第七話
「お、お嬢さんのチームが来たみたいだぜ」
亞唯が言って、ソニアの背後を指差す。
クラブハウスから、ロボットを含む一団がぞろぞろと現れたところだった。ロボットはすべて二足歩行タイプに見えたので、まず間違いなく、ロボットサッカーワールドカップの練習に来た連中だろう。
「あれはレッドフィールドの『レディウッドFC』ね。シャーロットのところのチームよ」
振り返ったソニアが、一目でそう見分けた。
「選手は、例のPARKERだな」
亞唯が識別する。
「サッカー向きの体形ではないと思いますが!」
シオはそう言った。
「むしろ、ボディビル向きですねぇ~」
ベルが、続ける。
「あなたたちも、サッカー向きには見えないけどね」
ソニアが、くすくすと笑う。
「シャーロットさんも、居ますねぇ~」
背伸びするようにして遠方を見やりながら、ベルが言った。シオも、サッカーフィールドへ向けて歩んでいく一団の中に、馬ロボットを引いている小柄な少女の姿を認めた。
ソニアが、そちらへ向けて大きく手を振る。気付いたシャーロットが、馬ロボットを引いたままこちらへ歩んできた。ソニアと違って、護衛らしいスーツ姿の体格のいい男性が四人、人馬を取り巻くように付いてくる。
ソニアとシャーロットが、親し気に挨拶を交わす。亞唯、シオ、ベルも、シャーロットに一礼し、挨拶した。シャーロットが、微笑む。
「またお会いしましたね、みなさん」
「お馬さんも、こんにちわなのです!」
シオは馬ロボットにも挨拶した。
「そう言えば、この仔は紹介してなかったわね。テンペストよ」
シャーロットが、馬ロボットのたてがみ……これは人造毛のようだ……を撫でながら言った。英語で『嵐』を意味する名である。
「改めてよろしくなのです、テンポイントさん!」
「テンポイントじゃなくて、テンペストだよ」
シオのボケに、亞唯が突っ込む。
シオは手を伸ばし、テンペストの鼻面を撫でようとした。だが、名前を間違えたことが気に入らなかったのか、テンペストは頭を高く掲げてそっぽを向いてしまう。
「レッドフィールドの代表は、PARKERなのですねぇ~」
ベルが、確かめるようにそう訊く。
「ええ。もっといいロボットが居るのだけれど、お父様はこれの売り込みを図りたいようで……」
シャーロットが、わずかに渋面を作る。どうやら、PARKERはシャーロットには好かれていないようだ、とシオは解釈した。
「期待の新型だからね。ロンドン警視庁での運用が成功すれば、各地の警察でも採用されるだろうし、今大会で評判になれば外国の警察からも引き合いが来るはずだし。ま、仕方ないね」
ソニアが軽い口調で言って、肩をすくめる。
『亞唯、シオ、ベル。そろそろ練習時間終了よ。ボールを持って戻ってきて』
不意に、スカディから無線通信が入った。シオは体内クロノメーターで時刻を確かめた。午後三時まで、あと五分しかない。
「ミズ・セルパ。ミズ・ワイズ。あたしたちの練習時間は終わりみたいだ。フィールドを明け渡すよ」
同じようにスカディからの通信を受けた亞唯が、そう二人の令嬢に告げる。クラブハウスの方からは、別の一団が現れ、こちらに近付きつつあった。セルパのチーム『サンルカス・ジュニオール』とその関係者だろう。
「じゃあね。明日の試合、頑張ってね。グルーン・ディフェンスのチームだっけ?」
ソニアが三体に激励じみた大げさな握手を求めながら訊く。
「『ツワネ・サンライズ』であります! ご期待に副えるように、頑張るのであります!」
シオは勢いよく拳を突き上げて宣言した。
「準決勝で会いましょう」
くすくすと笑いながら、ソニアが言う。
「あら。でしたら、『レディウッドFC』と決勝で当たるのは、このどちらかのチームになるわけ?」
シャーロットが、おどけたように言う。
亞唯、シオ、ベルの三体は、シャーロットにも丁寧に別れの挨拶をすると、ボールを拾いあげてセンターサークルへと戻った。すでに、他のチームメンバーはフィールド中央に集まって、畑中二尉の前に並んでいる。三体は急いで駆け寄り、その列に加わった。
「よーし、全員集まったなー。練習はこれで終了だー。いよいよ明日は本番だー。ひとつだけ言っておくぞー。最高のパフォーマンスを見せろー。その結果、負けたとしたらそれはそれで仕方がないー。お前らの実力はそこまでだった、ということだからなー。では、帰るぞー」
畑中二尉が短く述べて、『フィッシュミンツ』の最後の練習はお開きとなった。
ホテルに帰り着くと、畑中二尉が、スカディにだけ完全充電とシャワーを命ずる。
「わたくしだけですの?」
スカディが、訝る。
「そうだー。今夜、大会記念のディナーパーティが開かれるのだー。それに出席しなければならんー」
「おおっ! ならばあたいたちもシャワーですね!」
シオは興奮した。……お呼ばれは大好きである。
「いや。出席できるのは、監督とキャプテンだけだー。おまいらは留守番だぞー」
ちょっと意地悪そうな笑みを浮かべて、畑中二尉が告げる。
「差別だろ、それ」
亞唯が抗議する。
「勘違いするなー。出場選手の歓迎パーティじゃないんだぞー。むしろ、ビジネスの場だー。参加各企業のお偉いさん、スポンサー、イギリス政財界の関係者、ジャーナリスト連中などを招いて、大会を盛り上げると同時に、主にレッドフィールドとセルパが自社製品をアピールする、というのが主眼だろー。おまいらが行っても、面白くないぞー」
「なんや。堅苦しいパーティかいな。なら、こっちからお断りやで」
雛菊が、途端に興味を無くす。
「あ、ちなみに会場はザ・サヴォイだー」
いかにも取って付けたように、畑中二尉がぼそりと言う。
「サヴォイでディナーパーティ! い、行きたいのであります!」
シオは猛烈に喰いついた。超一流ホテルでのパーティに出席するなど、安月給サラリーマンをマスターに持つ身としては、『一生』に一度有るか無いかのチャンスである。
「わたくしもお供したいのですぅ~」
ベルが、身をよじる。
「おまいら行っても、飯も食えんし酒も飲めんだろうがー」
畑中二尉が、呆れ顔で言う。
「ですが! サヴォイでディナーパーティなど、孫子の代まで自慢できる経験ではないかと!」
シオは拳を握って力説した。
「妊娠も出産もできないだろうがー」
畑中二尉が、突っ込む。
「とにかく諦めろー。だいたい、アサカ電子に割り当てられたテーブルはひとつだけなのだー。八人掛けだから、副社長、ロボット事業本部長、技師長、渉外広報担当、それにヨーロッパ総支社長、ロンドン営業所長。あと監督たるあたしとキャプテンのスカディが加わったら、おまいらの席は無いのだー。大人しく部屋でテレビでも見てろー」
ザ・サヴォイ。1889年創業の、老舗高級ホテルである。
九階建ての重厚な建物があるのはロンドン中心部のウェストミンスター特別区で、近くにはテムズの流れがある。正面はストランドと呼ばれる通りに面しており、東へ行けばロンドンの心臓部とも呼ぶべきシティが、西へ行けばチャリング・クロス駅とトラファルガー広場に至るという好立地である。……東京で言えば、日本橋あたりになるだろうか。
畑中二尉とスカディは、そこへロンドン名物ブラック・キャブで乗り付けた。畑中二尉は黒いホルターネックのイブニングドレス姿。スカディも、三鬼士長が用意してくれたターコイズ・ブルーのカクテルドレスに着替えている。
パーティ会場であるリバー・ルームと名付けられたバンケット・ホール(宴会場)には四十を超えるテーブル席が設えられていた。アサカ電子のお偉い方々と一緒に着座したスカディは、失礼に当たらない程度にあちこちを見回した。装飾は徹底してアールデコ調で、色彩は白が多用されており、なんだか結婚式場のようだ。天井には仰々しいシャンデリアが下がり、テーブルの中央にはこれまた派手な花が飾られている。
「あら。また会ったわね」
声を掛けられたスカディは、振り返った。隣のテーブルが、セルパのチーム関係者の席だったのだ。ベアトップのイブニングドレス姿のソニアが、小さく手を振っている。
「こんばんは、ミズ・セルパ」
スカディは、とりあえず挨拶した。畑中二尉も、挨拶する。副社長を始めとするアサカ電子の面々が羨ましそうな顔をしたので、気を利かせた畑中二尉が、ソニアを同席の中年男たちに紹介してやる。
ソニアの祖父、リカルド・セルパ会長の姿は、演壇に近い上席にあった。もう一人の主役と言えるフレデリック・ワイズ社長はその隣のテーブルに見えたが、シャーロット・ワイズの姿はどこにも見えなかった。……広告塔たる彼女がこのパーティに招待されていないわけがないので、都合で欠席したのだろう。
「凄いなー。お偉いさんばっかりだぞー。イギリスのデジタル・カルチュア・メディア・アンド・スポーツ大臣。国際貿易大臣。議員連中。スポンサー連中。あっちのテーブルは、貴族連中だなー。ジャーナリスト。ブラジル大使。お、見ろ!」
同席者に遠慮して小声でささやいていた畑中二尉の声のトーンが、急変する。
「どうかしましたか?」
「デビット・ベッカムだ! サイン欲しい! マジで欲しい!」
畑中二尉が、タキシードを見事に着こなした中年のハンサムな男を食い入るように見つめる。
やがて、パーティが始まった。シャンパンが出され、リカルド・セルパ会長とフレデリック・ワイズ社長の音頭で、大会の成功を祈って乾杯するところからスタートする。
「おお。クリュッグだ。さすがはザ・サヴォイだなー」
畑中二尉が、美味そうにシャンパンを堪能する。ちなみに、スカディの前にも皿とナプキン、グラスが置かれていたが、グラスの中に形式的に水が注がれているだけである。
料理が運ばれてきても、何もすることがないスカディは、暇つぶしに他のテーブルを観察し始めた。隣……セルパのチーム関係者が座っている……に視線を転じたところで、奇妙な点に気付く。
「あら」
皆が食べている料理はアボカド入りのシュリンプカクテルだったが、なぜかソニア・セルパだけ小エビ抜きで食べていたのだ。
スカディがそのことを畑中二尉に告げると、畑中二尉が首を傾げた。
「理由その一。エビが嫌い。理由その二。モデルだから特別ダイエット・メニュー。それくらいしか、理由は思いつかんなー」
その後、魚料理……白身魚のムニエル……はソニアも普通に平らげたが、肉料理はまた別メニューとなった。仔羊のグリルの代わりに、スモークサーモンが出されたのだ。
「そうかー、判ったぞー」
畑中二尉が、スカディの耳元でささやく。
「彼女のグラスを見ろー。ワインも飲まず水で食事しているー。これは、宗教的な縛りに違いないー。スカディ、今日は何曜日だー?」
「金曜日ですわ、もちろん。土曜日に大会が始まり、日曜日に決勝戦ですから」
「そうかー。ソニアはブラジル人だから、まず間違いなくカトリックだろー。カトリックの中でも、旧約聖書を重んじる保守的な一派は、ユダヤ教徒なみに旧約聖書の記述内容に厳格に従って生きているのだー。彼女、モデルのくせにアクセサリーの類をいっさい身に着けていないだろー」
「そう言えば、そうですわね」
スカディは、改めてソニアを見た。胸元が大きく開いているイブニングドレスの場合、ネックレスなどで首周りを飾るのが普通だが、彼女は何もつけていない。
「旧約聖書には、金製品を身に付けてはいいけない、と解釈される記述があるので、アクセサリーを嫌う人々がいるのだー。あと、タトゥーを入れないとか、占いをしない、信じないとかなー。豚肉も禁忌するぞー。金曜日には、肉を食べないという習慣もあるー。ムニエル喰ったんだから、ダイエットとは思えんしなー。そうそう、海老、蟹、蛸、烏賊などを喰わない、というのも特徴だなー」
「なるほど。だから小エビ抜き、肉の代わりに魚、お酒も飲まないというのですね」
スカディは納得した。
「面白い番組が無いのです!」
シオはテレビの前で拳を振り回して抗議した。
ロンドンで普通に見られる地上波は五局しかない。安ホテルなので、映るチャンネルはこの五つだけだ。しかしながら、どのチャンネルもぬるい連続ドラマとドキュメンタリーとトークショー、それにクイズ番組ばかりで、留守番組四体は退屈していた。ちなみに、新参組六体は自分たちの部屋で大人しくテレビを見ているようだ。まだ起動してから日が浅いので、こんな刺激の少ない娯楽でも、興味深いのだろう。
「どこかで野球中継とかやってへんやろか」
雛菊が、リモコンでチャンネルを次々と切り替える。
「おいおい。ここ、イギリスだぞ。クリケットならともかく、野球は無理だろ」
亞唯が、呆れて突っ込む。
「わたくし、時代劇が見たいのですぅ~。再放送でよろしいので、見れませんでしょうかぁ~」
ベルが、不満そうに言う。
「……だから、ここイギリスだって」
亞唯が、苦笑する。
「面白いアニメが見たいのです! はっと! ここイギリスでも、面白いアニメは深夜枠に追いやられているのでしょうか? でしたら、夜更かしのために、仮眠しなければ!」
シオはそう言うと、ベッドに潜り込もうとした。
「イギリスはアニメ不毛の地だからなぁ。そこは察してやれよ」
亞唯が、諦めたように言う。
「しかし、スカディちゃんがいないと、亞唯ちゃんが突っ込み役になるのですねぇ~」
ベルが、嬉しそうに言った。
「一応、サブリーダー役を仰せつかってるからな」
亞唯が、またも苦笑する。
「お、ITVでなんか面白そうなの始まったで」
雛菊が、チャンネルを切り替えるのをやめた。
「アメリカの刑事ものですねぇ~」
ベルが、さっそく喰いつく。
シオもベッドからごそごそと這い出し、テレビの前に座った。カーチェイスがあったり、銃がばんばんとぶっ放されるようなドラマは、大好物である。
四体のAI‐10は、一時間にわたって番組を堪能した。
第七話をお届けします。




