第九話
とりあえず完全充電を済ませたAHOの子ロボ分隊の面々は、一体ごとに別れると、スタジアム内のパトロールを開始した。『招待選手』としてのIDを持っているから、大抵の場所へはフリーパスで潜り込めるので、テロ警戒任務には都合がいい。
着替えを持ってこなかったAI‐10たちは、当然ユニフォーム姿のままあちこちを歩き回った。汗もかかず、自然芝でもないグラウンドで走り回っただけなので、着替えの必要はないのだが、その姿のせいで彼女たちは行く先々で観客の注目を浴びることとなってしまった。観客の多くが、当然ながら先ほどのフィッシュミンツの試合を観戦しており、僅差ながらツワネ・サンライズに勝利したことを知っているのだ。どこへ行ってもすぐにサッカーファンに囲まれ、勝利を祝福され、握手とサインを求められ、一緒に写真を撮られ、そして明日の試合の健闘を期待される……。
「気分はいいですが、なんか複雑なのであります!」
ようやく観客たちから解放されたシオは、そう独り言を言った。ちやほやされるのは嫌いではないが、本来の任務はテロ警戒である。そちらの方に進展がない……それは裏返せば『テロが起きそうにない』という意味で歓迎すべきことなのだが……のは、どうにも歯がゆい。
時間はゆっくりと過ぎて行った。大きな混乱もなく、大会はスケジュール通りに進んでゆく。午後遅くになると雲が多くなり、いかにもロンドンらしい青空の見えぬ低い雲による曇天となったが、天気予報によれば降雨にはならないはずだ。シオはそんな空を眺めつつ、ちょっと退屈を覚えながらも、パトロールを続けた。
「やあ、シオ! 君もパトロールかい?」
そんなシオに後ろから声を掛けてきたのは、ジョーであった。
「ジョーきゅん! もちろん、真面目にお仕事中なのであります! 異常はありませんか、ジョーきゅん?」
「今のところないねぇ。新たなテロ情報もないし、部下から報告も入ってないよ」
シオと同じように退屈していたのか、ちょっと物憂げな調子で、ジョーが教えてくれる。
「ところでジョーきゅん。ジョーきゅんの部下三人娘さんは、なにか特技を持っているのありますか?」
シオはそう訊いた。なにしろCIAのロボットである。隠し芸のひとつやふたつ、当然のごとく持っているはずだ。
「もちろんだよ! ああ見えても、戦闘ロボットだからね! ここだけの話だけど、MI5の許可を受けて、武器を持ち込んでるんだ! 内緒の話だよ!」
周囲を慮って、ジョーが小声になって言う。まあ、日本語で会話しているので、聞かれても内容を理解できる人は稀だろうが。
「おおっ! やはり睨んだ通りでありますか! やはり、ブルックリンが剣使いでスカーレットが槍使い、そしてクリスタルが弓使いなのですか?」
「……どこのアニメだい、それ」
ジョーが、呆れ顔となる。
「では、ブルックリンが戦士でスカーレットが魔法使い、クリスタルが癒し手の神官ですか?」
「……こんどはどこのRPGだよっ!」
ジョーが、突っ込む。
「では、ブルックリンが骨砕きでスカーレットが三味線の糸使い、クリスタルが簪で殺すのですね?」
「……なんだい、それ?」
ジョーが、怪訝な表情となる。
午後七時過ぎ、『オオサカ・プリンセシーズ』が『ソウル・ホワイトタイガーズ』から前半終了間際に二点目をもぎ取ったあたりで、ついに畑中二尉がギブアップ宣言を出した。
「腹減ったぁ~。ホテルに戻るぞー」
「二尉殿。テレビの視聴率もこれから上がる時間帯ですわ。宣伝目的のテロを行うのであれば、そろそろ危うい時間なのでは?」
スカディが、そう指摘する。今回のロボット・サッカー・ワールドカップは、全試合が衛星放送のスカイ・スポーツでイギリス全土に生中継されているのだ。土曜日の夜なので、視聴率もかなり高いことが予想される。
「いやー、あたしの勘では今日はもう大丈夫だろー。観客も減って来たしなー」
本大会の観戦チケットは、一試合ごとの販売ではなく、一日を通しての『イベント参加券』としての販売である。朝から観戦していた観客の一部は、飽きたり疲れたりしてすでにスタジアムを出ており、観客席には空席が目立つようになっている。
「ということで、おまいらは最後まで残って警戒に当たれー。あたしと二曹は三鬼ちゃん誘って、飯食いに行くぞー」
畑中二尉が、疲れた表情で続ける。
「まあ、ハンバーガーとブルー・ライノだけで持たせてたからな。まともな飯くらい、喰わせてやろうよ」
亞唯が、半笑いで言う。
「イギリスでまともな飯が喰えるのでしょうか?」
シオは疑問を呈した。イギリスと言えば飯マズ、というのは、ロボットの一般教養メモリーにすら標準搭載されているほどの常識である。
「だからフィッシュ&チップスの店に行くぞー。イギリス人は凝った料理を作らせると下手糞だが、単純な料理は悪くないからなー。ビールも飲んじゃうぞー。あ、ビールは一佐には内緒だからなー。じゃ、あとは頼んだー」
それだけ言い残すと、畑中二尉が脚を引きずるようにして立ち去る。石野二曹が、『ごめんね』と一声AI‐10たちに声を掛けてから、そのあとを追った。
「……人間は大変やな」
雛菊が、苦笑する。
仕方なく、AHOの子ロボ分隊は人間の上官抜きで任務を再開した。
「結構話題になってるなー」
シャワーのあとでまだ濡れている髪を拭きながら、畑中二尉がつぶやくように言った。
ホテルのテレビのチャンネルは、ITVに合わされている。午後十時三十分からの短いニュース番組だったが、ロボット・サッカー・ワールドカップに関してはかなりの時間を割いて紹介がなされていた。十時からのBBCニュース&ウェザーでも大きく取り上げられていたし、九時からやっていたチャンネル5のフットボール番組では特集が組まれ、第六試合までのダイジェストまで流されていた。
「あ、三鬼ちゃん、眠かったら寝ていいぞー。二曹も構わんぞー。明日も第一試合前にスタジアム入りするからなー。無理するなー。あたしはスカディたちから報告受けてから寝るー」
三鬼士長があくびを漏らしたのを目ざとく見つけて、畑中二尉が言う。
結局、ロボット・サッカー・ワールドカップ初日は、大した混乱もなく終了した。
一回戦の結果は、グループAがセルパ、アルファ、アサカ、ソーベルが勝ち上がり、グループBではレッドフィールド、チノハマ、クレメール、ビュルガーが二回戦に駒を進める。……番狂わせもなく、まずは下馬評通りの展開と言えようか。
二回戦の組み合わせは、セルパ対アルファ、アサカ対ソーベル、レッドフィールド対チノハマ、クレメール対ビュルガーとなる……。
AHOの子ロボ分隊は、真夜中近くまで掛かった第八試合終了までスタジアムで警戒に当たった。観客がスタジアムを出るまでしっかりと見守ったので、ホテルに帰りついたのは午前一時を過ぎていた。
スカディが、報告のために人間組の部屋に行く。残りの四体は、自分たちの部屋に一足先に戻った。
「何もありませんでしたねぇ~」
早速充電を開始しながら、ベルが意外そうに言う。
「まあ、宣伝目的を兼ねてテロを仕掛けるなら、世間の耳目が集まってる方がええやろ。決勝戦のある明日の方が、ねらい目やで」
同じく充電しながら、雛菊が言う。
「因果な商売だよな、テロ警戒なんて」
嘆息気味に、亞唯が言う。全員が、同意のうなずきをした。
テロ情報に基づき、警戒を行った結果、テロが行われなかった場合……テロを阻止したことになるのだろうか? ひょっとすると、テロ情報自体がガセで、在りもしないテロ計画を防ごうと無駄働きをしただけではないのか?
「用心とはそういうものなのですぅ~。無駄を承知で、万が一に備えることが、大切なのですぅ~」
ベルが、自分に言い聞かせるように言う。
「いずれにしても、あたいたちはいわば影の存在なのであります! どんなに頑張っても、マスターにすら本当のことを言えない立場なのであります! どうあっても、因果な商売なのであります!」
シオは断定的に言い切った。
「せやなぁ。まあ、世の中平和になれば、マスターのためにもなるから、ええんやけど」
雛菊が、遠くを見る目つきで言う。
時間は十時間ほど遡る。
ロンドン市街南方、ガトウィック空港の南側に、クローリーという小都市がある。戦後もっとも早い時期に、『ニュータウン』として整備された都市のひとつでもある。
このイギリス流『ニュータウン』は、単なる『大都市近郊の新規に開発された住宅都市』ではなく、『大都市に集中する職場と住宅』を郊外に分散させることを目的とした『職住近接』型の衛星都市を目指して推進されたものである。しかしながら、ロンドンへの交通の便の良さと、低所得者にも優しい住環境の良さから、実質的にベッドタウン化しているのが現状である。ロンドン中心部までの所要時間は電車で一時間程度。ガトウィック空港発の特急列車を利用すれば、もっと短い時間でウェストミンスター大聖堂のすぐそばにあるロンドン・ヴィクトリア駅までたどり着ける。
そのクローリーのとあるホテルの一室に、三人の男が集まっていた。
『ウォーム・ハンズ・ソサエティ』幹部の一人、ジャック。アーサーと名乗っている、眼鏡の小男。そして、インヴァネスのパブ『レイジー・ドッグ』での会議には参加していなかった若い男……ここではライナスと名乗っている……である。
部屋では、盗聴防止の用心に、テレビが点けっぱなしになっていた。映っているのは、料理番組である。激マズ料理で知られるイギリスだが、なぜかテレビでは料理番組が人気であり、数多く放送されているのだ。
「ボスから連絡が来た。物資搬入に成功。明日朝の物資搬入が成功ならば、予定通り作戦を決行する、とのことだ」
ジャックが、そう切り出した。
「任せてくれ。なに、簡単なもんだ」
気楽な調子で、ライナスが請け合う。
「囮作戦の方は、どうですか?」
丁寧な口調で、アーサーが訊いた。
「順調ですよ。病院、コンサートホール、レストラン。いずれも、三か月前から電話、インターネット、郵便と手口を変えて脅迫を行っています。明日の通告を本物と看做さない理由はありません」
自信ありげに、ライナスが言う。ジャックが、うなずいた。
「明日、オリンピック・スタジアムの警備に人手不足が生じる。これが、作戦成功の絶対条件だからな」
「純然たる好奇心から聞くんだが、結局ガスは何を使うことになったんですかな?」
アーサーが、訊いた。
「メタンチオールですよ。ご存知ですか?」
「聞いたことはあるな。かなりの悪臭のはずだ」
アーサーが、顔をしかめつつ言う。
「簡単に言えば、屁の臭いです」
ライナスが、笑う。
「やれやれ。WHSの評判が落ちなければいいが」
同様に顔をしかめて、アーサーが言った。
「まあ仕方がない。爆弾や有毒ガスでは、観客が避難してしまうからな。観客をスタジアム内に留めつつ、警備を混乱させるにはこれが一番だ」
苦笑しつつ、ジャックが言った。
「それで、そちらの準備は?」
笑みを消したジャックが、アーサーに振った。
「最終チェックはボスがやってくれるはずです。わたしが手を下す部分はすでに終わっています。プログラムは、完璧ですよ。あとは、彼が現場でどれだけ凶暴さを発揮してくれるかですが……」
アーサーが、期待に目を輝かせながらジャックとライナスを交互に見る。
「すべてはイギリス全土に生中継され、そしてその映像はすぐに世界中に配信されることになる。ヒューマノイド・ロボットが、いかに邪悪な存在かを、全世界の人々に見せつけることになるのだ」
ジャックは、押さえきれぬ笑みを顔に浮かべながら言い放った。
映像は雄弁である。一枚の写真は、一冊の書物よりも多くを語ることが可能なのだ。仮に二千年前に『カメラ』が存在し、誰かがそれでイエス・キリストの磔刑の写真を撮ったとしよう。その一枚の写真は、おそらく聖書一冊よりも重要な意味合いを持つことになるであろう。そして、それが『カメラ』ではなく、動画撮影が可能な機器であったならば、さらに加えて、イエスの肉声が記録されていたならば……人類の歴史は大きく変わっていたに違いない。
人類の歴史を変えるかもしれない映像。それを全世界に流すのが、今回のウォーム・ハンズ・ソサエティの計画であった。
「アメリカのビッグ3、FOXにCNN、BBC、アルジャジーラからCCTVまで、世界中の放送局が繰り返し流すだろう。You Tubeで何十億回も再生されるぞ。すぐに、ヒューマノイド・ロボットの開発、生産の中止を求める市民運動が始まるだろう。少なくとも、西側先進諸国のあいだではな。発展途上国や全体主義国家でも、その流れは止められまい。いずれ、稼働している物は全面廃棄の運びとなるはずだ」
「完全勝利、ですな」
アーサーが、笑う。
「ところで……ボスは何者なんだ?」
ライナスが、唐突に訊いた。ジャックが、笑みを消す。
「君の関知するところではないはずだが」
「それは判ってるが……気になるじゃないか。かなりの大物らしいな。大会関係者で、おそらくはロボット生産企業の関係者。あんたの上司じゃないのか?」
ライナスが、アーサーを見る。図星だったのか、アーサーの顔色が変わった。
「やめたまえ、ライナス。組織防衛の基本を忘れたのか? ボスに関する情報は、現場で敵と接する君が、知る必要のない情報だ」
きつい口調で、ジャックが言う。ライナスが、不満顔ながら口をつぐんだ。
第九話をお届けします。




