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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 10 ロボットサッカーワールドカップ優勝せよ!?
225/465

第五話

「やはり君たちだったか。アサカ電子が代表選手としてAI‐10をエントリーした時点で、来ると思っていたがね」

 SIS職員、デニス・シップマンが居並ぶAHOの子たちを見て、破顔する。

「お会いできてうれしいですわ、ミスター・シップマン」

「久しぶりだね」

「会いたかったで、おっちゃん」

「お元気そうでなによりなのですぅ~」

「デニスさん、こんにちはなのです!」

 英語に切り替えたAI‐10たちは、口々に挨拶を返した。

「中尉と軍曹も、元気そうだな」

 デニスが、畑中二尉と石野二曹に握手を求める。この二人と直接顔を合わせるのは、サンタ・アナ以来となる。

「紹介しておこう。部下のミズ・ウッドハウスだ」

 次いでデニスが、後ろでAI‐10たちに訝し気な視線を注いでいる女性をそう紹介した。中背で、褐色の髪は女性としては機能的に短めに刈られており、やや厳しい顔立ちも相まって、いかにも有能そうな感じだ。

「メアリー・ウッドハウスです」

 地声らしい低い声で女性が言って、畑中二尉と石野二曹に軽く会釈する。

「なんとっ! 諜報員メアリー! 実在していたのですね!」

 シオは大げさに驚いた。

「日本人の海老好きを利用して、経済を混乱させようと企んでいらっしゃるのですねぇ~」

 ベルが、嬉しそうに乗っかった。

「いいかげんにしろ、おまいらー。あ、気にしないでください、ミズ・ウッドハウス」

 畑中二尉が、日本語と英語を適宜切り替えながら、楽しそうなベルシオコンビに対する突っ込みと、怪訝そうな表情のメアリーに対する詫びをする。

「メアリー、こちらは日本の同業者の方々だ。ロボット共々色々と世話になっている」

 デニスが、詳細をぼかして日本側を紹介した。

「ところでミスター・シップマン。SISのあなたが、ここで何をなさっていらっしゃるのですか?」

 周囲に聞こえないように声を潜めて、スカディが訊ねる。

「調整役、といったところかな。今回のイベントの警備、もちろん主役はロンドン警視庁だ。MI5がそのサポートをして、われわれSISは、蚊帳の外。だが、国際的なイベントのうえ、すでにウォーム・ハンズ・ソサエティによるテロ情報も広まっているから、各国の情報機関や対テロ組織が勝手に動き、ロンドンに人員を送り込んできているのが現状だ。諸君らのようにね。MPS(メトロポリタン・ポリス/ロンドン警視庁)としては非公式の対テロ協力は拒めないが、足を引っ張られるのは困る、ということで、諸外国各機関と交流のあるSISがあいだに入って情報交換を始めとする各種調整を行っている、というわけだ」

 デニスが、ざっくりと説明した。

「合衆国、カナダ、フランス、ドイツ、スペイン、イタリア、スイス、ロシア、日本、オーストラリア、ブラジル、イスラエル、南アフリカ共和国、韓国。合計十四カ国も関わってるもんな」

 亞唯が、参加するロボットメーカーの関係する国家を指折り並べ上げる。

「そういうことですので、何かありましたらこちらに連絡してください」

 メアリーが、ポケットから取り出した名刺大のカードを、AI‐10たちの目の前にそれぞれ一秒程度かざしてから……もちろんスチール撮影させるためである……畑中二尉に渡す。

「ミスター・シップマン。あのロボットをご存知ですか?」

 石野二曹が、謎の『シュ〇ちゃんロボ』を指差す。

「レッドフィールドの新型だよ。PARKERだ」

「パーカー?」

「ああ、フードの付いている服だね」

 亞唯が、真っ先にボケた。

「万年筆のメーカーやろ」

 雛菊が続く。

「ジェイソン・ステ〇サムさんの映画ではないでしょうかぁ~」

 ベルが言う。

「ピンクのロールスロイスを運転するのですね!」

 シオは楽し気に言い放った。

「Police Assistance Robot, Keep-watch and Emergency Response でパーカーだ。レッドフィールドが、警察向けに特化して開発した二足歩行タイプ。シティ・オブ・ロンドン・ポリスに先行配備されたが、まだ試用中だ。ロンドン警視庁も大量に採用し、今は慣らしの最中だが、今回の警備には間に合わないとのことだ」

「とすると、性能は良いのですね」

 英語になるとなぜかまともな喋り方になる畑中二尉が、うなずきつつ言う。

「かなり優秀とのことだ。ま、君たちには敵うまいがね」

 冗談とも本気とも取れる真面目な声音で、AI‐10たちを見ながらデニスが応じる。

「現在使用中のシルフィードはいささかひ弱ですからね。その補完用に、ある程度銃撃などにも耐えられるだけのタフさを備えているパーカーを大量採用する意向のようです」

 メアリーが言い添える。

「警察官が拳銃携行しない国だものなぁ。耐弾性が無いのは仕方ないよな」

 亞唯が嘆息する様に言った。よく知られていることだが、イギリスの警察官は通常銃器を携行しないで任務に当たる。アメリカであれば、拳銃を抜いたどころか、安全装置を外した上に引き金に指を添えた状態……さすがに引き金に指を掛けたりはしないが……で行われる麻薬売人の家への強行突入などの際にも、銃器を携行しないのが当たり前なのだ。もちろん、テロ対策部門は拳銃どころか突撃銃を正式採用しているし、危険が多い北アイルランドの警察は拳銃の常時携帯が基本である。

「ミスター・シップマン。そちらでテロに関して何か新しい情報を掴んでいるのですか?」

 畑中二尉が、訊いた。

「WHSが何か仕掛けてくる、というのはまず確実だ。だが、どのような手を使ってくるかは判然としない。MI5の分析によれば、本大会をテロの標的に選んだ理由は、連中が目の敵にしているヒューマノイド・ロボットが多数集まる点、世間の注目を浴びている点、そして、派手なテロを行って死傷者が出ても、それはヒューマノイド・ロボットを作っているメーカーやその関係者、さらにヒューマノイド・ロボット支持者に限られるから、WHSに対する『無差別テロ』という批判を躱しやすい点、などが挙げられている」

 厳しい表情を作って、デニスが説明した。

「なるほど。宣伝目的で、なおかつ派手にやる可能性が高いということですね」

 畑中二尉が、うなずきつつ言う。

「まあ、わたしの勘では正統派のテロは仕掛けて来ないだろうな。こちらが想定しないような手で来るはずだ」

「できる限りの協力をいたします」

 真面目な顔で、畑中二尉が確約した。

「期待しているよ」

 デニスが、表情を和らげる。

「お。なんか妙なコンビが来るで」

 雛菊が、スタジアムの南方を指差す。

 言葉通り、妙な二人連れであった。どちらも女性で、動物型のロボットを連れている。

 一人目は、豊かな胸と長い脚を強調する薄手のセーターとスキニーパンツを着込んだ背の高い女性だった。年齢は、二十代の初め頃だろう。髪はウェーブした明るい茶色で、肌は浅黒い。目の大きな、派手な顔立ちをした美人だ。銀色地が目立つ四足歩行ロボット……犬型だろうか……を伴っている。

 二人目は、長い金髪の十代後半の女性だった。こちらも美人だったが、一人目とは違いもっと清楚な雰囲気だ。白い乗馬ズボンに紺色のジャケットという姿で、白塗装の馬型ロボットの手綱を握っている。

「おまいらしゃんとしろー。あれは、VIPだぞー」

 畑中二尉が、急いでAHOの子たちに注意喚起する。

「どなたでしょうか?」

 石野二曹が、畑中二尉に顔を寄せるようにして訊く。

「資料を漁ってた時に、ネットで見たぞー。金髪の方はレッドフィールドの社長令嬢だー。もう一人は、セルパの会長の孫娘だー」

「ソニア・セルパ。リカルド・セルパ会長の自慢の孫で、ファッションモデルとしても活動中。シャーロット・ワイズはフレデリック・ワイズ社長の娘。まだ学生だ。どちらも、美人だから企業広告塔として活躍している」

 日本語での会話内容を推測したデニスが、親切に教えてくれる。

「ミスター・シップマン。その方々は?」

 金髪で馬型ロボットを連れた方……シャーロットが、デニスに訊いた。

「今大会に出場するアサカ・エレクトロンのチームの方々ですよ、ミス・ワイズ」

 にこやかに微笑みながら、デニスが答えた。

 犬型ロボットが、いかにも犬らしい動きでスカディに近付き、その臭いを嗅ぐしぐさを始めた。スカディが手を伸ばし、その頭を撫でる。

「いいワンコなのです!」

 シオはそう言った。途端に、ソニアが渋い表情を浮かべる。

「ヴィットルは狼なんだけど」

「これは失礼しました、セニョリータ・セルパ! いい狼なのです!」

 シオは素直に謝ると言い換えた。犬型ロボット……もとい、狼型ロボット、ヴィットルがシオに歩み寄った。じっと顔を見つめてから、おもむろに鼻面をシオの腹に押し付け始める。シオは頭を撫でてやった。狼としては小柄で、体長は一メートルちょっとしかない。体高は、六十センチほどか。シベリアンハスキーの成犬と、たいして変わりないサイズである。

「AI‐10は初めて見ます。可愛いですわね」

 AHOの子たちを眺め渡しながら、シャーロットが目を細める。

「あんまりサッカー向きの体形じゃないように思えるけど?」

 ソニアが、首を傾げる。

「それには同意するしかありませんね」

 デニスが、苦笑した。

「とにかく、大会に参加してくださり、ありがとうございます」

 にこやかな表情のまま、シャーロットが言った。

「父に代わってお礼申し上げますわ」

「こちらもご同様だ。祖父に代わって、礼を言うよ」

 ソニアが言って、AI‐10それぞれの手を握り、気安く肩を叩いたり髪を撫でたりする。

「ではこれで失礼します。ミスター・シップマン、ミズ・ウッドハウス。アサカ電子のみなさん」

 シャーロットが、丁寧に別れの挨拶をして踵を返し、馬型ロボットの手綱を引っ張る。

「アテ・ローゴ!」

 ソニアは、もっと気さくに再会を願う言葉を残し、小さく手を振って立ち去った。本物の狼のように退屈そうに地面に寝そべっていたヴィットルがぱっと立ち上がり、急いでそのあとを追う。

「同じお嬢様でも、ずいぶんと違うもんだな」

 その姿を見送りながら、亞唯が言った。

「正統派英国淑女とノリのいいラテン美女、ですわね」

 スカディが、そう応じる。

「あの馬ロボットと犬……じゃなくて狼ロボットは、レッドフィールドとセルパの一点物でしょうか?」

 畑中二尉が、デニスにそう訊いた。

「そうだ。宣伝用に連れ歩かせてるんだよ。馬の方は、ちゃんと人を乗せて走ることも可能だ。かなり開発費用が掛かったそうだが、英国人は馬好きだからね。いい宣伝にはなっている。狼の方は、動きは動物っぽいが、AIは高度な物を搭載しているそうだ」

 デニスが、ちょっと呆れたような口調で説明する。

「では、我々もこれで失礼するよ。何かあったら連絡をくれ。期待しているぞ、諸君」

 最後にAHOの子たちに向け、立てた人差し指を振りながらそう言ったデニスが、メアリーを連れて立ち去った。

「変わらないですねぇ~。デニスさんはぁ~」

 ベルが、言う。

「よーし。じゃあ、こちらも仕事に戻るぞー。とりあえず、スタジアム内外の3Dマップを作っておけー。しかし、WHSの出方が判らんとどこに対策の重点を置けばいいか判断できんから、やりにくいなー」

 畑中二尉が、こぼす。

「やはりテロと言えば爆弾ですぅ~。時限爆弾を仕掛けてくるのではないでしょうかぁ~」

 ベルが、心底嬉しそうにそう推測する。

「いや、むしろ狙撃してくるんじゃないか?」

 亞唯が、異を唱える。

「いまの流行りはサイバーテロやろ。ハッキングとか企んでるに違いないで」

 雛菊が、そう言った。

「狭い場所に多数の人が密集しますから、化学剤の散布とか、あり得そうですわね」

 スカディが、眉根を寄せる。

「やはりここは、定石通り最悪のケースを想定して対策を考えるのがいいのではないでしょうか!」

 シオはそう提言した。

「最悪のケース? ……核テロとか?」

 石野二曹が、物騒なことを言い出す。

「うーむ。最悪のケースかー。ヒューマノイド・ロボットを目の敵にしているWHSにとって、もっとも宣伝に適したテロは……そーだなー、やっぱりヒューマノイド・ロボットが人間を殺傷するようなテロだろうなー。ヒューマノイド・ロボットは人類の敵! みたいな主張を大衆に納得させ、浸透させられるような事件を世間の注目を集めているイベントで起こせれば、連中としては万々歳だろー」

 畑中二尉が、考えながら言う。

「今回のイベントでは、それは無理なのでは?」

 シオは脇腹に装着された動力源遮断装置を服の上から撫でながら言った。大会会場付近のすべてのロボットが、この装置の装着を強制されているのだ。少しでも怪しい動きがあれば、即座に遮断スイッチが入れられて動きを止められてしまうし、装置自体を外せば警報が発せられ、こちらもすぐに警察が駆けつける事態となる。ロボットを使ったテロ行為は、実質的は不可能に近い。

「とにかくスタジアムを詳細に調べれば、その弱点が見えてくるのではないでしょうか。そこからWHSの出方を推理する、というのはいかがでしょう」

 スカディが、そう進言する。

「そうだなー。よし、まずはスタジアムを一周しようー」

 畑中二尉を先頭に、一同は時計回りにオリンピック・スタジアムの外周を回り始めた。

 警備は厳重で、あちこちに警察官や警察ロボット……ほっそりとした二足歩行タイプのシルフィードや警察仕様のサラマンドラ……四足歩行タイプで、軍用としても使われている……が見えた。どちらも、レッドフィールド・システムズの製品である。面白いのは、制帽やヘルメットの代わりに、黒いターバンを巻いた髭面の警官の姿がちらほら見えることであった。畑中二尉の説明によれば、彼らはシーク教徒の警察官であり、ターバンは制帽代わりに制式として認められており、髭も同様に認可されているという。

「さすがブリテン。多民族、多宗教国家やな」

 雛菊が感心したように言う。世界中の大都市で、もっとも多様な人種が集う都市がロンドンなのだ。

「おっ! 何か飛んでいるのであります!」

 シオは空を指差した。鳥とも飛行機とも異なる何かが、上空を飛行している。

「ドローンね」

 スカディが、見上げて言う。

「マルチコプター(多回転翼機)だな。クワッド(四回転翼)タイプ。MRTのスパローホークだね」

 一番光学系が強化されている亞唯が、機種を識別した。アメリカのミリタリー・ロボット・テクノロジーズの、軍用/公安用のドローンである。七十ポンド(約三十二キログラム)のペイロードを持ち、軍用タイプは汎用機関銃やグレネードランチャーを搭載して自立戦闘行動を行うこともできる。性能の良いジンバル(安定回転台)機能を持っており、銃器は安定した射撃を行うことが可能だ。もちろん、銃器の代わりに各種光学機器やセンサー類を搭載し、広域/追跡監視任務に使うこともできる。……おそらく、ロンドン警視庁の装備品だろう。

「ロンドン警視庁にMI5、SIS。警備ロボットにドローン。いざとなれば、SASやSBSが出張ってくる。警備は万全に近いな、こりゃ」

 なおも『眼』でドローンを追いながら、亞唯が言う。

「だといいんだけどなー。WHSの連中も馬鹿じゃないー。ちょっかいを出してくる以上、なんらかの成算があるはずだー。おまいらー、心して掛かれよー」

 畑中二尉が、励ましと脅しが混じったような口調で言って、そばにいたベルと雛菊の背中をぱしぱしと叩いた。


 第五話をお届けします。

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