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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 10 ロボットサッカーワールドカップ優勝せよ!?
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第八話

 午前三時。クイーン・エリザベス・オリンピックパークにあるロンドン・スタジアムのメイン照明が点灯された。

 ロンドン警視庁が動員した六百名の要員が、一斉にスタジアム内外の最終点検に入る。当日の警備強化を見越して、事前に銃火器、爆発物、毒物などのテロ用資材を作戦目標に搬入し、隠匿して置くのはテロリストの常套手段である。

 視覚、赤外線センサー、電磁波測定器、イオン式爆発物探知機、同じく化学兵器探知機、ドッグ・サポート・ユニット所属の銃器探知犬と爆発物探知犬、さらには古典的な方法である棒の先に付けた鏡などを駆使し、怪しい物が隠されていないかを徹底的に捜索する。

 午前五時半過ぎ、捜索を統括した警視は、部下から上がってきた報告を聞いてとりあえず安堵の息をついた。

『スタジアム内外に異常を認めず』



 午前七時半前に、『フィッシュミンツ』の面々はホテルを出て、前日と同じように徒歩でロンドン・スタジアムを目指した。AI‐10たちはすでにユニフォーム姿に着替えており、石野二曹と三鬼士長もジャージ姿だ。畑中二尉だけは、見栄えを気にしてパンツスーツを着込んでいる。

 スタジアム周辺の道路では、テロ対策名目で、ロンドン警視庁による交通規制と道路検問が行われていた。オリンピックパーク入り口には、歩行者用の検問所も設けられており、出入りのチェックが行われていた。『フィッシュミンツ』の面々は、ロボット・サッカー・ワールドカップ本大会用のIDパスを提示し、そこを無事に通り抜けた。

 オリンピックパーク内は、厳戒態勢下にあった。至る所に警察官、警察用ロボット、民間の警備員の姿がある。頭上には、早くもドローンロボット……MRTのスパローホーク……が浮かび、監視業務を行っている。

 さすがにロンドンらしく、朝早いにも拘らずオリンピックパーク内には、一目でサッカーファンと判る人々……レプリカユニフォーム着用、応援グッズ持参、さらにサッカーボールを手にしている、などなど……が数多くたむろしていた。『フィッシュミンツ』が出場チームだと知っている者も多く、歩いているとしばしは写真を撮られ、あるいは握手やサインを求められる。さすがにサインは断ったが、AI‐10たちは握手には愛想よく応じた。

 スタジアムそのものへの出入りには、さらに厳重なチェックを行う検問が設けられていた。『スタジアムスタッフ用』『搬入業者用』『大会スタッフ用』『招待客・出場者用』『一般客用』の五種類八か所……一般客用は四か所にある……があり、すでに長い行列ができていた。係員の誘導に従い、畑中二尉を先頭に、一同は列に並んだ。ここも厳重な警戒下にあり、周りは警察官の姿であふれている。

「お、ソニアがいるぞ」

 亞唯が、隣にある『大会スタッフ用』検問の行列に並んでいるソニア・セルパを見つけて手を振った。気付いたソニアが、手を振り返してくれる。

 今日のソニアは、祖父リカルド・セルパがオーナーであるカンピオナート・ブラジレイロ セリエA(ブラジルの国内リーグのトップリーグ)に所属するサンルカスFCのユニフォーム姿であった。本大会に出場するサンルカス・ジュニオールはそのジュニアチーム、という扱いなので、ユニフォームの色使いやデザインはそっくりである。

「エロいなー」

 雛菊が、にやにやしながら言う。競技用のハーフパンツではなく、サポーター女子が着るようなショートパンツ姿なので、『おいしそう』な太腿が丸見えになっている。

 付き従っているヴィットルも、狼用(?)のレプリカシャツを身に着けていた。似合って可愛らしかったが、そのせいで余計に犬っぽく見えてしまう。

「ソニアでも顔パスとはいかないのですね」

 一足先に順番が来て、係員にIDの提示を求められて素直に応じているソニアを見ながら、スカディが言った。さすがに所持品検査までは行われなかったが、IDと顔の照合はじっくりと時間をかけて行われる。彼女のあとに続いたセルパの企業関係者らしい数名は、IDチェックに加えて所持品の検査までされてしまう。ヴィットルも、ユニフォームの上からボディチェックをされ、迷惑そうな表情だ。

「お、シャーロットさんもご登場なのです!」

 シオは指差した。『大会スタッフ用』行列の最後尾に、テンペストを連れたシャーロット・ワイズが現れていた。こちらも、ソニア同様ユニフォーム姿だ。小脇に、サッカーボールを抱えている。

「こっちは可愛い系ですねぇ~」

 ベルが、喜ぶ。華奢な体つきと白い肌に金色の髪。スポーツとは無縁そうな美少女がややオーバーサイズ気味のユニフォームを纏っている姿は、現実感が薄くてなんだかアニメキャラでも見ているかのようだ。

「ほら、おまいらー。順番が来たぞー。ちゃんとID見せろー」

 畑中二尉に注意され、AI‐10たちは各自のIDカード……首からぶら下げてユニフォームの中に入れている……を準備した。

 シオは自分の番が来ると、係員にIDカードを提示した。係員がハンドスキャナーでカードを読み取り、記載内容を確認する。別の係員が簡単にボディチェックを行い、他の一人が例の『動力源遮断装置』が正常に取り付けられていること、改造等が行われていないことを目視と機器によって確認する。

「うーむ。かなり警戒が厳しいなー。これなら、まともなテロは難しいだろー」

 検問が終わって、コンパクトを覗きながら手早く化粧の乱れをチェックしながら、畑中二尉が言う。

「油断はできませんけどねー」

 同じく髪の乱れを直しながら、三鬼士長が言った。

「検問で緊張したせいか喉が渇いたなー。開会式前に、カフェで何か飲んでくかー」

 まだ検問が終わっていないメンバーを待ちながら、畑中二尉が言う。その肘を、石野二曹がちょんちょんとつついた。

「ん、なんだ、コーチ?」

「いい処に来ましたよ」

 石野二曹が、手を挙げて合図する。

 招きに応じて近付いて来たのは、ブルックリンだった。ジョーの部下の、GR‐60三人娘の一人……金髪の娘である。今日もブルー・ライノのキャンペーンガール仕様で、際どいワンピース姿だ。

「んー。日本では清涼飲料水扱いだから、まいいかー。ブルックリン、一本くれないかー?」

 畑中二尉が、手を差し出す。

「申し訳ありません、監督。今切らしてますので。すぐ近くに企業ブースがありますので、そこで配ってますわ。ご案内します」

 ブルックリンがにこやかに言って、案内しようとする。

「いや、それならいいんだー」

 畑中二尉が、手を振って断った。

「おかしいぞー」

 ブルックリンが去ると、畑中二尉が首を傾げた。

「腰に下げたケースからは、ブルー・ライノらしき缶がチラ見えしていたー。なぜくれないのだー。新手のいじめかー? それとも人種差別かー?」

「性格の悪いロボットなのですわ、きっと」

 吐き捨てるように、スカディが言う。……いまだ『貧乳』ネタを恨んでいるらしい。



 午前九時きっかりに、リカルド・セルパ会長の開会宣言が行われ、直後に一回戦第一試合の『マレット・キッカーズ』と『サンルカス・ジュニオール』の試合が開始された。『フィッシュミンツ』の出番は第三試合……予定では、十二時四十分にキックオフとなる……である。……初日で一回戦八試合をすべてこなさねばならないので、かなりタイトなスケジュールが組まれているのだ。



「いよいよ出番なのです! 腕が鳴るのであります!」

 ピッチに飛び出したシオは、ウォーミングアップ代わりにぴょんぴょんと飛び跳ねながら言った。

 大会は順調に進んでいた。第一試合は下馬評通りセルパの『サンルカス・ジュニオール』が4‐0の一方的スコアでマレット・インターナショナルの『マレット・キッカーズ』に対し勝利を収め、第二試合はロシアのアルファ・ロボット・プラントの『FCアルファ・モスクワ』が2‐1で合衆国・カナダ合弁でトロントに本社を置くヘルソン・ロボティクスの『トロント・レッズ』を僅差ながら破っていた。

「ブックメーカーのオッズは、うちが有利、と出ているー。わずかな差だがなー」

 畑中『監督』が、そう声を掛けた。

「当面は作戦通り行くぞー。スカディ、頼んだぞー」

「お任せ下さい、監督」

 スカディが、自信ありげにうなずく。

 予定通り十二時四十分きっかりに、主審が笛を吹く。

 試合展開は……ある程度予想されたことではあったが……SP‐22を擁する『ツワネ・サンライズ』主導の展開となった。SP‐22はAI‐10より足が速く、その分ドリブルの速度も……人間のプロのそれを見慣れた目からすると、呆れるほど遅いのだが……ある。パスの精度に劣るツワネ側は、ボールを手にするとドリブルで運びつつ前線を上げ、人数を掛けて攻撃するという戦術を多用した。二回にわたりシュートまで持ち込まれた……いずれも雛菊が落ち着いて処理して失点には至らなかったが……スカディは、慌ててシオを中盤に下げて守備を強化し、亞唯のワントップに布陣を切り替える対策を行った。

 この策が功を奏し、以後ツワネ側に得点機は訪れなかったが、一方のフィッシュミント側の攻撃もまったく冴えなかった。早い段階で、スカディが攻撃の起点であり、亞唯がストライカーであることを見抜いたツワネ側が、厳しいマークを行って、スカディに自由な動きとパスを許さず、また亞唯にボールが渡った場合は早めに人数を掛けて潰す作戦に出たからである。

 というわけで、前半はツワネ・サンライズが押し気味に試合を進めたが、両者とも得点は無し、という結果となった。



「シュート一本とは情けないぞー」

 フィッシュミントの面々を集め、畑中『監督』が嘆く。

 その一本も、ディフェンダーに囲まれて進退窮まった亞唯が、ダメもとで放ったクロスともロングシュートとも言えぬ中途半端な一撃であり、枠には行ったものの相手ゴールキーパーに難なくキャッチされていた。

「仕方ない。多少奇策を使うしかないだろー。幸い、ディフェンスは有効に機能しているようだからなー。シオ、お前は亞唯のさらに前に出ろ。囮となるのだー」

「なんだかそんな役回りが多いような気がしますが、了解なのであります!」

 シオは拳を突き上げて承知した。

「亞唯はそのまま左寄りで。中盤にボールが渡ったら、あおっちは前に出ろ。左からボールを回して、亞唯が左奥に走り込み、ゴール前で待ち受けるシオにクロスを上げる、という手だと相手に思い込ませろー」

「裏をかくわけやな」

 雛菊が、にやにやする。

「そうだー。本命は右だー。相手があおっちと亞唯、シオに気を取られているうちに、あざみん、ばっきー、すみっぺでドリブルとショートパス繋ぎながら前に出ろー」

「かなり時間が掛かりますね」

 スカディが、指摘する。

「そこは仕方ないー。とにかく、シュートで終わらせるのだー。スカディ、お前の判断で発動だー。いいなー」



 十五分間の充電では、前半で消費した電力の一部しか補充できないが、それでもかなりバッテリー容量を回復したAI‐10たちは、ふたたびピッチに飛び出した。相手側もハーフタイムに何らかの戦局打開策を付与されたものだと判断し、序盤は敵の出方を窺おうと慎重に試合を進める。

 好機が訪れたのは後半十五分が経過したところだった。ツワネ側が人数を掛けて攻め込んだものの、ベル率いるディフェンダー陣の踏ん張りで弱弱しいシュートしか打てず、雛菊が難なくキャッチする。

 雛菊とベル、それにスカディの視線が『合った』 長いこと特殊作戦など一緒にやってきた仲である。ある程度は、相手の思考は『読める』のだ。

 スカディは、指示を叫びながら走った。気付いた亞唯とシオも、動き出す。

 雛菊が、ベルにボールを流す。すかさず、ベルがあざみにパスを出した。

 フィッシュミンツのカウンターが来そうだと気付いたツワネ側も、動き出していた。敵陣奥まで走り込んでいたフォワードとミッドフィルダーが、慌てて戻り始める。ディフェンダーは、こちらの思惑通り亞唯とシオの動きに引きずられていた。守備的ミッドフィルダーの一人も、ダッシュを始めたあおいをマークし始める。

 右中盤に、大きなスペースが空いた。あざみとつばきが、そこへボールを保持したまま走り込む。それを、すみれが追い抜いてゆく。

 スカディも走った。ツワネ側も、ようやくこちらの意図に気付いたようだ。亞唯のマークを一人に減らし、ゴール前を固めようとする。

 すみれが、つばきからのパスをフリーで受けた。ミッドフィルダーが、ボールを奪おうと身体を寄せに掛かる。

 シオは付きまとうディフェンダーを振り切り、パスを受けようとした。位置はゴール前である。上手い体勢に持ち込めば、シュートチャンスはある。

「こっち!」

 一方空いているスペースに入り込んだスカディは、右手を上げた。すみれが、パスを打つ。ボールは、ワンバウンドでスカディの足元に納まった。

 ゴールまでの距離は約二十五メートル。だが、正面には数名のツワネ選手がおり、シュートを打っても確実に阻止される状況である。

「リーダー!」

 シオは叫びながらゴールの左側に飛び出した。スカディが高いボールを蹴り入れてくれれば、ヘディングチャンスである。

 だが、スカディが蹴ったボールはグラウンダーだった。ボールが、シオ目掛けて低い弾道ですっ飛んでくる。

 その時、なぜボールに触れなかったのか、シオは後に論理的に説明することが出来なかった。おそらく、スカディの表情からそう判断したのだろうが、なぜかボールに触れるべきではない、という『思いに駆られて』しまい、身体でツワネのディフェンダーの動きを押さえただけで、ボールを見送ってしまったのだ。

 そしてそれは正解だった。シオの脇を通り過ぎたボールを、ディフェンダーを振り切った亞唯の脚が捉える。渾身の蹴りではなかったが、ボールはゴール前に飛び込んだ。これが運よくディフェンダーのボディに当たり、跳ね返ってゴールラインを割り、ネットを揺らす。



「いやー、よくやった! 先生は感動したぞー」

 青春物ドラマの脇役にでもなったつもりか、畑中二尉がAI‐10たちを抱きかかえつつ、その背中をばんばんと叩く。

 結局、あのオウンゴールが決勝点となった。失点したツワネ・サンライズは積極的に攻勢に出たものの、再びワントップに戻して守備を固めたフィッシュミンツから得点を奪うことが出来ず、それどころか後半終了間際にはカウンター攻撃により危うく二点目を失いかけた。

「しかしよくあの場面で、わたくしの意図が伝わりましたね」

 スカディが、まじまじとシオを見る。

「急にボールが来たので、思わず見送ってしまったのであります! リーダーには、亞唯ちゃんの動きが見えていたのですね!」

 亞唯とスカディを見比べながら、シオはそう言った。

「ま、運が良かったよ、実際」

 満足げに、亞唯が言う。

「素晴らしいチームワークだー。監督冥利に尽きるぞー、おまいらー」

 畑中二尉が、なおもAI‐10の背中を叩き続ける。

「あのー、監督」

 三鬼士長が控えめに声を掛け、ウインクして見せる。

「い、いかん。感動のあまり、つい本気になってしまった」

 畑中二尉が、急に身を起こすと仕事モードになった。本来の任務はテロ警戒である。サッカーの試合の勝敗は、関係ないのだ。

「でもまあ、勝ってしまった以上次も頑張ろうじゃないかー、諸君。次の試合は明日の二回戦第二試合、午前十時五十分からだー。相手は次の一回戦第四試合、ソーベルとファルケルの勝者。諸君らはセルフチェックと充電を行ったら、自由行動とする。ま、できれば次の試合を見学してから、ホテルに帰って大人しくしていてもらいたいがなー。では三鬼コーチ、頼んだぞ」

 畑中二尉が、指示する。……任務の邪魔にならないように、新参組を連れて、さっさとホテルに戻っていてくれ、との命令である。


 第八話をお届けします。

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