのまま走って行ってグラスカーノック湖へと突っ込む。水しぶきがあがり、ショーグンはすぐに水没した。

 車列の各車両が急ブレーキを掛けた。ばらばらと人影が飛び降り、#3に向けて射撃を開始する。

 #3は、目標が装備している火器は自動小銃ないし突撃銃であると判断した。充分な距離を置いていれば、そうそう当たるものではないが、スパローホークは装甲を持たないので、枢要な部分に一発当たっただけでも墜落しかねない。#3は回避行動を行いつつ、距離を置いて短い連射を繰り返した。同時に、新たな目標の脅威度が高いことを#1と#4の連絡し、応援を乞う。

 #1と#4は急いで状況を検討し、より近い位置にいる#4が#3の応援に回り、#1が#4の担当区域も引き継ぐことを決める。



「後ろから来るぞ!」

 SCO19の隊員が叫び、手にしたSIG 516を肩付けする。

 スパローホークの戦術AIは優秀であった。#3が正面から火制しているあいだに、#4が湖側から接近して掃射を行おうとする。

 増援部隊が展開する国道には、車両以外の遮蔽物はなかった。国道の両側も、湖側は平坦な地形であり、山側もなだらかで開けた斜面しかない。樹は一本も生えていないし、生い茂る草の丈は身を隠すにはあまりにも短い。

 #4のミニミが、長い連射を送り出す。ミツビシ・ショーグンとBMW X5の陰に隠れた武装警察官たちは必死に弾幕を張ったが、五百メートルほど離れた位置からランダムな起動を繰り返しつつ射撃する#4には、一発も当てられなかった。#4の射弾も不正確だったが、発射された三百発およぶ弾丸のうちごく一部が、有効弾となった。三名のARV隊員と、SOC隊員の一人が被弾し、崩れ折れる。



「MRTのスパローホークだ」

 サイドウィンドから頭部を突き出した亞唯が、ドローンを識別する。

「やつら、こんな物まで用意していたのか」

 運転しながら、デニスが呆れたように言う。

 先頭を走っていたボールド警部補とマッコールのモンデオが、ブレーキを掛けて停止した。前方では、二機のスパローホークと武装警察官たちが激しく撃ち合っているが、どう見ても警察側が不利である。この状況で無策のまま突っ込めば、こちらも巻き込まれて、一方的にやられてしまうだけだ。

「このまま突っ込もうよ! スカーレットのアンチマテリアルライフルなら、スパローホークを撃墜できるよ!」

 アウディQ7のサイドウィンドウから頭を突き出して、ジョーがそう主張する。

「いい案だが、これ以上お嬢さんを危険にさらすわけにはいかないな」

 デニスがレンジローバーを降り、Q7に乗るソニアに歩み寄った。

「ミズ・セルパ。降りていただきます。これ以上は、危険すぎます」

「仕方ありませんわね」

 ソニアが、素直にQ7を降りた。

「ですが、ヴィットルは連れて行ってくださいな。きっと役に立ちます」

「もちろん結構です」

 デニスが即断する。

 一同は車を乗り換えた。メアリーがソニアの護衛役を命じられ、ソニアとともにモンデオに移る。ボールズ警部補とマッコールがアウディQ7に移動し、警部補がハンドルを握る。AI‐10たちはそのままだったが、なぜかヴィットルがレンジローバーに乗り込んできた。AHOの子たちに人間臭い動きでぺこりと一礼してから、デニスの横で助手席に座り込む。

「行くぞ」

 デニスが、反対車線に出てモンデオを迂回し、国道を走り出した。アウディQ7が、続く。


 第十七話をお届けします。

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